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第19話 どんな形でも(前編)

晩秋。カズとお晴は喜平と千鶴に堺で開かれる秋祭りに誘われる。祭りを満喫する中、カズたちは物乞いをする少年と出会うが……。

 時は霜月。月の通り、もう朝晩は霜が降りる。

 ここは堺。今日は休日だ。カズとお晴は喜平と千鶴に連れられ、堺で開かれる秋祭りに来ていた。


「うわ、すごい……。都の夏祭り並みにいっぱい人いるね……」

「やろ? お晴ちゃん。これが堺の秋祭りや!」


 目の前で盛大に開かれる秋祭り。秋の紅葉と同じ色のぼんぼりや提灯が鮮やかに並び、国内外からやってきた客でごった返している。

 大きな赤い鳥居の背後に広大な鎮守の森。鳥居の周囲には幟旗が上り、屋台が軒を連ね祭り客の行列ができていた。


 〈開口の宮〉は堺の南にある大きなお社だ。大昔に権力者が建造したとされる神社。貴族や領主の信仰も厚く、また千鶴を含めた堺の庶民の心の拠り所ともなっていた。

 そして今日は〈開口の宮〉の秋祭り。一年に一度、宮の神様を盛大に祝うのだ。


 喜平と千鶴はあの夏以降も仕事や稽古を頑張っていた。喜平は新作の花火の売り上げが大きく伸び、千鶴も舞妓としての腕前は格段に良くなり客の評判も上がった。二人は夏以降の一生懸命さをねぎらって暇をもらえたという。


 一方の掃除屋はふたりから堺の秋祭りに一緒に来ないかと誘われた。ふたり、特に千鶴はここのところ元気がなかったお晴を心配していたという。

 カズも気を遣っていたし、理由はわかっていた。


 一か月前に彼女は育ての親を病気で亡くしており、しばらく落ち込んでいたのだ。

 実は理由はそれだけではなかった。妙薬を取りに行ったときに遭遇したあの篠原佐茂という男。あの男についてはカズが詳細を話していた。

 しかし、お晴もうすぼんやりと過去の記憶を覚えていたようだ。それを聞いてお晴は憤激した。


 お晴は普段あまり怒らないが、今回は別だった。はらわたから怒りが込み上げてきたのだという。

 その時のお晴は別人になったようで、カズは一瞬ビビった。目の表情が変わっていたのだ。いつもの明るくて優しげなお晴の瞳ではなく、明らかに別人のものだった。


 村を壊滅させた男への恨みはとてつもないものだったのだ。


 ――今度会ったら仇を取ってやる……。


 仇を取るためなら相手の命を奪うことも辞さない。さすがにまずいと思い、カズは彼女を制そうとしたが、なかなか聞き入れてくれなかった。

 彼女はそれほど憎んでいた。

 彼女の怒りが収まるまで、カズはろくに口を利くことができなかった。幸い翌日には収まったが、もう佐茂の話はしないほうがいい、とカズは思った。


 話を旅行に戻すが、要は旅行の目的の一つにお晴の心の問題があったのだ。

 四人は鳥居の前にいた。すでにどんな催しがおススメかとか、どんな食べ物がうまいかとかは千鶴から聞いていた。


「夕暮れになったらまたここに集合な。それまで自由時間ってことで」

「んじゃ、うちらいろんなとこ回っとるからお晴ちゃんらも楽しんでな!」


 お晴は首を縦に振り、手を振った。


「うん! ありがと、ちーちゃん!」


 喜平と千鶴は客の中に消えていった。それを見送ると、


「さて、私たちも行きましょうか」

「うん。今日はめいいっぱい楽しまないと」

「そうだね!」


 お晴はにっこり微笑んだ。彼女がいつも見せる、とびきりの笑顔だった。

 ふたりが祭りに繰り出そうとした時、先を行こうとするお晴の足が止まった。


「あ」

「お晴さん、どうしたの?」

「ねえ、あれ」


 彼女の指差す先には……。


「だれかー! おいらに食べ物を分けてくだせえーっ!」


 小さな少年が道行く客に物乞いしていた。その少年は痩せ細っているが、目は大きく黒く短い髪が秋の涼しげな風に揺れている。

 お晴がカズの肩を叩いた。


「ねえ、あの子に何か食べさせてあげましょうよ」

「そうだね」


 彼女は急いでその少年のもとへ走る。お晴はこういう状況を放っておけない。

 お晴の元雇い主が亡くなって一か月。彼女は徐々にいつもの元気な明るいお晴に戻っていた。


 ――本当に独りになっちゃった。


 もともと彼女は一人で生きられるように元雇い主からしつけられていた。しかし、親も同然である雇い主を亡くしたのは辛かった。

 カズはあれから、お晴の支えになると心に決めていた。闇夜の一件のこともあって決意は盤石なものとなった。

 カズはもうお晴をただの仕事仲間だとは思っていなかった。何かで結ばれているのだ。

 そして、彼女がやっている〈人助け〉も慣れてきた。


「カズ、こっちに来て」

「うん」


 少年は相当お腹を空かしていた。数日前から何も食べておらず、物乞いで空腹をしのいでいた。

 少年は見たこともない年上の男と女を見て戸惑ってはいた。しかし、すぐに打ち解け、珍しい見たこともない料理を堪能していた。


 しかし、カズたちのお金はちょっと厳しかった。

 でも、お晴のお金が浮いたのはある意味でよかった。


「お姉ちゃんたち、本当にありがとな」

「どーいたしまして。でも、キミどうしてここに?」

「うん……」

 お晴の問いかけに少年が答えようとしたとき、背後から喜平の声がした。


「おう、お前らここにいるのか」


 喜平が紙袋にお土産を大量に詰め込んでいる。相当買い込んだようだ。


「喜平、そんだけ買ってどうしたの?」


 喜平は得意げに笑った。


「オレ流の祭りの楽しみ方。早いうちに土産買ってあとからパーッと楽しむんだ」


 だがその言葉にツッコミが入った。隣で千鶴が呆れている。


「あのなあ、別に今買わんでもええの。明日しか出えへん屋台とかあんのに」

「悪かったな……」


 ばつが悪そうな顔をする喜平。

 カズは思わず苦笑いした。


「あれ? その子どうしたん? お晴ちゃんと話しとる子」


 千鶴が鳥居前にいるお晴と少年に目をやっていた。


「いや、さっきそこで会ったんだよ。それで僕とお晴さんと一緒に食べ歩いてたんだけど」


 その後、お晴はこの少年のことを紹介してくれた。少年は吉川弦助よかわげんすけと名乗った。弦助がまだ幼くかわいらしい顔をしていることもあってか、お晴と千鶴は彼をかわいがっていた。

 弦助はある理由で数日前から堺を訪れているらしい。


「なんで?」


 お晴が優しく問いかける。弦助はなかなか口を開こうとしなかったが、やがて口を開いた。


「おいら、父さんと母さんをさがしてんだ……」


 その言葉に場は静まりかえった。弦助の口から放たれたのは、カズたちにとって何とも言えないものだった。

 彼は堺から北西に離れた吉川から来た少年だった。彼はいつの頃からか、吉川の祖母の元に預けられていたという。

 そのため両親の顔を覚えていなかった。


 両親を知ることになったのは二か月ほど前。親戚の家で見つけた。これは少し前に南蛮の写真屋に取ってもらったものらしい。これを見て写っている二人が自分の両親だと思い、捜し始めた。

 弦助はその写真を見せてくれた。


 写真には若い夫婦が小さな赤子を抱いている姿があった。母親の腕に抱かれ、赤子は深い眠りについていた。

 これが弦助だという。

 お晴は弦助の両肩に手を当て優しい表情を浮かべていた。


「私たちもあなたのご両親を捜すの、手伝うよ」

「お、お姉ちゃん……」


 そして、お晴は「いいよね」とカズに目で合図をした。

 当たり前だ。

 掃除屋の二人はこの手のことはよくやっている。お金はもらえないけど、それ以上のものを得ることも多かった。


 そして、カズはお晴が自分と同じ境遇に合わせたくないと思っていた。彼女には家族がいないのだ。昔に殺された。


「おい、お前ら本気かよ」


 喜平が驚いている。


「本当だよ。副業としてやってることだし」


 その時、喜平の肩を千鶴がつついた。


「喜平さん。うちらも手伝おう。こんなかわいい子放っておけんわ」

「ちょ、千鶴……」


 それ以上喜平は何も言えなかった。しかし、彼も気の毒に思ってはいたようだ。


 そんなわけで、四人は弦助の両親を探す手伝いをすることになった。今日はもう夜だったので、捜索開始は翌朝になった。

 祭りは続いていたが、カズたちは人捜しの目的で祭りを訪れていた。


 堺中を回って両親を捜す。道案内は街に詳しい千鶴がやってくれた。


 しかし、本人の目撃情報はおろか、それに繋がるものすら聞き出せなかった。昼になり、屋台で昼食を食べていた。

 弦助は俯いていた。なかなか見つからない両親に不安を募らせているのだろう。お晴はそれに気付き、彼を元気づけていた。

 そして午後。再び捜索を行う。


「あの……」


 若い女の人の声がした。後ろには巡礼服姿の若い女性が……。

 菅笠を深くかぶり、表情が見えない。


「玉造屋はどこでしょうか……」

「それなら淀野川沿いにあるで。結構目立つ店やから、多分わかると思う」


 千鶴がその菅笠の女性の相手をしていた。


 玉造屋は堺では有名なメノウ細工兼鍛冶屋で、メノウ細工と共にメノウを用いた刀を製造している。

 帯刀が許されている領主や貴族はここに刀を注文していた。

 最近は海外からの注文も多い。


 ここでしか作られない宝刀〈國次〉はメノウ細工が施してある最高傑作だ。刃こぼれせず、斬れないものは無いといわれるほど斬れ味も抜群で、その価値は高かった。


 弦助はその様子をずっと見ていた。

 睨むような顔で。

 カズは不思議に思っていた。見ず知らずの人にあんな表情を見せるなんて……。


 一行は堺の港に向かった。カズ以外の三人は道行く商人に弦助の両親を見なかったか、訪ねて回る。

 一方、カズは弦助と港近くのお茶屋で休憩していた。弦助に聞きたいことがあったからだ。


「弦助。君、あの女の人を睨んでいたけど、知ってる人なの?」

「知らない。でもおいらを殺そうとした人に似てたから」

「殺そうとした?」

「うん……」


 弦助はうつむいたまま、お茶をすすっていた。


「誰かに、狙われてたの?」

「知らない。でも、そんな覚えはあるんだ」


 それ以上弦助は何も言わなかった。


「もしそんなやつがいたら僕らがなんとかするよ」


 その言葉に弦助はゆっくりと頷いた。


 港のほうから、明るい声がした。


「おーい!有力な情報が入ったよー!」


 港でお晴が大きく手を振っている。


 お晴たちによると、さっき訊いた商人が言うには弦助の両親らしき人物は西道で見かけたという。西道は西の海沿岸の港町で、この国ならよくある地方都市だ。


「お姉ちゃん、それほんと?」

「うん! ね、会いに行こうよ」


 お晴の言葉に弦助の顔に光が差し込んだ。

 さっそく定期船に乗り込む。だが、


「船を出せないって、なぜですか!?」


 カズは思わず声を上げた。


「西道近海はな、近頃海賊がよく出るんだよ」

「海賊?」


 船長によると、西道周辺に海賊が現れ、定期船や商船が襲われ近づくことができないという。


 堺は国際貿易港ということもあり、海賊対策も万全だった。

 しかし西道は主要な交易航路があるわけではなく、一地方の港町なので警備は手薄になっていた。

 結局船長には断られてしまった。


 カズたちは港湾街の米櫓前にいた。


「歩いて行くしかないよね」


 カズのその言葉に皆頷いていた。


 ふと弦助を見ると、弦助はかなり落ち込んでいるみたいだ。隣でお晴と千鶴が彼をなだめていた。

 喜平はカモメやトンビが飛ぶ海を見ているだけ。


 カズは弦助に申し訳なく思った。


「ごめんな、弦助」


 ところが、弦助は何も言わずそれを代弁するかのようにお晴が答える。


「でも居場所がわかった以上、そうするしかないよ。弦助君と約束したんだから」

「うん」



 カズたち五人はその日のうちに堺を発った。二日かけて西道に向かうことになる。途中の港町や宿場町で休憩を挿みながら先を急いだ。

 西道に着くまでの三日間、天候は良く海からの風は暖かかった。

 そして、三日目の朝カズたちはついに西道に到着した。せっかくの祭りだったが、こうなっては仕方がなかった。

 カズとお晴は喜平と千鶴には悪いと思っていた。

 彼らは仕事や稽古があるのだ。

 しかし、喜平も千鶴も最大限協力すると言っていた。


 港町の前に立つ。弦助はお晴の手を強く握っていた。


 港町は人気がまるでなかった。

 道の上に枯葉が舞う。家が何件か経っているが、窓ガラスや格子は割られ、戸口も壊されていた。

 停泊している船は寂しく波に揺れていた。

 活気ある港町とは裏腹に、一種の廃漁村と化していた。


 その光景にカズを含めてみな口から声を出せなかった。言葉を失っていた。

 弦助は前を見ようとしなかった。目を強く瞑り、後ろで声を出して泣いていた。

 この港町はつい最近海賊の襲撃を受けたようだった。港町の人々はどうなってしまったのだろうか……。弦助の絶望的な気持ちがわかるような気がした。


 その時カズたちの目の前によれよれの老人が現われた。老人はカズたちを見るなり、その杖を振り回す。


「お、お主ら、盗賊か!? もうこの街には何もないぞ……!」


 杖を武器代わりに振るうが、おぼつかない老体が杖に振り回されている。


「いや、僕らはちょっと……」


 カズが釈明の言葉を探している。老人が迫るが、カズたちは一歩ずつ後に引く。

 しかし、老人の動きはすぐに止まった。老人の視線は若者たちの背後にいた少年に向けられていた。

 老人は驚き、そして安堵した表情になった。


「そこの坊やは……、弦助じゃろう?」

「え?」


 弦助は驚いた。驚きのせいで涙が止まった。目をこする。

 カズたちも驚いていた。


「わしじゃ。覚えておらんか」


 弦助は怖がっているようだ。お晴の着物を掴み、彼女の後ろに隠れている。


「お主らは、弦助を連れてきたのか?」


 老人がこっちを向いている。


「はい。ちょっと用があって、この子の両親を捜していたんです」


 カズは事情を話した。それを聞いて老人は気の毒そうな顔をしていた。


「あの事件の後記憶が無くなっておったのじゃな。でも、知らない方がいいかも知れぬ」


 知らない方がいいって……。何か辛いことでもあったのだろうか。老人はその事実を話してくれた。


「弦助の親はこの町を裏切った卑怯者じゃ。弦助のこの有様もわかっておらぬじゃろう」


 両親が裏切り者?何で、弦助の両親が町を……。カズはそのことを訊いてみた。


 海賊の襲撃を受けた際、港町の人々は散り散りになり近くの内陸の村や都市に逃れた。

 逃げなかった人々も老人のように家に身を寄せ合い海賊の襲撃に怯える日々を過ごしていた。

 弦助の両親は父親を籐兵衛、母親を弓姫といった。彼らは命乞いのために海賊に降伏し、奴らの一員になったという。その間に弦助は盗賊団に襲われたのだ。

 つまり、弦助の両親は裏切りの卑怯者。


「そんな……」

「あやつらも以前はそんな真似をする人間ではなかった。しかし、人の気持ちは時として恐ろしいわい」


 弦助はその話を聞いて今にも泣きそうだった。自分の信じていた両親が……。お晴は彼の頭を撫でてなだめていた。

 同時に千鶴もちり紙で彼の涙を拭いていた。


 その後、カズたちは弦助の家に案内された。家自体の風化はしていないが、内部はかなり荒らされていた。畳が裏返されたり、窓ガラスが割られていたり……。


「弦助の両親を捜すのは勝手じゃが、わしは勧めんぞ」


 そう言って老人はその場を立ち去ろうとした。


「おじいさん!」


 カズは老人を呼び止めた。


「その、海賊の根城はどこかわかりますか?」

「あの西道の沖合にある三つ子島じゃ。三つの大岩が目印の島じゃ」


 老人はそう言って水平線の先を指差した。確かに、水平線に三つの岩がはっきりと映っている。


 弦助の家の中。カズと仲間たちは中に移動していた。中は先に述べたとおりの惨状だった。弦助はこれが自分の生まれた家なのかと思ったのか、涙が溢れてきた。

 その様子をお晴と千鶴がなだめている。



 しかし、カズは何かが腑に落ちなかった。しばらく彼はずっと海を眺めていた。

 弦助はお晴と千鶴がなぐさめるために、家の玄関で休んでいた。


「お前薄情だなあ。弦助の身になってやったらどうだ?」


 後ろから喜平の声が響く。


「身になってるよ。でも何かもやもやするんだ」

「もやもや?」


 そのもやもやの意味をカズは説明することにした。腑に落ちなかったのは弦助の両親。彼らは写真を見る限りとても心優しく、また聞いた話でもそういう人だとされていた。ところが、さっきの老人はこれと正反対のことを言っていたのだ。


 ――自分たちを裏切った卑怯者


 老人はかつては二人ともそうではなかったと言っていた。

 一体何があったのだろうか……。


「なあ喜平。ちょっとお晴さんと千鶴ちゃん呼んでくれないか?」

「ああ」


 お晴と千鶴が出てきた。

 もちろん、弦助も。


「カズ、何かわかったの?」


 お晴が訊いてくる。


「いや、そういうわけじゃないけど、みんなはどう思うかなってさ」

「どう思うって?」


 そのもやもや事をお晴たちにも話す。

 弦助が聞かされている弦助の両親像と、老人の話に出てくる両親像に食い違いが生まれていた。


「実際と正反対になってるんでしょう? そんなの本人に訊くまでわからないよ」


 お晴は顔を地面に向けた。


「でも、私は弦助君を信じたいな」


 お晴が言ったことは一理あった。確かにそうだ。本人に訊いた方がいいかもしれない。


「じゃあ、お晴さん。今からその根城に乗り込もう。弦助の両親がいるかもしれない」

「そうね。たしか海賊の根城はこの近くだったはず」


 ところが、それに異を唱える声があった。


「おいおい。それならオレらも行くぜ。弦助のためになりたいからな」


 そう言って喜平は千鶴に応答を求めた。

 千鶴も頷く。


「うちらこんな時のために、買うておいたんやから」


 千鶴は風呂敷から短刀を取り出した。なんと、二つ分。


 えらく準備いいな……。いつの間に買ってたんだ……。カズは心の中で感嘆していた。

 しかし、カズは決断を変えようとはしなかった。


「だったらここで弦助を守ってくれよ。いつ海賊が出てきてもおかしくないんだから」

「弦助も連れていけばいいじゃんよ。オレと千鶴が守ればいいんだしさ」


 だがそうするわけにはいかない。


「ダメだ。使えそうな小舟は一席しかないし、弦助には危険すぎる」

「そうか……」


 そしてカズはお晴に呼びかける。


「行こうか」

「ええ」


 ***


 掃除屋の二人が走り去った後の弦助の家の前。家の前には幼い少年と花火職人と舞妓。喜平と千鶴は海の先を進んで行く彼らを眺めていた。


「カズちゃん、ほんまに思い切りええわ」

「あ、ああ……」


 ちょっと強引のような気もするが。しかし、千鶴は感心しているようだが今度は喜平がもやもやしていた。


「オレらどうする?カズに弦助を守れって言われたけど」


 喜平がつぶやいた時、千鶴が声を上げた。


「どうするって、あんた何せなあかんかわかってないの!? 考えすぎて頭おかしなっとんとちゃう?」


 千鶴に捲し立てられて焦った。もちろん喜平はどうすればいいかはわかっている。


 弦助を守ること。


 しかし、喜平は自分たちが戦えるかどうか疑問に思っていた。

 一応武器は買ったけど。


「なあ千鶴。オレらあいつらみたいに戦い慣れてるわけじゃないだろ? どうするんだよ」

「無理にいさかう必要はあらへん」

「はぁ?」


 千鶴の言っていることがわからなかった。

 何のための短刀だよ。


「短刀は何かあった時のもん。うちらは海賊が来たら弦ちゃん連れて逃げたらええ」

「でも相手は盗賊だぞ」

「まあ、その時はその時や。一生懸命逃げればええやろ」

「お前本当に気楽だな」

「どうなるかわからんことを心配してもしょうがないやろ?」


 弦助が千鶴の着物を引っ張っている。


「お姉ちゃん。おいら、家の中入っていい? 休みたいんだけど」

「ええよ。ここ寒いしな。悪かったな、弦ちゃん」


 千鶴は弦助を家の中に行かせた。その後、二人は海賊が来ないか見張っていた。しかし、そのような影は一向に現れなかった。

 二人は疲れたのか弦助の家の玄関で座り込んでいた。

 ところが。


「おにいちゃーん、おねーちゃん! ちょっとー!」


 家の中から声が。


「これ、弦ちゃんの声や」

「行ってみようぜ」


 二人は家の中に急いだ。


©ヒロ法師・いろは日誌2018

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