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第5話 白桃の城(発端の章) 

都に出てきた少年、卯月元一(うづき もとかず、通称カズ)が掃除屋を営む少女清明晴(きよあけ はる、通称お晴)をはじめとする様々な人との交流を描いた物語。


初夏のある日。食堂を経営する弥吉が、気まぐれでやってみた抽選が当たったという。

それはなんと、有名な温泉地の旅行券だった。しかし、弥吉は仕事が忙しくて、行ける時間がなかった。

そんな中、お晴は自分たちが旅行に行くと言い出すのだが……。


 本土から離れた海に浮かぶ火山島。背後には岩肌が険しい火山、その山麓には立派な城郭が見える。

 その北西の砂浜にその姫は居た。赤茶髪の姫は思い詰めた表情で水平線を見つめていた。あの向こうに領民を助けてくれる人がいる……。

  この姫の行動は領民はおろか城の者は誰一人とて知らなかった。船は城から引っ張ってきたものがある。それは粗末なものだけど、時間は残っていない。彼女は覚悟を決めると、砂浜から船に乗り込んだ。


*****


「弥吉さん! 本当なんですか!?」

「ああ、お晴ちゃん。気晴らしに買った宝くじが当たってな」


 その言葉に、カズもまさかと思った。弥吉さん、運いいなぁ……。

 時は水無月上旬、初夏の季節。山の緑はさらに新緑が進み、まさに若葉の季節を迎えていた。春に比べてとても暖かくなり、春用の服では少し暑い。

 そのためか、水無月に入ってから都では衣替えをする人が多くなってきた。弥吉の店にいるカズとお晴も同様だ。カズは着物を袖の短いものに変え、お晴も夏用の半袖型の黄緑の着物を着用していた。

 一方、お富の事件から二カ月経ち、弥吉の店も新しい店に生まれ変わった。店内はきれいになり、客足も次第に回復。賑やかな食堂になっていった。

 今日の昼、二人は弥吉の食堂で過ごしていた。いつものように台に座って食事をしていた。その時に、弥吉が気まぐれでやってみた抽選が当たったことを話していた。


「で、当選の賞は何なんですか?」


 お晴は身を乗り出している。カズもお晴の隣にくっつくように見入っていた。


「これだ」


 それは二人の前に現れた。出されたのは一枚の紙切れ。紙の中央には『吉備ノ島温泉券』と記されてあった。


「吉備ノ島ってあの有名な温泉があるところですよね」


 お晴は驚いている。吉備ノ島は西の海に浮かぶ火山島で、この国屈指の温泉地だ。

 貴人たちもよく静養に島を訪れる。世界的にも名も知られ、時折中原や異国の貴人も訪れるのだという。

 カズたち庶民にとっては一度は行ってみたい憧れの地だ。

 この島の領主は観光に力を入れていて、旅行客を増やすために交通費や宿泊費が半額になる旅行券を作らせていた。

 とはいえ、稼ぎの少ない庶民にとってはかなりお金がかかる。ついでに一般庶民の旅行は手続きがかなり面度で時間がかかる。とても行けるような場所ではない。


 しかし、弥吉は浮かない表情だった。


「弥吉さん、行かないんですか?」


 カズが尋ねる。


「ああ。こっちも仕事が忙しいからよぉ」


 弥吉はため息をついた。彼は中年の男だがさらに老けて見えた。


 それは仕方ない。旅行に行くためのお金なんかないし、生活だけで精一杯だ。しかも世間体の問題もある。自分だけ特別扱いされるのが嫌だった(下手すれば白い目で見られかねない)。だから旅行をためらっているのだ。


「そうですよね……」


 ところが……。


「じゃあ、私たちが行きましょうか?」

「いいのかい、お晴ちゃん」


 カズの隣から声がした。まさか……。

 隣を向くと、その予想は的中した。

 お晴が手を挙げている。

 ま、マジかよ……。


「ちょっと、お晴さん……。やっちゃっていいの?」

「でも、こんなことって滅多にできないんだよ?」


 カズは半分呆れ顔だった。

 その時カズは弥吉のことを思い出した。彼女は困った人をほおっておけない。

 まさかお晴さん、弥吉さんのことを思って……。

 とりあえずお晴に訊いてみる。


「お晴さん、純粋に行きたいからってわけじゃないんだよね」

「ええ。でも私はこうするけどね」


 さすが、お晴さんだ……。


 弥吉はそれを聞いて少し安心したようだ。

 二人は弥吉から宿泊券を譲ってもらった。この宿泊券があればこの国でかなり有名な温泉に行くことが出来る。店から出る時に、お晴がこう言っていた。


「そうそう。お金を集めるためにいつもの倍以上働くからね」

「う、うん……」


 お晴が笑顔で覚悟してねと言っていたのが怖かった。彼女はめったに怒らないけど、たまに笑顔で威圧してくる。

 とにかく、怖い。本気で怒られるよりも怖い。


 それから、二人は旅行に行く計画を立てた。行く日は今月の中旬。工程は七日間。

 旅行関係の書物は貸本屋で借りることができた。お金を無駄に使いたくないから、立ち読みしながら決めた。

 すでにこの旅行に行くという話は下京西側にも届いていた。旅行に行く三日ほど前のこと。カズとお晴はお茶屋にいた。


「訊いたぜー。おめーら、旅行行くんだってな」


 お茶を配りに来たひさめがカズとお晴の肩を叩いた。


「な、何で知ってんの……」


 ふとお晴はおばあちゃんを見た。おそらく、おばあちゃんが言いふらしたのだと疑ってるんだろう。


「まさか、おばあちゃん――」

「どうだったかねぇ」


 ことみばあちゃんは振り向くときび団子を買ってきておくれと言っていた。カズは了解するとすかさずそれを帳面に記入した。


「おれはその作り方の本を買ってきてくれ。団子作るのうまくなりてーし」


 ひさめにしては意外なことだった。お晴は疑り深い顔をした。


「ひさめさん、いきなりきび団子とかすごいもの作るわけ?」

「なっ、何言ってんだよ」

「あなたには無理だと思うけど?」


 妙に険悪なムードだ。この二人、仲が良いのか悪いのかわからない。

 先月の火事になりかけたひさめの料理失敗以降、お晴はよくちょっかいをかけていた。


「まあまあ、二人とも……。ひさめさんもいいの作ろうと努力してるんだからさ」


 カズが仲介に入った。


「ちゃんとできるのが楽しみですわねー」


 お晴は鉄扇で煽いでいる。ひさめはそれを見てどことなく苛立ちを覚えているようだ。後ろでばあちゃんが笑っていた。



***



 それから旅立ちまでの三日間。カズとお晴はひさめ達の他にも長屋の同胞や弥吉など知り合いたちにお土産が何かいいか尋ねた。

 しかし、みんな収入が少ないカズ達を心配してか「なんでもいい」との答えがほとんどだった。また、旅費は自己負担になることもあり、みんなそれぞれお金を少しずつ貸してくれた。お金を簡単には返せないので、お土産でそれを返すことにした。

 カズたちは旅行用の資金を得るために必死で掃除屋としての仕事に打ち込んだ。いつもの数倍もの仕事を引き受けた日もあった。朝早くから夜遅くまで頑張る。普通このみやこの町人はこんなことまではしない。だが、今は旅行のためだと思って頑張るのだ。

 さらに奉行所で旅行の許可も得た。


 そして、旅立ちの日がやってきた。

初夏が過ぎ梅雨の季節になっていたが、この日は梅雨の中休みということもあり快晴だった。

とはいえ、湿気は多い。

 カズとお晴は都の正門にいた。二人は旅行用の道具を揃え、服も旅行用のそれに変えていた。二人はそれぞれ大きな旅行用の風呂敷を背負い、お晴は菅笠をかぶっていた。

 都には弥吉とひさめ、そしておばちゃんが来てくれていた。


 いつものようにお晴とひさめが口げんかをしている。

 お晴は少しはやしているようだ。

 ひさめは少しムッとした。

 カズはお晴の隣で笑いをこらえた。


「じゃあ、行ってきます」


 カズのその言葉の瞬間、この旅は始まった。これから始まる旅はとても楽しい一週間に及ぶ温泉旅行になる……、はずだった。


***


 華の都から南西に向かって西州街道という大きな道が続いている。この街道は都と南西にあるこの時代の国内最大の国際貿易港、堺を結ぶ。

 中原や南蛮との取引で得た物資はこの街道を通っていったん都に運ばれ、そして全国に輸送される。しかし、その商品のほとんどは都で吸収されてしまう。

 また、この街道は人の大動脈でもある。異国の商人が都に来るときや、都の人がちょっとした旅行に行くときはこの道が使われる。街道の周辺には旅籠屋や宿屋が点在し、いつも街道を往来する人々で賑わっていた。


 都と堺は歩きで三日かかる。腐りやすい生物を運ぶときにはそのルートだと時間がかかるので、その時は川のルートが使われる。川のルートとは都の近くの大きな湖、小椋湖(おぐらこ)から堺の海に注ぐ淀野川よどのがわのルートのことだ。この淀野川はとても川幅が広く、水深も深い。生物や大量の物資、または急ぎの用や集団旅行のときは船でこの川を進むことになる。船での航行は歩きよりも遥かに速いのだ

 二人は川沿いの街道の船乗り場の前にいた。街道は旅人や商人が行き来し、時折荷馬車や異国の服装の商人が通る。


「お晴さん、船で行くの?」

「うーん、船ってお金かかるよね。歩いて行くにもいろいろかかるし」


 結局歩きも船もお金がかなりかかる。ここは旅費を考えたほうがいいかも。お晴は旅行本と船乗り場の看板と睨めっこしていた。指を折りながら勘定する。


「船のほうが安いね。船にしましょうか」

「りょーかい」

 

 船乗り場で手続きを済ませ、桟橋に出た。桟橋には既に人を乗せる船が到着していた。大きいものは五十人乗り、小さいものは五人乗りと大小様々な船があった。

 しかしカズとお晴が乗るのは後者、五人乗りの小さいものだ。これが一番安いものらしい。


 だが、その小舟は北前船のような屋根付きのものではない。屋根なしの私たちの世界でいうボートのようなものだ。


「堺までは一日で着けるぜ。それまで景色でも楽しんでな」


 船乗りがそう言うと、船は桟橋を離れていった。二人は外に出て景色を楽しむことにした。初夏ということもあり、山々は緑で染まり、田畑には農作業に勤しむ人々の姿が点在していた。川はたまに大きな客船や積み荷船が通り過ぎていく。

 船は水面に影を落としていた。初夏の風が吹き、とても気持ちよかった。


 しかし、移動に一日かかるということはどこかで昼食を取らなければならない。いい加減景色を見るのにも飽きてきた。太陽を見ると南中している。


「お晴さん、お昼どうしよう。ここって昼食出すとかしてないよね」

「見た感じそのようだね」


 カズは船乗りに訊いてみることにした。船乗りが葉巻を吹かしながら船を漕いでいる。


「すみませーん。お昼はどうすればいいですか?」

「近くの茶屋でとろう。今桟橋に寄るから、一緒にいた嬢ちゃんに伝えてくれ」


 その後、船はそこから一番近い宿場町に寄った。船乗りも含め、三人はお茶屋で一服していた。

 船乗りによると、ここは三色団子がうまいお茶屋らしい。

 しかも食べ放題だという。

 カズはそのおいしい三色団子にパクついていた。


「やばい、甘くて最高だ……!」

「ほんとよく食べるね」


 カズは食い意地を張る傾向があった。おいしいものには目がなく、口や胃からいろんな分泌液が出てしまう。

 お晴はそれを見て微笑んでいた。


 隣から船乗りの声がした。船乗りはカズの隣の床几に腰掛けた。


「んで何か、当たったくじを譲り受けたのか」

「ええ。それで一週間ほど吉備ノ島に行くんです」


 お晴は水を飲んだ。


「お前ら、本当に運がいいな。楽しんでこいよ」


 その時、船乗りは飲んでいた湯飲みを床几の上に置いた。そしてさっきまでの会話を変えた。


「そうだ。吉備ノ島は今ちょっとした騒動になっているって噂だ」

「騒動?」


 お晴は湯飲みを置いた。カズ自身も食べるのをやめた。

 串を皿の上に置く。


「どういうことですか?」

「島の領主が悪い奴らに乗っ取られて幽閉されたって話だ」


 詳しいことはわからないが、どこからかそのような噂が流れていた。

 

「まあ、念のため気を付けるんだぞ」


 その後、再び船に乗って堺の港を目指す。カズは看板に出て初夏の空を見上げていた。

 実は、船乗りの話が気になっていた。吉備ノ島で大事件が起こっているらしい。せっかくの旅行なのに不安げなことを抱えてしまった。


 大丈夫かなあ……。


 そうこうしているうちに広い川の向こうに米櫓や桟橋、そして異国情緒あふれる街並みが見えてきた。


 そして、船はついにそこに到着した。カズとお晴は船乗りにお礼を言った。船乗りはまた機会があったら乗ってくれと言ってくれた。

 二人は離れていく子船を見ていた。


「さて。ついに到着したな。堺の港」


 堺。この都市は国内最大の国際貿易港であり、人口も都に次いで多い。

 国際的な物品の取引がされることから、中原の国や南蛮の国の商人も多く住んでいる。


 一歩街の中に入ってみると多種多様な風貌の人々を見かけた。肌の色が白い洋風の服を着た人々や、逆に肌の色が黒く、見たこともない衣装をまとった商人もいる。

 ほとんどは中原の国を介してこの国にやってきた異国の商人。港の近くに立ち並ぶ各国の商会所はその国の建築物が並び、特色ある情景だった。

 堺は世界中から人が集まるため、このように異国情緒あふれる街並みが広がっている。

 もちろん、異国だけでなく国内にも連絡船が出ている。ここは貿易港だけでなく人の輸送の拠点でもあった。

 二人は吉備ノ島行きの連絡船を探していた。しかし、既に日は暮れており、明日まで船は出ないとのことだった。


「お晴さん。もう日が暮れたけど探すの明日にしない?」

「うん。夜は、客船はないみたいだからね」


 二人は周りを見て宿がどこにあるか探していた。とはいえカズもお晴もこの堺については何も知らなかった。

 しかも堺の街は華の都並みに広い。


 結局人に聞いて宿を探すしかなかった。だが運が悪く探し始めた時から雨が降り始め、道行く人はほとんどいなくなってしまった。数少ない通りを行きかう人々にも聞いたが、ここに来るのが初めてとかで場所はわからなかった。


 周囲はすっかり真っ暗だ。


「はぁ。これからどうするんだ?」

「や、やだよ。軽々しく言わないでよ」


 二人は溜め息をついた。雨はそれでも降り続いた。カズとお晴が陰鬱な空を眺めていた、その時だった。


「君たち、流浪人るろうにんか」


 男の人か、女の人かわからないが、誰かの声。二人は顔を見上げる。

 そこには菅笠を深くかぶり、蓑をまとった旅人がいた。この旅人は一体――。

                                      (つづく)

                           

©ヒロ法師・いろは日誌2018

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