希はそわそわする
ついにその日がやって来た。
緊張して前日は寝れていない希だったが、化粧でなんとか誤魔化す事に成功する。
そしてドレスも見事にリフォーム出来ており、ゲームに出てくるような豪華絢爛な出で立ちではなく、ふんだんに散りばめられていた宝石は外され、清楚な感じに仕上がっていた。
「ふっふっふ。これはレオンハルト様も気に入ってくれるでしょう。まさに主人公が着ている普段着に限りなく近付けたのですからね!」
鏡の前でくるくると回りながら服装チェックをしている希を、セバスチャンが感動した様子で見ていたいた。
この1ヶ月で完全に信者と化しており、いつもユーファネートの背後に控えているセバスチャンの姿に、屋敷の者達は微笑ましそうに見ていた。
「大変よく似合っております。ユーファネート様。本当に素敵です」
「そう? ありがとう。早くレオンハルト様が来ないかしら。お気に召して下さると良いのだけど。ところでセバスチャンは準備万端なの?」
「はい。ですが本当によろしいのでしょうか? 私のような者が殿下への給仕を務めるなど」
今日の晩餐会だけでなく、ユーファネートとレオンハルトが話をする予定である庭園でのお茶会において、希はセバスチャンに紅茶を淹れる担当に命じていた。
最初は反対していた両親だったが、愛娘の強い要望に根負けし受け入れていた。もちろん単に受け入れるだけでなく、娘が気に入っている未熟な執事が対応をするが、子供同士との事で許して欲しいと王家に連絡して了承を得ていた。
「いいのよ。確かにレオンハルト様と会うのを楽しみにしているけど、私はセバスチャンの成長も見たいの。それで私の言いつけ通りに練習はした?」
「もちろんです! ユーファネート様からアドバイスを頂いて失敗は許されません。今日を無事に乗り切れるように頑張りますよ」
両手で拳を作り気合いを入れているセバスチャンの可愛さにユーファネートは抱き付いて頭を撫でる。
これもライネワルト侯爵家では日常の光景になりつつあった。今までのわがまま姫だったユーファネートの変わりようは好意的に受け入れられており、また希が関係改善の為に今までの事を使用人達に謝罪して回ったのも大きかった。
「あのお嬢様が謝罪!?」「本当に変わられたのか?」「あの高熱は神の采配だったのか?」「これでライネワルト侯爵家も安心だわ」
今までどうだったのよ! と謝罪に回った後に影から聞こえてくる声に希が思わず心の中でツッコむほど、使用人達からの反応は凄かった。
また、兄であるギュンターとの関係も劇的に改善しており、最近ではユーファネートが稼いだ資金を使って色々と事業を始めていた。
特にギュンターが関心を寄せているのは落花生の増産であり、妹のユーファネートから聞いた落花生の効能に関心をよせ、また高カロリーとの話に困窮食としても使えると領民に無料で種を配布するなどしていた。
「まさか雷獅子ギュンターが農業に目覚めるなんてね。この世界は『君と共に耕す☆ 野菜を育てるのは誰だ!?』なのかしら? でもあの作品ではギュンターは出てこないのよね。出てくるのはセバスチャンとレオンハルト様とあと数キャラだものね」
希は首を傾げながらも、ゲーム内の知識をギュンターに伝えていた。侯爵領内にある森に住む木系モンスターを討伐する際にドロップするアイテム「腐葉土」を使う事で、野菜や果物の収穫量が劇的に増えると。
最初、その情報を聞いたギュンターは怪しそうな顔をしていたが、念のために派遣した冒険者から入手した「腐葉土」を使ったところ、収穫期間を無視したように一瞬で落花生が出来上がった。
一緒に検証に付き合った希すら驚愕する効果にギュンターは狂喜乱舞し、冒険者ギルドに高額懸賞を付けて依頼を出していた。
現在、ギュンターの元には「腐葉土」が集まりつつあり、落花生の種を領民に配布する為に使用されていた。
落花生を収穫しながら土まみれになりつつも、領民の未来を思い描いているギュンターは誇らしそうな顔をしており、スチルで見ていた凜々しい俺様系キャラの姿はなく、希はやんちゃな弟と接しているような気分になっていた。
「まだレオンハルト様は到着しないの?」
「もうしばらく時間が掛かると先触れから連絡が来ております。お嬢様も休憩をなさってはいかがでしょうか?」
「そうね。ではお兄様とお喋りでもしているわ」
レオンハルトが来るまでしばらく時間があるといわれた希は、気を紛らわす為にギュンターが敷地の一角に作った畑に来ていた。
「お兄様どのような感じですか?」
「おおユーファか。お前に教えてもらった「腐葉土」は本当に凄いな。種と一緒に蒔くだけで一瞬で効果が出るのだからな。これが大量に取れたら落花生の大量生産が可能なんだが」
ゲーム内でも大量には取れないアイテムだが効果は抜群であり、ゲーム内の主人公が所有する畑のランクを上げる為に必要なアイテムでもあった。
この「腐葉土」の効果をギュンターは周囲には秘匿しており、冒険者ギルドマスターと両親や屋敷で農業指南をしている庭師などごく少数の者しか知らなかった。
「そろそろレオンハルト殿下がいらっしゃる頃だろう? 準備をしなくていいのか?」
「まだしばらく時間が掛かると聞きましたので、お兄様の様子を見に来たのです。お兄様こそ準備はよろしいので? 出迎えは家族総出で行うとお父様が仰ってましたよね?」
「ふっふっふ。俺は侯爵家に産まれた事がこれほど嬉しかった事はない。見ろ!」
ギュンターに問われた希が問題ないと伝えつつ、逆に泥まみれの姿のギュンターに心配して問い掛ける。
そして高らかに上げられた腕には凝った意匠の腕輪が装着されており、嬉しそうな顔と共に返事が来る。
「ひょっとして『へんしんすーる』?」
「なんだユーファは知っていたのか」
残念そうな顔をしたギュンターの表情に、スチルで見た事のない可愛らしさを感じた希が思わず抱き付きそうになるが、泥だらけの姿を見てなんとか踏みとどまる。
ギュンターが装着している腕輪は「君に心を届ける☆ 心を捧げるのは誰だ!?」で登場する衣装管理アイテムであった。




