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第16話 闇夜に映ゆる炎(守るべきもの)

 秋、国内では地方都市を中心に大火に見舞われている、そんな話をカズとお晴は耳にする。都中にもうわさが広がり警戒態勢に当たる中、カズが住む長屋の近くで火の手が上がった。


 都を揺るがす、不気味な鬼火事件の幕開けだった。

 あれからどれくらい眠っていただろうか。カズが目を開けた時、すでにあたりは明るくなっていた。秋の日差しが障子を照らし、木の影が障子越しに見える。


 カラン


 外から水が流れ、竹が何かに当たる音。心地よく響いてくる。ししおどしだろうか。

 カズが眠っていた部屋は畳は六畳分の広さで、掛け軸が仏壇の隣にあった。


 ふと自分の手に目をやる。両手とも包帯が巻かれていた。さらに浴衣から包帯が巻かれた足が見え隠れする。体の節々が痛く、背中がヒリヒリする。

 どうやら、何日も眠っていたらしい。

 痛む体をこらえながら、障子を開ける。

 外は竹の柵で囲われた庭園が広がっていた。ししおどしから心地よい竹の当たる音とともに、水が流れ丸い石で敷き詰められた池を満たしていく。池のそばにすでに赤く色づき始めた紅葉が植えられていた。 こんな豪華な庭、下京にあるはずがない。多分、上京のどこかの屋敷だ。

 ここがどんな屋敷かいろいろ頭を回転させていると、部屋の襖が開いた。緑の着物をまとったカズがよく知っている女性が入ってきた。

 頭に包帯が巻かれているが、元気そうだ。


「元気になったか?」

「ひさめさんこそ……」


 来てくれたのはひさめだった。ひさめは笑顔で着物の袖をまくり上げた。


「おれの戦いっぷり、おまえも見たろ? あれくらいでくたばったら忍びなんて務まらねえよ」

「え、戦ってたの? 誰と?」

「はあ。覚えてねえのかい。ま、無理もねえよな」


 そういうとひさめは紫色の風呂敷に包まれていた真っ黒な重箱を取り出した。


「とりあえずこれでも食えよ。俺のお茶屋特製のぼた餅だぜ」

「え、ひさめさんが作ったの?」


 なぜか嫌な予感がした。

 だが、ひさめはため息つくと、


「作る時間あるわけねえだろ……。ばあちゃんが作ったんだよ」

「そうなの?」


 そういえば、おばあちゃん元気になったのだろうか。最後に会ったときは体調を崩して寝込んでたようだけど。

 ひさめはにっこり笑った。


「もう元気になったよ。おまえやお晴のおかげだよ」


 カズやお晴たちに元気づけられおばあちゃんは徐々に回復していったという。だが、今度はカズがケガをしたということで、元気になるようぼた餅を作ってくれたのだ。

 中にはあんこに包まれたぼた餅が入っていた。とてもうまそうだ。


「ひさめさん、本当に食べていいの?」

「お前のために持ってきたんだよ。さ、食え食え!」

「いただきます」


 カズは一口ぼた餅を口に入れる。あんこの甘さが口いっぱいに広がった。ずっと寝ていたためか、飢えていた体に栄養が落とし込まれ、すり減っていた生命力が腹の底から湧き上がってくるのを感じた。


「おいしい……! おいしいよ、ひさめさん! ありがとう!!」

「だろ? なんせ特製品だからな。元気になったろ?」

「うん! すごい! 力が湧いてくる!」


 とたんにカズの手の動きが速くなる。ぼた餅を次から次へと口に放り込む。ひさめは微笑みながらカズを見守っていた。

 いつ以来かぶりに食べる御馳走だ。


「おまえ、一時期はヤバかったんだぜ。しばらく生死の淵を彷徨ったからな」

「しばらく?」


 カズはぼた餅をほおばりながら、ひさめに顔を向けた。

 そういえば、今までずっと何してたんだろう……。

 確か、放火犯を追って――。そして、犯人を突き止め、そいつらと対決をして――。

 ひさめはまるで見てきたかのように、カズに話し始めた。


「おまえは覚えてないかもしれないけど、あの後おまえは炎の中に突っ込んだんだ。緋肋も、おれの姉貴も驚いてたよ」

「そうだったの?」


 ひさめは頷いた。


「それでよく死ななかったよな」

「運がよかったんだよ。きっと」


 苦笑いしたが、実際カズはそれで大火傷を負っていた。その後、カズの突撃も相まって彼は意識を失ったが同時に緋肋も炎に包まれてしまった。炎が収まったころには緋肋もかざめも消えていた。


「あいつら、どうなったの?」


 ひさめは目を閉じて首を振った。


「わかんね。奉行所が捜査してるそうだけど、死体が見つからなかったんだ。でも、姉貴らのことだから絶対逃げてるはずだ」

「そんな……」

「ただ、一応都の危機は防げたんだ。それはそれでよかったと思うぜ」


 緋肋の計画は阻止できた。

 だが、ひさめは依然として腑に落ちないようだった。外に広がる秋晴れの空と枯山水の庭園を眺める。


「でも、姉貴。それが姉貴の道なのか」


 カズはその様子をただ見ていた。ひさめが初めて見せる何かに思いをはせる光景。


「ひさめさん……。聞いちゃいけないことかもしれないけど、あの忍びと何かあったの?」「……」


 ひさめは何も言わなかったが、やがて。


「あったさ。姉貴は今じゃああだけど、昔は仲良かったんだぜ?」


 ひさめはカズの枕元に座るとその過去を話し始めた。

 もともとひさめとかざめは血を分けた姉妹で幼いころから仲が良く、一人前の忍びとして独立するまでは同じ門下で修業に明け暮れていた。

 独立後も領主に雇ってもらうために姉と二人で色々と稼業を積んでいた。


「でも、くだらない理由で姉貴とは不仲になったんだ」

「理由って?」

「おれと姉貴では考え方が違ったんだよ」


 前の領主が亡くなった後、ひさめとかざめは新しい領主を見つけて雇ってもらった。

 ところが、その領主が極悪非道で重い年貢で領民たちを苦しめ、その年貢で放漫な財政や暴政を敷いていた。

 その上自分の意に沿わなかったり、気に入らない家臣や領民、さらに他国の領主がいたら即誅殺を命じていた。

 姉や他の忍びは誅殺を別に何のためらいもなくやっていた。「忍び」とはそういうものでとにかく領主や棟梁に対して人形のごとく従順でなければならなかった。それがたとえ人殺しであっても。

 だが、ひさめはそれを嫌っていた。殺したいほど憎んでもいない相手を殺そうとしているのに少しもためらわないのか。そして、ある領主の暗殺を命じられた時、ひさめはその命令を拒否し、かざめと対立した。


 ――一流の忍びが聞いて呆れるわ。出ていきなさい!


 その後、領主のもとを抜け出し、忍びも名乗らないことにした。


 しかし、今年の文月に状況は一変した。風の便りによると、かざめたちを雇っていた領主が亡くなったらしい。その後はどこで緋肋と出会ったのかはわからないが、彼らと行動を共にするようになったという。

 あそこにいた忍びの一団はひさめの同級の忍びたちだったのだ。

 彼らが都に現れたのは葉月の初めごろ。当然姉の姿もあった。不審に思ったひさめは追跡を続けていた。

 そのうちに大変なことがわかってきた。彼らは残忍な放火事件を起こし、多数の死傷者が出していたのだ。ひさめは自分の姉がそんなことをするなんて信じられなかった。

 姉はもともと暗殺業が得意だったので人殺しは厭わない。しかし、無差別に多数の命を奪うなんて、いくら暗殺を生業(なりわい)とする忍びでも絶対にしない。


「忍び稼業はいかに気配を殺して任務をこなすかが大切なんだ。大勢を殺すなんて目立つことはしねえからな」

「でも、なんで……」

「多分、緋肋に賛同したんだろうぜ。あいつの考えてることに」


 ――穢れなき世界


 緋肋が理想とする世界。彼は穢れを消し、自由で平和な世の中にしようと考えていた。


「姉貴、意外と情に厚いんだよ。仕えていた領主が死んだあと、路頭に迷っていたらしい。姉貴は敵に容赦はしないけど、仲間の安全を第一に考えるんだ」

「緋肋と手を組めば、自分も忍びの仲間も救われると思ったんだね」


 ひさめは頷いた。


「姉貴も姉貴で精いっぱいだったんだと思う。それだけはわかってくれ」


 カズはそんなとんでもない事件に首を突っ込んだ自分を責めていた。


「ごめん。僕が無理に手を出して」


 カズは天井を眺めるとひさめに顔を向けた。


「でも許せなかったんだ。人間のクズとはいえ成樹を殺そうとした、あいつらが」

「もういいって。謝るならおれじゃなくて、お晴にしてくれよ。あいつおまえの意識がなかったとき相当泣いていたからな」

「お晴さんが……?」

「おまえ何日も目が覚めなかったんだ。神主の兄ちゃん言ってたけど、お晴、毎日神社に行って身を案じてたらしい」

「お晴さん、どこにいるの?」

「取調の待合部屋にいるぜ。あいつ、事情聴取に来てるそうだ。落ち着いたら言ってやったらどうだ」

「うん……」


 ひさめは部屋を出ていった。部屋にはカズ一人だけが残された。布団にこもり、目を閉じるとあの時の光景がありありと脳内に蘇ってきた。

 周囲に炎の壁が迫る中、決死の思いで緋肋に体当たりした。直後に炎が回り、カズと緋肋は炎に包まれた。

 熱さの中で意識を失う寸前、自分の名前を呼ぶお晴の声が聞こえた気がした。


 お晴も取り調べを受けに奉行所を訪れているという。カズはゆっくりと立ち上がり、ふらつく手で壁伝いに浴衣のまま部屋を出ていった。



 庭の縁側の通路を歩く。奉行所の取調部屋への道は役人に訊いたのでわかっていた。取調部屋が奥の部屋に見える。窓の向こうに、見慣れた顔があった。

 栗色の髪を肩甲骨の辺りまで伸ばした黄緑の着物の少女が、物憂げな顔でうつむいていた。


 行ったらなんて言われるだろう。お晴はカズの身を案じていた。毎日毎日眠ることもできなかっただろう。

 怒るだろうか、泣くだろうか、それとも……。

 部屋の戸は開いていた。畳が敷かれた部屋の隅で、彼女はもたれかかり下を向いて座っていた。

 中は静かで外界からの音はしない。ただ、部屋には少女がすすり泣く声が響いていた。

 部屋に入る。そして仕事の相方の前に立つ。直線状に彼女はいる。彼女はこちらに気づいたのか、そのぐしょぐしょに濡れた顔を上げた。


「カズ……? 目が覚めたの……?」

「お晴さん……」


 お晴は立ち上がるとカズのもとに走ってきた。そしてカズの背中に手を回した。彼女はめいいっぱいカズを抱きしめていた。

 いきなりのお晴の行動にカズは驚いたが、お晴はカズの腕の中で声を上げて泣いた。


「もう、無茶しないで……! 死んじゃったと思ったじゃない……!!」


 お晴の温もりが彼に伝わってくる。彼女はカズを抱きしめながらずっと泣きじゃくっていた。

 どれだけ泣いたのかわからない。カズたちにとって時間の流れはやけに遅く感じた。しばらくして、お晴はカズから体を離したが彼女は手拭いで涙を受けながら泣いていた。

 カズはただそれを見守ることしか出来なかった。


 先に声を出したのはカズだった。


「ごめん……。バカなことして」

「もう終わったことだよ……、カズ……」


 お晴は涙がこぼれそうな目でカズを見つめた。


「ねえ、約束してくれない?」


 約束?


「もう、無茶なことしないで」


 涙を拭き、彼女は明るい茶色の瞳で彼を見つめた。お晴の瞳はまだ涙で潤んでいる。


「一人にしないで! あなたを失いたくないのよ!」

「お晴さん……」

「あなたが死んじゃったら……、私、どうすればいいか……」


 ふとカズはお晴と出会って間もない頃、彼女が言っていたことを思い出した。

 彼女は家族がいない。そして、身寄りがない彼女を育ててくれた雇い主もこの都にはいない。


「お晴さん。約束、守るよ」

「ほんと……?」

「うん。絶対に」

「カズ……」


 お晴の顔に秋晴れの清々しい日の光が差し込んだ。彼女の表情は少し明るくなったように見えた。


 ***


 その後、カズは二十日間ほど動くことができなかった。お晴は一人で仕事をしながら、カズの

 事件は奉行所の役人に伝えられ、全国の領主に協力を要請し捜査網を張った。だが一か月経っても捕まえられず、捜査は打ち切りになってしまった。

 当然〈炎の呪符〉も盗まれたままだ。春樹はおそらく緋肋がまだ持っていると言っていた。緋肋はまたいつ出てくるかわからず、不安が残る格好になってしまった。


 一方、大ケガを負った成樹もカズが仕事に復帰していく神無月にはいつもの悪ガキに戻っていった。

 カズは仕事の都合もあったし、助かってほしかったとはいえ成樹に自分から会いに行くのが何となく嫌だった。


 神無月も中旬。そろそろ紅葉が始まろうとしているころ、カズはいつものように仕事から長屋に帰る途中だった。

 長屋の前で警戒態勢に入る。右、左、確認よし。さあ、入るぞ。


「待てよ」


 背後から久々に聞く声。振り向くと誰もいない。


「おいおい。感覚鈍ってんのか? 上だよ」

「上?」


 見上げると、そいつはいた。

 カズの一回りは大きな体格の少年。


「成樹!」

「久しぶりじゃん」


 そう言って成樹は屋根から飛び降りた。


「金はやらないからな」

「そんなんじゃねえよ。どうせ金あんまり持ってなさそうだし」


 少なくても奪っていくんじゃなかったのか? カズは警戒したままだ。


「じゃあ、何の用だよ」

「礼を言いに来たんだよ」

「お礼?」


 成樹は懐から紙を取り出すと、カズに投げつけた。カズは思わず手で防いだが、紙はカズの手に当たると、地面に落ちた。


「じゃあな」


 そう言って成樹は長屋街に消えていった。


「なんだよ、あいつ」


 そう思いながらも、死の淵から回復した成樹を見られて、カズは内心嬉しかった。ま、これからまた警戒しなければならない日が始まるのだが。

 そういえば、さっき投げてきた紙。いったい何が……。

 カズは落ちた紙を広げた。


 ――かっこつけて火つけたやつに突っ込むって、おまえ何考えてるんだよ。でも……、ありがとうな 

 成樹


 (『闇夜に映ゆる炎』一件落着)



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©ヒロ法師・いろは日誌2018

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