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二話

「お帰りなさいませ。イグナーツ様」


 家に着くや否や、声を掛けてくるメイドが一人。彼女の名前はフローレンシア。

 名前が長いので俺は短くシアと呼んでいる。


「ただいま。んじゃ、シアこれよろしく」


 学校には寝に向かっているような俺であるが、教材やらは体裁上、持って行かねばまずいので一応持参していた。

 なので俺は、荷物の入った鞄をシアに押しつけ、俺は自室でもうひと休み。

 などと考えながら足早に向かおうとして、


「イグナーツ様」


 何故か引き留められる。


「偶にはヨハナ様とご一緒してはいかがでしょうか」

「……えぇ。俺が? ヨハナと親父の鍛錬に? 無理無理。俺、ヨハナ達と違って才能ねえし。足引っ張るだけになる事は目に見えてるよ」


 どうしてシアはそんな事を言い出したのか。

 そんな疑念が浮かぶも、考える暇を与えないと言わんばかりにまた、名を呼ばれる。


「イグナーツ様」

「……だからなに?」


 続けざまの質問につい、苛立ちめいた返事の仕方になってしまう。


「ヨハナ様は五日後、騎士団の選りすぐりの者達で行われるとある演習に参加のご予定です。世間は、当主様が退いた後の騎士団長の後継者が——」

「成る程。シアはそれに俺も参加させて貰えるように、ヨハナ達に混ざって今からでも鍛錬に参加してこいって言いたいのか」


 続く言葉はきっと、ヨハナが後継者にされるだ。これで完全に実子である俺が見捨てられただ。それらに準ずる内容なのだろう。

 間違いなく俺を焚き付ける為の内容であった筈だ。

 だから、最後まで聞くまでもなかった。


「だったら尚更、俺は親父達のとこに行く気はねえよ。騎士なんてまっぴら御免なんでね」


 騎士というより、剣士という生き方を。

 その道を進む気は、一切無かった。


 理想と現実は違う。

 どれだけ強くなったとしても、それを誰かの為に使えるとは限らない。俺の経験則から言わせて貰えれば、過ぎたる力は戦争に使われるのが常だ。体の良い駒扱いされる未来が透けて見える。


 だからこそ、騎士という剣を振るう事を前提とする職種は、俺の忌避の対象であった。

 あの時の二の舞にならないとは、どうやっても言い切る事は出来ないから。


「それに、俺みてえな〝出来損ない〟は分相応に生きるのが性に合ってる。親父にこれ以上、迷惑はかけられないしさ」


 ただでさえ〝出来損ない〟なんて呼ばれているというのに、これ以上、騎士団長である親父の名を汚すわけにもいかないだろと。正論を言ってやったというのに、シアの表情は未だ険しい。


「……どうして」

「ん?」

「どうして、イグナーツ様はそうまでして騎士になりたくないと仰るのですか……」


 それは、悲痛の叫びであった。


「向いてないから」

「嘘です」


 どうしてか、即座に否定される。

 というより、どうして今日に限ってシアはこんなにも俺に突っかかってくるのだろうか。


 考えられる可能性としては、親父に何か吹き込まれたか。そのくらい。


「ただ向いてないだけであれば、それを当主様の目の前で証明すればいいだけの話です。ですが、イグナーツ様はそれだけはしなかった。……しなかった理由は、他にワケがあったからじゃないんですか」


 シアの言う通り、俺は親父の前では一度として剣を振るった事はない。

 剣が向いていないという割に、それを証明した試しがない。男であるのに剣をロクに握ろうとせず、学校では居眠り三昧。

 ただ、それだけ。


 けど、気付いた時には俺は〝出来損ない〟と呼ばれていた。


 だからそれをこれ幸いとして、自分の口でも吹聴するうちに、「俺には才能がねえから」と、言葉にする事がいつの間にやら癖になっていた。


「ワケ、か」


 意固地になってしまっているシアの様子を見る限り、普段通りの言い訳では俺を逃す気がないのだろう。それは見て取れた。

 だから、


「……そもそも、騎士になってどうすんだよ」


 だから、申し訳なさを感じながらも俺はシアに八つ当たりをする事にした。


「弱き者を助ける為に? 親父のように、人々から凄いと称えられる為に? 御国の為に? ……強さ、名声、愛国心。生憎俺にとってはどれも興味がないね(、、、、、、)


 きっと、負け犬の遠吠えにしか聞こえないだろう。なにせ俺は、〝出来損ない〟だ。

 元より、それらを得られる立場にない。


 だけれど、それが本音だった。

 嘘偽りのない俺の本音というやつだった。


「シアは嘘と言ったけど、向いてないって理由は強ち間違いじゃない。生き甲斐をそこに見いだせない時点で、致命的なまでに俺は騎士に向いてない」


 理想はただの張りぼてであったと打ちのめされて、歪んで、軋んで、どこまでも苦しんで。

 その果てに、割り切る事さえ出来ていたならば、最後まで苦しむ事はなかった。


 剣を振るう事を生き甲斐に据え、人として狂ってしまえたならば、きっと楽であった。

 そこに楽しさを見いだせていたならば、多分剣を嫌う事もなかった。


 だから、それが出来なかった俺という人間は、剣士に向いていない(、、、、、、)のだ。

 どこまでも、向いていない。それははっきりと言い切る事が出来た。


「ま、ただの〝出来損ない〟の戯言なんだけどな」


 そう締めくくる。


「親父には悪いと思ってる。でも、こればっかりは無理な相談だ。それに、ヨハナみてえな将来有望な奴が既にいるんだ。俺に拘る理由がどこにあるよ」


 俺が騎士になりたいと切望しているわけでもあるまいし。


 胸中で人知れずそう言葉を付け加え、今度こそ俺はシアに背を向けてその場を後にした。


 丁度夏休みに入ったからか。

 シアの言う演習とやらの前日までヨハナはうちにやって来ていたが、俺がその鍛錬に混ざる事は一度としてなかった。


 そして、5日後。

 心なし、寂しげな様子で親父は一週間ほどで帰ると言って家を後にしていた。

 その様子に罪悪感が湧かなかったといえば嘘になる。それでも、俺にはこの選択肢しか選ぶことはできなかった。


 ……もう二度と、あんな想いは御免だったから。


 そんな事を考えながら、日々は過ぎて行き。

 しかし、どうしてか、一週間どころか二週間経っても親父やヨハナを含む演習とやらに向かった騎士達が帰って来る事はなかった。

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