セバスチャンは眠っている主人の顔を眺める。
「ユーファネート様? お休みになられましたか?」
小さく問い掛けたが、自分の主人であるユーファネートは答える事なく可愛い寝息を立てている事をセバスチャンは確認する。寝る前に握られた手は今は緩んでおり、いつでも離す事は出来たが、なぜか意思とは別に離れる事を身体が拒否しているようだった。
「それにしても急に変わられたよな」
セバスチャンはユーファネートの寝顔を見続けながら呟いた。半年前にライネワルト家に雇われてからユーファネートについての良い話は聞かなかった。悪い噂と同情の言葉。同僚となった者からは、自分が担当ではなくなった安堵の表情と、これからの苦労を心配する表情とが半々くらいに入り混じった言葉を投げかけられていた。
「最近のお嬢様はわがままが酷くなってきている」
「お前が執事担当になってくれて助かったよ」
「なにかあったら言いなさい。旦那様と奥様には報告をしますので」
「妹さんの為にも辞められないよな。同情はするよ」
セバスチャンに掛けられた声は心配しながらも自分が「生け贄」にならなくて済んだとの空気を感じられるものであった。
「そこまでお嬢様はわがままだろうか?」
まだ本格的に専属執事にされておらず、研修中のセバスチャンはユーファネートのわがままの詳細を知らなかった。その為、お嬢様に喜んでもらう為に紅茶の勉強をしており、それ以外にも執事として必要な基礎的な部分を精力的に学んでいた。
ゲームの未来ではユーファネートの為に紅茶を淹れるも酷評され、そこから人格否定を含めた傍若無人な振る舞いをされ、妹に会う事も認められずに性格が曲がり、最終的にはユーファネートへの復讐を誓う。そして「君☆(きみほし)」の主人公と出会う事で妹とも再会が出来、ユーファネートへの復讐も果たして主人公と結ばれるのだった。
「この天使の笑顔を浮かべているお嬢様の為に一生を捧げられるなんて僕は幸せ者だ。ユーファネート様に認めてもらう為にも、僕の事でお嬢様が恥をかかない為にも頑張らないと!」
ゲームの人生を当然ながら知らないセバスチャンは幸せそうに寝ているユーファネートの手を両手で包み込むようにすると、決意表明をするように力強く頷いた。
「ところで『ショタガオ』ってなんだろう? 見ながら寝られると仰っていたから、僕の顔の事だよね? よく分からないけどユーファネート様が喜ばれるのなら、ショタガオと言い続けて貰えるように頑張らないと!」
セバスチャンはユーファネートの手のひらをもう一度握りしめるとユックリと手を離す。そしてなにやらムニャムニャと言っているユーファネートの姿を見て微笑む。そして一礼をすると音を立てないように部屋から出て行った。
◇□◇□◇□
「よし! やっぱりレオンハルト様にはここは突入してもらおう! 彼の装備とレベルなら伏兵が出ても大丈夫なはず」
希は休憩がてら見ていたギャラリーを終了させると続きからゲームを始める。なにか「もや」がかかったようでありゲームタイトルは見えない状態だった。しかし画面が切り替わった瞬間に鮮明になる。そこには凜々しい顔立ちのレオンハルトが剣を片手に主人公に笑みを浮かべていた。
『君が望む平和の為に存分と戦おう。俺の剣は君に捧げる』
その言葉と共に画面が切り替わり戦闘フィールドが表示される。そして希はレオンハルトを先頭とした紡錘陣形となるように各キャラを設置する。戦闘開始ボタンを押した瞬間、軽快な音楽が鳴り響きターンごとにユニットが行進していく。順調に敵キャラである帝国軍を撃破しながら希は先ほど取得したスチル絵を思い出していた。
「はー。それにしてもこれで全体の3割ってなんなのよ。運営って酷くない? 他の「君☆(きみほし)」のゲームとデータ連携しないとスチルが手に入らないなんて! レオンハルト様のスチル絵を早く揃えたいよー」
希は近くにあったレオンハルト人形を抱きしめて激しく転がり始める。ターン制なのでゲームに影響はないが、隣の部屋にいる弟から「うるさいよ。姉貴!」と壁を叩たかれていた。そんな弟の声を気にする事なく、希は休憩にと紅茶とお茶請けにピーナッツが入っているチョコレートを食べる。
「うーん! 美味しい! チョコレートもだけどピーナッツが混ざっていると格別だよね。なんか悪役令嬢のユーファネートが主人公の事を『落花生娘』と呼び続けるから好物になったじゃん。運営許すまじ!」
「姉貴! うるさいって!」
「なによ! もうちょっとでライナルト様のスチルが手に入るんだから邪魔しないでよ! それよりもコンビニでピーナッツ入りのチョコ買ってきてよ!」
「なんでだよ! それくらいは自分で買いに行けよ!」
◇□◇□◇□
コンビニなんて歩いて5分の所にあるんだから行ってきなさいよ!
「……。お……ま。お嬢様。ユーファネート様」
「一緒にアイス買ってきてもいいから行きなさいよ!」
生意気な弟をコンビニに追いやってゲームを始めた瞬間、誰かから声が掛かる。その声を弟と勘違いした希は、怒り気味に邪険に扱いながら起き上がった。
「あれ? 夢? え? どっちが夢?」
「お目覚めですかユーファネート様。随分とうなされていたようですが?」
「え? セバスチャン? あれ? 弟は? ゲームは? ライナルト様のスチルは?」
起き上がった希は軽く混乱しながら周囲を見渡す。そこはやはりユーファネートの自室であり、壁には天使の微笑みを浮かべた肖像画が飾られていた。少し寝ぼけ眼で肖像画を見ながら、希は心配そうにしているセバスチャンに向かって微笑んだ。
「おはようセバスチャン」
「おはようございます。ユーファネート様。なにか怖い夢を見られていたのですか? そんな時に席を外していたとは。申し訳ございません」
「いいのよ。昨日は言いつけを守って自室で寝たようね。褒めてあげるわ。こっちに来なさいセバスチャン」
申し訳なさそうにしているセバスチャンに希は微笑むと、ベッドまで招き寄せ抱きしめる。突然の行動に焦ったセバスチャンだったが、顔を赤らめながらも少し誇らしげにすると衝撃的な言葉を希に投げつけた。
「どうでしょうかユーファネート様。ぼく……私は立派にショタガオになれてますでしょうか!」
「は?」
ちょっとなにを言っているか分からないです。と言いたげな表情を浮かべた希に、セバスチャンは心配そうな顔を浮かべるのだった。