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姫騎士クッコロ

作者: 須方三城


 ライスくんは将来有望な魔王軍の少年将校。

 種族はダムドオルフ。オークのカッコいい牙とダークエルフの美形、良い所をハイブリッドした混血種。


 将校としての辣腕を振るう麗しい少年。


 ああ、囚われてしまったならば、それはもうきっと……ふふふのうふふ。

 ライスくんが捕虜になってしまう日が待ち遠しい。


 と言う訳で。

 既に捕虜になったライスくんをこちらの地下牢に用意しております。


「くっ……殺せ……!」


 苦悶の表情を浮かべる褐色美少年、ライスくん。

 身をよじると、首輪と手錠に繋がれた鎖がじゃらりじゃらりと音を立てる。


「何をされたって、僕は情報を売ったりしないんだぞ……!」


 ライスくんは部下からも「ライスくん将軍ちゃん」と呼ばれて慕われる立派な将校。小さくたって一人前。

 自分の命惜しさに、仲間の情報を売ったりなんてしないのです。


「良い覚悟だ、少年魔族」


 ふふっ、と微笑を浮かべながら木椅子から立ち上がった騎士。

 名をクッコロ・ファーラリス・ネイルペンチ。


 ネイルペンチ王国の姫君にして、王立騎士団所属。

 厚い生地で仕立てられた騎士制服の上からでも女性的なボディラインがよくわかる。

 初めて対面した時、ライスくんは不覚にもドキッとしたほど。

 なお、ドキッとして隙だらけになった所に容赦の無い回し蹴りを喰らい、ライスくんは現在に至る。


「覚悟を決めてくれているのは助かる。私は子供相手だからと言って、容赦のできる人間ではない」


 クッコロがライスくんを睥睨する目を細めると、ぎらりと眼光が光った。


 彼女の容赦の無さを身に染みて知っているライスくん。

 刃――いや、銃弾のように自らを貫く鋭い眼光に怯え、背を壁に張り付けてしまうが……すぐに口をきゅっと結んで姿勢を直した。


「ふむ。厄介な表情だ。恐れを知らない訳ではない。恐れを知っていてなお、それを喰らい尽くしてやろうと言う意気がある。恐れ知らずを謳う無知蒙昧な連中より、よほど手ごわそうだな」


 クッコロは溜息を吐くと、やれやれと肩を落とした。


「だがまぁ、仕事は仕事。仕方なくやる事と書く。無駄な労力に終わるかも知れんが、やるだけやろうか。拷問」

「くっ……すごく雑なモチベーションで拷問されちゃうのか、僕は……!」


 たまったもんじゃあない。


「あー、えーっと。まずはー……」


 クッコロはすごくしんどそうに首をぼりぼりと掻きながら、地下牢の隅っこに持ち込まれたアイテムボックスを漁り始めた。


「あったあった。ネイルペンチ王国秘伝・猿でもゲロり出す拷問ガイド」

「ま、マニュアル本……?」

「うむ。拷問に関して、私は完全な初心者だ。騎士になって日が浅いものでね」


 ちなみに「騎士とは言え、姫君に汚れ仕事を任せるのはどうだろう……」と言う議論もあったそうだが。

 国王夫妻の「可愛い子には色々と経験をさせてあげたい」と言う親心により、今回の拷問が実現した。


「つまり君は、私のチュートリアルだ」

「く、くそう……魔族の命を何だと思って……!」

「自然の恵みだと思い、感謝している。私の糧になってくれてありがとう」

「ごはん扱い……!」


 いただきます・ご愁傷様、二つの意味を込めて、クッコロはライスくんに合掌。


「まぁ、安心したまえ。このマニュアルは我が国の人間国宝に指定されている拷問吏によって監修されており、本日ここに持ち込まれている器具も件の拷問吏が直々にチョイスしてくれたらしい。なので大丈夫だ」

「何に安心しろと?」

「たぶん、痛くない」

「絶対に痛いと思うんだけど!?」

「おいおい、これだから素人は」


 自分も拷問初心者のくせに、何やら偉そうにクッコロは鼻で一笑。


「プロはすごいんだぞ? この前、我が国の人間国宝の歯科医に虫歯を抜いてもらったが、まったく痛くなかった。予防接種や採血検査も同様。プロとはつまりそう言うものだ」

「拷問は痛くてなんぼだと思うんだけど!?」

「それはきっとアマチュアの話。プロの拷問は痛みを与えるだなんて酷い事をしなくても喋らせられるに決まっている。色々やってなんだかんだ心を開かせる的なアレだきっと」


 今に見ていろ、とクッコロはマニュアル片手にアイテムボックスを漁り始めた。


「まず初級の責めとして……えぇっと、この硝子カゴだな?」


 クッコロが取り出した透き通った硝子箱の中には、細長い鈍色の何かが――のたくっていた。

 まるで荒ぶる蛇のように、ハリガネめいた見た目のそれはびちびちびちびち、箱の中せましと暴れている。


「ひっ……!? な、なんだよう、それは!?」


 思わず、ライスくんはまた背中を壁に張り付かせてしまう。

 細長い虫はキモいもの。仕方が無い。


「バリカタハリガネムシ、えーっと……『主に虫型モンスターに寄生する寄生虫モンスター』、だそうだ」


 ふむふむ、とクッコロは頷きながらマニュアルを読み進めていくが、不意に首の動くが止まる。


「『バリカタハリガネムシは肛門などの狭い隙間から虫型モンスターの体内に侵入する性質があるため、拷問対象の爪の隙間に頭を入れてやると爪を剥がしながら体内へ侵攻する。爪を剥ぐ感触がキモくてヤダと言う初心者拷問吏向けの拷問生物』」


 …………………………。


「……これは――もしかして、すごく痛いやつでは?」

「だろうねッ!!」

「想像しただけで爪がじんじんする……」

「奇遇だね、僕もだよう!」


 クッコロはそっと硝子カゴをアイテムボックスに戻した。


 そして、猛スピードでマニュアルをめくり始める。

 クッコロは姫、教養として速読もマスターしている。

 姫の視力と眼筋を以てすれば、分厚い昆虫図鑑だって五分で読み切れる。


 クッコロは数秒の内にマニュアルを読破、パタンと閉じると――すごく青ざめた顔でライスくんの方を見て、


「……ぜんぶ、痛いやつだ……」

「だろうねッ!!(二回目)」

「なにこれ……絶対に死んだ方は楽なやつばっかりじゃあないか……一体、これを監修した人は何を考えていたんだ……!?」

「たぶん、誰かを傷めつける事だよ」


 だって拷問マニュアルだもの。


「一番、痛くなさそうなのがこの『爪の白い所をぎゅうっと押す』と言うやつなんだが……どうだろう?」

「僕に訊くの!? 普通に嫌だよ!? あとそれ実は結構な痛みだよ!?」

「だろうなッ!!」


 むぅ……! とクッコロは頭を抱えた。


「……と言うか、何を悩んでいるんだい……? いや、僕的には有り難いのだけれど……」


 戦場で魔族をばっさばっさと千切り投げ、見た目が美少年でしかない将軍にも容赦の無い蹴りを叩き込む猛者が。


「武器を持っていない相手を傷めつけるとか、外道の所業じゃあないか。容赦うんぬん以前の倫理だ」

「うん。そうだね。倫理的だね。君は絶対に拷問吏になっちゃあいけない人だよ」

「ん? 待てよ? ……そうか。貴様に武器を持たせれば良いのか!」

「何か変な事を思いついたね?」

「と言う訳でこの短剣をプレゼントしよう」


 クッコロは懐にしまっていた短剣をライスくんに渡すと、アイテムボックスからバリカタハリガネムシのカゴを取り出した。


「さぁ、短剣を構えるが良い、少年魔族! それで私は何の呵責も無く貴様の爪にこのヤバい虫をねじ込む事が――」

「ぺい」

「ああ!? 何故に短剣を捨てるんだ少年魔族ゥ!」


 構えたら拷問されるとわかっていて、構える訳が無いだろう。


「君がドアッホゥで僕は幸せだよ」

「少年らしいすごく良い笑顔で何て言い草を!!」


 ぐぬぬ……とクッコロは悔し顔。

 対して、ライスくんの表情には余裕が浮かぶ。


 ほんの数分前とは逆転状態である。


「往生際が悪いぞ、少年魔族! 捕虜なんだから拷問されるべきだとは思わないのか!?」

「痛いのはヤだよ」

「だろうなッ!!(二度目)」


 わかる。


 と言う訳で、クッコロは何も言い返せない。


 しばらく悩まし気に唸り、クッコロが出した結論は――


「くっ……これで勝ったと思うなよ!?」


 細腕に見合わない腕力でアイテムボックスを担ぎ上げ、クッコロ、実に前向きに検討された戦略的撤退!


 しかし、ふと足を止め、


「あ、拷問のついでに訊こうと思っていたのだが……食事に関して、アレルギー等はあるか?」

「え? ああ、うん。大豆は無理だけど……」

「そうか。料理番に伝えておく。……ごほん。それでは仕切り直して――くっ……覚えていろ、少年魔族! 必ず貴様から情報を聞き出してやるんだからな!!」


 慌ただしく、クッコロは地下牢を後にした。


「…………………………」


 ライスくんは溜息を吐きつつ、ぺたんと尻を下ろす。


「何の時間だったんだ、今の……」





▼▲▼騎士サー・クッコロ、本日の成果▲▼▲


【魔王軍将校・ライスくんは大豆アレルギー】


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― 新着の感想 ―
[一言] おひいさまにがんばられても困るので、適当に良さげな物件あてがったら、想像以上にエモかった的な感じ?
[一言] なんの時間だったんだ・・・・・・読者的にもそう思いました。茶番っぽくて面白かったです。
[一言] 一見たいしたことが無い情報を聞き出すことで、相手に情報をしゃべることへの忌避感を無くすというのは尋問の基本テクニック! この姫騎士クッコロ様、ボンクラのふりをして実は凄腕尋問官なのでは? (…
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