5話 35歳おっさん、弟子入りを希望される
霊葬で得られたのは、【嗅覚探知】と霊力か。
まず【嗅覚探知】というスキルだが、これはウォーウルフが持っていたものなのだろう。やつらが匂いで獲物を探るのは有名な話だ。
しかし、霊力のほうはなんだ。いや、これは……
俺は右手の中に宿る光に気が付く。霊と同じような、霧状の光だ。
これを使って何かできるのだろうか?
俺は手を前に出し、光を放出させるよう念じた。すると、光が俺の前で浮遊する。
おお、霊がでてきた。
しかも、あっちにいけと念じればその通り動く。これが俺のもう一つの力、操霊術なのかもしれない。
普通の霊と違って消えないな。回収は……いつでもできると。
魔素とかを纏わせれば、レイスのようになるかもしれない。そうしたらテイマーの従魔のように使役できるかも。
いろいろと試したいところだな。だけど今は──
俺は街道に横たわるウォーウルフの亡骸に目を移す。
そして短刀を抜き、ウォーウルフを肉と毛皮とに解体していった。荷物持ちは素材の収集も仕事。こんなのは慣れたものだ。
しばらくそうしていると、俺の外套を羽織ったレイナが木陰からあわてて出てくる。
レイナは俺の前にくると、深くお辞儀した。
「あ、あの! 本当にありがとうございました! えっと……」
「ああ、ごめん。俺はアトスだ」
「アトス様ですね! 命を救っていただき、しかもお召し物まで……どう、弁償すればいいか」
「弁償なんてそんな。安い消耗品だから、気にしないでくれ」
「そんなわけにはいきません! お返しするにも綺麗にしないといけませんし、お礼も……えっと」
レイナは腰のポーチを開き、麻袋の中を確認すると、すぐに絶望するような顔をした。
「ど、どうしよう……お金がないんだった」
「レイナ、本当にお金はいいから。それよりお金がないんだったら、これ」
俺は毛皮と肉を指さす。紐を通し、すでに持ち運べるようにしてあるものだ。
「地図だと、ここから二時間ほど歩けば街がある。そこでこれを売ったら結構な金額になるぞ。なにせ、ウォーウルフの毛皮だからな」
「そうなのですね! でも、これはアトス様が倒して解体されたものですし……」
「レイナも三体倒したじゃないか。全部持っていくのは無理かもしれないけど、一匹分の毛皮だけでも一か月分の宿賃にはなると思うよ」
「では、それでアトス様にお礼をさせていただければ!」
律儀な子だな……受けた恩には報いないと、すっきりしないのだろう。
「じゃあ、街まで一緒に行こうか」
「は、はい! ぜひご一緒させてください!」
俺たちは毛皮と肉を持てるだけ持って、街を目指すことにした。
しかし、レイナが持てるのはせいぜい一匹の毛皮だけ。
あとは俺が持っていって、街で分けてあげるとしよう。
俺は肉や毛皮に通した紐を、頑丈なロープに括りつけ、それを背中に背負う。
おっと……魔法が使えるんだったな。肉を腐らせないよう、凍らせていこう。
「コールドウェーブ……」
申し訳程度に魔法名を唱え、俺は肉を凍らせた。
レイナは作業する俺を、そのぱっちりとした目でじっと見つめていた。
「よし、行こうか」
「は、はい!」
街道を歩きだすと、レイナが俺にいった。
「魔法までお使いになれるとは……しかもそんなに持てるなんて。慣れてらっしゃるんですね」
「え? まあ、パーティーだと荷物持ちばかりだったから」
重荷を背うのは慣れている。だがそれでも、前まではこの半分しか持てなかっただろう。これだけ持てるのは修行のおかげだ。
「アトス様は、冒険者なのですか?」
「そうだね、一応は」
「なるほど……それでここまでテキパキとされているのですね! 魔物の解体といい、本当にお見事で!」
目をキラキラと輝かせるレイナ。
こんな俺でも、経験のない子はどこかできるように見えるのかもしれないな。年も年だし、熟練の冒険者に見えるのかも。まあ一か月も一緒に過ごせば、ただの雑用と気が付き、それは幻想だったと思うはずだが。
「いや、俺なんて……それより、レイナの剣の腕も相当だったな。誰かに鍛えられていたのか?」
「は、はい! 亡くなった父に! ですが、アトス様には全く敵いません。ただ、さっき叫ばれていた技名……」
神妙な顔で問うレイナに、俺は思わず顔が引きつりそうになった。
自分の「一心閃!」と叫んでいた声が頭に蘇る。恥ずかしいから、できれば触れないでほしかったな。ださいし……
しかし、レイナは興奮した様子でいった。
「もしかして、アトス様も残夜イッシン流剣術の使い手で!?」
ぶっと吹き出しそうになってしまった。
「え? ということは、レイナもイッシン流の使い手なの?」
「はい! 私の先祖が、イッシン流の開祖なのです!」
「そ、そうだったんだ」
とすると、この子はイッシンの子孫?
俺みたいな末端の冒険者は剣術の流派など知らなかったが、イッシン流は今も受け継がれているらしい。
「驚きました……まさか、私の村以外にイッシン流の使い手がいるなんて思いませんでしたので」
「え、そ、そうだな。珍しい流派だろうからな。俺も小さい頃、名前も知らないおじさんから教えてもらってさ」
矛盾しないよう、適当に嘘を吐いてごまかす。
「そうだったのですね! 私も父に教われたのは、数年だけで。でも間違いなく、父よりアトス様の剣が美しかったです!」
「そ、そんなことないでしょ」
「いえいえ! 一心閃! 竜刃斬! ……とても格好よかったです!」
興奮した様子でいうレイナ。
もう恥ずかしいから、思い出させないでくれないかな……
だがしばらくするとレイナは足を止め、真剣な眼差しを俺に向けた。
「やっぱりそうしよう……アトス様、身勝手なお願いであることは承知なのですが」
レイナは目を瞑り、すっと息を吸う。
「私を……アトス様の弟子にしてはいただけないでしょうか!!」
それは思ってもみなかった申し出だった。