2.
主人公が少しおかしくなります。
生き物についての記載がありますが間違いがあったら申し訳ないです。
シンプソン家は一般的な貴族の煌びやかな邸とは違い全体が石造りで出来た強固な要塞の様な作りをしていた。馬車から降りるとその存在感に圧倒されてしまう。シンプソン辺境伯爵様は今は公務でお忙しいらしく伯爵邸に在中している衛兵の方が出迎えてくれた。伯爵家に足を踏み入れて思ったことは執事や侍女が極端に少ないということとそれに反して衛兵の数がとても多いということ。それから石造りだからなのかこの場所はとても暗い雰囲気に包まれている様な気がした。何か特別寂れているだとかそういったことは無いし寧ろかなり裕福だろう。けれどなぜだか寂しい感じがして私は首を傾げた。
案内された部屋は緑を基調としたシンプルな内装になっていた。木造の可愛らしいベッドにフリルを足らった美しい絨毯等、この部屋を用意してくれた方のセンスの良さがうかがえる。
「とても素敵なお部屋だわ。」
「それは良かったです。隊長も喜ばれます。」
「隊長?もしかしてシンプソン辺境伯爵様のことからしら。」
「はい。隊長はこの要塞の主であり王国騎士団の団長なのです。しかし…人前に出ることを嫌われる方なので知らないのも無理はないかと。」
王国騎士団長!?嘘でしょ!!
そんな凄い人が私の夫になる方なの!?
でも、まって何故そんな人が王太子に婚約破棄され悪名が広まっている私と結婚なんてするの?
どんなに見目が悪くとも辺境伯爵で騎士団長ならよってくるご令嬢は多いはずなのだ。
「そんな凄い方が私のような者を娶って良かったのかしら…。」
呟けば傍らに立っていた衛兵が目を見開く。
「そうは思わない?」
こんなことを聞いたって、はい、思います。なんて答えられる人はあまり居ないだろう。そんなことを言ってしまえば悪い噂の絶えない私が怒って僻地に飛ばされてしまうかもしれないもの。
まあ実際はそんな事しないけれど。
「ごめんなさい、変な質問をしてしまって。もう大丈夫よ。何かあったら声をかけて下さる?」
「…はい!失礼します。」
綺麗な90度のお辞儀をして衛兵さんが部屋を後にする。そういえば名前を聞いていなかったわ。後でここにいる人達の名簿リストを借りないといけないわね。
「プリシラ、私頑張るわ。何故だか私凄い方に嫁いできた見たいだから。」
先程から黙って私と衛兵の会話を聞いていたプリシラが私に向かって小さく頷いてくれる。
プリシラなりの頑張れのサインに私は少しだけ頬を弛めた。
ベッドに腰掛けていると扉のノック音が聞こえてきて入る許可を出すと先程の衛兵が部屋へと入ってきた。
「度々申し訳ありません。今夜の晩餐に参加するようにと団長から言付かって来ました。」
「…わかったわ。ありがとう。」
「はい。それでは失礼します。」
「あっ、まって!」
「はい?」
慌てて引き止めると衛兵さんがこちらを向く。
「シンプソン辺境伯爵様はどんな方かしら。それと、貴方のお名前を教えて欲しいの。」
「…えーと、私の名前はトニー=スキュバーと申します。団長は凄く面倒みがよくて優しい方ですが初対面の方にはとても警戒されてあまり口数も多くはないかと…。」
「そう、そうなのね。ありがとうトニー。」
「…それから。」
「どうしたの?」
「見た目については決して触れては行けません。私達団員ですら団長の容姿については一切なにも言うことはありませんしそのことに触れるのはタブーなんです。」
「…わかったわ。気をつけるわね。」
「…それでは、失礼します。」
トニーはまた綺麗なお辞儀をして部屋を出て行く。そんなに容姿が醜いの?いいえそれよりもなんとかシンプソン辺境伯爵様と上手くやっていく方法を考えなくてはいけないわよね。それには私自身を気に入って貰わなければ…。
ああ…どうしましょう。私あまり人付き合いは得意ではないのよね。前世でも今世でも出来るだけ人と関わらないように生きてきたのだもの。
「プリシラ…。」
涙目で信頼する侍女に視線を向ければ、頑張ってくださいとだけ返事が返ってきた。冷たい…冷たすぎるよプリシラ。
「と、とにかく今から着ていくドレスを選びましょう!ああ…トニーにシンプソン辺境伯爵様の好きな色とか好みとか聞いておけばよかったわ。」
「後悔しても仕方ありません。幸いシンプソン辺境伯爵様が数点ドレスを用意してくださっているようですがそちらの中から選びましょう。」
「あら、それはもとても有難いわ。どれどれ〜って!?こんなに!?」
部屋に設置されたウォークインクローゼットに入ればずらりと幾らしたんだ…と気が遠くなるほどに豪華なドレスがこれでもかと並べられている。小物等のアクセサリー類もどれも高価な物だとひと目でわかるものばかりで公爵家の長女である私でも目眩がした。
「恐るべき辺境伯爵家だわ。」
「大方このくらい用意していないとお嬢様が怒ると思われたのでしょうね。」
「噂だけが独り歩きしているわね。」
「しかしこれだけあれば今夜の晩餐に相応しいものが選べるはずです。さっさと選んでしまいましょう。」
「プリシラたまに私の扱いが雑な時ない?」
「滅相もない。」
あーじゃない、こーじゃないと2人で思案しながら晩餐用のドレスを選ぶ。シンプソン辺境伯爵様は私の容姿を誰かから聞いたのかどのドレスも私に合うものばかりでとても気遣いを感じられた。
トニーが言っていたようにシンプソン辺境伯爵様はとてもお優しい方なのだろうと思う。
結局、沢山あるドレスの中でも少し大人しめの黒いAラインドレスを選んだ。細かい金糸の刺繍が施されたそのドレスはシンプルながらも上品でとても美しい。ドレスに合うアクセサリーも選んでプリシラに着替えさせてもらう。
今はプリシラ1人だけれどそのうち私専属の侍女が数人選ばれることだろう。
「サイズもピッタリね。」
「よくお似合いです。」
「ありがとう。」
くるりと一回転すればキラキラとドレスの生地が輝く。ドレスが素敵なせいか少しだけシンプソン辺境伯爵様に会うのが楽しみになった。
「アリアドネ様お迎えに上がりました。」
トニーが私を呼びに来たので私は気合を入れて部屋から出た。トニーに連れられて食堂へと向かう。ここは本当に迷路のように通路が入り組んでいて覚えるのに苦労しそうだわ。しばらく歩いていると食堂にたどり着いた。ゴクリと唾を飲みこんで私は食堂へと足を踏み入れる。
大きなテーブルの1番向こう側にその人は一人座って私のことを待っていた。
複雑な装飾の施されたシックな仮面を付けたその人は真っ黒な騎士服に身を包んで無言で座っている。
細身なのにしっかりと筋肉が付いているのが服の上からでも伺えた。
「アリアドネ=フランシスがシンプソン辺境伯爵様にご挨拶申し上げます。」
ドレスの裾を持ち上げて淑女の礼をすれば彼は無言で自分の正面の席に手で座るように促してくる。それに素直に従い着席すればタイミングを見計らって沢山の豪華な料理が運ばれてきた。そう、言葉の通り沢山だ。正直こんな量はかなりの大食漢でもなければ食べれないのではないだろうか。
「君の好みが分からなかったから色んなものを用意させたが気に入るものがあるといいのだが…。」
低いそれでいて良く通る心地のいい声が正面から聴こえてきて私は思わず彼の目を見つめてしまう。
そこで気がつく。
仮面越しから唯一見える彼の目が私のよく知った瞳をしていることに。人間の物とは明らかに違うそれは私が前世で毎日のように見ていたものと全く同じだった。美しいシトリンの様なその瞳の瞳孔は細く縦に長い、微かに見える皮膚は硬質で鱗のようになっているのが分かる。
うそ…まってまって…嘘でしょ…
私は激しく動揺していた。
「どうした。」
「い、いいえ。シンプソン辺境伯爵様のご配慮に感銘を受けていましたの。」
「…そうか。食べれる物だけ食べるといい。」
「残った食事はどうなさるのですか?」
「残りは団員達と分けるから心配は要らない。」
「そうなのですね。なら良かったです。捨ててしまうのは勿体ないですもの。」
「…そうだな。」
余った物が捨てられないと分かったら安心して食事をできる。別の意味で心臓は早鐘を打っているのだけれどね。彼のあの瞳が忘れられないのだ。もう一度確認したい。いや、それよりも今すぐに仮面を剥ぎ取ってその下を確認したい。けれどそれはきっと無理なのだろうと理解している。
「結婚式だがあまり派手な物は行わず親族だけでの式にしようと考えている。」
「はい。それで構いませんわ。」
「…本当にいいのか?」
「何故ですか?」
「令嬢というものは派手なことが好きだろう。特に…っ、いや、なんでもない。」
気まずそうに彼は私から目を逸らした。
ああ、やっぱりシンプソン辺境伯爵様も私の噂を知っているのね。何処に行っても王太子との婚約破棄が私の足を引っ張る。勝手に私のイメージが造られていく。握りしめた手が白くなっているのが分かる。駄目よ、笑うの。私は公爵家の長女、アリアドネ=フランシスなのだから。そしてこの人の妻になる女。きっとこの人は本当の私のことを知ってくれる。そう思うし願う。
「いいのですよ。私の噂も婚約破棄の件も勿論皆さん知っていらして当然ですもの。それにそんな女だと分かっていてシンプソン辺境伯爵様は私を妻にと望んで下さったのですよね?結婚式は親族だけで構いませんわ。私は文句なんて何もありませんもの。」
本当は文句なんて沢山あった。
なんで私が言われもない罪で勘当同然に嫁がないといけないのかとか、王太子とリリィ様と取り巻き覚えてろよ!!とか醜いって噂の辺境伯爵に嫁ぐなんて嫌だって何回も何回も思ったけど
けど
あの目だ。
気まずそうに、私から逃げるように、何かに怯えるように絶対にかち合わないシンプソン辺境伯爵様のあの爬虫類を思わせるあの目が今までの何もかもを忘れさせるくらい魅力的だから。だから、文句なんて何も浮かばない。
私の趣味は変わっている。
私は前世で爬虫類、特にトカゲや蛇といった生き物を飼うのが趣味だった。給料のほとんどをそういった生き物に費やし時には自分の生活費すらギリギリまで削って愛を注いでいた。前世の私の部屋はそれはもう沢山の爬虫類、主にトカゲの飼育ケースで埋め尽くされていて休日は家に籠ってその子たちのお世話をしたりただぼーっと観察したりして過ごしていた。生まれ変わって前世の記憶を持っていた私の趣味も勿論変わることはなく家族にはよく変わっている、令嬢がそんな趣味を持つものではないと言われたものだ。前世の世界ではそういった生き物は割と飼っている人も多かった。まあ、私の周りには居なかったけれど…。
そして、特に思い入れのあるトカゲがアカメカブトトカゲという子で初めて飼育したのがその子だった。トカゲを飼ったことも無いくせに見た目に惹かれて飼い始めたのよね。
シンプソン辺境伯爵様の瞳は私が飼っていたその子、田中さんとそっくりなのだ。色は全然違うのだけれど鋭さとか雰囲気が酷似している。
それも相まって愛しさが溢れてくるのよ!目だけこれなら顔を見たらどうなるのかしら??いや、もしかしたら目だけが爬虫類のそれで顔は普通なのかもしれない。
「君は噂とはかなり違う性格をしているようだ。」
「噂など当てにはならないものですわ。私、シンプソン辺境伯爵様には本当の私をこれから沢山知ってほしいと思っていますの。」
「…噂は当てにならない、、か。だが残念なことに私に関しての噂は本当だ。そんな演技をしなくても君を追い出したりしないし結婚だってちゃんとする。だから、無理はしなくていい。」
「…へ??演技、ですか?私がいつ演技をしましたか?私は思ったことしか言葉にしておりませんわ。それが演技に見えたのなら申し訳ありません。それにシンプソン辺境伯爵様の噂が本当であろうと私は貴方様と生涯を共にすると今決めてしまったのです!」
そう!なぜなら貴方の瞳に一目惚れしてしまったから!!!!!
私がそう言い切ると同時に辺境伯爵様が思い切りテーブルを手で叩きつけた。
その音があまりにも大きくて私はビクリと肩を揺らした。
「その言葉を私の姿を見ても再び言えるか?」
彼は怒っていた。
トニーにあれだけ容姿について触れるなと言われていたのにやってしまったと思ったが時すでに遅しだ。彼は黒い革手袋を付けた手を仮面へと宛がった。袖の裾と手袋の間から除く腕は黒と緑の混ざった硬質の鱗で覆われている。ゆっくりと彼が仮面を外す。その手が震えていることに私は気づけなかった。ゆっくりと現れた彼の顔は人間の物では無かった。大きく裂けた口にのっぺりとした鼻。鋭くつり上がった大きなシトリンの瞳の周りをラインを描くように赤い鱗が覆っている。鱗でおおわれた顔はシャンデリアの明かりで鈍く輝いていた。
その場にいた侍女の1人が小さく悲鳴をあげるのが聞こえてきた。彼の顔から皆が目を逸らす。艶やかな黒髪だけが彼が辛うじて人間であるということを表しているようだ。けれど私は、私だけは彼から目をそらすことが出来なかった。
「ふっ、言葉が出ないだろう。この醜い姿を見て同じことが言えるか?」
彼は寂しげにそして自虐を含んだトゲトゲしい言葉を私に投げつけた。
けれど私は一向に声を出すことができないでいた。
その代わりにポロポロと次から次に私の瞳から涙が溢れてくる。
「泣くほど私の顔は醜いか?」
違う。違うのだ。
彼を醜いなんて思わない。そんなこと思うはずないのだ。
だって、だって……
「…田中さん」
彼は私が前世で飼っていた亡くなったはずの田中さんに瓜二つなのだ。
次から次に瞳から涙が溢れてくる。
田中さん…田中さんが、田中さんが生き返ったあぁぁぁぁあああああああ(泣)
遂には嗚咽を上げて泣き始めた私に流石に焦ったのかオロオロし始めるシンプソン辺境伯爵様。
私はひたすら田中さん田中さんと呟いて泣き続けている。
そんなカオスな状況でプリシラだけが私にハンカチを渡してくれた。
プリシラは田中さんのこと知ってるものね。
「お嬢様落ち着いてください。そんなに泣いては勘違いされてしまいますしシンプソン辺境伯爵様が困っておられます。」
「うっ、そうね…そうよね。ひくっ、うっ、」
「申し訳ありません。お嬢様は少し取り乱して居られるようで、今日の所はお部屋にお連れしてもよろしいでしょうか?」
プリシラがシンプソン辺境伯爵様にそういえば、辺境伯爵様は戸惑いながら頷いくれた。
私はプリシラに連れられて田中さん田中さんと呟きながら食堂を後にした。きっとあの場にいた皆にはよく分からないことを呟きながら号泣するヤバいやつだと思われたことだろう。
こうして私とシンプソン辺境伯爵様の初顔合わせが終わったのであった。
主人公のキャラ崩壊が過ぎました。少し痛い子ですが温かく見守って頂けると幸いです。トカゲさんって書くの難しいですね。
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