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六話

「……どうして、イグナーツがこんなところにいるのよ」


 それが、ヨハナの開口一番の発言だった。

 洞窟の中にある岩陰に身を隠し、座り込む彼女の付近には血溜まりが広がっている。


 ただ、生気を感じる事のできるその発言のお陰で血溜まりがヨハナの血ではないと判断。しかし、ただ見間違えていただけで瀕死じゃなかったとはいえ、どうにも小さくない傷は負っているようであった。


「……ベルさんに言われてな。好き好んで来たわけじゃねえよ」

「ベルさん……?」

「ヨハナも知ってるだろ。副団長のベルナンドさん。俺はベルさんって呼んでる」

「……あぁ」


 騎士を目指す気はねえ。

 などと普段から口癖のように言っていた俺が騎士団の中に知り合いがいた事が意外であったのか。

 俺の口からベルナンドの名前が出た瞬間、ヨハナの眉が僅かに跳ね上がっていた。


「そら。お前へ、ベルさんからの届けもん」


 そう言って俺はポケットに仕舞っていた〝転移石〟を一つ取り出し、彼女に向かって投げ渡す。


「なんでこんな奥にまで来てんのかは知らねえけど、お前、怪我してんだろその足」


 先ほどから何処か痛みに耐えるような素振りがヨハナから頻繁に見受けられていた。

 そして、その原因は恐らく右足。

 そこには何かに斬られたであろう痕があった。


「それ使ってさっさと戻れ。騎士団の連中だって心配してる」


 一時はどうなるかと思ったが、これで俺のお役目も終了。肩の荷が下りるってもんだ。

 そう思いながらも、仕舞っておいたもう一つの〝転移石〟を取り出し、洞窟の外に戻ろうとする俺であったが、


「……そう。だったら、イグナーツはここから引き返して(、、、、、、、、、)一度外に戻って団長か。いなければ副団長を呼んで来てくれないかしら。それと、私は無事である、と伝えて貰える?」

「……あ?」


 しかし、すんでのところで使用する事を踏み止まる。


 ……今、こいつ、なんて言った?


 つい、自分の耳を疑ってしまった。


「あのな、俺の話を聞いてたか?」

「ええ、勿論。でも、今はまだ、私はここから出る気はない」

「……そういうのを聞いてねえって言うんだよ」


 洞窟の奥へ奥へと進んでいた事には何かワケがあるのだろうとは思っていたが、この返しは予想外過ぎた。

 何より、今のヨハナは傷を負っている。

 そんな状態の中、無理を押して外へ戻ろうとしない理由が俺には分からなかった。


 だから、


「この奥に何がある」


 単刀直入にそう問うた。


 すると、ヨハナは表情を歪め、悩む素振りを数秒ほどしたのち、


「……イグナーツは今回のこと、副団長から何処まで聞いてるの?」


 事情を話さず、俺だけ帰れは通じないと判断してか、観念したように彼女は話し出した。


「予期せぬトラブルに巻き込まれたって聞いてる。で、親父やヨハナの安否が分からねえって言われて俺は此処に来た」

「……ええ。それで間違ってないわ。私達は、演習をしている最中に、見た事もない魔物に襲われたの。それも、とんでもなく強い未知の魔物が複数体。……ある程度の数は団長が引き受けて、私達は逃してもらったんだけど、その最中に私はこの洞窟を見つけて息を潜めてた」

「……それで? 何があったらそんな傷を抱えてまで奥に進む事になるんだよ」

「人と出会ったのよ、洞窟内(此処)でね。私の姿を見るなり逃げて行ったわ。勿論、騎士団所属ではない人間。私の知らないやつだった。……おかしいと思わない? 此処、〝魔境の森〟は魔物が多く生息する場所故に、人は到底住める場所ではないわ」


 それは、俺も知るところであった。


 だからこそ、騎士団の演習の場に選ばれているし、〝魔境の森〟の入り口には魔物が中から出てこないように、見張りの人間が常時、見張っているような場所だ。


「……あと、此処はどうしてか知らないけれど、〝転移石〟が使えないの。恐らく、人為的に使えないように、何らかの仕掛けがこの洞窟内に仕掛けられてる。……怪し過ぎると思わない?」

「……俺を騙してるわけじゃねえよな?」


 〝転移石〟が使えない。

 だから、帰ろうにも気軽に帰る事は出来ないと、引き返したくないから自分の都合のいい嘘をでっち上げているのではと訝しむも、


「……ほら、これ」


 ごそごそと服のポケットにヨハナが手を突っ込み、何かを取り出し、俺へと突きつけてきた。


 ……それは、砕けた緑色の石であった。

 それも、ベルナンドから渡された〝転移石〟によく似た色合いの石。というより、砕けた〝転移石〟そのものである。


「使おうとしたら砕け散ったのよ」


 考えてもみれば、もしもの事を考えて〝転移石〟の一つや二つ、事前に持たされていても何ら不思議な事ではなかった。


「……それと、ここまで来たのなら分かってるでしょうけれど、私がこの洞窟の中で斬り殺してきた魔物は、全部が例外なく肢体の一部が欠損していた」


 ……斬り殺された屍骸をいちいち確認する気はなく、加えて、俺が相対した〝小鬼(ゴブリン)〟は五体満足であった為、渋面を浮かべる俺であったが、その様子で全てを察したのか。

 ヨハナは割とすぐ近くで生き絶えていた魔物を見てみろと言わんばかりに顎をしゃくる。


 倒れ伏す〝大鬼(オーガ)〟らしき魔物には、右の腕が失われていた。

 そしてその残骸は何処にもなく、断面は既に焼かれ、人為的な止血を済まされていた。


「魔物の身体の一部を使って、何かをしている人物がいる。突然現れた未知の魔物に、〝魔境の森〟にもかかわらず、出会った人間。極め付けに、肢体の一部が欠損した魔物達。ここまでくれば私が何を言いたいのか、イグナーツでも分かるでしょう?」


 ……あまりに、条件が整い過ぎている。

 そこまで言われたならば、流石に俺でも気付いてしまう。


「……お前は、この洞窟の中で〝合成獣(キメラ)〟が造られているとでも言いたいのかよ」

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