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第34話 これから、それから(後編)

 それから五回、四季は巡り巡った。華の都に再び春がやって来た。

 掃除屋を営む女性、清明晴は弥吉の食堂で休んでいた。


「最近はカズ坊から連絡はあるのかい?」

「一年に一回は来るよ。もっと寄越してほしいけど、向こうも忙しいのね」


 お晴は食堂の入口戸を見ていた。お晴はあのころからずっと掃除屋を続けていた。

 一人で掃除屋を続けているが、自分は孤独ではなかった。下京の友達もいるし、何よりカズは定期的に文を送っていた。


「でもこの春は都に来る気がするの」

「何か、文でもあったのかい?」

「いや、そんな気がするだけ」


 弥吉は食器を洗いながらこう言った。


「お晴ちゃん、逢うのが楽しみなんだな」


 お晴は微笑んだ。


 お代を払うとお晴はことみばあちゃんのお茶屋へ向かった。今日は午前中しか仕事がなく、お晴は昼からはゆっくりすることにしていた。

 まずはお茶屋に向かった。


 お茶屋〈なつかわ〉。

 おばあちゃんは一人でお茶屋を切り盛りしていた。まだ千鶴は来ていなかった。


「おばあちゃん、こんにちは」

「あらお晴ちゃん。こんな時間に来るとは珍しいじゃない」

「ちーちゃんと待ち合わせるためにね」


 お晴はあたりを眺めた。


「ひさめさん、今日は手伝いに来てないのね」

「ああ。あの子も忍び稼業があるから」


 そう。とお晴は床机に座った。


 ひさめはあれから忍びをまた名乗ることにした。自分で忍びの一団を結成し、活動し始めた。

 しかし冷酷な忍びとしてでなく、困った人のためになる忍びを目指して動き始めたのだ。

 姉のかざめとは違う道を歩むことになってしまった。だがこれは彼女自身が選んだ道だった。


 とはいえ、お茶屋の手伝いをやめたわけではなない。時間が空いた時はちょくちょくおばあちゃんを手伝いに来ていた。

 お晴もひさめとよく合っている。ひさめの料理は相変わらずらしいが、少しばかりはよくなってきたらしい。


 だがおばあちゃん一人でお茶屋を切り盛りしなければならない日が増えてしまった。

 だから、お晴は喜平や千鶴と一緒にお茶屋を手伝っていた。


「おばあちゃん、また今度手伝いに来るからね」

「ああ。お晴ちゃんは人当たりがいいからね。また頼むよ」


 お晴とおばあちゃんが雑談している時だった。


「お晴ちゃーん! 待たせてしもうたな!」


 お茶屋に藍色の髪を束ねた女の人がやってきた。


「ちーちゃん!」


 この女の人は下京で一番有名な舞妓、遠葉千鶴。

 千鶴は舞妓としての腕をさらに上げ、宴会では美人舞妓として人気が高かった。彼女が手伝う宴会では大勢の客が殺到するほどだという。


「そういえば喜平君は?」

「ああ、喜平さんはなんか急用あるってどっか言ってもうたんよ。まあ今日は喜平さんの花火屋は休みなんやけど」


 千鶴は喜平を荷物運び要員にしようと画策していた。だが逃げられたようだ。


 一方で喜平も立派な花火職人となり、この春新たに花火屋〈きへい〉を立ち上げた。

 喜平と千鶴は各々の道を進んでいるが、相互の交流も続けていた。

 そして二年前、晴れて結ばれた。その時はお晴やひさめはたちは心から祝福した。

 お晴はその事をカズに文で伝えた。カズも喜んでいたらしい。


「じゃあ、お晴ちゃん。新しい着物が売られたらしいから、呉服屋に行こ!」

「うん」



 新作の着物をたくさん買うためにお晴はお金を貯めていた。

 仕事も相当頑張った。一日に四、五件は仕事を受ける日が毎日続いた。


 欲しい着物や帯をたくさん買い、それらを風呂敷に入れる。


「喜平さんあとからしばいたらなあかんな。こんな重いのをオナゴ二人に任せるとか」

「別にそこまでやらなくてもいいんじゃない?」


 お晴は顔を膨らませる千鶴をなだめていた。


 お晴と千鶴は桜通りに出て、とりあえず休憩を取る。二人は溝川沿いの床机に腰を掛けた。


「なあお晴ちゃん。もしカズちゃんが戻って来たら何したい?」


 千鶴はお茶を一口飲んだ。


「掃除屋にまた雇い入れようかな。そして掃除屋をやりながらこの国を旅するの」

「それ面白そうやん! でもどうしてそう思うたん?」


 カズと一緒にいた時、外に出ていろいろな人に出会った。

 困っている人を助け、自分たちも成長できた。


「困っている人を助けることも私たちの仕事の一つなの。掃除と手助けでいろいろな人と出会えそうな気がしてね」

「お晴ちゃんらしいな。そういう人助けが好きなところ」


 桜が満開の桜通り。今日も全国や諸外国からやって来た商人や旅人、出稼ぎ民たちで一杯だ。


 だが、その行きかう人の中にある人物がいた。


「おーい! 千鶴、掃除屋の姉ちゃん!」


 誰かがお晴と千鶴の名前を呼んでいる。千鶴は立ち上がり、ごった返す人々を眺める。


「誰や? うちらを呼んだの」

「あれ、喜平君じゃない?」


 お晴は行きかう人の中で飛び跳ねている男の人を指差していた。


「喜平さん!」


 喜平がお晴と千鶴の前に現れた。いきなり千鶴が喜平に詰め寄る。


「あんた一体どこ行ってたんよ! うちらの荷物もたんと!」

「また荷物係だったのかよ。まあ、いいか」


 喜平は気を取り直すと、お晴の方を向いた。


「掃除屋の姉ちゃんに伝えたい話だ。ある男が下京の正門にいる」

「男? それって誰なの?」


 そう問いかけると喜平はウインクした。


「来てみれば分かるぜ」


 下京の正門。お晴と千鶴は喜平につられてやって来た。桜吹雪の下、正門に誰か立っている。

 短い黒髪。白い着物に黒い袴。いつかで見たことがある風貌。


「あなたは……」


 お晴はふと声を出した。声に反応し、その人物は振り向いた。


「お晴さん、帰って来たよ」


 その青年は微笑んだ。


「カズ……」


 お晴は目の前の青年に飛び込んだ。そして、めいいっぱい青年を抱きしめた。


 ***


「ちょっと、お晴さん痛いって!」


 お晴は鉄扇を操る。そのため、腕力や握力がとても強いのだ。


「おかえり! ずっと待っていたんだよ!」


 カズは痛がりながらも、お晴の温もりを体いっぱいにカズは感じていた。

 そしてお晴から体を離す。


「でも、どうしてまた都に!?」

「いろいろあってさ」


 カズは実家に帰った後、農作業を手伝いながら何か仕事ができないか探していた。とはいえ村にはろくな仕事は無い。

 さらに長男でもないカズは実家を継ぐことはできなかった。


「都に出たほうが仕事もあるし、君たちもいるからね」

「そうだったの……」


 お晴は自分の目から出ていた涙を拭いた。


「でさ、お晴さん。これからはここで暮らすよ。だからまた……」

「雇ってほしいんでしょ? 当たり前じゃない」


 そしてお晴は下京の桜通りに走り出そうとしていた。


「じゃ、まずは長屋の手配をしなきゃね。私は先に行ってるから」

「ちょっとお晴さん!」


 お晴は桜が散る桜通りを走り抜けて行った。

 まあ、またお晴と掃除屋をやりたいから戻って来たんだけど。


 カズは誰かに肩を叩かれた。振り向くと喜平がにやにやしながら立っていた。


「掃除屋の姉ちゃん、本当に張り切ってるな」


 さらに千鶴も。


「せやね。お晴ちゃん、カズちゃんが帰って来たらやりたい事考えてた」


 え? やりたい事?


「千鶴ちゃん、それって何なの?」

「掃除屋としてこの国を旅しながら人助けしたいんやって」


 旅をしながら掃除屋を営むの!?

 喜平と千鶴は頷いていた。しかも真顔で。

 カズは開いた口を塞ぐことができなかった。……まあ、面白そうだからやってもいいか。


「急げよ、カズ。掃除屋の姉ちゃんやり始めると止まらないから」

「そうだな」


 カズは笑うとお晴の後を追った。桜通りの桜の中をカズは駆けて行った。

 この桜はこれから始まる新しい生活を祝福しているようだった。


                         (『これから、それから』一件落着)


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