第8話 白桃の城(姫君の章)
初夏のある日。食堂を経営する弥吉が、気まぐれでやってみた抽選が当たったという。
それはなんと、有名な温泉地の旅行券だった。しかし、弥吉は仕事が忙しくて、行ける時間がなかった。そんな中、お晴は自分たちが旅行に行くと言い出すのだが……。
風光明媚な〈西の海〉。穏やかな海の上に浮かぶ火山島、吉備ノ島。その島のほぼ中央に壮大な城がそびえたっていた。桃の家紋が大天守の壁に刻印されている。ここはこの島を収める姫島家の城、白桃城である。
しかし、現在この城及び島はある男とその一族によって乗っ取られていた。男の名は中原出身の豪商、宇羅。彼は言葉巧みに領主、姫島吉彦に言い寄り、権力をほしいままにしていた。
この城には乗っ取られている、ということは当然城の中も宇羅の息がかかった家臣や宇羅の私設兵が待機していた。
カズとお晴は一瞬のスキをついて城に潜り込んだが、城内は大変なありさまだった。入って早々警備兵たちに追いかけられたのだ。
なんとか狭そうな廊下を見つけて逃げ込んだ。
「カズ、もう誰も追いかけてこないよね」
カズは物陰から覗いて辺りをうかがった。さっきまで走っていたので汗がそこらじゅうから噴き出す。カズはそのたびに手ぬぐいや着物の袖で汗をぬぐった。
誰もいない。
「大丈夫」
「よかったあ……」
お晴は思わず壁にもたれかかると、崩れ落ちた。鉄扇で仰いで、しばし休憩だ。カズも汗を拭いて、呼吸を整えた。
「桃花さん、きっとこの城のどこかにいるはず」
「そうだね。そういえばさっき短刀が飛んできたでしょ? あれって誰かが私たちを狙ってたのかな」
「うーん……」
あの角度、下から投げられたこと。そして見事に真ん中の門番に当たったこと。投げられた短刀はあれだけだったことを考えると、短刀は僕らでなく初めから門番を狙っていたと考えるべきだろう。
僕らを狙うならもっと多人数で狙ってきてもおかしくない。
「ねえ、まさかかもしれないけど桃花さん、このお城にいるかも」
「どうして? 先にお城に辿り着いたってこと?」
「経緯はわからないけど、あの短刀は桃花さんが仕掛けたのかも」
「そうかもしれないけど……」
「とりあえず、行ってみようよ。ここにいてもいずれあいつらが来ると思うから」
「そうだね。さっき逃げてる途中に階段を見つけたんだけど」
お晴の案内で、彼女が見つけた階段を下りる。
長い階段の先に大きな扉。しかし、扉に鍵はかかっておらず、少しだけ開いていた。奥に檻とみられる鉄格子が見える。
なぜ扉が開いているのかわからないが、カズたちは周囲を警戒しながら進んだ。
思った通り、扉の向こうは牢屋になっているが、牢屋の守はいないようだ。
檻が左右に見える。しかし中には誰もいない。
「桃花さん、どこだろ……」
「もう牢屋から出たのかなあ」
カズたちが周囲を見渡して桃花を捜していると、
「君たちじゃないか!」
突如、牢屋の中から聞き覚えのある声がした。檻の向こうに羽織袴姿の見覚えのある女の人がいた。
桃花さんだ! 二人は駆け寄った。
カズはすぐに声をかけた。
「大丈夫ですか!?」
「次期当主となる娘。これくらいでくたばりはしないさ」
そう言って桃花は腕をまくり上げた。桃花の白い腕が露わになるが、傷はどこにもついていなかった。
桃花は元気そうだ。よかった……。
とりあえず、今はここから脱出して、できたら桃花がここまで来た経緯を知りたかった。しかし、階段を駆け下りる足音がした。
「くっ! 見つかったか!」
「大丈夫だ。看守は一人しかいない。ここは私に任せろ」
桃花は二人を寄せて作戦を伝えた。カズたちは言われたように持ち場に着いた。
***
看守がやってきた。刀を携えた守の前には囚われの姫が瞑想をして座っていた。
「次期当主となる姫が今となっては謀反者とは、何が起こるかわかりませんな」
「確かに今は私は謀反者だ。だが――」
姫は目を開けた。
その時だった。
看守の後ろで何かが動いた。
看守が気付いた時には既に遅かった。
強い衝撃を脳天と横腹に感じた。
看守はその場に倒れこんで、気絶してしまった。
その後ろには木刀を持った少年と鉄扇を構えた少女がいた。
***
カズたちの前では看守が気絶して伸びていた。
「ふう、緊張したけど何とかうまくいったね」
「一回きりしか機会はなかったからね」
お晴は胸をなでおろし、鉄扇をしまった。
カズもため息を一つつくと、木刀を腰に下げた。
お晴は気絶している看守の手から鍵を奪い取ると、牢屋の施錠を解除した。鉄格子の扉が開き、桃花が出てくる。
「ありがとう。君たちのおかげだよ」
「桃花さんこそ……。そうだ。ひとつ聞きたいんですけどさっき短刀を投げたのって桃花さんですか」
「まあな。君たちはきっとここに来ると思ってたからさ」
桃花は島に上陸後、運悪く宇羅のしもべたちに捕まり、牢屋に閉じ込められた。その間、カズたちが来ることを信じていたという。
「僕らも、桃花さんが生きてるって信じてました」
「ありがとうな。宇羅は城の領主の間にいる。急ごう」
白桃城の最上階。領主の間の直前に辿り着いた。不思議なことに最上階に着くまで追っ手や見張りはいなかった。領主部屋の前には水彩画で描かれた大きな桃の木の襖がある。この奥に、両親や妹の六実がいるという。そして、当然ながらこの島を牛耳っている豪商、宇羅もいる。
「私が開けて気配を見る」
「桃花さん」
桃花が前に一歩踏み出そうとしたとき、いきなりカズが彼女を止めた。
「どうした?」
「これを食べてください」
「これは、きび団子?」
カズは頷いた。これはカズたちを助けてくれた老夫婦からもらったものだ。桃花はその黍団子を受け取ると、
「ありがとうな」
きび団子で気を入れ直し、姫君はまた歩き出す。
その時だった。
「よくぞ参られた、桃花姫。さすが、元次代領主なだけの気骨はある」
突如声がし、襖が開く。
彼らの目の前に赤い髪の、鬼のような形相をした大男が現われた。カズの足より一回りも、二回りも大きな両足は仁王立ちの体勢で畳に接していた。あまりの迫力にカズとお晴は思わず足をすくめた。
そうこいつが白桃城を乗っ取り、島を我が物のように扱う暴虐者、宇羅。
宇羅の背後では両親が身を寄せ合いながら心配そうに娘を見守っていた。
しかし、桃花姫は一歩も動じなかった。ただその視線は暴虐者に向けられていた。
それをあざ笑うかのごとく、宇羅が大口を開く。
「貴殿はいずれここに参ることは承知です。この意味がお分かりになりますか?」
桃花は何も言わなかった。ただ、彼女の青い瞳は目の前にいる家臣の筆頭を睨んでいた。宇羅はまたその大きな口を開けた。
「先刻、貴殿の死罪が決しました。何か言い残す事はありませんかな?」
「死罪なんか今はどうでもいい」
その一言で桃花は宇羅の全てを吐き捨てた。
「お前は父上と母上、そして島の民に地獄を味わわせた。お前のしたことで、今どういう有様か、聞かなくてもわかるだろ。お前も、何度も見ているはずだ」
桃花は目を閉じた。
「そして、私の妹、六実まで地獄に引きずり込もうとした……。お前は自分が私たちに何をしたか、解っているのか!!」
姫の鋭い声が響いた。その声に場にいた者たちは釘付けとなった。姫の声はカズとお晴の心を揺らした。姫が訴えかけることがそのまま伝わってきた。
しかし、宇羅は不敵に笑っているだけだった。そして大声で笑いだす。
「そうですか。地獄ですか。やはりあなたは考えることが謀反者そのものだ。次期当主にふさわしくない。逆に聞きますが、あなたは自分が謀反を起こしたことは理解してないのですね?」
その態度に姫は形相を変えることはなかった。
宇羅は続ける。
「解ってらっしゃらないようですな。一応、我は吉彦様や領民にそのような目に遭わせた覚えはありませぬな。我は良い結果だと思いますが」
「その行く末がこうだと言ってるんだ! 吉備の者として、島の領主の娘としてお前に告ぐ」
桃花は右腰の鞘から刀を抜いた。
「暴虐者、宇羅! お前をここで成敗する!」
その声が領主の間全体に響いた。いや、それだけでなく城全体にも響いていた。部屋の奥にいた両親は驚きを隠せなかった。
「そうですか。相変わらず度胸と口だけは天下一品ですな」
宇羅は後ろを振り向いた。
「殿、ここで姫の刑を執行したしましょう。それでよろしいでしょうか」
領主は何も言わなかった。それを見て、宇羅は不敵な笑みを浮かべた。
「了承は取れたようですな。皆の衆、参れ!」
その時、三人の謀反者の周囲に宇羅のしもべの忍びや兵が現われた。
掃除屋の二人も武器を構え、戦闘に備えた。
戦いが始まった。天守閣の領主部屋で乱闘が繰り広げられていた。カズは木刀で相手の刀を打ち払い、時に防御を織り交ぜながら相手を倒していった。
お晴は鉄扇を閉じて、舞い散る落ち葉のごとく攻撃を避ける。そして鉄扇で刀や忍者刀を叩き落とし、さらに鉄扇を開いて男どもを切り払った。
桃花は刀を巧みに操り、華麗な足のさばきで相手の攻撃を避け、敵を斬り付ける。
次々にしもべたちは倒されていく。宇羅はその様子をずっと見守っていた。ふと、彼は前の襖を見た。
少し開いている。あの部屋は姫君の……。その時だった。宇羅が動き出したのは。
「皆の衆!ご静粛に!」
この声が部屋の中に響いた途端、それまで戦っていた者はみな武器を畳の上に置いた。
カズとお晴も攻撃を止めた。いったい、何をする気なんだ。
「六実様。そこにいらっしゃると、姉君のご勇姿がよく見えませぬ」
「む、六実!?」
戦っていた桃花は目の前の敵を突き飛ばした。その言葉に、桃花の腕が止まったのだ。
襖が開く。
彼らの目の前に華やかな装飾に赤い振袖を着飾った、目の大きな可憐な姫君が現われた。カズもお晴も、そして戦っていた者どもはその姫君に釘付けになった。
桃花から聞いていたが、とてもきれいな女の人だった。
「お姉さま、お止めください! 私は宇羅との婚約など望んでおりません!」
「六実! 来るな!」
宇羅は不気味に笑った。
宇羅の右手に光る何かがある。
それにカズは気づいた。あれは、短刀!
「桃花さん、危ない!」
カズの声が部屋中に響く。桃花がその声に振り向こうとした時には既に遅かった。
「くっ……!」
桃花は体勢を崩した。
「お、お姉さま!?」
六実の叫び声が響いた。同時にカズはお晴の手を引いて駆け寄った。白い着物から鮮血が滴り落ちる。桃花の脇腹に短刀が突き刺さっていた。
周囲は騒然となった。部屋の奥にいた母親、高田姫はあまりの衝撃に気を失ってしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……」
桃花は立ち上がろうとしていた。だが、すぐに手を畳につく。血がぽたりぽたりと床を赤く染めていく。
このままだとまずい!
「お晴さん、桃花さんを頼む」
「ええ」
お晴に桃花と六実を安全なところに退かせるように言った。カズは前を睨んだ。
「卑怯者だぞ、あんた」
カズは今、鬼のような男と対峙していた。その声に宇羅の目が光った。カズは目を逸らさなかった。
「あんたは城や島の人々の気持ちを微塵も感じてないだろ」
「成功すればいいのですよ。それ以外の何です?」
自覚はないようだ。桃花の気持ちが今まで以上によくわかった。こいつは、自分と自分の一族のことだけしか考えていないのだ。
「何故部外者のあなたが首を突っ込むのです」
「桃花さんの手伝いだ。何か悪いか!」
カズの頭はこの男が許せない。そういった感情しかなかった。こいつの暴政の結果島がどうなったか、桃花の話だけでなく、実際島に来てみて嫌というほど思い知らされたから。
カズの隣にお晴が戻ってきた。
もうこの男はここで成敗するしかない。桃花が動けない今、宇羅を倒すことができるのは僕らしかいないだろう。無謀かもしれないけど、覚悟を決めていくしかない!
カズとお晴は携えていた武器を手に取った。
「今度は、僕と……」
「私が……」
カズは木刀を、お晴は鉄扇を宇羅に突き付けた。
「宇羅、あんたを成敗する!!」
これは面白い。宇羅は太刀を鞘から引き抜いた。
「では、直々にご相手いたしましょう」
そして宇羅は叫ぶ。
「皆の者!ここから立ち去れい!」
周りにいたしもべは宇羅の指示を受けて部屋から退散していた。桃花と六実の両親は娘たちと共に、姫君の寝室に避難した。
「あなたたちの相手など我一人で十分です。さあ、どこからでもかかってくるがよい」
宇羅は腰に下げていた巨大なカズの身長の半分ほどの大きさの太刀を引き抜く。
ついに宇羅との決戦が始まった。相手は身長が六尺もある大男。太刀を振り回して容赦なく襲い掛かってくる。
広い領主の間を舞台に掃除屋と暴虐者の戦いが行われていた。カズは木刀を振りかざして敵に突っかかっていった。攻撃の直前で飛び上がる。
だが、宇羅の表情は変わらなかった。
「そんな子供じみた武器で何ができるというのです?」
その瞬間、彼は太刀の一振りで木刀ごと吹っ飛ばされた。床の上に転げ落ちた。
「カズ!」
お晴が駆け寄った。
「大丈夫。平気だよ」
頭が少々痛い。だが、そんなこと言っている暇はなかった。たちがカズの目の前に振り下ろされる。彼は転がるように太刀をかわした。
「さあ、さあ!」
宇羅の振り回す太刀のため、部屋のあちこちに刀の跡が残ってしまった。このまま逃げ回っても埒が明かない。
二人は階段前に逃げ込んだ。ところが……。
「おっと! ここから先は通さないぜ?」
前方は身を引かせたしもべ、そして後方は太刀を振り回して近寄る宇羅に挟まれてしまった。
「さて、ここで終わりにしましょうか。威勢だけがいいのは、どこぞの謀反者とそっくりですが、所詮は下民か」
宇羅は勝ち誇った笑みを浮かべて、ゆっくりと近付いてくる。どうする……!? 後には引けないぞ。
「太刀……。あれをどうにかすればいいんだけど……」
カズは太刀を眺める。あれのせいで宇羅に近づけない。
「たたき落として、一気に決着をつけるのがよさそうね」
隣でお晴が耳打ちする。
「どうするの?」
「私が太刀をはたき落とすから、あなたは――」
うん、そうしよう。カズは頷いた。
二人は武器を構え直した。
「何をごちゃごちゃ言っているのです。そんな子供騙しの道具で勝てると思っておるのですか」
宇羅が太刀を振り上げた。その瞬間、カズとお晴は互いに頷きあうと動き出した。木刀と鉄扇はただの〈道具〉ではない。
「まだ、終わっちゃいませんよっ!」
「何っ!?」
だが、その時既に遅し。宇羅は右手に強い痛みが走った。よく見ると、赤い鉄扇の短冊が腕に叩きつけられている。そして、それが離れたかと思うと今度は下からの衝撃を感じた。同時に太刀が右手から離れた。
スタッ
鉄扇を操る少女が畳の上に舞い降りた。太刀が空中で回転し、音を立てて畳に突き刺さる。
「この小娘が!」
「おっと、そんなこと言ってる暇、あるのかな?」
お晴は鉄扇を帯にしまった。彼女はその光景をしっかりと目で捉えていた。
宇羅の頭上に黒髪の少年が飛んでいる。彼は木刀を振りかぶっていた。
「き、貴様ッ!」
「これで終わりにしてやるっ!」
カズはすぐさま渾身の力で宇羅の脳天めがけて木刀を振り下ろした。木刀は宇羅の脳天をしっかりと捉えていた。
宇羅はうめき声を上げると、畳の上にうつ伏せに倒れた。
辺りは騒然となった。しかし桃花も、六実も、両親も笑みを浮かべていた。
***
島の人々や桃花の家族を絶望に追いやった暴虐者、宇羅にはお上へ通報された。奉行所の捜査が入り、宇羅は一族やしもべたちとともに捕まり監獄へ送られた。
また、宇羅の懐に回っていた富は庶民に配分された。この出来事は島を逃げ出した人々にも伝えられた。島の人々の生活は相変わらず苦しいままだが、これから次第に元の生活を取り戻していくだろう。
一方、カズとお晴には多くの感謝の言葉が贈られた。
カズたちは本来ここには討伐とかそういう意味で来たわけではなかった。あくまで旅行。まあ、そもそも掃除屋は討伐は仕事じゃないんだけど……。
とはいえ、島の復興の邪魔をするわけにもいかないので、カズは初めのうちはそのまま帰るつもりだった。だがお晴はせっかくの旅行だから残りの日数をここで過ごそうと言っていた。桃花も、城の人々もお礼として島での旅行をタダで楽しんでくれと言ってくれたのだ。
またとない機会。カズとお晴はその四日間の日々を存分に楽しんだ。そりゃ宿泊費も食費もタダなんだから。こんなことはもう一生ないだろう。都の知人へのお土産はお礼として島の人々が渡してくれた。
そして、最終日の夜のこと。温泉街のとある旅籠屋。ここは一階の談話室。二人は別々の部屋で寝ていたので、ここでお土産の確認をしていた。
「よし、これでみんなの分だね」
「うん。お金なかったけど、本当に楽しかったよ」
その時、宿屋の入り口の戸が開いた。
「お、やっぱりここにいたか」
誰かの声がしたので、カズは談話室の襖を開けた。襖の向こうには白桃の姫君がいた。
桃花はとても元気な顔をしていた。彼女は数日前の宇羅と、そのしもべとの戦いで腹に傷を負っていたのだが、どうやら回復したようだ。
彼女は改めて礼を言いに来たらしい。
「六実のやつ、政略結婚のことを宇羅を倒したその日に知ったらしくてな。いささか驚いていたみたいだ。でもよかったよ。君らのおかげで宇羅の暴政から島を救うことができた。吉備ノ島の一人として、感謝するよ」
「いや、そんな……」
カズは頭の後ろを掻いた。まあ、嬉しかったんだけど。そして、六実も両親も深く感謝していたという。
だが、お晴には気になることがあるようだった。
「ところで、桃花さん」
「どうかしたのかい?」
「その、六実さんの事ですけど」
六実といえばあの事件の後もカズたちの前に姿を現してはいない。桃花に一度聞いたことがあったが、島のしきたりだと言っていた。だが、あの狭い一室にいて、寂しくないのだろうか。
「私が言うのもあれですけど、一度外に出られてみてはどうですか?」
しかし桃花はすぐに首を振った。
「それはできない。六実には六実の事情もあるんだ」
「事情って……」
桃花の表情が変わった。まるで睨むようにお晴を見ていた。
「それは六実自身の事情だ。これ以上何も聞かないでくれ」
「ご、ごめんなさい」
その後、桃花は明日の船に見送りに行くと言い、宿を後にした。
***
そして、翌朝。吉備ノ島の船着き場。お土産と荷物は既に船に詰め込んだ。カズとお晴の前に約束通りやってきた桃花がいた。
「私はこれから領民と共に島を立て直す。次期当主として、父上や領民から色々と学ぶつもりだ」
「桃花さん、最後までありがとうございました。楽しかったです」
カズは感謝の気持ちで一杯だった。
「君たちならいつ来ても大歓迎だ。城にも、好きな時に来るといい」
その時、お晴の声が明るくなった(いつも明るいのだが、それ以上に)。
「本当ですか!? じゃあ、今度掃除をするときは呼んでくださいよ!」
「ちょ、お晴さん! ここのお城の掃除ってすっごい時間かかるよ!?」
いきなりのお晴の言葉にカズは動揺した。
お晴も桃花も笑った。
「じゃあ、そのときはよろしくな! 掃除屋の諸君!」
「マジですか、桃花さん……」
まあ、掃除をすると決まったわけじゃないのだが……。
そして、カズとお晴は船に入った。看板に出て桃花に手を振った。桃花も大きく手を振った。
船が消えるまで掃除屋も、姫も手を振り終えることはなかった。
また必ず来る。
そこには、そんな意味が込められていたのかもしれない。
(『白桃の城』一件落着)
©ヒロ法師・いろは日誌2018




