希は「君☆(きみほし)」を考えようとする
(まさか、セバスチャンが私の誕生日プレゼントだったとはね。これを知ったからセバスチャンはひねくれてしまったのかな? それとも、それを笠に着て、ユーファネートのわがままがエスカレーションしていったとか? あり得るわね。あのユーファネートなら、そうなっても当然よね。どのシリーズでもユーファネートは理想的な悪役令嬢だったもんなー)
アルベリヒとマルグレートの会話を目を閉じた状態で聞きながら、希は「君☆(きみほし)」の情報を思い出そうと必死になっていた。だが、どのゲームを思い出そうとしてもセバスチャンの情報は公式で発表されている内容と、ゲームの中で主人公と話していた会話。それとスチル絵しかない。
(どれも役に立たないー。セバスチャンに妹が2人も居るなんて知らない! 彼のお父さんとお母さんがすでに亡くしているなんて知らなかった。借金の形にユーファネートが買い取ったのも知らない。私が知っているのは、彼が腹黒執事だという未来の情報と、主人公との会話のみ……。どうするの? そもそもこの世界はどの「君☆(きみほし)」なのよ!)
「ん? ユーファネート? 目が覚めたのかい?」
「あら本当ね。どう? 少し落ち着いたかしら? 丁度、セバスがスープを持ってきてくれたみたいよ」
すでに2人の会話は終わっていたようで、考え込んでいた希は、ユーファネートの身体を心配している2人の視線が自分に向いているとは気付いていなかった。声を掛けられた望みは慌てて今まさに起きたように装いながら身体を起こす。狸寝入りをしていたとは気付かれていなかったようで、小さく欠伸をするとユックリと身体を伸ばす。
「随分とスッキリとしましたわ。それと良い匂いが……」
くぅぅぅ。と匂いにつられてユーファネートの身体が反応してお腹が鳴る。さすがに恥ずかしかったのか希は赤面するが、両親は微笑ましそうにしており、セバスチャンは食事の準備に忙しく、それどころではないようであった。
「ユーファネート様。料理長に食べやすいスープを作って頂きました」
「あら、そう。では頂きましょう」
希は美味しそうな匂いがするスープにスプーンを入れ味わうように飲む。思ったよりも素材を重視した味であり、病人の事を考えたスープになっていた。
「美味しい……」
思わず感想を口ずさむ希を、両親は軽い驚きの表情で見る。今まで食事をしてユーファネートが感想を述べたことはなかった。むしろ、なにを食べても「美味しくない」と、ジュースやお菓子ばかり食べていたのである。
「あらあら。やはり体調が悪いようね」
「そうだね。スープを美味しそうに飲むのを初めて見たよ。いつもは手も付けないのに」
どんだけわがままだったのよ! と、希が小さく呟くほどユーファネートの偏食は酷いようであった。
「そ、そうですわね! 1日高熱で寝てましたから、身体が塩分を求めているのでしょうね。でもスープは美味しいですわ! 後で料理長にお礼を言わなくては」
「ど、どうしたんだい!?」
「ユーファネート? 本当に大丈夫なの?」
「私達使用人にまでお心を届けて下さるなんて……ユーファネート様。なんて心お優しき方なのだろう」
今度こそギョッとした表情でアルベリヒとマルグレートがユーファネートを見る。そんな言葉を一度も言ったことがない愛娘に、熱の影響でおかしくなったのではと本気で心配をし始める。
さすがにいつもと違う発言だったと気付いた希は、焦ったようにスープを飲み干すと疲れてますアピールを始める。
「少し疲れましたわ。お父様、お母様。今日は体調も悪いままですし、休ませて頂いても?」
「あ、ああ。そうだね。早めに寝た方が良いようだね」
「そうしなさいユーファネート。お母様としては今の貴方の方が好ましいですが、いつもと違いすぎます。早く治しなさい」
2人はユーファネートを軽く抱きしめると部屋から出て行く。やはり抱きしめられる際にやってくる安心感に、希はこの2人は間違いなく両親なのだなと思いながらベッドに再び潜り込もうとしたが、視線を感じて首を傾げながらも視線の元を探す。
「セバスチャン?」
「はい! なにかご用でしょうか!」
扉近くで控えているセバスチャンに思わず声を掛けた希だったが、元気よく返事され困惑が深まる。
「なにしてるの?」
「? 控えておりますが?」
「え?」
「?」
会話がかみ合っていない希とセバスチャン。しばらく見つめ合っていたが、希が居心地が悪そうに視線を逸らす。
「気にしなくていいのよ。1人で寝られるから。セバスチャンは自室で――」
「とんでもございません! お嬢様を……ユーファネート様をお一人には出来ません。今日は頼りないかもしれませんが、このセバスチャンをお側に控える事をお許し下さい」
(なに!? なんなの! こんな子犬みないな表情されたらキュンとするじゃない!)
「ずっといる気なの?」
「はい!」
「明日の業務に支障はでない? 寝不足で仕事が出来ないなんて言わさないわよ? だから……こっちに来なさい」
「はい。ユ、ユーファネート様!」
ベッドに近付くように言われたセバスチャンは、突然希に手を握られて動揺する。ベッドに横になって頬笑んでいる主人の顔を見て、なぜか全身真っ赤になっているのを感じていると、眠そうな声が耳に届いた。
「なら、私が寝るまで手を握ってなさい。そして私が寝たらセバスチャンも寝るのよ。明日も私の側に居たいのなら。それにしても眼福だわ。セバスチャンの……ショタ顔を見ながら……寝られる……な……。レオンハルト様推しの私……で……」
ベッド横にある椅子に座らせ、手を握るように言った希は、幼いセバスチャンの姿を満喫しながら眠りの国に旅立つのだった。