お茶会でレオンハルトの認識が変わる
3名の視線が集中する中、セバスチャンは落ち着いた仕草で紅茶を淹れていた。以前に希へ淹れた時の落ち着きのなさや小さなミスもなく、この1か月でしっかりと特訓した事が伺えた。当然ながら希はセバスチャンの特訓に付き合っており、その成長ぶりを知っていた。
「ふむ。若いのに堂々とした仕草だね」
「光栄でございます殿下」
感心したようにセバスチャンを褒めるレオンハルトに、希が嬉しそうな顔をする。自分の執事が褒められて嬉しそうに笑顔を見せるユーファネートに、レオンハルトが悩んだ顔になっていた。なにやら考えているようだったが、小さく「演技なのか?」と呟きながらセバスチャンから受け取った紅茶を一口飲む。
「味はもっと練習が必要なようだね」
さすがに1か月での成長には限界があったようで、王宮で一級品の紅茶を飲みなれているレオンハルトには物足りない味だったようだ。少し落ち込んでいるセバスチャンを見て、希が慌てたように謝罪をする。
「申し訳ございません殿下。セバスチャンは紅茶を淹れて始めてまだ半年も経っておりません。次回までには殿下に気に入って頂けるように、しっかりと練習させます。ねえセバスチャンそうよね?」
「はい! ユーファネート様を悲しませないように……い、いえ。殿下に気に入って頂けるように頑張ります!」
ユーファネートがセバスチャンを庇った事に、レオンハルトは驚いた顔になっていた。希はなにをそんなに驚いているのかと不思議に思いつつも、セバスチャンに向けて笑顔で気にしないようにとの仕草で伝える。
自分を庇ってくれた希の言葉に、セバスチャンは感動のあまり目を潤ませながら大きな声で反応し、そして今の主役がレオンハルトである事を思い出して慌てて言い直していた。セバスチャンの中ではレオンハルトに紅茶を批評された事よりも、ユーファネートに庇われ、そして謝罪までさせた事を悔しく思っており、次回こそは上手く淹れると気持ちを新たにしていた。
やる気を漲らせながら、ユーファネートとギュンターの紅茶を淹れているセバスチャン。それを優しい眼差しで見守っている希。そんな理想的な主従関係に、今まで聞いていたわがまま令嬢はどこに行ったのかとの表情を浮かべるレオンハルト。そんなレオンハルトの微妙な空気を変えようと、ギュンターはテーブルに置かれているお菓子の説明を始める。
「殿下。こちらのお菓子はユーファネートが作ったのですよ」
「え? ユーファネート嬢が?」
そこには落花生を中心としたお菓子が並んでおり、バターピーナッツや砂糖でコーティングされた落花生に、ピーナッツとチョコレートが練り込まれたスコーンやクッキー。その他にも単に茹でただけの落花生もあった。
「この1か月で私が増産を推し進めている落花生を使ったお菓子であり、将来的にはこれらも特産品とする予定です。ですので殿下には味見をして頂ければと。その他にも薔薇を使ったお菓子も用意しております」
あれほど薔薇を毛嫌いをしていたギュンターが薔薇を使ったジュレやプリンにムースなど、多種多様なお菓子を嬉しそうに紹介していた。よく見ると部屋にも薔薇がさり気なく飾られており、ほのかな柔らかい匂いで部屋を包み込んでいた。
「本当にこれをユーファネート嬢が作ったのかい? 飾る事しかない薔薇をお菓子に利用するなんて。初めて見るよ……。ユーファネート嬢はどこでこのような技法を?」
「ぜひ殿下に我が領の事を知ってもらいたく、料理長と一緒に考えました。お兄様には味見で頑張って貰いましたわ。ねえお兄様」
「ああ。お陰で身体中が落花生と薔薇で出来ている気分だよ」
「まあ酷い」
クスクスと笑い合いながら、ふざけあっている2人の姿にレオンハルトは困惑しながらも、勧められるまままに落花生クッキーを手にとる。そして一口食べて小さく呟いた。
「美味い」
「良かったですわ! レオンハルト様――殿下に気に入って貰えたのなら、お兄様も自信を持って商売が出来ますね」
「ああ、そうだなユーファ。それと他にも色々と考えているお菓子や商品もあるんだろう? これから忙しくなるぞ」
甘い物がそれほど好きでないレオンハルトでも、クッキーや薔薇のプリンなどは美味しく食べられた。ユーファネートから説明を受け、そして品評しながらレオンハルトはつい最近までの事を思い出していた。
◇□◇□◇□
レオンハルトはライネワルト領への訪問を嫌がっていた。ギュンターから色々と聞かされた、ユーファネートの人となりがあまりにも酷く、会う事を考えるだけでも苦痛に感じていたからである。
「あいつは脳内がわがままと無知で出来ている」
たまに会う友人のギュンターは、そう吐き捨てるように妹の事を言っていたではないか。定期的な手紙のやり取りの中でも、その半分以上はユーファネートへの悪口と、家の者や領民へのわがまま三昧に対する愚痴が書かれていた。今回の訪問も1か月延長との連絡に歓喜し、むしろ当面は中止にしてもいいと打診したくらいであった。
ただ、その一週間後にやって来たギュンターからの手紙を見て、レオンハルトは訪問する事を決意する。手紙の内容はそれまでとはがらりと変わって、これからの領地は安泰であり明るい未来が見え、さらには妹の協力の下、領民への対応も出来そうであるとまで書かれていたのである。
「冗談だろ?」
ギュンターになにかあったのではないのか? 脅されているのか? それとも洗脳されたのか? レオンハルトは大事な友人の身を案じ、ライネワルト領に向かう事を決めたのである。自分ではかなりの決意を持って訪れたはずである。そしてライネワルト侯爵夫妻に出迎えられ、客室に案内される際に見たのは畑仕事をしているギュンターであった。こちらから声を掛ける前に一瞬で貴族服に着替えていたが、隣にいた少女は背中を向けていたせいで、こちらに気付いていないようだった。
「ほら、ユーファもさっさと――」
「どうかされましたかお兄様? お兄様? 物凄く間抜けな面構えになっておりますよ? え? 後ろを見ろって? なにかありまし――」
そんな会話が続き、ユックリと振り向いた少女は驚いた顔をすると慌てたようにカーテシーをしながら挨拶をしてくる。まさか作業着でカーテシーをされるとは思わなかったレオンハルトは、ツボに入ったのか笑いを必死に堪える。自分の姿に気付かず挨拶をする姿にレオンハルトは少し興味を覚えたが、それがあのユーファネート・ライネワルトだと気付くと作り笑いの笑顔を張り付かせた。
それからは驚きの連続であった。レオンハルトに仲睦まじい姿を見せるギュンターとユーファネート兄妹。洗脳されているどころか、しっかりとした考えを持っているギュンター。それにわがままの素振りすら見せないユーファネート。さらには王子である自分よりも、主であるユーファネートを敬愛している事がありありと分る執事。
「本当にユーファネート嬢は変わったのか?」
そんなレオンハルトの疑問が確信に変わるには、子供達だけでのお茶会は十分に役に立った。




