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第13話 闇夜に映ゆる炎(暗闇に潜む者)

 秋、国内では地方都市を中心に大火に見舞われている、そんな話をカズとお晴は耳にする。都中にもうわさが広がり警戒態勢に当たる中、カズが住む長屋の近くで火の手が上がった。


 都を揺るがす、不気味な鬼火事件の幕開けだった。

 戸の先にはお晴が立っていた。彼女は心配の色を浮かべてカズを見つめていた。


「あなた、どこに行くつもりなの?」

「お晴さん」


 お晴のか細い声がカズの耳に届く。

 しかし、彼女の声は今のカズにとって邪魔以外の何物でもなかった。とにかくカズは苛立ちを隠せなかった。なんで引き留めるんだよ!!


「お晴さん、止めないでよ!」


 カズは思わず声を上げる。眉は逆八の字になり、その苛立ちの目はお晴に向けられていた。


「誰かがまた死ぬかもしれないんだよ!? こうしてられないよ!」

「そうなの」

「うん、そうだよ!」

「……」


 お晴は顔を俯けた。瞳を隠し、地面に顔を向けている。

 しばらく、二人の間に沈黙が流れた。妙に時間が長く思えた。


「じゃあ、僕先に行くから」


 カズはお晴に背を向けると、歩き出し始めた。だが、数歩歩いたときカズは後ろからものすごい力で引っ張られた。

 後ろからカズの背中を串刺しにするような視線。振り向くと、お晴が鉄扇をもってカズを睨みつけている。

 穏やかなお晴の目は、そこにはなかった。彼女らしくない、鋭い目つきだ。お晴は数歩歩くと、カズの両肩をつかんだ。


「お晴、さん……?」

「何考えてるの!!」


 お晴はカズの両肩を前後に揺らした。同時に口調も変わってしまった。


「あなたねえ、本当にバカなの!? 殺されたいの!?」

「でも、これ以上……」

「今あなたが行って、どうにかなることなの? ひさめさんがあれだけ警告してた理由、わかってないの?」

「それは……」


 犯人が危険な相手だから。それはわかってる。

 しかし、お晴は声の音量も、肩を揺らす力も弱めなかった。


「じゃあなんでさっきから先走ろうとしてるのよ? 相手が危険だって、あなたもわかってるはずでしょ?」

「……」

「わかってないじゃないの! 頭大丈夫なの?」


 度重なるお晴の攻撃にカズはついに黙り込んでしまった。カズは顔を地面に向けた。お晴もカズの両肩から手を離した。そして、これ以上言うのをやめたのか二人の間にまた沈黙が流れた。

 緊張が張り詰めた沈黙だった。

 カズは目を隠すように地面を見ていた。仕事仲間の顔を見たくなかった。カズはわずか数刻のことが何時間も過ぎたかのように思えた。


 沈黙を破ったのは、お晴の方だった。


「ごめん。言いすぎたね……」


 聞こえてきたお晴の声はいつもの優しい声だった。顔を上げると、彼女は後頭部を掻いていた。

 カズは申し訳ない気持ちになった。なかなかお晴に目を合わせられなかった。


「いいよ……。僕が悪かったんだ。焦りすぎてたから……」


 お晴は首を横に振った。


「あなたは悪くない。でも、今は慎重に行きましょうよ。相手は得体の知れない奴なんだから」

「うん……。でも、ごめんね」

「もういいって」


 頭を下げるカズに対し、お晴はカズの肩を軽く撫でた。


「とりあえず小屋に戻りましょうか。作戦立てないと」

「うん」


 ふたりはひさめが眠る家に戻っていった。

 周囲は夜。当然ながら、外を出歩く人はいない。秋の涼しい空気の中、鈴虫やコオロギの鳴き声が田んぼや草むらに染み込み、耳元に心地よく流れる。

 明日、改めて動き出そう。カズにそう決意させる心の落ち着きと時間を与えてくれた。


だが、そんな二人のやり取りを監視する目があったことに誰も気づいていなかった。



 翌朝。カズはひさめの様子を見に部屋に向かうと、ひさめ布団の中でぐっすりと眠っていた。頭には新しい包帯が巻かれていた。夜の間に巻き直されたようだ。

 絶対、放火犯は捕まえるから。カズはそう心に決めていた。

 ふと、カズの目は布団の隣に行った。

 紙が落ちている。そういえば、ひさめさんこんなの持ってなかったよな。ひょっとしたら、着物にしまっていたのかもしれない。

 手にとって読んでみる。


洛東らくとうに来い。褒美をやる。事の真相を知ってしまった、哀れな忍びの成り損ないよ』


 カズはハッとした。

 これはひょっとしたら、ことみばあちゃんが言っていた__

 だとしたら、ひさめさんはこの手紙を読んで洛東のはずれまで来たのか? そして、この村の近くで……。

 カズは思わずぞっとした。足先から頭の髪の毛の先まで、震えが走った。

 ひさめはこの事件の犯人は危険なやつだと警告していたけど、まさかひさめでも歯が立たなかったというのか?

 僕たちは本当にヤバい奴と対峙しようとしているのか……?


「おはよう。ひさめさん、どう?」


 暖簾を分けてお晴がやってきた。


「ずっと眠ったままだよ。でも、それよりこれ。ひさめさんの枕元に落ちてたんだけど」


 カズはさっき見つけた白い紙を見せた。


「これ、手紙?」

「うん」


 手紙を広げてお晴に渡す。お晴は手紙を読んだが、その内容に彼女は震えあがった。


「ひさめさんは『真相』を知ってしまった。その口封じに相手はこんな仕打ちを……」


 お晴の声は震えている。うん、と頷き彼はひさめの眠っている顔をもう一度見た。


「とりあえず、都に戻ろう」

「戻ってどうするの? お茶屋に行く?」

「うん。昨日の朝、ひさめさんが何をしてたか知りたいから」


 その後、二人は村の住民にお礼を言って都に戻った。


 下京、二人がよく行くお茶屋は閉まっていた。

 実はひさめがケガをしていたことは飛脚を通じて知らされていた。そしておばあちゃんはひさめのことを聞いて、ショックのあまり寝込んでしまった。

 布団の中でおばあちゃんは震える手を差し伸べる。お晴は両手でおばあちゃんの手を包み込んだ。


「ひさめを……、助けておくれ……」

「おばあちゃん……」

「お晴ちゃん、頼むよ。あの子が死んじまったら、おばあちゃんはもう……」

「大丈夫だから……。ひさめさん、助かるから……」

「本当かい……? ありがとうよ……」


 おばあちゃんはほっとしたのか力なく笑顔を見せた。それを見てカズもお晴も一安心した。

 とはいえ、犯人は捕まっていない。


「それで、おばあちゃん……。ひさめさんなんだけど、焦ってたこと以外に最近変わった様子とかはなかった?」

「うーん……」


 おばあちゃんは目を閉じて考えていた。そして、


「そうだ。あの子の部屋を掃除してたんだけど、おかしいことが書かれた紙が何枚も出てきたんだよ」

「どんなのだった?」

「うーん。おばあちゃんには難しくてわからないよ。とりあえず、見て行ったらどうだい?」


 ひさめの部屋はおばあちゃんが掃除したので、きれいになっていた。畳三畳ほどの部屋の中央に台がある。そして、紙が何枚か積まれてあった。

 カズは手に取り、目で追って読んでみた。


 そこには、事件の真相が記されていた。謎の二人組が放火したことや、放火に至る経緯が詳細に書き連ねてあった。

 この事件は二か月前から計画されていたことで、犯人はこの国や社会に対して不満を持っていたらしい。

 だが、その表現の仕方が意味深なものだった。


『この世のけがれを落とすため、その儀式を執り行う。我らに背く者は一人たりとも容赦はしない』


「穢れって……。いったい何がけがれてるっていうの?」

「さあ……」


「儀式」とは放火のこと。犯人の詳しい動機はわからないけど、言葉を借りれば、この世の穢れを落とすために放火を実行したのだ。おそらく、放火犯に言わせればこの都自体が何らかの理由で穢れているのだろう。この犯人は異常な思想で塗りたくられているのだ。

 だが、まだ分からないことがある。なぜひさめはこの事件を執拗なまで追っていたのか。なぜ浮かない顔をしていたのか。

 その時、別の紙を見ていたお晴の声がした。


「カズ、これ見て」

「お、おい、これって」


『放火犯の正体は法衣を身にまとった男と忍びの女。法衣の男は神職者であり、呪術を操る。そして、放火に〈炎の呪符〉が使われた』


 明確に「〈炎の呪符〉が使われた」と書かれてあった。

 春樹の不安が的中してしまった。同時に犯人が危険な人物というのがよくわかった。


「お晴さん、戌亥神社に行こう。春樹さんに伝えないと」

「そうだね」



 ところ変わって戌亥神社。春樹は境内の掃除をしていた。今日は参拝客はいないようだが、カズたちは放火事件の全てを話さなければならない。


「そうか。やっぱり、とんでもない奴に盗まれてたんだな」

「相当危険な相手みたいで。知り合いの忍びの人が言ってました」

「いや、危険どころの話じゃない」


 春樹の表情が変わった。さっきまでの頷く表情ではなく、深刻な表情だ。


「そいつらは相当な腕を持つ呪術師だ。呪符を使えることがそれを証明してる。呪符を扱うには相当な精神力と技術が必要なんだよ」

「つまり、春樹さんみたいな人ってことですか」

「自慢じゃないけど、そういわざるを得ないね」

「でも、何で呪符を使ったんですかね……。穢れと関係が」

「ああ。炎は穢れを消すと言われてるからね」


 だが、この世を「穢れている」とまで表現した放火犯。一体誰なんだろう?


 しかし……。


 ――それは我らの事であろう


 鎮守の森のどこからか、男の声がする。三人ともその声に聞き覚えはなかった。

 あたりを見回してみても、その声の主の姿はない。

 その時、影が鎮守の森の木々を揺らした。まるで木の葉が落ちるように、その主らは現れた。


 カズたちの目の先に黒い忍び装束の女と、黒衣を身にまとった法師のような男が。女は不敵に微笑み、男は無表情にも菅笠で目を隠していた。


「貴方たち、さすがね。こんな無駄なことに精を出しちゃって」


 黒髪の女はゆっくりと歩いてくる。

 カズは思わずむっとした。


「無駄……?」

「勝ち目のない戦に手を出そうとしてるって言ってるの。大人しく世の中が変わるのを見てればいいのに」


 挑発的な言動。黒髪の女は長い髪をかき上げ、不敵に笑う。

 苛立ちがなぜか込み上げてくる。ところが、同時にあることが彼の脳裏をよぎった。ひさめが残していた紙に書かれてあった犯人。

 まさか、こいつらは――


「あんたら、放火犯だな」

「何を今さら。貴方たちのことは全てお見通しよ」

「お見通し……?」

「都で放火があったでしょ? あの時から何かと監視してたの」


 女はその赤い瞳をカズたちに向けた。


「まあ、貴方たちの無用な努力には敬意を表したいわ。でも、これ以上追い求めてもあの忍びの成り損ないの二の舞になるだけ」


 その女の言葉にカズははっとした。ひさめが持っていたあの手紙。


 ――忍びの成り損ない


 間違いなく、ひさめのことだ。じゃあ、この女は……。


「あんた一体何者だ!」

「ふふ。言ったでしょう?」


 女はカズたちをあざ笑った。


「わたくしはその愚かな成り損ないの姉……。ま、本当は姉でありたくないんだけどね」


 そして女は低めの、色っぽい口調で言い放った。


「夏川かざめ、とでも名乗っておきましょうか」


 かざめと名乗る女は腰まで伸びる束ねられた長い黒髪を掻き上げた。

 ひさめの姉……。

 カズの中に新たな考えが浮かび上がった。そしてその考えは確信に変わった。ひさめは姉であるかざめを追っていたのだ。


 かざめは妖艶だが、どこか危険な笑みを浮かべる。


「そして隣に居るのは我が救世主」


 男は菅笠を指で上げた。男の目は他の者のそれとは違っていた。まるで、すべてを見通しているかのような、目。

 その姿に驚いたのか、春樹は一瞬動揺しているみたいだ。


「我の名は大塚緋肋いぬづかひろく。〈伊勢の宮〉の主だ」

「〈伊勢の宮〉だと……!」


 春樹は思わず声を漏らした。

 女がまた前に出る。


「彼はこの国、いや世界で最高の呪術師なの」


 春樹が掃除屋の二人に耳打ちした。


「気を付けるんだ。こいつ、凄まじい “気力” をもっている」


 気力?


「本当は “気力” って言葉で表現はできないんだけど、呪術を使うときの力みたいなものさ。相当な力を持ってる」

「春樹さん、やっぱりこの男って」

「ああ。こいつが呪符で火を放ったのは間違いない」


 やっぱりそうか。

 すると、緋肋はパチパチと数回両手を合わせて叩いた。


「さすが “唯一の呪符使い” 安部春樹あべはるきよ。見ただけで我が力を見抜くとは、その実力は本当のようだな」

「〈炎の呪符〉を今すぐ返してもらおうか」


 春樹は一歩前に出ると鋭い声で叫ぶが、緋肋にもかざめにもその声は届かなかった。まるで、目の前に見えない “何か” で守られているように。

 かざめはまた髪をかき上げる。


「そうそう今日の夜、都で盛大な催しが開かれるの。もう前夜祭には行ったかしら」

「そんなのはどうでもいい! 話を聞け!」


 カズは怒り混じりの声を上げている。


「貴方がたのために特別席をご用意しました。夜に下京の正門に来て頂戴。その時にわたくしたちの目的を教えてあげる」


 女は不敵に笑うと、緋肋と名乗る男と共に消え去るように空に飛び上がった。カズは追いかけようとしたが、既に彼らは消えていた。

 (つづく)



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©ヒロ法師・いろは日誌2018

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