ユーファネートとして生きていく
「な! なんだこれは!?」
ギュンターはユーファネートが居ると通りすがりのメイドに聞いた部屋に入り、あまりにも異様な中の光景に驚く。たしかこの場所は使用されていなくなったダンスホールであり、荷物置き場になっているはずであった。それが、今は戦場のようになっており、メイドや執事達だけでなく、よく見慣れている商人達も走り回っていた。
「おい。なにがあった?」
「おお、これはギュンター様。お久しぶりでございます。今回はユーファネート様に呼ばれまして、商品の買い取りをしている最中でございます」
「商品の買い取り?」
忙しそうにしている商人の一人に声を掛けたギュンターに、最初は苛立たしげな顔を向けた商人だったが、相手が次期侯爵であるギュンターだと分かると揉み手をしながら挨拶をする。そして首を傾げているギュンターに商人はもう少し詳細な説明をしてくれた。
「ええ。商品の買い取りでございます。ユーファネート様より『我が家で使わなくなった物を買い取って欲しい』と連絡を頂きまして。私の他にも商会がやって来ております。いやーどれも一級品の物ばかりで、私どもとしてはユーファネート様が幸運の女神に見えておりますよ。おい、お前達急ぐぞ。この時間をどれだけ短縮出来るのかがユーファネート様への覚えになると思いなさい。申し訳ございませんギュンター様。これから店に戻って在庫の確認と金貨を持ってこないと行けませんので失礼いたします」
「あ、ああ。呼び止めて済まなかった」
興奮気味に一気呵成に話した商人は、連れてきた丁稚に急ぐように伝えると、走る手前のギリギリの速度でギュンターの前から去って行った。それを何気に見送ったギュンターだったが、軽く首を振るとユーファネートの元に向かう。その途中には昔に見た記憶のある家具や道具、ドレスになぜか鎧や剣などもあった。
「ユーファネート」
「あらお兄様どうかされましたか?」
「なにをしていんだ? これは一体なにをしている? いや、商人から買い取りに来ているとは聞いたが、こんな古い物を売ってどうするんだ? 二束三文にもならないだろう」
まさか「君☆(きみほし)」の世界で二束三文との言葉が聞けると思わなかった希は、元となるゲームを日本人が作っているのだと思い出しながらも、世界観に似合わない台詞に笑いながら兄であるギュンターに説明をする。
「お父様とお母様から、今は使わなくなった不必要な物をもらっただけですわ。私達からすれば利用価値のない物でしょうが、商人達には使い道があるようですわよ。商人達からすれば、ここに並んでいるのは垂涎の的のようです。あとオークション形式にしたのも射幸心をかき立てているようですわね。あと最終的に買い取ってくれた金額で、これから始める新規事業のパートナーも考えると伝えたのも効果的だったようですわ。高額で競り落とすほど、私に顔を覚えてもらえると思っているようです」
「……。待て、ちょっと待て。色々と理解が追いつかない。オークション形式? 新規事業のパートナーを決める? そもそも新規事業だと? お前はなにを考えているんだ?」
混乱したギュンターの様子に、ユーファネートは説明不足で理解が出来ないのは当然だと何度も頷く。したり顔で頷いている様子に、少し苛ついたギュンターが強めの口調で問い掛けた。
「なにを企てようとしている? これ以上ライネワルト侯爵家の名を貶めるような真似はするな!」
「あら心外ですわお兄様。私はライネワルト侯爵家の名を高める為に動いてますのよ」
「はっ! 今までの行いを考えるんだな」
頬を膨らませながら遺憾の意を表するユーファネートに、ギュンターは顔を歪め全く信用している様子はなかった。それならばと希は改めてギュンターに説明をおこなう。
「いいですか。お兄様はご存じないかもしれませんが、我が領は徐々に窮地に立っております。このままでは食糧自給率が低下し、飢饉時には領民に餓死者が出る可能性が高いです。私はそれを防ぐ為に、自給率を高めながらも外貨が得られる事業を複数したいと思っております。その為には初期投資費用が必要なのです」
「は? お前が事業を? なにを偉そうに。この領地が窮地になる可能性が出てきたのは、お前の為に父上が薔薇を作っているせいじゃないか!」
「その通りなのです。流石はお兄様。私のせいなのです!」
自分が元凶だと勢いよく頷いているユーファネートに、ギュンターは何度目かの驚愕した表情を浮かべる。わがままだけな妹であったユーファネートが、まるで人が変わったように積極的に未来に発生するかもしれない危機を防ぐ為に活動しているのである。今までのような贅沢だけを追求している姿は完全になりを潜めていた。
「……。突然の変わりようが信じられないが、今までに比べたら百万倍ましだな。それで?」
「『それで』とは?」
不思議そうな顔をしているユーファネートに、ギュンターがじれったそうに確認してくる。
「新規事業の話だよ。商人とのやり取りで得た金貨を使ってなにをするつもりだ?」
「よくぞ聞いてくれました! 落花生畑を作ろうと思っていますの! 目指せ生産量千葉超え! そしてそこから始まる加工品を使った販路拡大! 誰が薔薇の令嬢になってたまるものですか! 「君☆(きみほし)」の世界で虐げられていた落花生を、この私が主役に押し上げてみせますわ!」
「は? 落花生畑? 薔薇の令嬢? チバゴエ? きみほし? ……なにを言っているのかが理解出来ないぞ?」
「理解して下さいませ! 落花生は健康に良いのです。血行はよくなり、冷え性や肩こりも改善されます。また、それ以外にも美肌効果があるのです。そして落花生は高カロリー食品であり、小腹が空いた時に少量食べれば腹持ちも良いのですわ。それだけではありませんわ。落花生は種として確保しながらも食料としても利用出来るのです。聞いてますかお兄様。まだまだありま――」
ユーファネートの説明を一つも理解出来ないギュンターは軽く混乱していた。そんな兄の表情には気付かないまま、希は自信満々でギュンターに落花生の素晴らしさを蕩々と説明をするのだった。




