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第32話 これから、それから(前編)

 冬が過ぎると春が来る。四季というのは廻り、廻るもので、華の都にも再び春がやってきた。

 時は弥生上旬。

 まだ桜は咲いていないが、梅の花は満開に近くなっていた。


 カズはいつものように食堂〈やきち〉でお晴が来るのを待っていた。

 彼は少々物寂しく思っていた。あと一か月もみんなと一緒にいられないのだから。


「カズ、おはよう!」

「お晴さん!」


 元気なお晴の声にカズは明るくなった。物寂しさは吹き飛んだ。


「今日は久々に上京の方で仕事よ。ま、都の復興関係だけど」

「なら結構お金もらえそうだね」


 華の都の復興は少しずつだが進んでいた。

 上京が優先的に修復され、下京は後回しだ。

 これはお上の方針だという。

 そのため、町人の長屋は下京の人々が自分たちで力を合わせて建て直した。粗末だけど、人が住める状態にはなった。

 庶民の力を侮ってはいけないのだ。


 上京に向かう途中、カズはあることをお晴に話そうとしていた。

 それは先月の下旬、長屋立て直しの時にお晴に言えなかったこと。


「その、お晴さん」

「ん?」


 お晴が不思議そうな顔で振り向く。


「どうしたの?」


 カズは心臓の鼓動が早まるのを感じた。

 

「この前、お晴さんに言えなかったことなんだけど。時間の流れが早いねって」


 かなりぼかして言った。

 本当はもうこの都にいられる時間が少ないことを言いたかった。

 しかし、そのことをお晴に直接言ったら悲しむだろう。


「ああ、そうか。あなたは今月で実家に帰らなくちゃいけないんだったね」


 お晴は分かっていたようだった。彼女は澄んだ弥生の空を見上げた。彼女の茶色い瞳も透き通っていた。


「確かに時間って早いものね。本当にいろいろあったね」


 お晴の言うとおり、この一年、お晴と掃除屋をしながら様々な人と出会い、悩み事を聞き、それを解決してきた。

 ひさめや春樹といったかけがえのない仲間や友にも恵まれた。

 そして〈天険賊〉という得体のしれない連中と戦った。しかし、彼らも内部に複雑な事情を抱えていた。

 理想の世界の創造を目指していた犬塚緋肋。彼の理想に賛同し仲間を食わせるため、緋肋と手を組んだ夏川かざめ。そして全てを無に帰そうとしていた男、篠原佐茂。

 個々の事情は複雑で、共感できるものもあるが、決して許されるものではなかった。


「まあ、まだ二十日ほどあるし最後まで頑張りましょうよ」

「そうだね」


 二人は仕事先へ向かった。

 ただ、もうその時からお晴の様子がおかしかったのかもしれない。



 仕事が終わり、お晴と別れたカズは長屋に帰るところだった。

 今日の仕事は朝に予想した通り、かなりもらえた。一部は両替商に頼んで、実家に仕送った。


 カズは自分のお金を懐にしまった。長屋に入る前に周囲を確認する。

 誰を警戒しているかといえば、下京のならず者、入江成樹だ。

 成樹は珠梓が都を襲撃した後、しばらく姿を見せなかった。

 無事だったことは聞いていたが、なぜか現れないから不審に思っていた。


 だが。

 カズが長屋に入ろうとしたその時、カズは何かに躓いて転び、懐に入れた銭が散らばった。


「ちっ。久しぶりに引っ掛けたけど、少ないじゃんか」


 嫌味のある声。カズは立ち上がり、着物や袴についた砂を払った。カズの前には図体のでかいチンピラが立っていた。


「成樹! またあんたか」

「こんなんじゃ腹の足しにもならねえ。お前にくれてやる!」


 そう言って成樹は銭を拾わずカズの前を後にした。

 久しぶりに入江成樹が現れたが、結局何も盗られなかった。現れてしまうと大概奪われるのに。

 もちろんカズが持ち歩いているお金を減らしているのは、成樹が現れた時の被害を軽減するためだ。この対策法はお晴に教えてもらった。

 でも額が少なくても奪うはずなのになぜなんだろう。



 翌朝。

 依頼先に行く途中、カズはお晴に昨日の成樹の行動を話すことにした。


「盗られなかったって、一銭も?」

「うん。多分あいつもそれなりにお金稼げるようになったんじゃないかって思うんだけど」


 お晴は考える仕草を見せた。


「まあいいんじゃない? 何も盗られなかったのなら」

「まあそうだけど……」


 ちなみにその日は成樹は現れなかった。というか、成樹はもうカズにカツアゲを仕掛けることは無かった。



 数日後、午前中の仕事を終え昼食を食べようとカズとお晴は弥吉の食堂に向かっていた。

 ちなみに弥吉も珠梓の事件の時は無事だった。弥吉によれば、珠梓の一撃が来るその寸前に食堂を逃げ出したらしい。

 食堂はめちゃくちゃになってしまったけど、とりあえず頑張って建て直した。

 急ピッチで建て直したので、作りは少々粗末だが通常通り食堂は営業できるようになった。


 桜通りを南下すると、弥吉の食堂が見えてきた、ところが何か様子がおかしい。


「何だろう。あの立札」


 カズは食堂の軒先に建てられた立札を指差した。ところがお晴の返事はなかった。ただ俯いているだけだった。


「お晴さん!」


 お晴の耳元で叫ぶ。


「な、なに?」


 ようやくお晴は気付いたようだ。

 カズは半分呆れていた。最近ずっとお晴はこの調子だ。


 食堂前の立札にはこう書かれてあった。


――食堂貸し切り中


「誰かを祝ってるんじゃない?」


 そう言ってお晴は別の所で食べようとカズに提案した。

 だが、時を同じくして食堂の戸が開いた。


「お、カズ坊にお晴ちゃん。丁度いいところに来たな」


 弥吉が暖簾を分けて表に出てきた。


「昼飯食いに来たんだろ? 中に入ってけ」


 弥吉の言葉は意外なものだった。貸し切っているのって、僕たちを祝うためだったの?


 カズとお晴は顔を合わせていた。双方とも不思議な表情だった。

 弥吉はそんな二人を見て気を遣ったのか、


「固い顔すんな。いつも頑張っているお前さんらにご褒美だ」



 食堂〈弥吉〉。

 中はきれいになっていたが誰もいなかった。本当に貸切られていた。


「貸し切り時間はそう長くはないが、料理はタダで出すよ」

「た、タダ!?」


 カズは目を光らせた。あのうまい天丼がタダで食えるのか!?

 だがカズは頬を引っ張られた。隣を見ると、お晴がこっちを睨んでいる。


「カズ、よだれ出てる」


 カズはすぐに着物の袖でよだれを拭いた。

 失礼だよな……。

 とりあえず二人はそれぞれ好物の料理を頼んだ。


「じゃ俺は仕込みがあるから何かあったら言ってくれ」


 弥吉は厨房の奥へと消えて行った。店内にはカズとお晴だけが残された。

 二人だけになったが、何か話した方がいいだろうか……。話のネタがまるでない。



「ねえ、お晴さん」


 ん? とお晴は不思議そうな顔をこちらに向けた。


「弥吉さんってさあ、気前いいよね」

「何今さらな事を言ってるのよ。そうしないとお客さんが来てくれないんだよ?」


 それ以上話は進展しなかった。でもなんで弥吉はカズとお晴を二人だけ残したんだ。

 いつもは弥吉はカズたちと一緒によく世間話をするのに。そして、最近お晴とも妙に話がかみ合わない。

 世間話ならお晴は山ほどネタを持っているのに、お晴はほとんど何も話をしなかった。


 訊いてみるか?


「お晴さん、何か悩み事でもあるの?」

「え、いきなり何?」


 お晴は驚き、慌てていた。


「この頃僕といるときでも俯いてるからさ」

「べ、別に何もないよ」


 お晴の悪い癖が出た。

 彼女は自分の悩み事は人には話さない。自分の弱みは人には見せないのだ。


「話してよ。誰にも言わないから」

「な、何にもないんだから!」


 その後お晴は口を噤んだままだった。結局何も言えずに昼食の時間は進んでいった。

 大好きな天丼なのに喉を通らない。だがお晴も好物の親子丼がなかなか食べられなかった。


 その後もお晴は仕事や昼食のこと以外カズにほとんど何も話さなくなってしまった。


 一方、カズは弥吉の食堂にいた時誰かの視線を感じていた。敵意あるものだったが、特に気にしていなかった。


 さらに数日後。

 仕事が終わり、お晴と別れた後カズはひさめのお茶屋を訪れていた。門限まではまだ時間があった。

 小腹が空いたのでお茶屋で何か食べることにした。


 お茶屋ではいつものようにおばあちゃんが団子などを作り、ひさめが料理を配っていた。

 しかし夕方で店を閉める時間が近づいているので、人は少なかった。


「ようカズ。いつものみたらしか?」


 ひさめはカズが床机に座ると同時に出てきた。


「うん。ありがとう」


 ひさめが厨房に行ったのを見送った後、カズは頭に何かを巡らせていた。

 考えているのはお晴のこと。

 お晴の気持ちは日に日に沈んでいくように思えた。まさか、僕が実家に帰る日が近づくのを……。


 どうしたらいいんだろうか……。


 ひさめみたらし団子を持って来た。


「ほい、お目当てのもんだぜ」


 ありがとう、とみたらしを受け取る。その時、カズにいい考えが浮かんだ。ひさめなら何か分かるかも。


「ひさめさん、話があるんだけど」

「話?」


 カズはひさめにお晴がここのところ落ち込んでいることを話した。


「多分、もうすぐ僕が実家に戻ることを察して……」


 考え込むカズに対してひさめは呆れていた。


「そうだろうな。てか、おまえお晴の気持ち本当にをわかってるのか?」

「本当の気持ち?」


 本当の気持ちが言えないことはこの前お晴が言っていた。それ以来お晴はその気持ちをカズに話していなかった。

 ひさめは両腰に手を当てた。


「多分お晴は相当焦ってると思うぜ。本当の事を伝えられない自分に苛立ってるんだ」

「じゃあ本当の気持ちって何?僕に伝えられないことなの?」


 ひさめは首を振った。


「そうじゃない。おまえも薄々と感づいているはずだ。お晴がおまえをどう思ってるか」


 カズはお晴をただの仕事の相棒とは考えていなかった。カズはひさめにそう言われ、これまでのお晴との日々を思い返してみることにした。

 去年の卯月にお晴と出会ったときから葉月までは、彼女はあくまで仕事仲間だという感じだった。

 しかし、カズがお晴に対する思いが変わったのは闇夜の事件と、お晴の育て親が亡くなった時だった。

 この二つの経験を通して、カズはある決心をした。


 ――お晴の支えになる


 それ以来、カズはお晴とは何かで繋がっている気がした。言葉では形容しがたいものだが、決して負の要素があるわけではなかった。


「まあ、ただの関係じゃない。好きと言えるかはわからないけど」


 ひさめは「そうか」と一声かけると、カズを少し観察してからこう言った。


「やっぱりお前は恋愛には疎いな。そりゃ千鶴がキレるのも無理ないな」

「ひさめさん、その話知ってるの?」


 千鶴がカズとお晴に腹を立てていたのは如月の下旬、都の建て直しを手伝っていた時だった。

 カズはなぜ千鶴が怒っているのかわからなかったが、どうしてひさめが……。


「喜平から聞いたんだ。千鶴はおまえとお晴の手を繋がせようと必死だったらしい」


 そしてひさめはカズから目を逸らせた。視線は向かいの呉服店で着物を漁っている男と女に向けられていた。


「だよな、千鶴」


 ひさめのその一言に女は驚き、同時に今まで手に取っていた新作の着物から手が離れた。ひらりと着物が地面に舞い落ちた。


「な……」

「千鶴、今のは無かったことにしようぜ。そっとここから退散だ。まだあいつには気づかれてねえ」


 男が女の肩に手を当て、必死でそう言っている。

 というか、カズには丸聞こえである。

 カズは何も言わなかったが、それを代弁するようにひさめが口を開いた。


「もう隠れられないぜ。二人とも、こっちに来いよ」


 その言葉に喜平と千鶴の緊張していた肩がほぐれた。ひさめはお茶屋にやって来た二人をカズと同じ床机に座らせた。


「おまえら、カズとお晴を見張ってたみたいだけどさっきの下手だぞ」

「忍びの姉ちゃん! それは言うなよ!」


 喜平が驚いて立ったが、すぐに座り込んだ。多分ひさめが忍びだから、それくらいお見通しだと思ったのだろう。

 しかし、カズは誰かにお晴と一緒にいるところを見られているという感覚を持っていた。

 まさかそれが喜平と千鶴だったのか?


「ひさめさん、喜平と千鶴ちゃんが見張ってたってどういうこと?」

「まあ、おまえ気配はわかっても何者かまではわからないよな」


 さっきひさめは千鶴がカズとお晴を繋げようといろいろ画策していたと言っていた。実はそれが成樹が金を奪わず帰ったり、弥吉がカズとお晴のために食堂を貸し切っていたりした理由だった。

 もっと詳しく言うとカズがお金を減らさないように成樹を説得し、弥吉に二人に話しやすい雰囲気づくりに協力してくれと頼んだ。

 実際は成樹に対しては千鶴が脅し紛いのことをやっていたらしい。


「ま、その時に協力したのがおれってわけ」

「まさか、偵察もひさめさんが仕込んだの?」

「あったりー」


 ひさめはにやにや笑っていた。

 ひさめならやりそうなことだが、なんかしてやられた感があった。

 次に口を開いたのは喜平だった。


「すまなかった。ただ千鶴が勝手に言い出したことで……」


 その時千鶴が喜平を押しのけた。


「いや、喜平さんも同じことは考えとったんよ。でもやりすぎたと思うてる。ごめんな」


 喜平と千鶴はカズたちに恩を返すつもりでカズとお晴を引き合わせようとしているという。

 恩とは昨年の葉月に喜平と千鶴を巡り合わせた一件だった。

 だが、もうカズとお晴がともにいられる日は長くない。あと数日もすればカズは実家に帰らなければならないのだ。

 だから喜平も千鶴も焦っていた。


「まずはお晴さんを元気づけないと駄目かも」


 カズは呟いた。

 お晴の気持ちが沈んでいるのは、もうカズと過ごせなくなるから。

 裏を返せばお晴がカズに好意を寄せている証拠だ。もちろん、お晴と別れるのはカズもつらい。


「別れたくない気持ちは一緒なんだな」


 ひさめはカズが食べたみたらし団子の皿を片づけていた。


「カズ、多分おまえもお晴に好意を持っていると思う。それを言えばお晴も元気になると思うぜ」

「うん……」


 カズは顔を下に向けた。


「ちょっと一晩考えてみるよ。時間が時間だし、僕は長屋に戻るよ」


 カズは床机から立ち上がり、ひさめにお金を渡すと長屋に帰って行った。

 

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