2話 35歳おっさん、英霊が見えてしまう
「しゃ、しゃ……しゃべったあぁああああ!」
三人は目を丸くして大声で叫んだ。
いちいちうるさい奴らだ。驚きたいのはこっちだよ。
すると、立派な白髭の男が俺に問う。
「お主、ワシらが見えるのか!?」
「え? そりゃ当然」
「なんと!? この場所を見つけた初めての者が、ワシらを認識できるとは! これで、ワシらも自由になれるぞ!」
白髭の男は、他の者たちと手を合わせて喜んだ。
「待て待て、どういうことだ? あんたたちは?」
「おお、これはすまんすまん。ついはしゃぎすぎてしまったわい。ワシはイッシンと申す剣豪じゃ」
白髭の男はイッシンというらしい。たしかに剣豪らしく、刀を佩いている。
「私はアネッサ。賢者アネッサです」
魔導服を着た可愛らしい少女はそう名乗る。
大きな三角帽子と杖が、いかにも賢者といった風貌だ。
「俺は古今東西無敗マスター・ヘブン。最強の武術師だ!」
「はあっ!」と叫び、脚を振り回すのはマスター・ヘブンを名乗る若い男。
自分で最強とか言っちゃうんだ……
「俺はアトスだ。イッシン、アネッサ、そしてマスター……ヘブン。神官には見えないが、あなた方もこの神殿で寝泊まりを」
「うむ。毎日じゃ、もう五千年になるか?」
イッシンの言葉に、アネッサは「正確には五千二十年と八十日経っています」という。
「五千年? あんたたち、ふざけているのか?」
「大真面目じゃ。なにせ、ワシらは普通の人間には見えない。霊じゃからな」
「霊……」
先程から気になっていたが、イッシンたちの体からは、よく見ると霊体の魔物と同じような霧状の光がきらめいている。
とすると、彼らは死者なのか。
冒険者という仕事柄、何度か人や魔物が死ぬところを目にしたことがある。
その時、他の人間には見えないが、俺には亡骸からうっすらとした光が抜け出るのが見えるのだ。その光がおそらく霊だと俺は考えていた。
しかし、俺が知っている霊はだいたいそのまま上空へと消えていく。
中には、空へ上がるのを拒み、彷徨う霊がいたりする。それもやがては自然に消滅するが、まれに魔力を纏って、人を襲う霊体の魔物へと変化するのだ。
だが、人の形をした霊を見たのは初めてだ。ふつうは皆、光の球のように見えるはず。
「つまりあんたたちは死者っていうことか……だが、俺が知っている霊とはだいぶ様子が違うな」
俺の言葉に、イッシンが頷く。
「そうじゃろうな。普通、肉体を失った霊は天へと旅立つ。だが、ワシらはこの神殿に閉じ込められた霊なのじゃ」
「閉じ込められた?」
「うむ。ワシらはその昔、勇者とともに魔王を倒した。じゃが、勇者は王からの褒美と領地を独り占めするため、ワシらをここで謀殺したのじゃ……」
「ろくでもないやつだな」
俺がいうとアネッサが呟く。
「もとはあんな方ではなかったのですが……でも、よりによって霊縛の神殿に封印するなんて」
「霊縛の神殿? あんたたちが人間のような姿なのは、そのせいなのか」
「恐らくはそうかと。この神殿はもともと、魔王によって生み出された亡霊のダンジョンでした。霊を内部に留めるため、外部と隔絶されています。普通は外から見ることも触れることもできません」
「そんな場所に俺が……」
俺は【霊視】があるから、この神殿を見つけられたのだろうか。イッシンは俺を初めての者といっていた。街道沿いにあるここに誰も気が付かないのはおかしいし、きっとそうなのだろう。
マスター・ヘブンは目を輝かせ、両手で俺の手を握る。霊体なので感触はないが、何か迫るものは感じた。
「それでだ、アトス。さっき、強くなりたいって言っただろ?」
「え? き、聞こえていたのか」
「ああ、しょぼくれた声の切ない願いがな。あの願い、俺たちが叶えてやる。だが、俺たちの願いも聞いてくれないか」
「願い?」
「この神殿を破壊して、俺たちをここから解放してくれ」
三人は、急に真剣な眼差しを俺に向けてきた。
「この神殿を壊すか……誰かに頼むのは、難しいな」
こんな街道沿いにあって、ここに入ったのが俺だけ。普通の人間には、この霊縛の神殿は見えないはずだ。
見えないものを壊せなんて、誰も引き受けてはくれないだろう。なにより頼める相手も依頼のためのお金もない。
イッシンがいう。
「お主の考えていることはだいたいわかる。大工たちに解体を頼もうとしているのだろう。じゃがそもそも、この神殿を壊せるのは内部からだけじゃ」
「つまり、俺しか壊せないと?」
「そうじゃ。しかも、魔法だけでも力技だけでも不可能。この神殿を破壊するためには、ワシらの持つ全てをお主に教えてやらなければならない。五千年、研鑽を続けたワシらの技をな」
「五千年の技……興味はある。しかし、気の遠くなる話だな」
一人五千年だとして、一万五千年で積み上げた経験か……
圧縮できるにしても、全てを教わるのにどれだけの時間がかかるやら。
だが、俺の心配を察したようにアネッサが語る。
「安心してください。ここはもともと、亡霊が生者に永遠の苦しみを与えるためつくられたダンジョン。生者が中にいると、外の世界の時間が進むことがないのです。体は老けませんし、飢えも眠気も感じません」
「つまり、ここなら俺は不死だと?」
「そうなります。ただ、アトスさんの精神がもつかは分かりませんが……」
マスター・ヘブンはアネッサとの間に入り、俺に迫った。
「アトス、やるよな!? やれるよな!? 強くなって、世界を見返してやりたいんだろ?」
「いや、そんなのはべつに望んじゃいないが……」
「頼む! アトスがやってくんなきゃ、俺たちは次いつ人と会えるか分からない! 俺は……恋人とあの世で会うこともできないんだ!」
「マスター・ヘブン……」
他の二人も悲痛な面持ちだった。五千年も経っていれば、彼らの家族や友人はとっくにあの世だろう。
もちろん、非力な自分への悔しさはある。
だが、それ以上に彼らを救いたい。
ここで俺がやらないといえば、彼らはまた悠久の時をここで過ごすことになってしまうのだ。
──とても見過ごすなんてできない。
「……わかった。やろう」
「よくいってくれた! お前は男の中の男だ、アトス!」
マスター・ヘブンは興奮のあまり、俺に抱き着く。霊体なのですり抜けるだけだが。
三人は顔を明るくして、手を合わせるのであった。