第23話 封印されし想い(伝説)
正月、カズはお晴とひさめとともに恵方参りに戍亥神社を訪れる。そこでカズは年末にあった歴史家の失踪事件に〈天険賊〉がかかわっていること、そして彼らが珠梓が封印された勾玉を解放するために動き始めていることを話す。物語は、大きな局面を迎えていた。
ここはこの国の南東にある密林、〈伊勢の森〉。この森は大小様々な樹木がうっそうと生い茂り、ここに足を踏み入れる者はいない。
しかしこの密林の奥地に、全国的に知られた神社がある。
その名は〈伊勢の宮〉。
周囲の村々から支持を集めている神社だ。理由はその神主が相当な実力を持った呪術者であり、占い師であったからだ。村々では彼の予言したことは本当になる、とされていた。
また、彼は理想となる世界を追い求めていた。
全ての人が平等に、穢れなく過ごせる世界。
そのような世界を造ろうとしていた。
彼の思想を支持し、協力する者も数多かった。
金髪の女の忍びもその一人だった。
彼女は自分たちの生活がとても苦しいことを身に染みて感じていた。
世の中は持てる者と持たざる者との格差が広がっていた。
彼につけば自分たちの生活も変えてくれると思い、彼女たちは全面的に協力していた。
夜。
満月が宮を照らす。
金髪の忍びは一人で満月を見ていた。多分あの神主の自分への信頼はあの満月の半分もないだろう。
忍びは昔を惜しんでいた。
そうなった原因はわかっていた。
あの盗賊のせいで……。
その時、女は背後に何か感じた。
「かざめ、何をふけっているのだ」
振り向くと当の神主がいた。
「お主の顔を見るに、何か我に私用でもあるのか」
「さすが、貴方は解ってらっしゃるじゃない」
「お主とは長い付き合いだ。私用の有無の判別はつく」
その言葉を聞いて女は少し安堵した。
「では、次の仕事もわたくしに……」
「巫女の件は佐茂に任せた。お主は島への潜入で疲れておろう」
次の言葉に女は言葉を失った。
「〈伊勢の宮〉を守ってくれぬか」
「承知」
女は力なく答えた。
男が消えた後、女はまた満月を眺めた。
やはり、自分への寵愛は無くなっている。
ここのところ仕事という仕事は元足軽に奪われていた。
あの男と神主が手を組んでから、自分への寵愛が目に見えて奪われていく気がした。
勾玉の在り処を探し当てたのはあいつ、そして、島に潜入して巫女の秘密を暴いたのもあいつだ。
女の心には絶望が渦巻き始めていた。
***
初春。
雪が降りしきる中、カズたちは都の郊外にある戌亥神社を訪れていた。
目的は恵方参り。この神社は庶民が好んで参拝に選ぶ神社ではない。しかしカズたちがあえてここを選んだのには理由があった。
疎らな客の中、カズたちはいろんな話をしながら石段を上って行った。他愛もない会話だがカズにとってはそれが何よりも幸せだった。
でも、時間はそう残されていない。あと三か月でお晴との仕事契約が切れ、カズは実家に帰らなければならないのだ。
カズは白く曇る空を眺めた。
雪が儚く降り散る。
しかし、残された時間を儚きものにはしない。やらなければならないことはまだまだたくさん残っているのだ。
「カズ、何してるの?」
向こうからお晴の声がした。前を見ると境内の方でお晴とひさめが不思議そうな顔でこっちを見ている。
気付かぬ間に遅れていたようだ。
「ごめん!」
ここを恵方参りで先に選んだ理由、それをこの二人に告げなければならない。
行こう。
お参りを済ませた。
「明けましておめでとう。君らならここに来ると思ってたよ」
振り向くとこの神社の神主、安倍春樹がやってきた。
「あんまりお客が来ないから困ってたんだ」
カズは笑った。
「でも春樹さんにはお世話になってますから。とりあえず始めましょうよ」
春樹は頷いた。
「始めるって何を?」
お晴がカズの肩を軽く叩いた。
そうだった。この話をすればお晴が怒る可能性がある。言わなければならない事とはこの前起こった歴史家、土岐村路子の監禁事件だ。事件に天険賊が関わっており、すでに奴らが次の事件を起こそうと動き出しているのだ。
しかし、その事件に犬塚緋肋や夏川かざめはいなかった。
代わりにあの男がいた。お晴の故郷を滅ぼし、彼女の身内を皆殺しにした男、篠原佐茂があの事件の首謀者だったのだ。
お晴はその男を理性が捻じ曲がるほど恨んでいた。だから言うのをためらっていたのだ。
でも言わないと始まらない。
「お晴さん、特に君には伝えておかないといけない。聞いても怒らないでね」
「え、ええ……」
お晴は不思議そうな顔をしている。
カズはお晴とひさめにこの前の事件を淡々と話し始めた。しばしばお晴の表情を窺いながら、言葉を選びつつ。
「佐茂は天険賊と手を組んでたんだ。あいつらは珠梓を復活させてこの世界を滅ぼそうとしている。だから、これからどうしようかみんなと相談しようと思ったんだ」
もうみんなと集まれる機会もそう多くは無い。手を打つなら今しかない。
カズの話を二人とも驚きを隠せない様子を見せながら聞いていた。
「佐茂……」
口を開いたのはお晴だった。カズは一瞬心臓が止まりかけた。
だが、お晴が口にしたのは別の言葉だった。
「その事件の後、佐茂がどこに行ったかわからないの?」
一瞬戸惑いつつも、カズは胸をほっと撫で下ろした。
一息つくと、
「うん。ただ、あいつその事件の時にこう言ってたんだ」
――近いうちに何かが起こる。楽しみにするがいい。
時間は残されていない証拠だ。
しかし、路子誘拐事件以降〈天険賊〉に関する情報は何も入ってこない。神主の春樹に他の神主から緋肋の動きについて聞いてみたが、何もわからなかったという。
「それなら、おれが調べてきてやる。偵察はおれみたいな忍びがやるもんだ」
そう告げたのはひさめだ。
だが、カズは素直にやってくれとは言うつもりはない。闇夜の一軒でひさめは〈天険賊〉の偵察をやって返り討ちにされていたからだ。
「なら僕も一緒に行くよ。いくらひさめさんが凄腕だからって相手も相手だし」
「ダメだ。おまえが心配する理由はわかるけど足手まといになるだけだ」
ひさめは譲ろうとしない。
〈天険賊〉が危険な相手なのはカズも十分承知だ。
しかし。
「私も行く。それなら文句ないでしょ?」
後ろにいたお晴がカズとひさめの肩に手を置いた。
「三対三ならいけるんじゃない?」
「いや、そんな訳じゃないよ。お晴さん……」
相手はカズたちが束になってかかっても勝てる相手ではない。
だが、お晴は引き下がらなかった。
「私だって〈天険賊〉は許せない。あいつらに殺された人だってたくさんいるんだから」
そしてお晴は肩から手を離した。
「それにあなたたち、絶対無理するから。これまでの経験から分かるのよ」
「お晴さんだって人のこと言えないじゃん」
そうぼやくとカズはお晴にほっぺたを引っ張られた。
「ご、ごめんなさい……」
だが、お晴の意志がゆるぎないのは目に見えて明らかだった。お晴の目が情熱に燃えていた。不思議なことに佐茂への恨みは表には表れていなかった。
そしてひさめに顔を向ける。
「お晴さんも一緒に行くってさ」
ひさめは頭を掻いた。
「ほんとおまえらは熱心だなあ……。仕方ない、一緒に行こうぜ」
だが、共に行く者はそれだけではなかった。
「なら、俺が参加しない理由はないよな」
春樹は直衣から風の呪符を取り出した。
「あいつが呪符を使う以上、君たちだけじゃ危険だ。まだ緋肋は炎の呪符を持っている」
それには誰も異を唱えなかった。
「なら決まりだね」
結局四人で行くことになった。
だが〈天険賊〉の連中がどこにいるかは不明だ。
しかし、緋肋は伊勢の宮の神主。そこにいるとは限らないが可能性がある。
まずは都で、伊勢で目撃情報がないか探すことにした。
都にも伊勢方面からやってくる人は大勢いる。
仕事の合間を縫ってその人たちを捜した。
とはいえ、国内最大の人口を擁し、常に人の行き交うこの都市でそういう人々を探すのには骨が折れる。ようやく見つけても勧誘か不審者と見間違われてしまうこともしばしばあった。運よく会話ができても、緋肋の功績話や説話を聞かされる一方だった。
あいつらが裏で何かやっているか、不審な行動をしていないか訊き出そうとしても否定される。
正月から三日後。
カズとお晴はひさめのお茶屋にいた。
「緋肋、よっぽど地元の人に尊敬されてるんだな……」
「それは表向きの顔でしょう? 裏の顔は私たちが見てるんだから」
お晴のその言葉に納得するしかなかった。
そういえば、お晴はここ数日かなり冷静だった。佐茂の事を聞いてまたあの時みたいに怒り狂うか心配していたのだが……。
「お晴さん、やっぱり佐茂と戦う覚悟は決めてたの?」
唐突に聞いてみる。
しかし、お晴は悟ったかのように冬晴れの空を見上げた。
「いつまでも根に持つわけにもいかないでしょう。ま、許すつもりは毛頭ないけど」
お晴の初めの一言だった。
佐茂もお晴のことは諦めたみたいで、彼女ももう17歳。
いつまでも恨むわけにはいかなかった。
これまで自律して生きてきたお晴だからこそ言えることだった。あらためてカズは感心した。でも、彼女の支えになる。それは忘れてはならない。
「よう。なんかいい情報入ったか?」
お茶を持ったひさめが二人の前に現れた。
「ぜーんぜん。そっちは?」
妙薬の一件の時みたいにひさめはにやにや笑っている。
「神主の兄ちゃんがさっきうちに来てな。とっておきの情報を教えてくれたよ」
「で、その情報ってなんなの?」
春樹が教えてくれた情報は、彼の知り合いの巫女から聞いたものだという。
巫女によれば農民の間にある噂が流れていた。
最近東域を中心に黒衣を身にまとい、呪符を持った神職者が多数の集団を引き連れている。教えに従った者はまるで暗示をかけられたかのようにその集団の中に入っていくという。そして、同時に東国では佐茂と思しき盗賊の一味が農山村を襲い、あらゆるものを収奪していたという。
その集団は〈天険賊〉の一味とみて間違いない。
ひさめも春樹もそう推測していたという。
「おれの推測だけど教えに逆らった村人を佐茂が始末してるんだろうな」
やり方がむごすぎるな……。
「で、春樹さんがその話を聞いたのっていつ?」
「昨日だってよ」
昨日か……。
なら今伊勢にはいないのか。
伊勢から東国まではかなり距離がある。
その後、ひさめに〈天険賊〉はどこにいるか聞かなかったか尋ねてみたが、ひさめは首を振っていた。
そこまではわからなかったという。
「夕方に神社に行ってみるか」
その日の夕方、カズたち三人は戌亥神社に向かった。御堂で春樹は賽銭を勘定していた。
「春樹さん!」
カズの声に春樹は振り向く。
「〈天険賊〉は伊勢にいないんじゃないですか?情報は昨日訊いたんでしょう?」
これだけじゃ何を言っているか分からないので、ひさめから情報を聞いたことも添えて説明した。
だが、春樹は首を振った。
「いや、戻っている可能性はある」
「どうしてです?」
実は知り合いがそれを知ったのは先月の中旬。
つまり、カズと春樹が路子を捜しに行った頃だったという。
東域と伊勢は歩きで一か月、船で二週間かかる。
奴らが船を持っているのだとしたらもう戻ってもおかしくない頃だ。
「結構な信者を引き入れてるんだ。船乗りの一人や二人いるはずさ」
「じゃあ、明日か明後日にはここを出た方がいいですね」
春樹は頷いた。
後ろを向くとお晴とひさめも頷いていた。
「じゃあ、明日準備して明後日の朝にはここを出よう」
翌日。
カズは仕事を終えた後お晴と共に羽見に向かった。
今日はここで昼食をとることにしていた。
だが、ここに来たのはそれだけではない。
この街には知り合いのそば職人と歴史家がいる。
そう、滝沢浅邦と土岐村路子だ。
実は、カズとお晴が前にここに来た時、カズは路子とある約束をしていた。
路子に珠梓と勾玉の調査を依頼していたのだ。それらはまだよくわからないことが多かったからだ。
しかし、路子に調査を頼んだとき彼女は難色を示していた。彼女は寺子屋での歴史の指導や他の歴史研究の仕事で忙しかったからだ。
また路子はあの勾玉が本物なのか疑っていた。裏付けもないし、伝説でしか伝わっていない。
カズもそれはわかっていた。
だからと言って、あいつらを野放しにするわけにもいかない。粘り強く夕方まで交渉した結果、歴史の研究として興味があるという理由で引き受けてくれた。
その調査に十五日程度かかると路子は言っていた。ちょうど今日、それが終わった頃合いだと思っていた。
そば屋の暖簾を開ける。
「浅那さん、路子さん。お久しぶりです」
その声に奥にいた二人は気が付いた。
「カズ君とお晴ちゃんじゃないか。昼飯を食べに来たのかい?」
「ええ。それと前の依頼の件のことで」
浅邦の隣に台を拭いていた路子がやってきた。
「それならもう終わったわよ。大きな収穫もあって、とても充実した調査だったわ」
大きな収穫?
勾玉や珠梓のことが判明したのだろうか。
「そこに座って。わかったことを全て話すから」
浅邦が熱いお茶を三人に出した。
路子は熱いお茶を一口飲み、目を閉じた。
「珠梓と勾玉の伝説の事だけど、私は初めそんなものは無いと思っていた」
そして目を開ける。
「でも、実際にあったの。それを裏付ける証拠があったのよ」
この正月の前後、彼女は稼いだお金を使って吉里という村に向かった。かつて古の王朝があった地だが、今はごく普通の農村だった。
伝説がその王朝時代から伝わるものであれば、ここで何か掴めると踏んだからだ。
古代の史料はその村を治める領主に見せてもらった。
また、村に残る遺跡も見て回り、発掘調査を村人に手伝ってもらいながら進めた。
そこでわかったこと。
「伝説の通りの出来事が、その昔に起こっていた」
それは古代王朝が滅びる直前の事件だった。
当時の王朝は占いや霊視によって政治を行っていた。今の春樹や緋肋のような神職者が実権を握っていた。
ここまではカズも知っていた。これらは寺子屋で習うからだ。
一方、勾玉はその吉凶を占う道具として用いられ、王族は勾玉を自在に操る能力を持っていたという。何か厄災が起こると彼らは勾玉の力でそれを鎮めていた。
都の外には大蛇や巨人などの妖怪がのさばり、とても危険な状態だった。なお、路子はその妖怪は何らかの理由で巨大化したケモノだろうと考えていた。
「その中に特別に意思を持った大蛇がいたの。それが珠梓よ」
「意志を持った、大蛇?」
路子は頷いた。
「考えたくないけど、妖怪が何らかの理由で意思を持ってしまったのね」
その事件の内容はカズたちが路子の家で見た資料の伝説とほぼ同じものであった。
恨んだ理由は罪なき自分の夫を王朝が殺したこと。それが厄災をもたらし、王朝を滅亡に追いやった。
路子はそこまでは考えていないが、当時の人はそう思ったという。
「いずれにせよあの勾玉には珠梓の意志が宿っている。そう考えて間違いないわ」
そして、王朝は滅亡に向かっていった。
滅亡の理由は度重なる飢饉や天災の末発生した地方豪族の反乱。その豪族の反乱を抑えた貴族が人々の支持をつけ、新たな王朝を開いた。
「で、その王族はどうなったんですか?」
「反乱の責任を負わされ、都を去ったの。国王は臣下の支持を失ってしまったのよ」
それが古代王朝の滅亡だった。
一方都を去った王族は……。
「西に行ったことはわかってるの。でも、調べる時間がなかったから……」
その時だった。
ある声が、そば屋にいた者たちの話を遮った。
―――それは、吉備ノ島
その声と同時にそば屋の戸が開いた。カズたちの視線はそこに集まった。
戸の先にいるのは六尺の大男。
カズたちはこの男に面識があった。
「久しぶりだな、ガキと姉ちゃんらよ」
この男は前に西野津に現れた男、佐茂……。そして佐茂はカズの隣にいた少女に目をやった。
「生き残りの娘。お前も久しぶりだな」
しかし、お晴は動じなかった。鉄扇を構えて佐茂を睨んでいる。覚悟を決めたかのように。
「まあいい。俺たちは次に何しなければならないか知っている。王族の末裔は吉備ノ島にいる」
「あんた一体何する気なんだ」
カズが声を上げた。
「前も言っただろ。珠梓を復活させるって。末裔の巫女のみが勾玉を開放できるんだぜ」
そして佐茂は懐から何か取り出した。
煙玉だ。
「俺はここから退散する。今から行ったってお前らは手遅れかもしれんが、まあ頑張りな」
「待ちやがれ!」
だが、店内は煙が充満していた。
佐茂は既にいなかった。
©ヒロ法師・いろは日誌2018




