6話 35歳おっさん、少女と報酬を分けあう
「で、弟子?」
レイナは俺の言葉に頷く。
「はい! アトス様の弟子にしていただきたいのです!」
「ほ、本気?」
今の剣の腕には、たしかに自信はある。
しかし、人に教えるとなると話が違ってくるだろう。
剣は特に抽象的に教えられたし、まさかイッシンのように百万回素振りしろとか、技名を一字一句違えず覚えろとはいえまい。
しかも俺は、誰かにものを教えた経験などないのだ。
「お願いします! お金はないですが……何でもしますから! 雑用でも料理でも、なんでもできます!」
「そ、そんなのはいいよ!」
「……駄目、ですか?」
レイナは俺の顔を覗き込むように、寂し気な表情を向けてきた。
そんな切なそうな顔で、俺を見んでくれ……
もともと、俺の剣技はイッシンに授けられたもの。だから、イッシンの子孫であるレイナが惹かれるのも頷ける。
ここで突き放すのは、なんだかイッシンに悪いな。
「わかった……」
「本当ですか!?」
レイナは目を輝かせ、俺にいった。
「ああ。でも、俺もお金を稼がないといけないから、しばらくは冒険者を続けなきゃいけない。だから、俺としばらくパーティーを組むってのはどうかな? 剣技は仕事の合間に教えるよ」
レイナももとは、帝都で冒険者をやるつもりだったはずだ。俺も仲間が見つかって、お互い悪い話じゃない。
「どう、かな?」
「アトス様さえよろしければ! ぜひ、お願いいたします!」
深いお辞儀をして、レイナはやったと胸の前で拳をつくった。
純粋な子だな……まあ、ギルドで冒険者としての俺の評価を聞いたら、考え直すかもしれない。その時は、ひとりで仕事をしていこう。
今までの仲間がそうだったように、彼女ともきっとすぐ別れるだろう。
俺はそれでも一応、作り笑いを向ける。
「……ああ。よろしく、レイナ」
「よろしくお願いします、アトス様!」
レイナは白い歯を見せて、返事してくれた。
俺たちは、近くの町イソルティまで共に向かう。
途中、互いのことを話した。
レイナの家は剣術道場だったそうだ。しかし、小さい頃に父親を亡くしてからは、畑仕事で母や兄弟を養っていたらしい。それが兄弟も働けるようになったので、自分は人のために冒険者をやりながら、夢だった剣術を極めようと考えていたようだ。
俺? 俺は農家出身で、二十年ずっと冒険者をやっていたことぐらいしか話すこともない。剣術については、大人になってからは独学で学んだと誤魔化した。
そうして一時間後、街道の先に丸太の防壁に囲まれた街が見えてきた。
「アトス様、あの街ですか?」
「ああ、そうだ。あれがイソルティだな。聞いていたより、ずっと栄えている」
イソルティは人口二千人程の小さな街ときく。だが、柵門からは多くの旅人や行商が出入りしているのが見えた。
王国と帝国を繋ぐ街道沿いにあるので、商店や宿は比較的多いのかもしれない。
この肉や毛皮も買い取ってくれるだろう。
丸太でつくられた門をくぐり、俺たちは中央通りへとはいる。
「思ったとおり、店はいっぱいあるな。お、交易所があるぞ」
俺は一際大きな、柱だけで壁のない建物に気が付く。
「交易所、ですか?」
レイナは首を傾げる。村からでてきたっていうし、こういう場所は知らないのかも。
「ああ。交易所は様々な品目を取り扱う場所だ。あそこなら、毛皮もすぐ買い取ってくれるだろう」
俺たちは早速、交易所へとはいっていく。
そして奥のカウンターの向こうで座っている、腹の出たおっさんのもとへいく。彼がここの所長だろう。
所長は俺に気が付き、声をかけてきた。
「いらっしゃい。ご用はなにかね?」
「買い取ってほしいものがあるんだが、いいかな」
俺は肉や毛皮をカウンターの上に置く。
所長はそれを見て、驚くような顔をした。
「これは……おお、ウォーウルフの毛皮じゃないか!? ダイアウルフはよく売りにくるが、ウォーウルフは久々に見たぞ!」
こういう小さな町なら、なおさら売りに来ないのかもしれない。冒険者はだいたい、ギルドのある街を拠点にするものだ。
「ああ、あと冷凍したウォーウルフの肉もある」
「ふむ、このサシの入り方は確かにウォーウルフの肉だ。しかもしっかりと冷凍されている。しかし、こんなに大量とは……」
「ああ、なんせ八匹分だからな」
「八匹!? ふむ……あんたたち、なかなか腕が立つようじゃな」
汗を拭い、所長はいった。
「そうだな。毛皮と肉一匹分、百デルはどうかな?」
「結構いい値をつけてくれたな。それで頼む」
「いや、こちらこそ久々の良品を仕入れられて嬉しいよ。今、金を用意する」
所長は八百デルを俺の前で数え、八つの麻袋に小分けして詰めてくれた。
百デルは、だいたい契約農民の半月分の給料だ。冒険者ひとりの一か月分の宿泊費と食費が賄える。
つまり俺たちは、二か月分の活動資金を手に入れたことになる。
すると、俺の隣でぴくぴくと震えるレイナが。
「は、は、はぁ……八百デルぅっ!?」
「あ、ああ。分け合うから、四百デルずつだな」
俺は麻袋を四つ、口をぽかんとさせるレイナに差し出す。
「……そんな大金、受け取れません。見たこともない! アトス様がいたから助かったようなものですし……あ」
無理やり、俺はレイナの手に麻袋を握らせる。
「さっき、パーティーとしてやっていくっていったろ? 平等に分け合おう」
俺自身、荷物持ちだからと分け前を少なくされてきた過去がある。だから、自分がもしリーダーなら絶対に平等にしたいと思っていた。そんな日が来るとは思わなかったけど。
「それに、いつまでもそんな格好じゃ動きづらいだろ。向かいに服屋があるみたいだから、そのお金で服でも買ってきな」
「アトス様……ありがとうございます。このお金は、アトス様のために使わせていただきますね!」
「お、俺のため?」
「はい! まずは、アトス様の隣を歩くのに恥ずかしくない服を買います!」
レイナがそういうと、所長が俺の耳元でささやく。
「いい若奥さんだねぇ。いやあ、熱々で羨ましい」
「……あんたは、俺とこの子が夫婦だと思うか? うん?」
突然、街中に鐘の音が鳴り響くのであった。