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14話 35歳おっさん、挑まれる

「い、イルジェ様!」


 他の試験官が、イルジェの元に駆け寄り、回復魔法をかけた。


 だが、イルジェは気にするなと言わんばかりに、手を差し出した。


 そしてなんとか、力を振り絞るようにして立ち上がる。


「しょ、諸君……これで分かっただろう。冒険者に必要なのは、なんとしてでも目標を成し遂げるという強き思い……私はあのアトスのその断固とした鉄のような意志に胸を打たれ、折れたというわけだ……」


 イルジェはそんな取ってつけたかのようなことを、胸をばんばん叩きながらいった。お前の気持ちが届いたぜと言わんばかりに、俺に熱い視線を送ってくる。


 そんなイルジェを見て、受験者たちは涙を流していた……本当に大丈夫か、こいつら。


 イルジェが本当に冒険者としてSSS級の実力を持っているかはわからないが、役者としては一流だと認めてもいいかもしれない。


 ふらふらとしながらも、イルジェは叫ぶ。


「おめでとう、アトス! さあ、皆も冒険者になるため、その意思の強さを示すのだ!!」


 他の冒険者たちがおおと声を上げる。

 その後イルジェは、俺に親指を立てながら満面の笑みを見せ、他の試験官に支えられながら闘技場をでていった。


 それに合わせ、他の試験官たちがそれぞれ試合のため、受験者の名を読み上げ始める。


 なんだか納得できないが。まあ、合格ならいいか……


 それに俺も反省しなければいけない。力の加減がまだまだだ。まさかあそこまで吹っ飛ぶとは思わなかった。


 受験者のほとんどは、イルジェがわざと負けたと認識してるだろうが、一部の人間は俺が危険だと思ったかもしれない。


 事実、試験官たちは俺を見て色々と話し込んでいる。誰と戦わせるか迷ってるのだろう。

 

 すると、ひとりの試験官が俺のもとにやってきていった。


「あ、アトス。聞けば、君は王国で二十年も冒険者をやっていたようだね。そういうことなら、君はもう試験は……うん?」


 試験官は、俺から視線を横に移した。そこにいたのは、切れ長の目で俺を睨む、若い女の子だった。


 年はリエナとそう変わらないだろうが、背はわずかに高い。着ている水色を基調とした半袖のワンピースには、スカートの部分の側面にスリットがはいっている。これはよく武闘家の女性がよく着る服だ。白銀の髪はさっぱりと首の部分で切りそろえられている。


 女の子は、試験官にいう。


「この男と、私を戦わせて」

「き、君は……たしか今年の帝国拳闘会、若年の部の優勝者……アリサ。し、しかし君はもう試験を受ける必要は」

「私が負けるとでも?」

「い、いや、そういうわけでは……わ、分かった。許可しよう」


 せっかく、これで合格だと思ったのに……まさか自分から挑みにくる子がいるとは。


「では、アトス。アリサ。互いに五歩離れなさい。そこから……ちょ、ちょっと!?」


 試験官の言葉の途中で、アリサはすでに足を振り回していた。


 素早い足技が、俺の顔に迫る。


 俺はすっと頭をさげて、それを避けた。


「おい、いくらなんでも急……すぎっ!?」


 こちらが喋る暇もなく、アリサは拳を俺に向けていた。


 逆に俺は、足でアリサを払おうとする。すると、アリサはすっと身を引いた。


「見た目によらず、軽い身のこなしね」

「まあな。いい師匠に鍛えてもらったんでね」

「さっきの天空拳ヘブンズフィストもその師匠から?」

「あ、ああ、聞いていたのか」

「ええ。熱のこもった天空拳の音をね。私、いや私の父よりも熱い、天空拳。今まで見た誰よりも、暑苦しい天空拳だったわ」

「……そう」


 なかなか技名を叫ぶクセが抜けない俺が悪いのは分かってる……だけど、そう連呼しなくたっていいじゃないか。


 アリサは拳と脚で俺に攻撃をしかけながら、俺にいった。


「流派天空不敗、その本家の娘に褒められるのよ? もっと喜んだら?」


 なるほど、この子もレイナのように、俺の師匠の子孫だと。

 でも、マスター・ヘブンって結婚してたのか? たしか、恋人とかいってたはずだが。


 まあ、それはどうでもいい。ともかく、アリサは俺も習得した流派天空無敗の使い手なのだ。


 レイナと違いクールな性格をしてそうだが、万が一また修行してくれなんていわれたら、いくつ体があっても足りない気がする……


 ここは素直に負けてみるか?


 俺はアリサの攻撃を防ぎながら、答える。


「悪いが、言っていることがよく分からないな。流派天空不敗? 帝国の拳法か? 俺は王国人出身なんでね」

「知らないとは言わせないわよ。なんせ、流派天空不敗は亜流も含めれば、道場は大陸中にあるのだから。どうして、しらばっくれるの?」


 さっそく嘘だと思われているらしい。俺の演技が悪いのか。ここはさっきのイルジェのほうが一枚上手だな。


 アリサは一度距離を取ると、俺に続けた。


「それにあなたは明らかに手加減をしている。拳は嘘を吐かないわ……次は私の奥義を見せる。あなたもそれに応えなさい」


 天空雷霆らいてい破のことか……


 だがそれを打ったら最後、アリサを空の彼方へと吹き飛ばしてしまうだろう。


 マスター・ヘブンがそうしてくれたように、俺も本気で応えたいが、互いに生身なのでそうもいかない。


「わかった……」


 俺は拳を構える。すると、アリサも同じように構えた。


 構えは一緒か。


「行くぞ……!」

「ええ!」


 俺たちは互いに向かって走りだした。


 そして拳を突き出すと、アリサもそれに拳を向けてきた。


「天空雷霆破!!」

「天空りゃいていは!!」


 アリサが少し噛んでしまったのを聞いて、拳がもう少しでぶつかり合うという時……そこで俺はぴたりと拳を止める。


 すると、アリサの拳が、俺の拳にこつんと当たる。


「舐められたものね……やっぱり私は駄目なんだ。技名を間違えるし」


 アリサは肩を落とし、拳をひっこめた。


「い、いや、技名なんて間違えたっていいじゃないか……」

「いや、駄目よ。ずっと練習したのに。天空雷霆破、天空雷霆破……あんなに」


 俺に及ばなかったのが悔しいというよりは、なんだか技名を間違えたことを悔いている感じだ。ちょっと恥ずかしそうでもある。


「ま、まあ誰でも間違いはあるさ」

「気にしないで。己の力不足は分かっている。私の負けよ」


 そういうと、アリサは審判に負けたといって、闘技場を去っていくのだった。

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