第15話 闇夜に映ゆる炎(穢れと禊ぎ)
秋、国内では地方都市を中心に大火に見舞われている、そんな話をカズとお晴は耳にする。都中にもうわさが広がり警戒態勢に当たる中、カズが住む長屋の近くで火の手が上がった。
都を揺るがす、不気味な鬼火事件の幕開けだった。
その日の夜、十五夜で強い月光が下京の正門にいるカズたちを照らした。カズたちは何が出てきてもいいように、周囲を目を凝らして見張っていた。目が慣れると、何も見えない闇夜でも、徐々に視界が広がってくる。周囲に人通りは全くなく、桜通りを灯す灯篭も灯っていない。風すら吹かない。
誰もいないが、嫌な予感は既にしていた。カズは通りの奥の天竜門を睨むような面持ちで立っていた。
決戦の準備は丹念に行われた。カズとお晴は武器の確認をしておいた。しかし、相手は凄腕の忍びと呪術師。武器を持っているとはいえカズたちがそのまま戦って勝てる相手じゃない。これまで戦ってきた敵とは格が違うのだ。
しかし、こっちには同じく呪術師である春樹がいる。彼は呪符も扱えるし、今回の決戦に備えて様々な道具を用意していた。
通称〈壁数珠〉。これを使うと、一定時間自分の周りに結界を張ることができるという。相手の呪術や超能力を防ぐことができる。特に呪符の威力は強すぎるので、これを使って防ぐのだ。
さらに〈雷の呪符〉と〈風の呪符〉。この呪符は盗まれなかったものだ。こちらも、もともとは古い時代に使われていたもので、魔物や妖怪の退治や怨霊の鎮魂に用いられたものだ。相手が呪符を使うとなると、こっちも呪符を使うべきだと春樹は言っていた。
そして、予告通りそいつらは現れた。
カズの視界の先には、いや、お晴や春樹にもその影は瞳に映っていた。月明かりがその男たちを照らした。黒衣を着た男と、忍び装束の女。
「よく来られたな。我が計画の “臨時” の客人よ」
男はそう言うと、カズたちの前に一歩ずつ踏み出してくる。神社で遭遇した時と異なり、腰に鋭利な刀を下げている。カズもお晴も木刀や鉄扇を構え、いつ攻撃が来てもいいような体制をとる。春樹は目を閉じて何かを念じると、カズたちの前に結界が形成された。
「警戒するでない」
緋肋がとても低い、暗い声で言い放つ。声は振動となって、結界を揺らしさらにカズの腹にじわじわと伝わってくる。
春樹は呪符を構えようとしていた。
「我は神から信託を受けた者、緋肋。我らの目的、其方らなら解ってくれるであろう」
その隣に忍びの女が飛んできた。素早い身のこなしだ。
「そして、わたくしはその助け人、夏川かざめ」
「我らは人呼んで」
――――天険賊
その時、門や長屋の上に物音一つ立てず忍びの一団が現れた。カズはあたりを警戒していたが、誰かがいるような気配はしていた。
こいつらだったのか……。
「来るかもしれない。気を付けて」
春樹は耳打ちでカズとお晴に注意を促した。だが、あの男はそれを見切っていた。
「さっきも申したであろう。警戒はせんでよろしいと。この一団はそなたらに危害を加えるようなことはせぬ」
危害を加えない? そんなはずがない。こいつらは浄化と称して地方の農村を火の海にしていたのだ。そしてカズたちは事件を止めようと必死だった。だから、こいつらにとってカズたちは邪魔なはずだ。
だから、こいつらがカズたちを呼んだのは――。
カズの体は自然に一歩前に出た。負けるわけにはいかない。あいつらにこれ以上、好きにさせるわけにはいかない。こいつらのせいで、ひさめさんは、成樹は――。
カズは腹の底から湧き上がる怒りを一気に吐き出すため、大きく息を吸った。
「嘘をつけ!!!」
カズは目の前にいる男に向かって叫んだ。
お晴と春樹も何事かといわんばかりにカズのほうに目をやる。
「あんたは初めから僕らを消すつもりだった。だからここに呼んだんだ。多分、あんたたちはこの都を火の海にすると思う。僕らもろとも」
「ふっ……」
カズの大声に緋肋は嘲りの表情を見せた。次第に笑い声は大きくなり、不気味に高笑いを始めた。
「とても良き主張であるな。あっぱれだ。しかし、大事な所に気づいておらぬ。先刻、客人は『消す』と申したが正しくは〈禊ぎ〉だ」
「みそぎ……?」
「知らぬようだな」
〈禊ぎ〉。この男が意味を歪曲した。
この世の穢れを消し、穢れなき世にすること。炎は昔から穢れを消すとされてきた。今から起こる儀式。それが〈浄化〉。男にとってはこの世界は穢れに満ちたものだった。
凄まじい格差に金に汚れた支配者。国内に押し寄せる国内外の金の猛者。自由なき社会。
男はそれらを無に帰し、そして一から自由で平等な、平和な世界を切り開こうと考えていた。
「これらはご神託だ。嘘偽りなど無い」
カズは腹が立った。男の考えていることは異常すぎる。確かに格差は酷いし、事実カズたちは貧しい暮らしを強いられていた。貴族や殿上人の中にはお富のようながめつい奴もいる。
でも、それ以上に許せないことがあった。こいつらは自分たちの理想のためなら、無差別に人を殺すことも辞さないのだ。そして、カズにとって大切な人たちを傷つけた。死んではいないとはいえひさめは負傷し、成樹は生死の淵を彷徨っているのだ。
彼は唇を噛み締めた。
「あんた、人の命を何だと思ってんだよ」
「命 ?その者らの命とやらは清いというのか? 我の結論はこうだ」
――穢れた世界にいる者の命は穢れている。
「我らは穢れを浄化したまでよ」
「なんだとっ!!!」
カズにさらに怒りがこみ上げる。もう腹の底から口に伝わり、噴出寸前だ。しかし、カズは後ろから肩を叩かれた。
振り向くと春樹が目を閉じて首を振っている。
「カズ君、こいつに何を言ってもダメだ。考え方が異常なんだよ」
「ですけど、春樹さん……」
「今はこいつらの〈禊ぎ〉を止めることが先だ」
カズは一度深呼吸した。
「わかりました」
「しかしだな」
カズと春樹のやり取りに割り込むように、緋肋の鬼のような声が聞こえてきた。
「客人らよ。お主らを〈浄化〉するのはまだ先だ」
黒衣を翻して緋肋は何かのお札を取りだした。そしてそれを中指と人差し指で挟む。
「客人なら客人らしく、大人しく見ていただこうか」
それは、戌亥神社から盗み、放火事件の犯行に用いた道具……、〈炎の呪符〉であった。
緋肋は呪札を天に掲げた。
「まずはこの穢れた街を〈浄化〉する。客人らはそこで見ているがいい」
緋肋は何やらぶつぶつとつぶやき始める。彼の身体の周りに風が吹き始め、砂ぼこりが宙に舞い始める。
カズやお晴にとって何が起こったのかわからなかったが、もう一人の呪術師は行動に出ていた。
「ふっ!」
誰かの叫びが聞こえたかと思うと、緋肋は両手で顔をふさいでいた。緋肋はゆっくりと両手を離す。
「やはりやるでないか。戌亥神社の神主よ」
緋肋の顔の先には、春樹が立っていた。彼も呪符を天に掲げていた。掲げていた手を下げる。
「お前の好きにはさせないよ。もともと呪符は退魔の道具。人を殺すために使うものじゃない」
「〈風の呪符〉か。だが、妖怪や悪霊も人に害をなす穢れた存在。我らにとってこの世界は穢れている。つまり、この都も妖怪と同類なのだ」
「やっぱりそういうか」
春樹はもう一度呪符を掲げた。また攻撃の体勢を取るのか。
やはり、この緋肋という男は思想が歪んでいる。あんな奴に呪符を使わせるわけにはいかない。どうする……。
カズは緋肋を見た。あいつの呪符をどうにかしないといけない。奪えるか……?
だが、カズの視界は緋肋しか見えていなかった。
「カズ! 危ない!!」
カズはいきなり頭を誰かに押さえつけられ、地面に倒れこむ。
上を見ると、お晴が覆いかぶさるようにカズを押さえつけていた。そして、カズの隣にはクナイが突き刺さっている。
「お晴さん……」
「動かないで! あの男の後ろで誰かがあなたを狙って投げてきたのよ」
「えっ」
――運がよかったじゃない
妖艶な女の声がする。緋肋の後ろから忍び装束の女が、黒い髪をかき上げて歩いてくる。
「クナイが来るのに気付けるなんて、あの子に教わったのかしら」
お晴はかざめに顔を向け、にらみつける。
「睨まないで? いずれにせよ、貴方たちはわたくしたちに触れられない。 わかってるでしょ?」
どうしようもないのか……? カズは歯を食いしばる。相手が相手なのかもしれない。一流の忍びと呪術師。分が悪すぎる。
そうだ、春樹さんは……。
「はっ!!」
春樹の叫び声と同時に巨大な砂ぼこりをかき集めた竜巻が緋肋めがけて飛んでいく。
だが、
「詠唱が長いと隙が大きくなる。安部春樹ともあろう者が分かっておらぬのか」
「なに」
緋肋の目の前で竜巻が爆発を起こした。爆風が地面の砂を巻き込んで、カズとお晴に襲い掛かる。思わず二人は地面に伏せた。
カズにとっては緋肋が爆発に巻き込まれたようにしか、見えなかった。
だが、状況はすぐに変わった。
砂煙が収まると、そこに立っていたのは傷ひとつ付いていない、緋肋であった。緋肋の体の周りではうっすらと透明な壁が貼られ、火花を散らしていた。
カズは目を疑った。
「ふん、甘いな」
「結界……!」
「安部春樹よ。大人しく見ていればいいのだ。お主らの数珠で結界を張れば炎は凌げるのであろう?」
「今すぐにやめろ」
春樹の発した言葉は結界に弾かれた。
「結界を張らぬのか。では、直に見るがよい。この世が浄化される様を!!」
だが、その瞬間ものすごい速さの物体が緋肋の腕を貫いた。緋肋は思わず手を広げてしまった。
ストン
何かが、地面に強く突き刺さるような音がした。よく見るとクナイが呪符を貫いて、地面に突き刺さっている。
「何者だ」
緋肋は振り向いた。
しかし、その目はすぐにそれを捉えた。男の後ろにいたかざめもそれには気づいていた。
だが、カズは状況を把握できなかった。
その影はすぐに闇夜に跳び上がった。影はカズと緋肋の間に着地した。彼女の後ろ姿をカズたちは信じることができなかった。
「よくここまで辿り着けたわね。愚かな妹」
女が瞳を隠して笑った。
紫の忍び装束の女がそこにはいた。黒く長い髪を束ね、彼女の青い瞳は前にいる二人を睨んでいた。
間違いない、あれはひさめだ。
「ひさめ、さん……」
カズは思わず声を漏らす。
彼女はどういう経緯でここに来られたかはわからないけど、立ち上がってここまで来てくれたのだ。背筋もピンとしてるし、目の前にいる敵を見ても動じる気配を見せない。
しかし、まだ頭に包帯を巻いていた。
ひさめは地面に刺さっているクナイを抜いた。
「お前らの好きにはさせないぞ」
「貴女、あれだけ可愛がったのに、本当にしぶといわね」
「生憎おれはそんなにヤワじゃないからな。こんなんで挫けねえよ」
かざめが前に歩いてくる。ひさめはクナイを姉に突き付けた。
「姉貴。なぜこんなひどい事件を起こすんだ」
「そんな物騒な物突き付けないで?」
かざめは表情ひとつ変えない。
「ただ私たちは穢れを清めただけなの。殺した覚えなど更々ないわ」
「なにっ」
ひさめの反応は言うまでもないようだった。
「でもひさめちゃん。貴女はすでにわたくしと縁を切っているはずでしょう?何故付きまとうの?」
「姉貴も知ってるだろ。過去のことは……」
ひさめは目を閉じた。何かを考えている。
「もうあの頃のわたくしじゃないの。いい加減諦めなさい」
もう戻る気は毛頭ない。姉の言葉は残酷なものだった。ひさめはうつむき、言葉も出なかった。
カズは覚悟を決めていた。こんな奴らに好き勝手されてたまるか。
自分たちでは無力だ。それはわかっている。無理を承知でも、カズは立ち向かわなければならない、そう思っていた。
「お晴さん、ごめん」
「どうしたの、いきなり……」
カズは立ち上がると、もう一度木刀を構える。
カズは木刀を前に、先を緋肋に突き付けるように構えた。
「あんたらの狂った頭、叩き直してやるよ」
カズの発言に緋肋が応える。
「ほう。自ら出るのか。これはおもしろい」
緋肋は後ろにいた女に目で合図を送った。
かざめはクナイを出し、思いっきりひさめを刺そうとした。ひさめはすぐさま身を翻した。
「やっぱり腕は落ちてないみたいね。けがしているのに。よかったわ」
初めから予見していたかのごとくかざめは言い放った。
「貴女たちの相手は私がする。精々死なないようにね」
全てが寝静まった深夜。戦いは始まった。カズ、春樹は緋肋と対峙していた。
緋肋の周囲に風が再び巻き起こった。〈呪符〉が赤い気を放っている。地獄の業火のような炎が空を焦がした。
炎はカズたちにも襲いかかってくる。春樹はすぐさま数珠を握る。二人を結界が包む。
炎が結界にぶつかり、爆発する。
春樹はすぐに反撃に出た。〈雷の呪符〉を掲げ、すぐに攻撃に出た。電撃が緋肋の頭上から落ちる。
しかし、カズは異変に気づいていた。あの男、消えていたのだ。
雷は男には直撃しなかった。男がいたところには大きな穴が開けられた。
「緋肋! どこだ!」
春樹は叫びながら辺りを見回した。しかし、どこにもいない。だが、怪しげな気配はずっとしているのだ。どこかにいる。
その時、カズは闇夜に光る何かに気づいた。
「春樹さん! そこにいますよ!」
「なにっ!」
不敵に笑いながら緋肋は出刃刀をこちらに向けて飛び込んできたのだ。
とっさにカズの足が動く。ところが……。
春樹は横腹を抑えて、苦しみながら倒れ込んだ。右手や白い直衣が血で赤く染まっている。カズはすぐさま駆け寄った。
「だ、大丈夫だ。急所は辛うじて外したみたいだ……」
「で、でも、血が……。とにかく、今は動いたらダメですよ!」
「だけど、君は……」
「いいから! 僕に任せてください! 春樹さんが動けない今、どうにかできるのは僕だけじゃないですか!」
春樹は一瞬沈黙した。しばらくして、「わかった」と頷くと、カズに〈壁数珠〉を渡してくれた。
「それは強い精神を持たずとも扱える……。君を信じているから」
カズは力強く頷いた。
「最期の言葉は終わったのだな?」
緋肋の小ばかにするような声が後ろから響く。緋肋は勝ち誇った笑みを浮かべていた。
カズは数珠を持って立ち上がった。カズの焦げ茶色の瞳は目の前にいる男を睨んでいた。
左手に持っている数珠玉を握りしめた。見えない結界が彼の身体を包む。そして、木刀を構え、男に向かって突進した。
カズは月光の下に飛び上がった。
緋肋は何もせずただ鋭利な刀をぶら下げているだけだった。
その時、緋肋の目が赤く光り始めた。カズは緋肋に目を合わせてしまった。突如、カズの身体が硬直した。
まるで、空中で静止したかのように固まって動けない。力がまるで何かに吸い取られるように抜け、カズは地面に落下した。背中に痛みが走る。
「あんた……、さっき何をした……」
カズは木刀を杖代わりに立ち上がろうとしていた。だが、足腰に力が入らずすぐに倒れそうになる。体が言うことを聞かない。
「暗示だ」
緋肋が一歩ずつ近づいて来る。
「何故この都が不気味なほど静かなのか解るか? それも暗示の力よ」
「なんだと……」
「民はな、眠っているのではない。暗示で金縛りがかかっているのだ」
「金縛りだと」
そう言って緋肋は、カズの手から離れて近くに落ちていた数珠玉を踏み潰した。
「こんなくだらないもので我に刃向かおうと踏んだのか。愚かなことよ」
カズは思った。結界はあの暗示を防げなかった。でもどうして……。
しかし、今はそれを考えている暇はない。相手は出刃刀を振り上げたのだ。身体を転ばせて攻撃を避けようとする。
だが、金縛りのせいで力が入らない。地面から腕が出て、カズを押さえつけているようだ。
緋肋は勝ち誇った笑みを浮かべて刀の先をカズめがけて振り下ろした。
何かが回る音……。空を切るように何かが回っている。そして、それは固い何かに突き刺さった。目を開けると、カズの目の前には黄緑の小袖の少女が息を切らせて立っていた。
右手には赤い鉄扇が握られている。
彼女の隣の地面には刀が深く突き刺さっている。
少女の奥にいる男は刀を持っていなかった。
「お晴さん、どうして……」
「動かないで!」
前を見たまま、相棒は声を上げた。
お晴はその許せない気持ちを含んだ瞳を緋肋に向けていた。
「そこのオノコといたオナゴか。鉄扇の術は相当な腕前のようであるな」
「やっぱり顔洗いなおした方がいいんじゃないの?」
「そなたらからはそうとしか見えぬであろうが、これは本当のことだ」
お晴はもう一度鉄扇を構え直した。扇の先を緋肋に向けて。
カズは力を振り絞って何とか立ち上がろうとする。
お晴が今にも攻撃に移ろうとしている。彼女の鉄扇の腕はすさまじいものがある。
――伏せろ!
闇夜を切り裂く声。
――お晴、伏せろ!!
その声にカズは走り出した。その先で何かが一瞬光った。
とにかく飛びつく。自分のめいいっぱいの力で金縛りを振り払う。
クナイが月光に照らされながら飛んできたのだ。カズは宙を舞う。そのままお晴に思いっきり体当たりする。
その間沈黙があった。二人は地面に転がり落ちた。ほぼ同じ時間にクナイが地面に突き刺さった。
「カズ……?」
お晴が気づいたときにはカズは彼女に折り重なるように転がっていた。
「危なかった……」
カズは突き刺さっているクナイを見た。緋肋は無表情で立っている。
「あらあら、仕留めそこなったわね」
長い黒髪の忍びが地上に舞い降りた。お晴ははっとした。
「まさか、あの忍びが……」
「うん。後ろから誰かの声がしてね……」
カズは身を起こし、木刀を構え直した。その時はお晴の手を貸した。でも、さっきの声って……。
「おれのこと忘れんなよ、カズ」
ひさめの声がする。妹が暗闇の中から現れた。さっきの声はひさめだったのだ。彼女はかざめと戦っていたのだが、お晴にはカズの手助けをするようあらかじめ言っていた。
お晴が離れた後、かざめが彼女を狙っているのを見て声を上げた。
「ま、殺るなら今のうちなんだけどね」
「姉貴、あんたらの好き勝手にはさせねえ」
既にひさめがクナイを姉の頸に突き付けていた。しかし姉は微動だにしない。むしろ余裕たっぷりの表情だ。
同じようにカズと対峙する緋肋もそうだった。不利なのに、勝ち誇った表情だ。
「そなたら、なかなかやるでないか。そこまで刃向かえる者は今までに居らぬ」
緋肋は突き刺さっていた出刃刀を抜き、さらに〈炎の呪符〉を握り締めた。緋肋の周囲に風が舞い上がる。
カズは嫌な予感がした。
こいつら、今から一気に何かをするつもりだ。
「お晴さん、春樹さんを頼む」
カズはそう言い残し、走り出した。
もう動ける。動けないのなんて、気合でどうにでもなる。
「ちょっと、カズ、何する気!?」
しかし、そんなもの彼の耳に届いているはずはなかった。そして、カズと緋肋を包み込むかのように、周囲に炎の壁がそびえ上がった。
炎が闇夜を焦がす。
恐らく、この国のどんな炎よりも強い炎だろう。
その下でカズと緋肋は睨み合っていた。
「そなた、彼方で見ればよいものを」
「そんなつもりは無いよ。あんたの計画、ここで終わりにしてもらうよ」
「解っておらぬな」
いきなり発せられた言葉をカズは理解できなかった。それ以上に理解する気すらない。
「そなたは〈計画〉にハマった。今からどうなるか、理解しておるな」
緋肋の右手には炎をまとった呪符が掲げられている。
あれは……。
妙に背中が熱い。後ろを向く。
後ろには炎の壁が迫っている。じわじわと……。
「その壁とこの炎により禊ぎの炎は街を浄化する」
カズは右足を前に出した。炎が飛び火して火の海ともなれば大変なことになる。まさに地獄絵図だ。
もう下がれない。ここはもう――。
緋肋にまた風が舞い上がる。
既にカズは動いていた。カズは目にも留まらぬ速さで緋肋に突っ込んだ。緋肋は不敵に微笑んでいる。同時に炎が彼を包んだ。
だが、カズは木刀の先端ごと緋肋を貫いた。
***
壁の向こうで何かが上がった。そして、大きな爆発を起こし、爆風が周りに飛ぶ。
それを赤い鉄扇を持った少女は目撃していた。
彼女は声を出せなかった。大きな爆発が下京の正門付近で発生した。爆風が周囲にいた者を襲った。
「カズーッ!!!!!」
しかし、少女の声は闇夜に映ゆる炎に消えていった。
***
炎が消えた後、その男は体中に傷を負って丘の上から街を眺めていた……。たかが二十歳にも満たない小僧にやられるとは……。
一度、ここは手を引くか。
(つづく)
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©ヒロ法師・いろは日誌2018




