第26話 封印されし想い(真意)
カズとお晴、そして春樹の三人はひさめに言われたとおり鈴の関を目指してひたすら走った。
太陽は既に登り始める。峠の森や山に雪が所々残る。
このあたりは雪はさほど降らない。鈴の関を超えると途端に気温が上がり、蒸し暑くなる。
彼らが鈴の関に辿り着いたのは太陽が南中する数十刻前。峠に関所らしき建物はなかった。それもそのはずでここの関所は日野川富が関銭を得るために設置したものだからだ。もちろん、お富がお縄にかかってから廃止されていた。
「ねえカズ。ちょっと休もうよ」
お晴が息を切らせていた。
春樹もそうだし、もちろんカズもそうだ。小椋湖からここまで走りっぱなしだ。
少し休んでそれから伊勢に向かおう。
カズは持ってきていた水を飲んだ。その時、カズの頭にはいろいろなことが渦巻いていた。
かざめの様子だ。かざめはカズたちを殺すためにあそこで待ち構えていた。あいつらにとってカズたちは消されねばならぬ存在。しかもかざめは「恨まれるほど」と言っていた。
みんなに話してみようか。
「あなたの言う通りなんじゃないの?」
お晴は水を一口飲んだ後にそう話した。
「ひさめさんが言ってたように、かざめは緋肋が創り出す世界に期待してたみたいだから」
お晴がいうように、ひさめはその話を闇夜事件の直後にしていた。かざめも自分たちの今の状況を変えてくれることを緋肋に託していた。
そして、かざめは自分の仲間を大切に思っていた。カズたちにとって彼女たちは敵だが、その姿勢は共感できる。
しかし、珠梓を開放したらこの国が、この世界が破滅する。そこに彼らが望む世界など存在しないのだ。
その意味でも珠梓の開放は止めなければならない。そして、知らしめないといけない。
〈天険賊〉が望む世界は決して望ましいものではないと。
鈴の関を超えるとカズたちの眼下には広大な密林が広がっていた。大きな川が東西に縦断し、そのもっと先に大きな社が見える。
赤い社。
あれが犬塚緋肋が神主を務める神社、〈伊勢の宮〉だ。
春樹は目を閉じて何かを感じ取っていた。
「間違いない。緋肋たちはあの社にいる。奴と六実様の気を感じた」
「六実さんの気も感じ取れるんですか?」
カズが訊く。
春樹はこくりと頷いた。
「彼女は古代王朝の血を引いている。呪術師としての腕も一品だろう」
もう時間は残されていない。
僕らがすることは、社に向かうことだけだ。
密林の中は蒸し暑い。
冬は乾燥するのがこの国の気候なのだが、ここは違った。気温が高く、冬でも夏のようだ。南洋から流れてくる海流の水温が非常に高いことが原因だと言われている。
そして、カズたちの周囲では目にしない動植物も多く見られた。
カズたちが走っているのは獣道。蒸し暑いから少し走るだけでも汗が出た。所々で密林の中を流れている川で水分補給しながら進んだ。川の水が綺麗なのが幸いだった。
夕刻前、カズたちは社まであと一歩の所まで来た。ここまでで〈天険賊〉の他の兵と一戦は交えていない。所々で彼らを見かけたが、カズたちは気配を殺して進んでいた。
「さすが伊勢の宮。都の神社とは風格が違う」
春樹はその姿を見て感嘆した。
カズとお晴も都や故郷のそれとは違う神社に目を奪われていた。
五層構造のその塔は朱色をまとい、壮麗で雄大な姿を現していた。
とはいえ、嫌な予感はした。カズは周囲を警戒していた。
「多分、周りにやつらの下っ端がいる」
そうカズがみんなに伝えた、その時だった。
「闇夜の件を忘れたのか。警戒せんで宜しいと」
社からの声。
カズたちの視線の先にはあの男たちがいた。
社の入り口に立つ、二人の男。
〈天険賊〉の棟梁、犬塚緋肋。
そしてその側近、篠原佐茂。
「ようここまで来られた。お主らはやはり我々の相手となる素質はある」
カズは前に出た。
「六実さんを返せ。珠梓を復活させても、あんたらは死ぬだけだ」
だが、その言葉に緋肋は嘲っていた。
「何を言う。珠梓は我らの味方だ」
カズは動じずにゴリ押した。
「六実さんはどこだ」
緋肋は不敵に笑っているだけだ。その代りをいうように、佐茂が口を開いた。
「巫女はこの社の屋上にいる。取り戻したければ頂上に来い」
緋肋と佐茂は飛び上がり、彼らは屋上へと消えて行った。
佐茂が消えるまで、お晴はずっと彼を睨んでいた。見逃さまいという視線で。
カズはお晴の心中を察していた。
「お晴さん、佐茂と戦う気なの?」
その声にお晴は気付いてくれた。
「そのつもりよ。敵討ちじゃないけど、あいつとんでもないことやらかしそうな気がするの」
「何をやらかすの?」
珠梓復活という意味なのか。
「そうじゃない。あいつ、利害の一致で緋肋と組んだみたいなのよ」
「利害の一致?」
お晴が言うには佐茂は部下をないがしろにしていた。
お晴は佐茂を幼少期に見た時に、その様子を見せたことをはっきりと覚えていた。
妙薬の事件の時にその姿を見せていた。
「あいつ、とにかく破壊を好むのよ。かざめみたいに本気で緋肋を支持してるわけでもないと思うの」
破壊を好むとか、部下をないがしろにするだけで緋肋に忠誠を誓っていないと言えるのか。
だがお晴は表情を変えなかった。
「あいつならやりそうだと思う」
「じゃあ、どんなことをするの?」
お晴は言葉がつっかえたようだ。
「それはわからないけど……、何にかしそうな気がするの」
まあ、佐茂とは何度か遭遇しているがかざめと違い緋肋に忠誠を誓っている様子は見受けられなかった。
裏でどうしているかは知らないけど。
今は社の屋上を目指すしかなさそうだ。
社の内部。
思った通り、内部は〈天険賊〉の下っ端だらけだ。
カズたちは体力を温存するために戦いをできる限り避けていた。恐らく、ここの頂上で緋肋や佐茂と戦うことになるから。
下っ端はどうやら緋肋が教化して門下に下った農民や忍び、盗賊たちのようだ。
誰がどこの農民はわからなかった。農民であっても地方では武装している農民もいる。少し昔の戦乱が多かった時代では当たり前の事だった。
だから、所々で一戦交える羽目にもなった。それでも敵の目をくらませて逃げることを優先した。
社の四層目。カズは真っ赤に塗られた襖を開ける。
「次の層が頂上みたいね」
お晴の声にカズが頷く。しかし、カズは同時に違和感を覚えていた。
周囲を見回す。第四層は静まり返っている。
人の姿はどこにも見えない。
「カズ、どうかしたの?」
気になったお晴が訊いてきた。
「この部屋、誰もいないけど来た時からずっと誰かがいる気配がするんだ」
「気配?」
春樹に何か気を感じ取っているか尋ねた。
「上からはするけど、この部屋からはしないよ」
そうだとすれば恐らく……。
カズは一歩ずつ踏み出した。
そして三歩進んで立ち止まる。
「出て来い!佐茂!!あんたはそこにいるだろ!!」
社全体に響くような声で叫ぶ。辺りはまた静まり返る。
そして。
「ふ、ただの掃除屋にするにはもったいない力だ」
天井の板が回り、大男が現れた。背丈は六尺。太刀を携えた大男。
社の前で緋肋といた男、篠原佐茂だ。
お晴は反射的に鉄扇を握り、広げる。
「小僧、お前掃除屋やめて俺と組まねえか? そんな力があれば忍びとしてやっていけると思うぜ」
「嫌だね」
きっぱりカズは言った。
佐茂はカズの「力」を気に入っているようだが、この「力」は特殊なものでもなんでもない。
「あんたと組んだところで道理に反するからね」
「そうか。ま、俺は破壊が専門。お前らにとって俺は敵」
そして佐茂は肩にかけていた太刀を引き抜いた。
「だが俺にとってもお前らは消すべき輩。あと少しで理想郷の完成だ。邪魔はさせねえよ」
佐茂は太刀をカズたちに突きつけた。
「お前らはここでおさらばだ。すぐに楽にしてやるからな」
佐茂は太刀を振りかぶってカズたちめがけて振り下ろした。カズたちは素早く四方へ散るように避けた。
太刀は社の床を抉った。
佐茂はまるで獲物をとるケモノのようにカズたちを注視していた。
ひさめとの戦いのときもそうだが、カズとしてはこんなところで戦うわけにもいかなかった。体力を温存させて屋上まで行きたいのだ。
しかし、佐茂という男がそれをさせない。
カズの態度を読んだのか、佐茂はカズを見てにやついた。
「お前らの魂胆は分かっている。俺を目くらませてその隙に逃げるつもりだろう」
思わずぎょっとした。
まさにカズが考えていたことだったのだ。
しかし、カズはできること承知でやろうとしていたわけではなかった。
悩んでいた。
でもなんで……。
だがその考えを佐茂は読み取っていたかのごとく話を続けた。
「ガキ、お前を見れば分かる」
佐茂がにじり寄ってくる。
「秋にお前と会った時、お前は俺と戦わず逃げた。お前は俺から逃げるしか生き延びられなかった」
「あれは違う」
カズは歯を食い縛りながらそう言った。あれはお晴を助けるためにしたことだった。戦うだけでなく時には逃げることも大事だった。
しかし、その言葉は佐茂の耳をすり抜けた。
「どうせあの忍びの女以外にゃ俺にはかなわねえ。ま、その女も今は居ないみてえだが」
ふと佐茂はガキと娘の隣で呪符を唱えようとしている男と目があった。
「お前か、戌亥神社の安倍春樹は。お前のことは緋肋から聞かされた。お前も相当な腕前を持ってるらしいな」
佐茂は春樹を凝視した。
「だがお前の呪符は俺には通用しねえ。やれるもんならやってみな」
だが春樹は冷静だった。それぐらいわかりきっていた。
呪符は詠唱に時間がかかる。そのせいでひさめとの戦いでひどい目に遭っていたから。
でもそれは攻撃できないということだ。
「さあどうするよ。逃げるか? 逃げようたって俺が逃がすと思うか?」
佐茂が勝ち誇ったように笑いながら一歩ずつ歩いてくる。
進も地獄、退くも地獄。
天に運命を委ねるしかないのか……!?
その時だった。
カズの目の前で何かが素早く動いた。
動くものの先にいるのは篠原佐茂。
佐茂は何が起こったのか分からず、きょとんとしている。そして、天井では太刀が物凄い速さで回転していた。
太刀は部屋の奥の襖に突き刺さった。襖は大きく裂け、太刀は床の上に落ちた。
少女は紅葉鉄扇をしまった。
「あんたこそ私たちを甘く見ていたんじゃないの?」
カズも春樹も仰天していた。
目の前に立っているのはカズの相棒の清明晴。彼女が鉄扇で太刀を打ち払っていたのだ。
「お前、どこでそんな腕を……」
佐茂は驚きを隠しきれないようだ。
「弱いまんまだったら今頃死んでるよ。あんたのことは忘れてたけど強く生きることだけは忘れなかった」
目の前にいる少女が言っていることは本当だった。
お晴は孤児になっていたところを掃除屋を営んでいた女性に拾われた。
彼女のもとで強く生きるよう教えられて育った。
お晴は非常にしっかりしていて、強い。
でも、カズも出来ることがあるはずだ。カズも彼女の支えになると決意していた。
「お晴さん、僕も……」
だが、お晴は片手を出してカズを制した。
「ここは私がやる。あなたたちは先に行って」
「だ、だけど……」
お晴がカズの両肩に手を置いた。
ふとカズは温かみを感じた。
「私も踏ん切りをつけたいの。大丈夫。マズイことはしないから」
それは分かってるけど……。
「急がないと。あなたがすべきことは他に残ってるよね?」
お晴は私に任せなさいといわんばかりににっこり笑った。ここは彼女を信じ、任せた方がいいだろう。
お晴の強さはいつも彼女といる自分がよくわかっていた。
カズはすぐに春樹のもとに駆け寄った。
「春樹さん、急ぎましょう」
春樹も頷いた。
状況を察して同意してくれたようだ。目指すは社の頂上。そこで全ての運命が決まる。
©️ヒロ法師・いろは日誌2018




