第28話 封印されし想い(証拠)
カズたちが伊勢に向かったその日の昼。弥吉の食堂で、喜平と千鶴が昼食をとっていた。彼らもこの食堂の常連で弥吉とはいつも世間話をしていた。今日は旅立ったカズたちの話で持ちきりだった。喜平も千鶴も珠梓の話を知ったのはここが初めてだった。
「あいつら掃除屋のくせにそんなでかい奴を相手にしてたんだなあ」
喜平は感嘆している。
「あんたなあ、今さらすぎるやん」
千鶴が呆れている。何を今さらと言わんばかりの顔だ。
「うちらがカズちゃんやお晴ちゃんと会うてから、あの二人うちらとは違ってたやろ」
「千鶴、それはわかるけどよぉ」
喜平にとって掃除屋の二人がやっている事の大きさを想像できなかった。喜平や千鶴が都に来る前からも二人は悪人と対峙し、事件を解決してきた。
「掃除屋の二人はこんなん大丈夫やろ。でも心配はつきひんわ」
一方の千鶴は心配していた。
弥吉はお茶を二人の前に置いた。
「俺も気が気でねえよ。大蛇の化け物とか聞いて身震いしちまった」
喜平はお茶を飲んだ。
「俺たちになんか手伝えたらいいんだけどな」
「せやね。弦ちゃんの時はあんま力になれなんださけな」
カズとお晴のすごさをあらためて知ることになった。
その時、店の戸を叩く音が。
「食堂〈弥吉〉さんはここでしょうか」
女の人の声だ。
「ああ。客なら大歓迎だぜ」
戸が開き、その先に長い黒髪の二十五、六程度の若い女の人が立っていた。
「ここに掃除屋の卯月元一君と清明晴ちゃんがいるって聞いたんですけど」
「ああ、生憎その二人はここにはいねえよ。今朝わけあって伊勢に行ったんだ」
「そうですか」
女の人は残念そうだったが、弥吉はそれを察したのか女の人にこう言った。
「食い物なら今から出すよ」
「ありがとうございます」
女の人は適当な料理を弥吉に頼んだ。喜平はその姿をずっと見ていた。
「喜平さん、何見とれとるんや?」
千鶴の一声で我に返った。
「あの綺麗な姉さんに惚れたんか?」
千鶴がイタズラをした子供のようにやついている。だが同時に千鶴はあの黒髪の女の人に嫉妬しているようだ。
「そうじゃねえよ。あの人がカズと掃除屋の姉ちゃんのことを言ってたからさ」
「別におかしないんとちゃう?あの姉さん掃除屋の二人に用事があったんやろ」
そうだろうけど……と喜平がぼやいていると、
「ならうちが何の用があるか訊いてきたるわ。ちょっと待っといて」
「おい、千鶴!」
千鶴は席から立ち上がると、黒髪の女の人の所に歩いて行った。
そこまでする必要はないだろ。別にカズたちに何の用があるか知りたいわけでもないのに。
千鶴はだんだんお晴に似てきた気がする。
よくお晴と着物を買いに行ったり、おいしい料理屋を探したりしているらしく、とても仲がいい。
気が合うからお晴に似て世話好きになってきたのだろう。
「喜平さん、ちょっと」
千鶴が呼んでいる。喜平は立ち上がると、千鶴たちのもとへ向かった。
「あなたたち、カズ君たちのお友達だったの」
話を切り出したのは女の人だった。彼女は非常に落ち着いた声だった。
「ああ。でも、姉ちゃんこそ何で知ってるんだ? つか姉ちゃん何者だよ」
「ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね」
女の人は土岐村路子と名乗った。
路子は西州街道沿いの宿場町、羽見に住む歴史家で、都周辺の寺子屋や学び舎で歴史を教えていた。
カズたちとは先月知り合ったという。
「ちょうどその時に悪いことしてる人たちに誘拐されてね」
「誘拐?」
喜平は驚いた。
路子によると悪事を企んでいる奴らは彼女の歴史研究を悪用しようとしていたという。
「その歴史研究が珠梓のことだった」
マジか。
その後も路子から事件のことを訊いたが、珠梓伝説の詳細を訊いた時は喜平も千鶴も震え上がった。
「それで、歴史家の姉ちゃんは珠梓って怪物を鎮めるための術を探しているんだな」
「ええ。私たちの力じゃ、〈天険賊〉を止めるのは無理があるから。カズ君たちが頑張ってくれてるから大丈夫だと思うけど……」
喜平と千鶴は路子の食事が終わると、彼女とともに食堂を後にした。
喜平と千鶴は歴史家の土岐村路子に連れられて、路子の幼馴染が経営するそば屋を訪れていた。
喜平と千鶴はそばを待つ間、路子と一緒に席についていた。
厨房では路子の幼馴染の滝沢浅邦がそばを作っていた。
「でも助かったわ。食堂にあなたたちがいて。私の不手際のせいでこんな大事件になってしまったんだもの」
「気負いする必要はあらへんで。姉ちゃんは悪くないんやさけ」
千鶴が励ましていた。
なぜ喜平たちがここにいるのか。食堂に路子がやってきた時、彼女はカズたちを捜していたという。
だが彼らは〈天険賊〉を止めるために伊勢に向かった。彼女は残念がっていたが、喜平たちもできることがないか探していた。
だから、喜平たちは協力するつもりでここに来ていた。
「で、姉ちゃんはどんな手を使おうかもう決めてるのか?」
「大体の目星はね。でもこれは一人だとどうしても無理がある方法なの」
路子が考えている珠梓の鎮め方、それは珠梓の夫の力を使うこと。夫の力を使えば珠梓は沈められると考えていた。
「でもどうやって夫の力を引き出すかなの。珠梓みたいに意識が封印されていればいいんだけど、夫は封印されている痕跡が無いの」
封印されているとすれば、歴史書や木簡に記されているのだという。
「なら探せばいいんじゃないのか?珠梓が封印されたのもその資料が見つかったからなんだろ?」
喜平が尋ねる。しかし路子は首を振った。
「そうかもしれないけど時間的に無理があるの。夫の意識が封印されていたとしても勾玉を扱える人を捜さないと」
珠梓が封印されていた事実はまだ時間に余裕があったからよかった。
どうなるかは分からないが勾玉も六実も〈天険賊〉の手中にある以上、いつ解放してもおかしくはなかった。
そんなことをする猶予は残されていない。
その時だった。
「いや、手ならあるんとちゃうの?」
その言葉の主は千鶴だった。
「千鶴、何なんだ!?」
「まあ喜平さん。そう焦らんでもええって」
***
ここは都からだいぶ南に位置する農村、吉里。喜平と千鶴、そして歴史家の路子はここにあるものを探しに来ていた。
都を出て二日。かなり足早でここまでやって来た。
「それにしても千鶴の勘はすげえな。その大蛇の夫の思いを伝えたらいいって一発でわかったんだろ?」
「あれは勘とちゃう。ちゃんと根拠があるんよ」
根拠? 何が根拠なんだ?
千鶴に訊いてみると、彼女は得意げに笑った。
「愛の力や」
「愛の力? まさか、旦那を利用するためにここまで来たのかよ」
喜平が発言するとともに立ち止まった。
千鶴も足を止める。
「そうやで。珠梓は夫をたいそう愛しとったって路子姉さん言うてはったやろ」
そう言って千鶴は二人の後ろで歩いていた路子に同意を求めた。
「ええ。伝説でもそうだったし、当時の貴族の日記にも珠梓と夫は相思相愛だったって記録されてるわ」
「ほらな。せやからダンナが今でも愛してるでってことを伝えたればええの」
しかし喜平は考え込んでいた。
「でも旦那はとっくの昔に死んでるし、そもそも大蛇がオレらの話を聞きいれると思うか?」
「珠梓が聞き入れるかはカズちゃんらの努力次第やなあ……」
千鶴はもう一度振り向いた。
「でもやれるだけやろ? ダンナさんの事思い出したら少しでも落ち着いてくれるかもしれん」
その時、吉里の東の空が一瞬白く光った。
今日は澄んだ青空だが、まるで雷が落ちたような白さだった。まさに青天の霹靂だ。
吉里の村人たちの様子がその光を境に騒がしくなり始めた。
「向こうで何があったんだろ……」
喜平はただ東の空を眺めるだけだった。
「確かあっちって〈伊勢の宮〉の方角よね。急いで調べ事を済ませたほうがよさそうね」
©️ひろ法師・いろは日誌2018




