3話 35歳おっさん、霊と修行する
早速、俺の特訓ははじまった。
まずはアネッサから魔法を教わることになった。何故最初なのかといえば、後に教わる剣技と体術に、魔法を組み合わせるためだという。
「……であるからして、魔素を目にすれば、そんな適性なんて言葉はでてこないはずなんです。魔素は空気中に存在するのですから、誰でも扱えるのですよ」
「なるほど……」
一週間にわたるアネッサの講義でわかったことは、魔法の適性などなくても、魔法は使えるというものだった。
「……だけど、アネッサ。それなら、結論からいってくれれば……」
今のアネッサは霊体のため、魔素を僅かしか集められない。それもあって、実技は皆無で、ほとんどがこうした口による指導なのだ。
「何を言いますか! 基礎ができてなければ、今後の応用は不可能! 魔法の面白いところは、魔素を操り、技を自分で編み出せることなんですよ!」
「は、はい……」
こんなことをもう何か月も続けたかも分からない。
だが一年も経つと、俺は魔素を操り、指に火を灯すことができるようになっていた。そしてそれを自由自在に大きくした小さくしたりすることも。
「本当に魔法が使えるなんてな……しかも、こんな自在に」
アネッサはにっこりと微笑む。
「ほら、できたでしょう? 呪文なるものを唱えなくても、魔法は使えるのです!」
「詠唱はいらないか……魔法大学のやつらが聞いたら、たまげるだろうな」
「ずいぶんと魔法の技術が衰退してしまったのですね……ともかく基礎は完璧ですから、あとは私の考案した技を覚えてもらいます」
最初は数千年を覚悟したアネッサの講義だが、基礎が裏切らないというのは事実だった。
十年もしたころ、俺はアネッサの全ての魔法を習得していたのだ。
俺は神殿の奥に、極大の炎魔法ファイアーストームを放つ。
しかし、神殿の壁が破れることはなかった。
「なるほど。神殿中の魔素を吸収しても壊れない……魔法だけでは壊せないというのは、こういうことか」
「ええ。でも、これで私の教えられることは全て、アトスさんに教えました。次はマスター・ヘブン、あなたの番です」
アネッサの声に、両手の拳を突き合わせるマスター・ヘブン。
「しゃあっ! 流派天空無敗の指導法は超絶厳しいからな! まずは殴り合いからだ! あ、魔法は最後まで禁止な」
「い、いきなりかよ?」
「体で覚えるのが早いに決まってるだろ?」
「そりゃそうかもしれんが……っ!?」
マスター・ヘブンは、いつのまに俺の眼前へと拳を突き出していた。
もちろん、霊体なのですり抜けていく。
「うぉっ!? ……し、死んだと思ったぞ」
「ああ。俺が霊体じゃなかったら、お前はもう死んでるぜ? ほら、まだまだいくぞ! あたたたたたたたっ!」
「お、おいおい! 待てって! くそっ!」
俺はとにかく、マスター・ヘブンの拳や蹴りを避けようと努めた。
しかし、どんなに避けようとしても体に当たる。拳の速さと気迫のせいか、霊体相手なのに痛むような錯覚を覚える。
その内、ただ避けようとしても無駄なことに気が付いた。
こちらから攻撃を加え、相手の攻撃を制限しなければと。
「お、ようやくわかったか! 攻撃こそ、最強の防御だ!」
マスター・ヘブンは嬉しそうに呟いた。
もちろん、俺の拳は届かない。当たったところで、霊体なのですり抜けるだけだろうが。
だが、マスター・ヘブンは俺の攻撃が実際に当たるかのように、体を躱してくれた。
それから十年ぐらいだろうか、俺たちはただひたすら拳を交えた。
そしてついに、俺の拳がマスター・ヘブンの頬に届く。
マスター・ヘブンは本当に殴られたように、吹っ飛んだ。
「マスター・ヘブン、大丈夫か!?」
「へっ……ようやく、一本だな。まだまだいくぞ! 千本は取ってもらう!」
それから十年、俺はマスター・ヘブンの動きを観察した。
空中からの蹴りなども含め、すべてを見切り、その技をすべて自分のものとした。
俺の拳がマスター・ヘブンの胸を打ち付けると、マスター・ヘブンはふっと笑う。
「アトス、完璧だ。お前の一撃、俺の心臓に伝わってきたぜ。お前は流派天空無敗の全てを習得した。その拳に魔素を纏わせ、神殿の奥を叩け」
「わかった」
俺は言われた通り、神殿中の魔素を拳に纏わせ、神殿の奥に走った。
その勢いで、壁に拳を突き当てる。
すると、壁は一瞬にして粉々になった。
「やったか!? ……うん?」
だが、拳は奥の見えない壁に阻まれる。
「……透明の壁?」
俺が目をぱちくりとさせていると、マスター・ヘブンがいう。
「これが最後の壁だ。おそらくは、時空の壁。これを破るには、あのじいさんの剣が必要だな」
「うむ。最後はワシじゃ。このイッシンがお主に剣技の神髄、ワシが編み出した残夜イッシン流剣術を教える。剣はあるかのう?」
「ああ、短いが……」
俺は自分の腕ほどの剣を見せる。
「なんでもよい。動きはマスター・ヘブンに教わったから、ワシとの稽古は最低限でよかろう。それじゃ、まず素振りを百万回!」
「百万回!?」
「文句を言わずやるのだ! ワシの指導は絶対じゃ!」
「わ、わかった!」
俺はいわれた通り、剣を振り回した。
「そうじゃない! もっとピシッとして、こう、パッとじゃ!!」
「ピシッとか、パッじゃ分からねえよ!」
「ええい! 覚えの悪い奴め! こうじゃ、こう!」
正直、イッシンの教え方に一番苦労した。誰よりも抽象的なのだ。教わった長々とした技名も、一字一句覚えさせられたりと、やたら細かい。
だが、素振りを五年も繰り返している内に、この世で斬れないものはないと思えるようになってきた。
また、イッシンもマスター・ヘブン同様、俺との稽古の際は、肉体が存在するかのように動いてくれた。
そうしてさらに五年稽古を重ねてた時、俺の剣がイッシンの腕をかすめる。
すると、霊体であるはずのイッシンの腕に、大きな傷ができた。
「っ!? 大丈夫か、イッシン!?」
「よい、気にするな……それよりも、よくやったのうアトス。これなら、あの壁も切れるはずじゃ」
「本当か?」
「うむ。本来魔法なしでは斬れぬ我が体を傷つけたのだ。お主は時空を切ったのじゃよ。あの壁も切れるじゃろう。威力を増大させるために魔素を乗せて、すっと斬りつけるがよい」
「わかった、やってみる」
俺は神殿の奥に立ち、三人が見守る中、大きく息を吸う。
「いくぞ……」
俺は時空の壁に、魔素を纏わせた剣を振るった。
すると、壁に綺麗な切れ込みがはいり、みるみるうちにヒビが周囲に広がる。
ついには壁がガラスのように砕け、神殿全体が光となって消えた。
同時に、俺の頬をぽつぽつと雨が打ち付け、東の空から陽が差し込む。
「やった!! ついに出れたぞ!!」
イッシンたちは喜びを口にし、諸手をあげる。
そんな彼らを祝福するかのように、雨はやみ、青空が広がっていった。
「綺麗じゃな……」
「ええ、本当に綺麗です」
「青空がこんなに美しく思えるなんてな」
空を見上げ喜ぶイッシンたち。
「ワシもようやく、子や孫の顔が見れるのう」
「でもよお。みんな、イッシンみたいな爺さん婆さんになってるかもな」
「マスター・ヘブン。それをいったら、あなたの恋人もその可能性があるのですよ……」
「あっ……」
俺は四十年ぶりだが、彼には五千年ぶりの空だ。三人の顔には涙だったり笑いだったり、いろいろな感情が浮かび上がっていた。
しばらく空を見ていたマスター・ヘブンは、俺に顔を向けると、頭を下げた。
「アトス。本当になんとお礼をいっていいか! お前は男の中の男だよ!」
「ええ。いつでも神殿から出れたはずなのに、私たちを解放するために頑張ってくれた……アトスさんには、感謝してもしきれません」
「体が老けぬとはいえ、数十年もワシらのために費やしてくれたのだからのう。アトスよ、ありがとう」
アネッサもイッシンも同様に俺に頭を下げる。
「いや、俺も皆から色々なことを教えてもらった。それにあまり長く感じなかったんだ……楽しかったからかなあ。ずっと、仲間なんていたことなかったからさ」
数多のパーティを転々とした俺にとって、こうして長い間誰かと何かをするのは、初めての体験だった。
訓練の合間に彼らのこと、俺のこと、バカみたいなことも話した。
これでお別れなんて悲しすぎる。だけど、彼らが待ちに待った瞬間だ。笑顔で見送ろう。
「仲間か……ワシらも楽しかったよ。なにせ、五千年ぶりの友人じゃったからのう」
イッシンは笑うと、少し寂しそうな顔で続ける。
「じゃが、もう行かねばならぬ。ワシらが帰るべき場所へと」
イッシンたちの体は、次第に透明になりつつあった。
「これで、お別れなんだな……」
俺がそういうと、イッシンは意外なことを口にする。
「どうじゃろうなあ。ワシらが暇な時じゃったら、助けになってやってもいいぞ」
「え?」
「あとは若い姉ちゃんがいる時とか……アネッサ、そう睨むでない。じゃあのう、アトス。短い人生、楽しむのじゃぞ!」
イッシンがいうと、マスター・ヘブンも続ける。
「もう、しょぼくれた顔はするんじゃねえぞ! お前はなんたって、流派天空無敗の弟子……いや、もうお前こそがマスター・ヘブンなんだからな! 困ったら、師匠の俺を頼りな!」
「アトスさんはお優しいですし、きっといい仲間ができますよ! 私たちも、何かあれば力を貸しますから!」
そういってアネッサたちは消えていった。
「あ、ありがとう、皆! しかし、まるでまた会えるみたいな口ぶりだったな……うん?」
俺の頭に、声が響く。
進化条件を満たしたため【霊視】を【霊験】へと進化させます。
降霊術が使用可能になりました!
操霊術が使用可能になりました!
霊葬術が使用可能になりました!
英霊イッシンの降霊が可能になりました!
イッシンとの契約により、ユニークスキル【心眼】を獲得!
英霊アネッサの降霊が可能になりました!
アネッサとの契約により、ユニークスキル【神魔】を獲得!
英霊マスター・ヘブンの降霊が可能になりました!
マスター・ヘブンとの契約により、ユニークスキル【金剛】を獲得!
こうして俺の長い修行は終わるのであった。