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第4話 笑いの翁(後編)

夏も近づくころ、カズとお晴は『笑いの翁』という鯉のぼり職人から掃除の依頼を受ける。掃除中カズはうっかり写真の額縁を落としてしまうのだが……。


 カズとお晴は上京に到着した。入るときに門番に入京許可証を提示する。お晴が上京で依頼を受けた時のために持っている物だ。門番にいろいろ聞かれたが、何とか中に入ることができた。

 上京も人通りが多い。

 しかしそれは奉公に来た者か、貴族や殿上人に取引交渉に来た大商人ばかりだった。カズとお晴は金の鯱像を求めて上京に来ていた。

 お晴の話によれば骨董屋の主がまたクセの強い人だという。


「ちょっと道を踏み外しているかもしれないけど、我慢してね」


 またお晴は苦笑いしている……。何でだ?


 すぐに骨董屋に辿り着いた。

 骨董屋は入り口がなく奥まで開いている。


「ここだね。あればいいんだけど……。その、金の鯉の像」

「うん」


 その時、店内から大きな叫び声が。


「どろぼーっ! !  誰かこいつを捕まえてーっ! !」


 猛スピードで何かがカズとお晴のすぐ目の前を通り過ぎた。

 カズの肩にその体が当たった。


「うわっ!」


 カズは転んでしまった。


「だ、大丈夫! ?」

「う、うん……」


 お晴に手を引かれて立ち上がる。


「そこのお二人さん!」


 店内から声がした。

 二人は振り向いた。そこにいたのは……。


「どぅえ、どぅえたあああああああああああああ! ! ! ! !」


 カズは思わず腰を抜かした。


 顔中真っ白に化粧し、赤いタラコのような口紅、そして明るい百合柄の振袖を着た化け物が現われた。

 地面にまた尻餅をつく。


「か、カズ!」


 お晴はもう一度彼を立ち上がらせた。


「ありがとう……」


 目の前にいる化け物はごめんなさい、と二人に寄ってきた。

 カズは思わず身を引いた。


 これが骨董屋の主。ちょっと変わった人っていうか……。


「ごめんなさい。彼、あなたに慣れていないようでして……」


 お晴がカズに代わって答えていた。

 目の前にいる女々しい姿をした骨董屋主人は古川喜久七。

 お晴が言うに、喜久七はその人生の中で道を踏み外しただけらしい。

 まあ詳細は気にするなと。


「誰かと思えばお晴ちゃんじゃナイ。何か用なノ?」


 お晴はその用を話した。

 金の像を鯉のぼり職人の雄二に渡すこと。

 だから、その金の像が欲しいこと。


「そう、鯉のぼりの職人さんがネェ……」


 喜久七は何やら渋っていた。

 お晴がどうかしたのかと訊いてみると……。


「実はさっきその金の像が空き巣に盗まれちゃったのヨ」

「空き巣に盗られた?」


 喜久七は頷いた。


 さっきのは空き巣だったのだ。

 その話はこの前お晴がしていた。


 カズはお晴にそっと耳打ちした。


「ねえ、その空き巣捕まえない?」

「そうね」


 さらにお晴は自分たちはその空き巣を探すと喜久七に伝えた。


「それは嬉しいワ。でも、無理しないでネ」



 というわけで、二人は早速聞き込みを始めることにした。

 まずは、その犯人はどんなだったかだ。

 喜久七によると、空き巣はおんぼろの着物を着て、小型の短刀を装備していたという。

 だが、それ以上のことはわからなかった。


 掃除の仕事を終えた後の昼。

 カズとお晴はこの前訪れたお茶屋に向かった。

 今日はここで昼食を摂る。

 空き巣捜索は昼からだ。


 お茶屋に入ろうとした時だった。

 いきなりカズは鼓膜が破れそうな音を聞いた。


 な、何が起こったんだ! ?


「か、カズ、あれ誰……?」


 お晴が何やら指をさしている。口に手を当てて。

 その先を見てみる。

 そこには顔が真っ黒になった二十歳くらいの女がせき込みながら煤を払っていた。


 厨房から火が出ている。

 女はすぐに水桶で火を消した。


 よく見るとあれは……。


「ひさめさんだ……」


 ひさめは悲惨なありさまの厨房の後片付けに追われていた。

 その様子を店の奥から見ていたおばあちゃんが孫娘をせかしていた。


 カズたちは行ってみることにした。


「おばあちゃん、何があったんですか?」

「あ、ああ。カズちゃんにお晴ちゃんか」


 カズが見た光景はそれは悲惨なものだ。

 店の中のものは全て煤がかかり、厨房にある食器や団子の材料の一部は燃えてしまってダメになっていた。

 見たところあと一歩で大火事になるところだったようだ。


 カズとお晴はとりあえず店の後始末を手伝った。

 こんな悲惨な状況じゃ商売にならない。

 そして、おばあちゃんは手伝ったお礼にタダで特製の団子を出してくれた。


「ありがとうねえ。うちの孫がまだ未熟なせいで……」

「ばあちゃん! !」


 隣でひさめが恥ずかしそうに声を上げている。

 彼女は手拭いで顔を洗っていた。

 おばあちゃんによれば彼女は自分で団子を作りたいと言っていたという。

 おばあちゃんはやめろと言っていた。

 だが、ひさめはその忠告を聞かずに料理してしまったというのだ。


「自分もお茶屋を継ぎたいからだろうけど、それがその惨状とはねえ……」


 そう言っておばあちゃんは既にきれいになった厨房を眺めていた。


「ばあちゃん、もういいって! 痛いほどわかったから!」


 ひさめが必死になっている。

 とりあえず以下の事が判明した。


 ひさめに団子を作らせてはだめだ。


 というわけで、またいつもの経営体制に戻ったお茶屋。

 カズとお晴は団子を食べながら、空き巣のことをひさめやおばあちゃんに相談していた。


「ふーん。お前らも大変だなぁ。掃除行ったらよく事件に巻き込まれて」


 ひさめは熱いお茶を注いで、二人に手渡していた。


「事件じゃないって。私たちが雄二さんにできることをしたいの」


 お晴はお茶をすすっていた。

 カズたちはさっきまで骨董屋に行き、その金の鯱像を手に入れようとしていた。


「そんで、その矢先に空き巣に襲われたと」

「ひさめさん、何か空き巣についての覚えはある?」


 しかし、ひさめは首を振った。


「いや、知らねえな。ばあちゃんなら何か知ってっかも」


 ばあちゃんは露店で団子を作っていた。

 ひさめは彼女を呼んだ。


「さあ……。なんなら、過去の瓦版を見るかい?」


 ばあちゃんの指示を受けて、ひさめは店の中からここ一週間の瓦版を持ってきた。

 全ての瓦版の一面はその窃盗団の関連の記事だった。


 お晴が言うように大きな事件になっているようだ。


「狙われる時間帯は大体朝か……。朝って以外に狙われやすいんだね」


 地図は誰も持っていなかったので、お晴はいらなくなった依頼書に大雑把な都の地図を描いた。

 カズはそこに瓦版の記事を下に窃盗があった場所に印を付けていった。


 カズは最後の印を付け終わった。


「うわぁ……。上京の、それの東側に偏ってるね……」

「じゃあ、昼からは上京で聞き込みね。行こっか」



 二人は上京に向かった。

 向かうは喜久七の店。


 店主の喜久七は貴族に骨董品を売り込みに行くことが多い。

 それを利用して聞き込みをするのだ。

 そのことを喜久七に話すと、快く受け入れてくれた。


「お晴ちゃん、アナタたちを日雇いとして連れればいいのネ」

「はい。報酬はいらないので」


 今日の売り込みは何件か入っていた。

 その行く道中で聞き込みをする。

 上京は目撃者が多い。情報は集まるはずだ。

 状況の説明はお晴がやった。


「空き巣が出る場所は上京の東側。またそこに現われるかもしれません」

「わかったワ。そこを中心に売り込みをするワネ」



 売り込みをしていくなかで、カズとお晴は聞き込みを進めていった。


 しかし、誰も気が付いた時には既に盗まれていることが多かった。

 そのため、その犯人の姿をはっきりと見た人はいなかった。



 自身番の役人が巡回していたが彼らも苛立ちを隠せないようだ。

 なかなか捕まらない犯人への愚痴をこぼしていた。

 売り込みは三人目。

 喜久七が売り込み話をしている最中のこと。

 貴族に空き巣のことを訊いていたが……。


「まさに忍び。あんな速いのは我が下人らでも捕まえるのは無理じゃ」


 彼らも空き巣には手を煩わせているようだった。


 その時、カズはどこからか視線を感じた。

 誰かに見られている……?

 振り向くと、カズとお晴がいる貴人の屋敷から少し離れたところにある桜の木の陰に人影があった。


 ぼろい着物を着た男の姿が。まさか……。

 カズはその場を走り出した。


「どうしたの!?」


 お晴が彼を呼び止めようとしている。


「あいつが犯人かも!」

「ちょっと待ってよ!」


 お晴も既にその影を追っていた。

 いや、カズやお晴だけでなく近くを歩いていた自身番の役人もその影を追っていたのだ。


 カズは木刀を握りしめていた。

 追いかけるときに風呂敷から出していた。

 その影が見えてきた。

 ボロボロの着物、そして片手に持たれた短刀……。


 間違いない。空き巣だ。


 男は天竜門の塀をよじ登ろうとしている。

 カズもすぐに後を追って男に飛び掛かった。


「金の像返せぇっ!!」


 男が振り向く。

 カズは恐ろしい形相で男に突っ込んだ。


 男はとっさに刀を抜こうとするが既に遅かった。

 男は小僧の体当たりをまともに食らった。

 そのまま二人は下京側に転落した。


「俺を放さなかったら斬り捨てるぞ!」

「んなことさせるかよっ!」


 カズと男は地面の上で揉み合っていた。

 周りの人が足を止める。


「カズ!」


 門の方からお晴の声がした。

 お晴が自身番の役人と共にやってきた。

 男はその場でお縄にかかった。


 彼女は心配そうな顔で彼を見つめていた。


「多分大丈夫……」


 いたっ! 

 カズは右腕に痛みを感じた。

 よく見ると腕から血が出ている。


「どうやら包帯を巻かないとダメみたいね。後で巻いてあげるから」


 空き巣はお縄にかかり、空き巣の一味も根城をすぐに突き止めらた。

 そしてこの一連の空き巣事件に終止符を打った。


 盗まれた物品は男の住んでいた家から押収され、全て元の持ち主に返却された。

 もちろん、金の鯉の像もだ。


 その日の夕方、二人は上京の骨董屋に向かった。

 金の像は喜久七が大幅にまけてくれた。

 空き巣犯をカズとお晴が捕まえた謝恩として実際の値段の半分以下で購入できたのだ。


「これで雄二さんに笑顔が戻るといいね」

「うん」


 頷いたときに包帯が巻いてある左腕がうずいた。


「それ動かしちゃダメよ。傷口が開いちゃうから」



 その後、カズとお晴は、雄二にその金の鯱像を渡すために作業場に向かった。

 通りの向こうから騒がしい声がする……。



 南西部にある通りに出た。

 この通りに〈笑いの翁〉こと鯉のぼり職人雄二の作業場がある。

 やはり何か騒がしい。

 よく見ると、雄二の作業場の近くに人だかりができていたのだ。


 カズたちは走って場に向かった。

 お晴が野次馬の最後尾にいた少年に話しかけた。


「そこで何があったの?」

「鯉のぼり屋のじいちゃんがそこで倒れてんだ」


 え!?

 お晴はその言葉に動揺していた。


「お晴さん、とりあえず行ってみようよ」


 二人は野次馬を掻き分けていった。

 最前列に行く。

 二人の目の前にあの老人が倒れていた。


 そう、通称〈笑いの翁〉……。


「雄二さん!」


 お晴はすぐさま駆け寄った。

 倒れている雄二を揺する。


「大丈夫ですか!?」

「う……、ううう」


 辛うじて意識はあるようだ。


「すみません! 医者を呼んでください!」


 お晴が叫んだ。

 周囲の人々が医者を呼びに行った後、カズとお晴は雄二を彼の家の中に運んだ。


 しばらくした後、医者が到着した。

 医者は雄二の容体を診た。


「発作が起きていたようですね……。でも、間に合ってよかった」


 しかし、もうこれ以上の鯉のぼり作りはできない。

 医者はそうカズたちに話していた。


 二人は何も言わなかった。

 医者は安静にするようにと指示すると、家から出て行った。


 その場に沈黙が流れた。

 また少しして雄二の目が覚めた。


「ん……。わしは、何をしていたのじゃ……」

「雄二さん……」

「お主らか……」


 カズはさっきあったことを説明した。

 雄二が倒れ、その理由が発作だったこと。


「それは分かっておる。わしはもう、そう長くないからのう」


 そして、雄二は起き上がった。


「じゃが、孫との約束を果たすまでは死ぬことなどできん」


 そう言って翁は微笑んで見せた。


「一応、金の像は手に入れました」


 カズは風呂敷から金の鯱像を取り出し、雄二に渡した。

 金の像は少し錆び付いているが金色に輝いていた。


「これが、その金の鯱像……」

「無理しないでください。僕らも手伝いますから」


 雄二はそこでカズの言葉を切った。


「これがわしの人生最後の大仕事じゃ。わしのことは気遣わんでよい」

「雄二さん……」


 雄二の目は老人とは思えないような強い意志を持った目だった。

 カズたちはその後、残ったお金を雄二に渡すと、その場を後にした。


 でも、カズにはあの光景が焼き付いていた。

 雄二が立ち上がった時の姿。

 その後ろ姿はこれから始まる大仕事に向けての覚悟がはっきりと表れていた。


 ***


 あれから数日経ち、皐月の半ば。

 端午の節句は当に過ぎ、鯉のぼりも見納めの時期になっていた。

 あちこちで鯉が引き下ろされていく。


 カズとお晴は今日も同じように仕事に出ていた。

 二人がいる桜通りからもそのような光景が見えていた。


「ねえ、お晴さん。あれから雄二さん見ないけど、どうしてるんだろ」

「わからない。どうしちゃったんだろう……」


 お晴は空を見上げた。

 よっぽど〈笑いの翁〉のことが心配のようだ。


「ねえ、仕事が終わったら作業場を見に行きましょうよ」



 仕事が終わった後、二人は雄二の作業場の前にいた。


「お晴さん、何かあるよ」


 カズは戸口を指差す。

 作業場のガラス戸に貼り紙がある。


『店を畳みます。長い間ありがとうございました』


 その下に店を畳む経緯が綴られてあった。


「やっぱり、店を畳んだのね……」


 お晴の心配はまだ消えていなかった。


「おう、そこの掃除屋のお二人さん」


 その声は聞いたことのあるものだった。

 いつも朗らかで、周りの人を幸せにする……。


「雄二さん!」


 先に走り出したのはお晴だった。


「具合、大丈夫ですか?作業場、畳んじゃったみたいですけど」

「大丈夫じゃ、わしはもうやるだけのことはやった」


 ――――今は一番幸せだ。

 雄二はそう話していた。

 よかった……。


「金の鯉のぼり、完成させたんですか?」


 カズがやってきた。


「ああ。なんなら見ていくかい?」


 作業場の裏。カズとお晴は雄二に連れられてやってきた。

 二人はその光景に驚いた。


 裏庭には小さなお墓と池があった。そして、お墓の隣には金の鯉のぼりが上がっていた。あまり大きくはないが、その鱗は金の光沢を放ち、鯉は風を受けて優雅に泳いでいた。


「あの墓はわしの孫の墓じゃ。ここに立てれば、息子も天から見とる気がしての」


 鯉は今日も空を泳いでいた。明日も、明後日も。そして、これからも__。

 (『笑いの翁』一件落着)

 

©ヒロ法師・いろは日誌2018

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