第22話 大蛇と勾玉(後編)
雪がちらつき始める師走。流行する感冒でお晴が動けなくなり、カズはひとりで戌亥神社に掃除の仕事に向かう。そんな時、神社にたたずむ一人の男がいた。
翌朝。春樹たちが泊まっている宿屋。
春樹は宿屋の外を眺めてカズを捜していた。カズは昨日の夜、何かを見かけたと言って外に出て行った。
「神主さん」
襖が開き、中に浅邦が入ってきた。
「今日だよな。路子を捜しに行くのは」
「ああ。でも、カズ君が……」
一体、彼は昨日の夜に何しに行ったんだろうか。
***
「う、うう……」
カズは目を開けた。辺りは真っ暗で何も見えない。どこかの倉庫の中か。
腕を動かそうとする。
う、動かない!
両腕を縛られ、動かすことができない。周りの状況から察するに、僕は捕まったらしい。
ついでに木刀もそこには無かった。どうやら捕まえたやつが奪ったようで、武器を失っては為す術がない。
とりあえずここがどういう構造なのか掴まないと。
「そこにいるのは誰?」
誰かの声が暗闇の奥からする。女の人の声だ。
振り返ると、人影が見える。近づいてみると長い黒髪の女の人がいた。白い着物を着ているが、そこらじゅうが汚れていた。
「あなた、誰?」
彼女は小さな声でささやく。
「ああ、僕は……」
カズは自分のことを話した。怪しい者を追っていたら誰かに殴られて、そしたらここにいたと。
女の人は天井を見上げた。
「やっぱり、あなたもその人に襲われたのね」
え? その人って誰?
あらためて女の人に尋ねてみた。
「私もその人たちにひどい目に遭わされたの」
女の人は言っていた。忍びのような集団と、海外の服を着た男たちに襲われた。その後はこの暗い一室で拷問に近い言葉攻めの尋問を受けていたという。
そして現在、そいつらはここにはいなかった。
「あの人たち幻影を探しているのよ。伝説でしか語られていない勾玉をね」
女の人は落ち着いた口振りでそう言った。
こんな敵しかいないような場所で冷静でいられるなんて……。
そして、カズはその棟梁のことを訊いた。カズを襲ったのもそいつらが束ねる連中だろう。
女の人は彼女を襲った棟梁のことも話してくれた。彼女に目を付けたのはその棟梁だった。
「ここの人たちの棟梁は篠原佐茂」
その言葉を聞いてカズは身震いした。
〈破壊を好むケモノ〉
この国ではそう呼んで恐れられている盗賊。こいつに目を付けられた農村や集落は跡形もなく消える。残るのは焼け野原だけだ。
お晴は過去にこの男に家族や村の人を皆殺しにされた。佐茂は全てを破壊するまで気が済まない。だから村の生き残りであるお晴を殺そうと二か月前、西野津で彼女を襲ったのだ。
そして、目の前にいる女の人も誰だかわかった。彼女が言っていたことを全て合わせると、もうあの人しかいない。
「あなた、歴史家の路子さんですよね? 土岐村路子さん」
女の人は顔を上げた。
「どうして、私の名前を?」
やっぱりそうだ。浅邦が路子を捜していたこと。自分はその手伝いとして同行していることを告げた。浅那もこの村に来ていることも話した。
「そうなの……。でも、どうして私がここに捕まってるってわかったの?」
「ここが勾玉の伝説が残る地だからですよ」
カズは路子に一番訊きたい事を尋ねた。
「一体襲われたときに何があったか、教えてくれませんか?」
それを聞いて路子は一度目を閉じた。
もう一度目を開ける。
「あの時は本気で死を覚悟した」
彼女は長い監禁生活の中で覚悟を決めていたという。自分の役目を終えたらすぐに殺される。拷問に近い仕打ちを受けたんだから。
彼女は失踪する前からそいつらに目を付けられていた。佐茂は彼女が古代の史料を集めていたことを把握していた。
――我らと共に来い。そなたの力が必要だ。
そのような封書が何枚も届いていた。
失踪の三日前。
――誰かに伝えれば命は無い。
脅迫文と共に計画の詳細が記されてあった。
浅邦を巻き込みたくなかったこともあり、彼女は落ち着けなかった。
かなり焦っていたのだ。
そのため、浅那には「寺子屋に行く」とごまかして指定場所に急いだ。
「あとは話した通りよ。勾玉の記録なんて、伝説以外で何も残っていないのに……」
そうだったのか……。
カズも天井を見上げた。目が慣れてきて辺りが見えてきた。上に牢屋の柵が見える。
「誰か来るわ」
静かな声で鋭くささやく。
確かに足音がする。誰だ……。
その足音の主が入ってきた。松明がカズと路子を照らす。
「路子ちゃん、どういうことだい?どこにも無いじゃないか」
前にいるのは山賊姿の男。腰に猟銃を携え、外国製の葉巻を吸っていた。路子が言っていたように外国と繋がりがある集団のようだ。
「勾玉はただの神話。本当にあった証拠がどこにもないのよ」
路子は落ち着いた、だがまるで短刀で突き刺すような口調で話していた。
「あなたたち、なぜ必死になって幻影を追うの?」
「この生意気な女め……。何度も同じ口を聞かせやがって……!」
男は腰に携えていた猟銃を構えると天井に向かって発砲した。弾丸が天井に突き刺さる。
カズは思わず両手で耳をふさいだ。発砲音が鼓膜を貫いて頭の中を揺さぶった。
「殺されたくないのなら佐茂様の元に来い」
男は銃口を路子に向けていた。カズは思わず怯んでいた。
しかし、路子本人は冷静だった。
「構わないけど、あなたたちの棟梁もそろそろわかった方がいいんじゃないかしら」
路子の茶色い瞳の視線はその男に突き刺さっていた。
「勾玉の伝説が本当だというのなら、その証拠を持って来てちょうだい」
「てめぇ……!」
その時、男の視線がカズの目に当たった。カズの身体は硬直していた。
猟銃の威力に身震いしているのだ。
「貴様は確か昨日の夜に放り込まれた哀れなガキだな。この嘘つきのクズ女を助けに来たか知らねえが」
いきなりカズは着物の襟を掴み上げられた。
うっ!
思わず吐きかけた。
苦しい……。
さらに猟銃を彼のこめかみに押し込んだ。
右に圧力を感じる。ここで撃たれたら――。
「こいつを殺されたくなければ、俺の要求を呑め」
路子は唇を噛み締めた。
「それは卑怯じゃないの。この子は関係ないわ」
「関係ない?」
男は壁に唾を吐いた。
「大ありだよ。こいつは俺たちの動きを偵察してたんだ。生かしちゃおけねえ」
今にも引き金が引かれそうだ。カズは心臓が止まりそうになった。
しばらく場に沈黙が流れる。
「わかりました。そうしましょう……」
路子のその声は無念の言葉で表せるものだった。
男は不敵に笑った。カズは思わず目を閉じた。
なんでお晴さんがいないときにこんな目に遭うんだ!
連れ出された先は日の光が差し込む地下の一室。石造りの壁に灯篭が立っている。しかし、外は雪が降っているのか暗く、灯篭の炎だけが頼りだった。
カズは男に担がれたままだった。後ろに路子がいる。
武器無しで戦えない。
誰かが来る気配もない。
危機的な状況だけれど、今は成り行きに任せるしかなかった。
カズと路子は小さな石造りの部屋に通された。石で作られた小窓と四隅に設置された灯篭。そして、部屋の中央にいる大男。
「佐茂様、連れてまいりました」
「ご苦労。下がれ」
手下達はカズと路子を連行していた男に道を開けた。その先にある台座に西洋風の服を着た男が立っていた。
男は後ろに下がり、その場にはカズと路子が残された。
カズはこの男には因縁があった。二か月前、西野津の洞窟にいた男……。
篠原佐茂。
通称〈破壊を好むケモノ〉。
山村や農村では村一つ破壊しつくし、すべてを無に帰す男。
佐茂と目があった。
「久しぶりだな、小僧。あの小娘は元気か」
カズはさっきまでの怯えから手のひらを返し、目の前にいる盗賊を睨んだ。
「てめぇはなぜそこにいる。何か企んでるんだな?」
「ガキに言ってもわからない大人の話さ」
そして佐茂はその鬼の目を路子に向けた。
「路子さんよ」
佐茂がゆっくりと降りてくる。
隣にいる路子は冷静な顔をしていた。
「やはり伝説は伝説か。路子さん」
「当たり前じゃない。勾玉なんてあるわけないわ」
神話は後から支配者が支配を正当化するために作るもの。そのことは歴史家の路子はよく知っていた。勾玉の伝説は有史以来この地に眠る神話なのだ。
「だがな、路子さんよ。もしもその勾玉があったとしたらどうだ?」
「どういうこと?」
佐茂は不敵に笑っていた。
「これを見るがいい」
佐茂の右手に透明な、薄い桃色の小さな数珠玉ぐらいの大きさの宝石が乗っていた。
「これがその勾玉だ。信じるか信じないかは自由だが、間違いないと思うぜ」
あれは本当に勾玉なのか?カズは密かに路子に耳打ちした。
「見た限りではね……。でも、本当にそうかしらね」
「疑っているようだな」
耳打ちは佐茂にも届いていた。
「本当かどうかはじきに明らかになる。もう俺らはここには用は無いからな。」
佐茂は立ち上がるとカズと路子の前ににじり寄って来た。カズは怒りを覚えた。
「それで、路子さんよ。あんたの役割はこれで終わりだ」
カズは歯を食い縛ったままだった。こんなやつらに路子は利用され、殺されようとしているのだ。
カズは前に出た。
「てめぇ、勾玉で何する気だ」
「何をする気だぁ?」
生意気な少年に男は葉巻を吹いた。
煙がカズの顔にかかり、思わず咳き込んだ。
「簡単に言おうか。勾玉の力で珠梓を開放してこの世界を変える。俺もこの世界にはウンザリしていたからなあ」
『俺も』……?
その言葉を聞いてカズは直感的に思った。まさか、あの男と……。
――この世界を浄化し新たな世界を創造する。
「てめぇ、緋肋の仲間だな」
「その名前を知っているのか」
佐茂はにやついていた。そのにやつきが大きくなり、大きな笑い声を上げ始めた。
「そうだ。俺は〈天険賊〉の一員、篠原佐茂」
その時、何かに気づいたかのように佐茂がカズにその恐ろしい目をやった。
「そうかそうか。お前も緋肋やかざめと知り合いだったのか」
そう言って佐茂はカズの頭に手を置いて撫でた。カズはすぐさま相手の太い腕を跳ね除けた。
こいつは闇夜の一件で逃亡した緋肋とかざめの仲間になっていたのだ。まさか裏でもうあの二人が動いているのか。
「でも残念だったな。阻止できなくてな」
佐茂は大声を出し、部下に命令した。
「このガキと女を海に突き落せ!」
「それはさせないよ」
どこからか声がした。辺りにいた者たちはざわつき始めた。
この声は確か……!
「何者だ! 姿を現せ!」
佐茂が怒鳴ると、窓辺がいきなり爆発した。同時に暴風が巻き起こり、佐茂のしもべたちは吹き飛ばされた。
その爆風の中から二人は現れた。カズと路子はその二人を見た瞬間、ぱっと明るくなった。
目の前にいたのは春樹と浅那だった。春樹の右手には二枚の呪符が握られていた。
「その二人を解放してもらおうか」
「他に仲間がいたのか」
「さあ、二人の縄をほどけ!」
佐茂は立ち上がった。
春樹は呪符を発動させようとしている。周囲の者は春樹の襲撃で皆やられていた。
「相手をしてやりたいところだが、俺はここで退く。近いうちに何が起こる。楽しみにするがいい」
「待ちやがれ!!」
佐茂は不敵に笑うと、くす玉を自分の周りにばらまいた。
みんな咳き込む。
煙が晴れた時には、そこに佐茂の姿はなかった。
***
カズは伸びている佐茂の残党のひとりから自分の木刀を取り戻した。そして、近くの領主に頼み、佐茂の残党はお縄にかかった。
カズたちは路子を連れて雲海の宿屋に戻った。路子はずっと落ち込んでいた。
「ごめんなさい……。心配かけてしまって……」
無事ならそれでいい、と浅邦は彼女を気遣っていた。
一方、カズは春樹に事を話した。
佐茂と、その勾玉。
「あいつが持っていた勾玉が気になるんですけど……」
春樹は考え込んでいた。
「昨日、負の気を感じるって話したろ? さっきの部屋でもそれを感じたんだ。しかもとても強く」
確かにそんなこと言ってたな。奴らは珠梓の勾玉を目当てに路子を連れ去らった。
ひょっとして……
「春樹さん、あれって、まさか……」
「断言はできないけど、その可能性があるな」
珠梓の封印が解かれてしまうと想像を絶する事が起きてしまう……。
しかし、あの勾玉についてはわからないことが多い。どうやって封印を解除するかも未知の領域だ。
数日後、カズはお晴を連れてそば屋に行った。お晴はとてもうまそうなそば屋があった、とだけを伝えていた。もちろん、ここに来た理由はそれだけではない。
「へえ……。私がいない間にね」
「うん。春樹さんに教えてもらったんだ。今度みんなも連れて一緒に行こうよ」
そば屋〈たきのさわ〉。
お客は相変わらず少なかったが、中にはあの二人がいた。浅那も路子も仕事に精を出しているようだった。
「あ、カズ君ね。久しぶり」
店の掃除をしていた路子が二人に気付いた。
「あ、お久しぶりです」
その後浅那も入り口にやって来た。
「ほう、今日はかわいい娘を連れてきたのかい。君も結構な色男だな」
「そ、そんなわけないですよ!」
カズは必死になっている。
お晴も思わずうつむいた。
浅那も路子も笑っていた。
恥ずかしかったけど、でもよかった。二人とも元気になったみたいで。
そばを持ってきたときに浅那が小声でカズにささやいた。
「この前はありがとう。聞いたところによるとすごいことだったらしいけど」
「え、ええ。まあ……」
カズの頭は未だにあの事件が渦巻いていた。
「カズ、おそば冷めちゃうよ」
「あ、うん」
そのしなければならないことというのは……。いや、その話はまた次の話ですることにしよう。
(『大蛇と勾玉』一件落着)
©️ヒロ法師・いろは日誌2018




