四話
————……剣も持たずに何をするってんだよ。
あの後、慌ててベルナンドの背を追い掛けた俺であったが、追いつくや否や、そう言って呆れられた。
でも、息を切らしながらも追い掛けてきた俺の姿を目にして、少しだけベルナンドが嬉しそうに顔を綻ばせていたのはきっと気のせいではないのだろう。
少し待っててやるから家から得物を取ってこい。そう言われ、俺は親父が所持する予備の剣をひと振り拝借し、再びベルナンドの下へと辿り着いていた。
「……時間がねえから、向かいながら話す。オレらが今、向かってる場所っつーのは〝魔境の森〟と言われてる場所だ」
言われてもみれば確かに、親父やヨハナがそんな場所で演習をするだなんだと言っていたような気もする。
「で、なんだが、イグナーツにはやって貰いてえ事がある。勿論、お前にしか出来ねえ事だ」
————取り敢えず、これを受け取れ。
そう言ってベルナンドは右の手で握り締めていたであろうナニカを俺に手渡してくる。
それは緑色に輝く宝石のような石であった。
「〝転移石〟だ。使い方は分かるか?」
「……ああ、分かるよ。親父に教わった。でもどうしてこれを俺に?」
〝転移石〟とは名の通り、使用者を任意の場所に転移させる効果を持つ貴重な品である。
親父からはとんでもなく高価な物であるとも聞き及んでいた。だから、それを二つもこうして俺に渡された意図がいまいち掴めずにいた。
「……〝魔境の森〟で演習を行っていた連中は、どうにも見た事もねえ魔物に襲われたらしい。それで騎士団の一人がヨハナの嬢ちゃんを偶然見つけた洞窟に逃げ込ませたらしいんだが……肝心のその洞窟の入り口が、色々あって塞がれちまってんだ」
恐らくは、その見た事のない魔物が暴れた事により、洞窟の入り口が岩で塞がりでもしたのだろう。
「だが、奇跡的に殆ど塞がれた入り口の一部に隙間があってな。……それでも、入り口を塞ぐ岩を退かそうにも、一つでも退かせば崩れ落ちて完全に入り口が塞がれちまう。そんくらい不安定な状態だった。だから、まず誰かに中を確認して来てもらうべきって話で纏まってな。オレはその隙間に入れそうな小柄な人間を探してた」
ベルナンドは、それが理由で俺の下にやって来たというわけだ。
……成る程と。漸く合点がいった。
「だが、中が必ずしも安全とは言えねえ。だから、危険だと思ったら躊躇なく今渡した〝転移石〟を使え。そしてもし、ヨハナの嬢ちゃんを見つけられたなら、もう一つの〝転移石〟を渡してくれ。出来るか、イグナーツ」
「分かった」
剣を持ってこいなどと言っていたので、剣を振るう羽目になるものであると思い込んでいたが、蓋を開けてみれば〝転移石〟を持っての人探し。
……少しだけ、安堵した自分がいた。
「人探しとはいえ、洞窟の中に魔物が潜んでいないとは限らねえ。……いくら〝転移石〟があるとはいえ、気は抜くんじゃねえぞ」
そんな俺の内心を見透かしてか。
ベルナンドはそう言って俺に軽く注意を促した。
* * * *
そして、それから歩く事数十分。
多くの騎士団員が視界に映り込むようになり始めた頃、先行して歩いてくれていたベルナンドが「ここだ」と言って足を止める。
目の前に存在する洞窟らしき場所。
事前に聞いていた通り、その入り口は多くの岩で塞がれていた。
確かに、俺のような小柄な人間であってもギリギリ通れるか通れないか程度の隙間である。
がたいの良い騎士団員達が通れないのは火を見るより明らかであった。
「そいつがこの先をいくってんですかい? 副団長」
俺の親父であるフリッツ・アイザックの右腕で知られる騎士。
ベルナンドの敬称を呼ぶ騎士から、キツめの視線が俺に飛んでくる。
「あぁ。頼りねえナリをしてっけど、一応、団長の息子だ」
「……団長の息子っつーと」
向けられる視線に、嫌悪に似た感情が入り混じる。
〝出来損ないのイグナーツ〟
学園に限らず、親父を知る人間の間じゃ、それを知らない人間はいないと言うほどに俺の名は有名だ。……勿論、悪い意味で。
「……色々と不名誉な噂が飛び交っちゃいるが、こいつも、やる時はやる奴だ。心配はいらねえよ」
きっとそれは、本心なのだと思う。
じゃなきゃ俺の家にああして押し掛けてきたりはしなかっただろうから。
「副団長がそう仰るんであれば、私らからはどうこう言う気はありませんよ」
そう言って、洞窟の前で何やら作業をしていた騎士の彼は道を開けた。
そして続くように他にもいた騎士達も次々と道を開けてくれる。
ベルナンドが言っていたであろう隙間の場所も、そのお陰で把握することが出来た。
程なく、行くならば早いところ行動に移すべきか。と、足早に向かおうとして、
「おい、イグナーツ」
どうしてか名を呼ばれ、ベルナンドに止められる。
「中には魔物だっている可能性がある。……オレが連れて来といてなんだが、無茶だけはすんなよ」
洞窟の外に魔物がいたのだ。
だったら、普通に考えれば洞窟の中にだって魔物が何体か潜んでいたとしても何らおかしな事ではない。
「ベルさんがそうやって心配せずとも、俺は無茶をするような人間じゃねえからさ。魔物がいたら身を潜めるし、こそこそと進みながらヨハナを見つけるとするよ」
俺は〝出来損ないのイグナーツ〟。
その自覚は誰よりもある。だから、無茶をする気なんてこれっぽっちもなかった。俺には俺の、身の丈にあった行動をするだけ。
腰に下げている剣はただのお飾り。
洞窟の中に隠れているであろうヨハナを見つけて〝転移石〟を渡して帰るだけ。
たったそれだけの事だ。
そう言い聞かせながら、洞窟の目の前へと近づいた後、僅かに空いている岩と岩の間に身体を差し込んでゆく。
そして身を縮こませて、俺は視界不良の洞窟の中へと足を踏み入れた。