9話 35歳おっさん、冒険の準備を整える
「本当に、ありがとうございました!!」
そういったのは、がたいのいい若い男だった。
この男は、先程助けた男の子アルトの父親だ。
名前はヴェイガン。隣には、妻である女性も頭を下げている。
どちらも年は二十代半ば。厚手の服の上に煤のついたエプロンを着ており、鍛冶に関する仕事をしていることをうかがわせる。
俺はヴェイガンたちに答える。
「いや、気になさらないでください。冒険者として、義務を果たしただけですから」
「いえ、私たちの大事なひとり息子を助けて頂いたんです! そういうわけには! 何かお礼をさせてください!」
「いや、本当に大丈夫ですから」
そう答えるも、向こうは引き下がりそうもない感じだ。
……そうだ。もしこの二人が鍛冶屋なら、これを頼めるかも。
「もしかして、お二人は鍛冶屋ですか?」
ヴェイガンは俺に答える。
「はい! 夫婦と息子で、武具から道具まで、なんでもつくってます」
「おお。じゃあ、これで剣をつくってはいただけないでしょうか?」
俺は持っていたミスリルを見せてみた。
「そ、それはミスリル!? こんな貴重なものを使うと!?」
「駄目ですかね?」
「いえ! むしろ、職人冥利につきます! もちろん、精一杯つくらせていただきます!」
「よかった、ありがとうございます。できれば刀と……あと、彼女にも防具などを」
俺はレイナのほうを見ていった。
「わ、私は大丈夫ですよ! なんだか、とても貴重な金属みたいですし! アトス様の防具をつくって頂いたらいかがですか?」
「いや、俺は防具はつけないんだ。というか、ないほうがいい」
もともと荷物持ちということもあり、常に動き易い装備を意識してきた。それに修行を重ねた今、防具なんてないほうが戦いやすいと分かっている。
しかしと謙遜するレイナに、俺は続ける。
「ミスリルなんて滅多に手に入らないし、売るのももったいない。せっかくだから、つくってもらえって」
「い、いいのでしょうか?」
「遠慮するなって」
俺がいうと、ヴェイガンの奥さんが「寸法を測りましょう」とレイナにいってくれた。
レイナは渋々、はいと頷く。
俺はヴェイガンにいう。
「ご主人、もちろんお金は払いますから」
「いえいえ! お代は結構ですから!」
俺の言葉にヴェイガンは首や手を振って応じた。
「息子を助けてもらった上に、ミスリルを使わせていただけるんです。お代なんていただいたら罰が当たりますよ!」
「では……お言葉に甘えさせていただきます」
「はい! 丹精込めて、つくらせていただきます! ただ、明日までお時間をいただけますか?」
「それはもちろん。今日はこの街で泊まろうと思いますので」
「よかった。では、明日の朝までには用意しておきます!」
ヴェイガンが俺に答えると、アルトが満面の笑みでいった。
「うちの父ちゃんは、王国一番って言われている鍛冶師なんだ! いいものつくるから、待っててな」
アルトの言葉に恥ずかしそうにするヴェイガン。仲がよさそうだ。
「ああ、楽しみにしてるよ。それでは、お願いします」
俺はヴェイガンたちにお辞儀して、レイナに声をかける。
「レイナ、俺はちょっと交易所に行ってるぞ」
「はい! 私も終わったら向かいますね!」
そうして俺はひとり、向かいの交易所へむかった。
そして何かいいものがないか、探してみる。具体的には、新しく得た力を試すためのものだ。
「あ、お客さん。さっきはすごい活躍だったねえ。なんかお探しかい?」
ウォーウルフの毛皮と肉を買い取ってくれた所長が、俺のもとにやってきていった。
「ああ。全身をすっぽり覆う鎧を探しててな」
「ほう、プレートアーマーか。古い鉄製のものならあるよ」
所長は大きな木箱の蓋を開き、俺に中身を見せる。
それは先ほどリビングアーマーが身に着けていたような、身に着ければ肌が全く見えない鎧だった。
しかし、所長は俺の体を見回すと首を横に振った。
「だが、ちょっと大きめだ。あんたよりももっと大柄な男じゃないと、着れないかもな」
「ちょっと、使わせてもらってもいいか?」
「ああ、もちろんだとも。サイズが合わなかったら、ただの荷物だからな」
「いや、着るのは俺じゃない……」
俺は右手に宿る霊力を、鎧に向ける。
当然、この光は俺にしか見えないので、所長は首を傾げるだけだ。
鎧にまとわりつく霊力。俺はそれに、鎧への憑依を命じた。
憑依は先ほどリビングアーマーを霊葬した時に、得たスキルだ。これを使えば、同じようにリビングアーマーが使えるのではと思ったのだ。
光が落ち着くと、やがて鎧はぴくぴくと震えていく。
「な、なんだ!? 鎧が勝手に!?」
声をあげる所長は、鎧が勝手に立ち上がるのを見て腰を抜かした。
「鎧が立ってる!?」
どうやら、狙い通り鎧に霊力を憑依させることができたようだ。
俺は倒れた所長を安心させるため、言葉をかける。
「悪い悪い。驚かせるつもりはなかったんだよ」
「そ、そうか。襲ってこんよな? さっきの魔物みたいに」
「ああ、大丈夫だ。いうなれば、俺の従魔みたいなものだからな……そこから出られるか?」
俺の言葉に、鎧はすぐさま足を上げて箱からでてきた。
「その箱は持てるか?」
鎧はすぐに自分の入っていた箱を持ち上げる。
動きが機敏だ。これで疲れることがないなら、荷物持ちにはうってつけだろう。
所長は目を丸くする。
「な、なんなんだ、こいつは?」
「そうだな。こいつはいうなれば、輸送用リビングアーマーとでも名付けるかな」
「輸送用のリビングアーマーなんて初めて聞いたぞ。とんでもない話だな……まあいい、この鎧はお前さんにあげよう」
「いや、金ならさっきあんたから得たばかりだ。払うよ」
「いい、いい。気にするな。この街の一員として、ワシもお主に何か恩返しをしたいんだ。他に何かいるかね?」
「じゃあ……こいつ用のリュックやポーチが欲しいな」
「ぴったしのものを用意してやろう」
こうして俺は、旅のお供に輸送用リビングアーマーを手に入れた。名前はリビングアーマーから取って、リヴィルと名付ける。
この後も俺は冒険に必要なものを買い込んで、その日はこの街の宿に泊まることにするのであった。