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3.

食堂で大泣きした日から2日が経過した。私はどうやら我儘で傍若無人な悪役令嬢から突然泣き出すおかしな令嬢に認識を改められたらしい。どちらにしても私にとってはあまり良くはないのだけれど。


「シンプソン辺境伯爵様は何をされているのかしら…。」


部屋に備え付けの窓から意味もなく外を眺める。ここからは団員が訓練をしている様子が見えるのだけれどシンプソン辺境伯爵様が訓練しているところは見たことがない。良くも悪くも目立つ容姿だから居たら直ぐに見つけられるだろうしね。

あの食堂での1件で私たちの関係はさらに微妙な感じになってしまった。結婚式の予定は1ヶ月後で籍だけは明後日には入れてしまうのだそう。せめて籍を入れる前に彼と話しがしたいけれど彼は忙しいのか食事も部屋で取るようで通路でもすれ違うことは無い。きっと避けられているのだろうと分かってはいるもののどうしていいかもわからない。彼の部屋を尋ねることは出来るけれどただでさえ仕事でお忙しいというのにお仕事の邪魔をして面倒に思われてしまっては本末転倒だし…。


「会いたいわ…。」


私は自分でも自覚できるくらい彼のことを異性として好きになっていた。顔が好みなのは当然として細やかな気遣いが彼の優しさを表していたし食堂でも怒っているのに私が泣いていたらどうにかしようと慌てていた。そういう所も好ましく思えて私はすっかり彼にご熱心なのだ。


「訪ねて見られたらいいのでは?」


プリシラは何度もそう言ってくれるけれど私はまだ決心出来ていない。しかもこの2日間は恥ずかしすぎて部屋からあまり出ていないのだ。流石に食事の時は出るけれどそれ以外は部屋に篭もりきりでそんなことをしていればシンプソン辺境伯爵様の顔にショックを受けたと思われても仕方はない。


「ああ!だめよ。もう耐えられないわ。シンプソン辺境伯爵様不足で死んでしまう!!プリシラ外に出るわよ。」


「何処に行かれるのです?」


「訓練場に行ってみたいと思うの。ずっと見ていたら直接見たくなってしまったのよね。」


「分かりました。準備を致しましょう。」



プリシラに動きやすい服に着替えさせてもらい髪も結ってもらう。膝下までの胸元の編み上げリボンが可愛いらしい白いワンピースにつば広のハットを被る。歩きやすいブーツに履き替えてプリシラとトニーと一緒に訓練場へと向かう。

ちなみにトニーは私の専属に任命されたそうだ。


訓練場に着くと沢山の騎士団員が汗を流しながら訓練をしていた。私はキョロキョロとシンプソン辺境伯爵様を探してみるけれどやはり彼の姿は見えない。

突然現れた私に気づいた人達がチラチラとこちらを伺っているのがわかった。中には明らかな嫌悪の眼差しを向けてくる人達も居る。私は挨拶ついでに持ってきた飲み物と軽食をトニーに渡すと皆で食べるように指示をした。流石に手ぶらでお邪魔はできないものね。そんな私の行動に戸惑いを隠せない団員たちはジロジロとバスケットの中の軽食を見つめている。


「訓練中にお邪魔してごめんなさい。良かったら貰ってください。」


少し申し訳なさそうに言えば彼らは戸惑いながらも休憩を取り始める。


「お口に合うと良いのだけれど。」


コックのハリーさんに頼んで作ってもらったバケットは豪快にお肉が挟んであり野菜もシャキシャキで男性でも満足出来る物になっている。その証拠に団員の皆もとても美味しそうにバケットを頬張っていた。


「アリアドネ様ありがとうございます。」


トニーがお礼を言ってくる。


「いいのよ。作ってくれたのはハリーだし持ってきたのもプリシラだもの。私はただ配っただけよ。むしろ皆さんの訓練の邪魔になっていないか心配なくらいだわ。」


「そんなことありませんよ。皆、美味い食事には飢えているんです。それにたまには息抜きもしないとやってられません。」


いたずらっ子みたいな表情でそんなことを言うトニーに私はくすりと笑ってしまう。そんな風に私とトニーが話をしていると視線を感じてそちらを向けば団員達がこちらを凝視して固まっていた。


「ど、どうしたの?」


私の言葉にハッとした団員達は慌てて目を逸らす。そんな様子に首を傾げればトニーが笑顔で教えてくれる。


「アリアドネ様が噂と全然違う方なので皆驚いているんですよ。私は何回も噂など当てにならないと言ったのですがやはり実際に見て見なければ信じられないものです。」


「あぁ、そういうことなのね。」


トニーの言葉に納得した私は団員達に向かって渾身の笑顔を向けて手を振る。

そんな私に団員達も手を振り返してくれてよく分からないばいばい合戦が繰り広げられ始めた。

1分ほどそうしていると私の目の前が急に影になる。


「何をしているんだ。」


「だっ、団長!?」


「え、って、きゃあ!!?」


いつの間にかシンプソン辺境伯爵様が私の側まで来ていたようで驚きすぎて叫び声を上げてしまった私はしまったと思い口に手を当てる。だけれどそれは意味をなさず仮面の奥の瞳が悲しげにすっと細められたのが分かった。


「ちがっ…。」


「団員達とは打ち解けたようでなによりだ。私が居ては邪魔になるだろうから失礼させてもらう。」


「っ、まって!」


思わずシンプソン辺境伯爵様の服の袖を掴むとビクッと彼の体が飛び跳ねたのが分かった。

私は腰掛けているので彼を下から見上げる形になっているせいで後ろを向いている彼の顔はよく見えない。けれど凄く逃げたそうにしているのはわかった。家で飼っていたトカゲも飼い始めのころは怖がって逃げようとしていたことを思い出す。

そっと袖を離せば彼はすすすっと2、3歩私から距離をとってこちらを振り向いた。その距離が凄くもどかしく感じる。


「なんだ。」


「あの…。」


「何も無いなら失礼させてもらう。」


「ちがっ、あの!今夜シンプソン辺境伯爵様のお部屋にお伺いしてもいいでしょうか!!!」



長い沈黙が辺りを支配する。

あ……と後悔した時には遅かった。

これではまるで痴女だわ。

それにこんな公衆の面前でなんてことっ!!?

私はどんどん赤くなる顔を隠すように下を向いてちが、まちっ、など言葉にならない声を繰り返す。ちらっとシンプソン辺境伯爵様の顔を見てみたら驚きすぎたのか私をガン見して固まっていた。

周りの団員たちは顔を赤くする者やひゅーひゅーと煽って来る者など人それぞれで、それすらも私の羞恥心に油を注いでいく。




「…それは無理だ。」


「ですよねー。」



結果私たちはこんな会話をする事しか出来ず、折角引き止めたシンプソン辺境伯爵様は今度は引き止める間もなく訓練場から出ていってしまった。

がくっと膝から崩れ落ちてため息を着く私をプリシラとトニーが支えてくれる。


「うっ、また失敗したわ。私はただシンプソン辺境伯爵様とお話したいだけなのに…あわよくば触れたい…なんて思ってるけど、そんな高望みなんてしてないのに…。」


「アリアドネ様は本当に団長のことがお好きなのですね。」


「当たり前よ!!!あんなに格好良くて優しくて素敵な人もう一生出会えないわ!!あああ、1度でいいからあの声で優しく名前を呼ばれたいわ…。」


「プリシラさん、アリアドネ様は普段からこの様な方なのですか?」


「ええ、上手く隠しておりますが基本的にこんな感じです。」


私の嘆きの裏で2人がそんな会話をしているなんて私は知る由もなかった。


頑張れアリアドネ!

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