13話 35歳おっさん、試験を受ける
「こ、ここが試験会場ですか」
レイナは天を仰ぐようにしていった。
俺たちの前に現れたのは、巨大な円形の建造物。十階はありそうな高さで、壁はアーチや柱、彫像で飾られている。
「ここは、闘技場だな」
「闘技場?」
「闘技場は、人と人、あるいは獣や魔物との戦いを見て楽しむ場所だ」
「ず、ずいぶんと悪趣味な話ですね」
「ああ。だから、随分前に試合自体は禁止されているはずだ。今は誰かが演説したり、演劇を見たりする場所に使われるのが、ほとんどじゃないか」
「なるほど! それにしても大きいですが……」
「そうだな。王都で見た闘技場の、三倍はありそうだ」
数万人は入れるんじゃないだろうか。さすが大陸一の大都市だ。
「それに、なんだか入っていく人が多いですね」
「もしかしたら、俺たちと同じように冒険者試験を受けに来たのかもな」
見るだけで、数十人は闘技場へ入っていく。後ろからも、まだまだ入ってきそうだ。
「いや、そんなわけないか……」
だが、闘技場に入ると、もっと驚くことになった。
受付みたいな場所で、証明書となった地図を提出し、俺たちは中に入る。
すると、そこには軽く数百人は超える群衆がいたのだ。
しかも皆、剣や杖などの武器、鎧などの武具を装備している。まだ幼そうな若者が多いのを見るに、彼らも冒険者試験を受けに来た者たちだろう。
なるほど。これだけ多いと、個別に試験をしていては時間が足らない。だから集団での試験にしたのか。さっきの受付嬢の話だと、試験はしょっちゅうやっているようだったし。
だが、どうやって試験するのだろうか……うん?
群衆の注目が一点に集まる。視線の先には、お立ち台に上がる一人の金髪の男が。
「あれは、さっきの……」
レイナの言う通り、上がってきたのは俺たちの知っている男だった。帝都のギルドに入るなり、俺たちに絡んできた男だ。
「たしか……い、いる……」
名前を思い出せないでいると、レイナがいう。
「イルジェさん、だったかと」
「そうだ、イルジェだ」
そのイルジェは、お立ち台に上がるなり声を上げた。
「冒険者を志す諸君! 僕は諸君の試験官、その長であるイルジェ・ファン・エーベルリットだ!」
あのイルジェは、なんと試験官の長だったらしい。
そして次にこういう。
「よもや僕の名を知らぬ者はいないと思うが、自己紹介を。僕はエーベルリット伯爵家の三男にして、帝都で唯一のSSS級冒険者である!」
SSS級? 帝国では、冒険者にランクがあるのか。王国では魔物はランク分けしていたが、SSS級は聞いたことがない。最高がS級だったので、その上だろうか。
その後も、イルジェは長々と自分のことを話し続けた。先祖がどうだの、初めて魔物を殺したときはどうだっただの。他の受験者たちは、よく真面目に聞いてるものだ。
十分ぐらいすると、イルジェはようやく本題に入る。
「今の話を聞いて、君たちも僕のような冒険者になりたいと思ったことだろう! ……されど、その崇高な使命ゆえに、冒険者は過酷な仕事である! だから適性のある者でなければ、冒険者は務まらないのだ!」
イルジェは大声で続ける。
「これから選抜のため、試験を始める! 各試験官が名前を呼ぶ! それから呼ばれた同士で決闘をしてもらおう! 何度かそうしてもらい、最終的に残った者が冒険者となる!」
トーナメント方式で冒険者を選別していくか。たしかに、それなら強い者だけが冒険者になれるな。
「だが……」
イルジェは突然、何かを探すように周囲を見渡すと、俺に目を留めた。
「まずは、色々手本を見せなければなるまい。アトス! こっちへ来い!」
そういってイルジェは、お立ち台から下りた。
どうやら、俺に何かをしたいらしい。
まあ十中八九、さっきの恨みを晴らしたいとか、レイナにいい姿を見せたいとかだろう。
変に恨まれたな……
だが、ここでは試験官であるやつの言葉に従うしかない。
俺はイルジェのもとへ向かった。
イルジェは俺の背中に手を回すと、こういった。
「よくきた、アトス! 皆、聞いてくれ! このアトスはな、三十五歳にして冒険者を志している男だ!」
「おいおい、王国でやっていたって言ったろ?」
俺の声を無視して、イルジェは続ける。
「その志は素晴らしい! だが、だがな、アトスよ……お前は無理なのだ! 少し年下の僕は、お前に恥を掻かせたくはない。お前は他の試験者との試験ではなく、僕が相手してやる!」
おっさんで【霊験】とかいう訳の分からないスキル持ち。
若者と戦えば、確実に負けるとでもいいたいのだろう。
だから、最強の冒険者である自分に負けたということにし、俺の名誉を守ってやるか……
当然、それは建前だ。単に俺を大衆の面前でボコボコにし、恥をかかせたいだけ。
「ほら、これを持って十歩向こうに立て!」
俺は木剣を受け取ると、言われたとおりイルジェから十歩離れ、振り返る。
周囲からは、可哀そうなおっさんだの、あの年で馬鹿じゃないかだのと聞こえてくる。
どいつもこいつも……誰がいくつから冒険者を目指そうがいいじゃないか。
イルジェは木剣を構え、俺にいった。
「よし! いまから、十秒後試合開始だ! 本気でこい! 本気で俺に思いをぶつけろ!!」
「じゃあ、遠慮なく……」
ちょうど十秒経つと、審判らしき試験官が「始め!」と声をあげた。
その声が発せられると同時に、イルジェは剣を突き出して走り出す。
「行くぞ、アトス!! もっとも高貴なるエーベルリット流剣術! 奥義、六連星!!」
イルジェは刺突を繰り出しながら、こちらに突っ込んでくる。
たしかに速い。だが、これぐらいなら捉えられる。
俺は木剣を捨てると、拳を構えた。
なぜ剣でなく、拳にしたかだって? 木剣が折れて、木片でも刺さったら可哀そうだからな。べつにムカついたからではない。
「我が剣の藻屑となれ! なっ!?」
俺はイルジェの剣をすっと避けると、その腹に拳を突き出した。
「天空拳!!」
「んぶぉっっおおおおお!?」
イルジェは目をひん剥いて、吹き飛んでいく。
そして闘技場の壁に打ち付けられた。
「あっ……あっ……」
よかった息はあるようだ。しかし、その場で失禁してしまっている。
もちろん手加減はしたし、魔素でイルジェの後ろに風魔法を展開していた。
だけどそれでもやりすぎだったか……
イルジェが壁から地面に滑り落ちると、審判ははっとした顔で試合終了を告げた。