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第7話 白桃の城(上陸の章)

 初夏のある日。食堂を経営する弥吉が、気まぐれでやってみた抽選が当たったという。

 それはなんと、有名な温泉地の旅行券だった。しかし、弥吉は仕事が忙しくて、行ける時間がなかった。そんな中、お晴は自分たちが旅行に行くと言い出すのだが……。

長雨の季節だが、外は晴れている。島の周囲の海は今日も美しかった。この辺り、〈西の海〉沿岸は海岸線が入り組んでいて風光明媚な情景が広がる。今日は波も穏やかだ。

 だが、島の人々の生活はそれとは正反対だった。

 吉備ノ島は世界的に有名な温泉の観光地。しかし、この島の領主とその一族は数日前から城に軟禁されている。彼らはある側近のために天守閣の領主部屋に閉じ込められていた。この部屋から出るにはその側近の許可が必要だった。


 領主は妻と共にその一室で我が娘の帰りを待った。彼らは複雑な心境であった。

 三日前、この城の姫が姿を消したのだ。姫が姿を消した理由はわかっていた。自分たちを、島の民を助けるためだ。あの姫は次代の領主として育ててきたから。しかし、単身で助けを求めに行くとは、いささか無謀ではないか。

 娘が無事であればいいのだが……。

 風光明媚な〈西の海〉を眺め、姫の無事を案じていると、襖の向こうに何者かの足音を感じた。


「入れ」


 襖が開く。


宇羅うらか。桃花とうかを捜しに行っておったようだが」

「あいにく桃花様は見つかっておりませぬ。しかし、姫様はすぐにお戻りになるでしょう」


 側近は自分の部下に襖を閉めさせた。


「さて、こちらから話がございます」


 領主は顔をしかめた。この男の言うことだ。きっと――


「答えはお決まりになられましたかな」


 目の前に立ちはだかるのは彼の側近。いや、側近というのは建前であった。

 現在、事実上この側近が島の実権を握っている。側近は遠くから鬼のような面をこっちに向けている。威圧に負けて領主は押し黙った。返さねばならぬ言葉は出ない。


「殿の六実むつみ様を我が妻とすること。島が安泰になるために必要なことなのです」


 側近は立ち上がる。そして、振り向き様にこう言い放った。


「期日は明日。答えがお出にならぬようであれば、私にも考えがありますぞ」


 領主は何も言わなかった。側近が襖を閉め、部屋を出て行った。

 領主はふと隣の襖を眺めた。あの襖の向こうには、運命を知らぬ姫がいるのだ。


***


 白桃城の天守閣。姫君に与えられた部屋。背後にある神棚には勾玉が安置されていた。


 つやのある美しく長い黒髪に華やかな着物を着飾った姫君が一人、何も知らされずにいた。彼女はこの部屋から出ることを許されない。

 理由は支配者の娘だから。しかしこれは表向きであった。


 彼女はただ、格子から海を眺めていた。彼女の名は姫島六実ひめじま むつみ。この白桃城のもう一人の姫、次期姫島家当主となる姫島桃花ひめじま とうかの妹だ。

 外は晴れているが、彼女は何か嫌な予感がしていた。

 姉君が戻らないことを心配していたのではない。姉君はきっと戻ってくる。彼女はそう言う人だった。彼女はそうとしか思っていない。


 これからこの城で起こること……、それが心配だったのだ。大きな争いが起きようとしていた。


***


 一方、白桃城、地下の牢屋。この領地の次代領主となる姫が目を閉じて瞑想していた。

 彼女は宇羅の襲撃の後、波に襲われて北の浜辺に打ち上げられていた。意識が戻った時、彼女は掃除屋の二人を捜していた。

 しかし、それ以上に城で大変なことが起こる。そんな予感がして姫は城に向かった。

 だが、その途中城の前で宇羅に寝返った城の家臣に捕まってしまった。このことは宇羅にも報告されていた。

 そして、姫には反逆者という汚名を着せられたのだ。この姫のことは即座に城中に伝えられた。まだ領民には伝えられなかったが、じきに伝えられる予定だ。


 宇羅は始めのうちは彼女をあの場で殺す気だったらしいが、気が変わったらしい。


 最初は悔しかった。しかし気持ちを落ち着かせるため、心を清め、瞑想する。


 瞑想する理由はそれだけではなかった。

 彼女はここの姫だ。城のことは隅から隅まで知っている。この牢屋から脱出するすべも知っている。

 ここの城の者はいざという時のために牢屋の合鍵を持たされていた。姫も合鍵を持ってはいたが、門番にいる家臣に襲われたときに奪われてしまった。今も門番が持っている。


 彼女はあの掃除屋の二人が生きていることを信じていた。この島にいるなら、必ずこの城に来るはずだ。確証があるわけではなく、ただそう感じていた。


***


 どれくらい眠ったのだろう。

 もう何年も寝ているような気分だ……。ここはとても気持ちいい。


――カズ、起きて……。もう大丈夫だよ。


 聞き覚えのある声がしている。この声は……。目を開けてみた。


「よかった、気づいた……」


 目を開けると目の上に白い浴衣姿の女の人がいた。彼女は安堵の表情を浮かべている。彼女は自分が知っている人だ。カズの雇い主であり、相棒の清明晴きよあけ はるだった。


「お晴さん。ここは?」


 辺りを見回してみると辺りは掘立小屋のようだ。前を見ると布団が敷かれていて、そして彼も浴衣を身にまとっていた。


「よくわかんないけど、私たち助けられたみたいだね」


 頭が痛む。どうやら大分寝ていたようだ。そういえば、着ていた服はどこに行ったんだろう……。

 お晴に訊いてみたが彼女は首を振っていた。


「わたしの物もなかったの。多分、ここにいる人が干してると思うんだけど。濡れちゃったからね」


 部屋の襖が開いた。部屋にボロボロの麻でできた着物のおばあさんが入って来た。


「おや、気づいたようじゃな。じいさんやー!」


 おばあさんは振り返って誰かを呼んでいる。どうやらこの人がカズとお晴を助けてくれた人のようだ。

 しばらくして、今度はおじいさんが入ってきた。彼もまた、みすぼらしい着物を着ていた。


「おう、これはこれは。お目覚めになられたか」


 この二人が助けてくれたらしいが……。とりあえずここがどこか訊いてみる。


「あの、ここは……」

「坊よ。ここは吉備ノ島じゃ」


 吉備ノ島だったんだ……。カズとお晴は目を見合わせて、とりあえずホッと一息をつく。


「あの、助けていただきありがとうございます!」


 お晴が一礼する。カズもあとに続く。


「本当に命が助かってよかったわい。おぬしらは浜辺に打ち上げられておったんじゃ」


 その後、おじいさんはその経緯を話してくれた。彼らが打ち上げられていたのは昨日の夕方。意識がなかったので家に運んで安静にさせていたのだ。

 カズたちが着ている浴衣は彼らの子供や孫が使っていたものだという。


「でもよかったわい。顔色も良さそうじゃし」


 このおじいさんとおばあさんに命を助けられた。カズたちはあらためて彼らに感謝した。そういえば、自分たちが持っていた物はどうなったのだろうか。着物は外に干してあると思うが、


「着物は全て外で乾かしておる。じゃが、荷物は……。どこにもなかった」


 やはりあの大波にさらわれたんだ……。武器は戦闘が終わった時に着物にしまったから大丈夫だったが、風呂敷は二つともダメだった。

 あの風呂敷の中にはお金や着替えが入っていた……。もうお土産は買えない。

 でも、ここは吉備ノ島だ。辿り着けたことだけでも喜ぼう。何よりも命に代えることはできない。


「カズ。そういえば、桃花さんは!?」


 お晴の声にカズはっとした。


「あ、そうだ!」


 あの時大波に襲われて……。一緒にいたこの島の姫とはぐれてしまったのだ。桃花姫はこの場にいない。


「桃花姫様だと……」


 目の前の少年と少女の話を聞いて老夫婦は顔を見合わせた。

 驚いた表情だ。


「お前さんら、桃花姫様と居たのか?」

「はい……」


 カズはその経緯を話した。桃花が彼らに助けを求めてきたこと。桃花と共に吉備ノ島に向かう途中、この島を実質的に支配している宇羅に襲撃を受けたこと。


「そうか。お前さんらも気の毒にのう……」

「そ、そのせいで桃花さんは……」


 お晴はうつむいた。


「お晴さん、きっと桃花さんは大丈夫だよ」


 カズはお晴を少しなだめてから、こう言った。


「僕たち、桃花さんを捜したいんです。桃花さん、この島のことをとても心配してました」


 それを聞き、老夫婦二人に聞こえない声で何か話し始めた。話が終わると、おばあさんは掘立小屋から出て行った。


「たくましい若人よのう。今、ばあさんにあるものを取りに行かせた」

「一体なんですか?」

「それは見てからのお楽しみだ」


 少し経っておばあさんが戻ってきた。そして、おばあさんは風呂敷に包んでいたものをカズたちの前に出した。目の前には黄色く、とてもおいしそうな団子が入っていた。


「これはこの島の名物じゃ。何か知っておるかの?」


 それは誰でも知っている特産品だった。


「あ、きび団子ですね」

「お嬢さん、よく知っておるのう」


 きび団子を食べれば百人力とまではいかないが、食べるだけで力が腹の底から漲ってくるらしい。おばあさんの情報だ。

 カズとお晴はきび団子を一つずつ頬張る。とても美味しい! 体の底から力が沸き起こる感覚を覚えた。

 その後、老夫婦は外に干してあった彼らの着物を持ってきてくれた。太陽の光を一杯に浴びた服はとても気持ちがいい。


 カズは外に出た。既に外は夜だった。満月に向かって木刀を振りかざす。いい音がする。


「よーし!これで準備は揃った!」

「ええ、そうね」


 浴衣姿のお晴が鉄扇を扇いでやってきた。


「明日から頑張ろっか」

「うん……、て、え!?」


 お晴の言葉にカズは開いた口がふさがらない。


「な、なんで!?てか、お晴さん着物に着替えたんじゃなかったの?」

「時間もそうだし、今から外出るのは危険だよ」


 どうやら部屋の中で老夫婦そう言っていたという。


「で、でも桃花さんは……?」

「桃花さんならきっと大丈夫よ。あの人、そう簡単にやられる人じゃないから。あなたさっきそう言ってたじゃない」


 お晴はにっこり笑ってみせた。確かにそうだ。僕も桃花さんは大丈夫だと信じていた。


「でもお晴さん、さっき相当心配してたじゃん」

「な、何よ!」


 しかし、そのお晴も心配しているみたいだった。不安はカズも拭えない。

 でも、今はその老夫婦の言葉を信じて無事を祈るしかない。明日になればすべてがわかるのだから。


***


 翌朝、吉備ノ島に新たな一日がやってきた。朝露が掘立小屋のアジサイを濡らした。

 カズは外に出て、大きく背伸びをすると朝日に向かって木刀を掲げた。木刀を振るう。空を切っていい音がする。


「これで本当に全部そろったね」

「ええ」


 いつもの着物姿のお晴が鉄扇を扇ぎながらやってきた。


「今日は本当の出発ね。さっきおじいさんとおばあさんが呼んでたよ」

「わかった」


 掘立の入口に老夫婦が立っていた。カズとお晴の旅立ちを見送りに来てくれたのだ。カズとお晴は老夫婦に感謝の意を示した。


「頑張るのじゃぞ。姫様を必ず助け出すのじゃ」

「無理しないでおくれよ。行く前に、これ持ってきなされ」


 おばあさんはカズに紫の風呂敷で包まれた柏袋を渡した。これは昨日持っていくように言われたきび団子だ。


「ありがとうございます!」

「ここから少し北にある温泉街がある。人が多いから何か良いつて


――では、行ってきます!


 カズの言葉に、老夫婦は微笑んだ。そして、掃除屋の二人は掘っ立て小屋から旅立った。姫を、そして島を助けるために。


***


 この吉備ノ島は火山島だ。温泉街に辿り着くまでに硫黄臭い場所や、水蒸気が噴出している間欠泉があちこちにあった。名前がない温泉も見える。この温泉がこの島の一番の見所なのだ。


 しかし、道中では至るところで餓死寸前の領民や、避難用の天幕に寄り添って生活する難民の姿があった。彼らはボロボロの着物をまとい、掃除屋が通り過ぎる時に物乞いをしてきた。ふたりはきび団子の数を調節しながら、それを分け与えた。

 二人は彼らに出会うたびに桃花の情報を訊き込んだ。

 しかし、誰からも有力な情報は得られなかった。むしろ桃花姫をふたりが見たことに驚きを隠せない人が多かった。姫が無事なのか、みんなそれを初めに聞いてくる。それだけ桃花の失踪は人々を心配させていたのだ。

 老夫婦の住む掘立から歩くこと一里。いろんな旗が立ち、大きな通りの両側に長屋や華やかな旅籠屋が並ぶ街が見えてきた。

 どうやらここが温泉街のようで、人通りが多い。この国の貴人らしき人もいたが、見たことのない衣装をまとった人もいる。南蛮や中原の貴人だろうか。


 この温泉街で聞き込みを行うのだが、何か雰囲気がこれまでのところとは違っていた。


「ねえ、何か感じ悪くない?」


 辺りを見回し、お晴がつぶやく。カズはその言葉に頷いた。彼女の言うように、旅籠屋やお茶屋にいる人は何か目つきが怖い……。いや、その風貌もどこか変だった。

 掃除屋の二人はこの温泉に初めて来る。だが、あの風貌はどこかで見たことがある。


「まさか、宇羅の一族?」


 ふとカズはつぶやいた。その声にお晴が反応する。


「え?」

「ほら、桃花さんが僕らと島に行く前に言ってたじゃん。島は宇羅うらに乗っ取られたって」


 顔つきが宇羅に似ている温泉街の者たち。桃花の言っていた通り、温泉街は宇羅の一族に乗っ取られていたのだ。

 情報を仕入れようにも、宇羅の一族にそんなこと訊いたら面倒事に巻き込まれかねない。カズとお晴はとりあえずそいつらを避けて情報を収集することにした。



 白桃の城へと続く道。森の広い道を掃除屋の二人が走っていく。吉備ノ島の火山灰が辺りに降り積もっていた。


「桃花さん、この島に流れ着いていたんだね」


 お晴は菅笠を押さえて走っていた。髪に火山灰がかかるのを防ぐためだ。


「うん。その後で、城に向かっていったんだ」


 訊き込み中、貧民街にいた難民からその情報を得た。城の場所は火山のふもと。温泉街の北西。

 〈岩肌の要塞〉と呼ばれる崖の近くにある。


 今はとにかく先を急がないと。桃花が、島が危ない。


 走ること数分。二人の前に溶岩流が冷え固まって生じた岩場が見えてきた。その奥に大きな谷が見える。ここが〈岩肌の要塞〉という巨大な崖。そこから吊り橋が岩場の向こう岸に向かって伸びていた。その向こうに荘厳な、立派な城郭が見える。


「ここのようだね。にしても、立派なお城ねー」


 お晴は目の上に右手を当て、その壮大な城に見とれていた。

 この城がこの島を象徴する城、白桃城。城を象徴するかのように天守閣の上には桃の実の像が見える。城壁には所々に領主一族である姫島家の家紋が刻印されていた。

 城門の前には門番が三人見える。見た感じ宇羅の一族ではなさそうだが……。この城に桃花がいるはずだ。


 しかしカズの足元は震えていた。


「こんな立派なお城に入るのは勇気いるよな……」

「でも、行くしかないよ」


 二人は歩き出した。


 一方で、始めの関門は既にそこにあった。カズとお晴は早速始めの関門に引っかかっていた。城の前には門番が三人いた。

 三人とも槍を携え、目の前にいる掃除屋を睨んでいた。カズは桃花との面会のため城に入れてもらいたいと申し入れた。しかし門番はその話を聞いた途端に表情を変えたのだ。


「ダメだ、ダメだ! 桃花姫は反逆者である!」


 掃除屋の二人は衝撃を受けた。


「そんな! 桃花さんはあなたたちを救おうと!」

「黙れ、黙れ!!」


 カズが必死で弁明しているのにも関わらず、真ん中の番人が前に出た。


「お前らは桃花姫といた謀反者だな! ひっ捕らえろ!」


 まさか、ここでやられるのか!? カズはすぐさま腰に下げていた木刀を手に取った。

 しかし、状況はすぐに変わった。何かが光のような速さで飛んできたのだ。


スパッ!


 何かを切り裂くと同時に、真ん中の男が倒れこんだ。両隣の男が駆け寄る。

 倒れた男の頬から血が流れている。小さな刀が彼らの前に落ちた。


「大丈夫か!? しっかりしろ!」


 カズとお晴は目の前の光景がわからなかった。だが、今の状況がであることには変わりない。城門は開いているのだ。



                                (つづく)


次回、白桃シリーズ最終話。桃花は、六実は、白桃城の運命はいかに!?

©ヒロ法師・いろは日誌2018


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