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第12話 闇夜に映ゆる炎(忍びを追って)

 秋、国内では地方都市を中心に大火に見舞われている、そんな話をカズとお晴は耳にする。都中にもうわさが広がり警戒態勢に当たる中、カズが住む長屋の近くで火の手が上がった。


 都を揺るがす、不気味な鬼火事件の幕開けだった。

 

 夕暮れの下京。人通りは少なくなっていたが、カズは門限ぎりぎりに長屋を出た。部屋の長には伝えていたが、なかなか首を縦に振ってくれなかった。なので、同胞に頼んで適当に理由を作って外に出ることにした。門限は厳しいけど、やむを得ない事情があれば外に出ることはできた。

 持ち物は軽食(おにぎり二個、水筒)と護身用の木刀。お晴とは天竜の門で落ち合うことになっている。

 夕暮れ約束通り門の前にお晴は赤い鉄扇をあおいで立っていた。


「あ、おつかれ。うまいこと抜けれたそうじゃない」

「まあ、ね」


 カズは思わず苦笑いしながら、後頭部を掻いた。


「ところで放火のこと、何かわかったの?」


 別れるときに、お晴に瓦版から何か火事に関する記事が載っていないか調べてほしいとお願いしていた。

 しかし、お晴は首を振っていた。


「いろいろあったけど……」


『影もなく音もなく燃え上がり、一瞬で町全体を覆った。炎はまるで地獄のように町を燃やし尽くし、残ったのは家屋の残骸すら残らない焼け野原だった』


 そんな記事が幾つもあったという。だが、原因不明の炎らしく地元の領主は対応に頭を悩ませていた。さらに地方では特定の村や町が狙われるとか言った記述は無かったという。放火魔は無差別に村や町を狙っているようだ。

 田舎の民衆は得体のしれない恐怖におびえていた。同じような空気が今度は都を覆い始めようとしていた。

 放火事件がついに都でも発生し、負傷者が出てしまったのだから。


「カズ、あなたは何かわかったの?」

「うん。一応、周りの長屋の人訊いたんだけど」


 めぼしい目撃例はなく、音もなく突如火の手が上がり長屋が激しく燃えた。そんな証言がいくつか出てきた。


「ちょっと、カズ。それって」

「うん。多分だけど、犯人は同じ人じゃないかな」


 田舎の放火事件での燃え方、そして昨日の火事。状況がよく似ていたのだ。さらに、昨日春樹が言っていた呪符の炎のこと。


 ――何もないところから一気に激しく燃え上がる


「春樹さんが言ってた呪符とも似てると思わない?」

「そうだね。ってことは昨日の火事も犯人が呪符を?」


 カズは一つ頷く。今はそう考えるのが自然だろう。


「今日も出てくるかもしれない。行こうよ、お晴さん」

「うん」


 少しして夜のとばりが降りた。

 桜通りの左右の燭台に火がともされ、あたりを照らす。人通りはなくなった。

 カズは物陰に隠れて辺りを窺う。今のところ怪しげな人影や、空を焦がすような炎は上がっていない。

 だが、カズは嫌な予感がしていた。恐がりな性格からか妙に人の気配には敏感になってしまった。しきりに小路や通りを確認する。たまにお晴が何かいなかったか聞いてくるが、何か違和感がする、とだけ言っておいた。


「まさか、誰かが潜んでるの?」

「うん。でも誰とは言えないけど、警戒しといて」

「わかった」


 お晴は帯に差してあった鉄扇を取り出した。


 その時だった。何者かが屋根の瓦を動かす音。

 カズはそれを感じ取ったかのごとく、屋根と屋根の間を見上げた。黒い影が一瞬だが、彼の目に映った。


「どうしたの?」


 とっさにお晴が尋ねてきた。


「さっき見たんだ……。素早く動く影を」


 誰かはわからない。でも、かなり早い。忍び並に早い。ひさめといい勝負だ。


 そんな影が一つ、いや二つ以上あったかもしれない。そいつは西側の方角に飛んでいったのだ。もしかして放火犯か!?

 放火かどうかはわからなくても、こんな夜中を人が出歩くなんてこの都では考えられないからだ。カズは西の方向に走り出した。西側にも長屋は集中している。


 好きなようにさせるかよ!


 だが、影が速すぎてすぐに見失ってしまった。二人は南蛮や中原の商人あきんどが多く住む長屋の前にいた。もうどこにも影の姿はない。ここに来たはずなのに……。


「くそう。あいつ何者なんだよ……」


 カズは地面を叩いた。目に汗が染みてとても痛い。汗がぽたぽたと地面を濡らす。


 しかし、異変は既に起きていたようだ。誰かに肩を叩かれたので、振り向くとお晴が不思議そうな顔をしている。


「ねえカズ。焦げ臭くない?」

「焦げ臭い?」


 鼻をひくひくさせてみる。確かに、何か焦げ臭い。

 ふと嫌な予感がして、夜空を見上げた。南側から煙が上がり、夜空を赤く焦がしている。


 まさか!!


 カズは近くの小路に駆け込んだ。後ろから「待ってよ!」とお晴の声が聞こえてくるが、そんなのすぐに耳をすり抜けていった。

 小路を出て煙の方向を見ると、もうかなりの勢いで燃え上がっている。

 長屋の住人は続々と避難している。中原や南蛮商人がほとんどだ。周りの住民たちも水桶を使って消火に当たっていた。


 遅かったか……。

 くっそぉっ!! カズは思わず木刀を地面に叩きつけた。

 なんで、なんでだよ!!

 カズはとにかく悔しかった。あれだけの速さで追いつくほうが無理だったかもしれない。やっぱり、ひさめの言っているように危険な相手だからなのか……。


「カズ、ちょっとこれ……」

「え?」


 お晴の言葉でカズは我に返った。彼女が何かの前でしゃがみ込んでいる。そこには、二つの手裏剣が地面に突き刺さっていたのだ。


 ***


 翌日。仕事を済ませた後、二人はお茶屋に向かった。あの手裏剣は奉行所に押収される前にカズが持ち帰った。本当はやってはいけないのだが、カズたちはある人物に訊かなければならないことがあった。


 そう、あの人とは夏川ひさめだ。彼女は元忍びで、今でも手裏剣やクナイなどを携帯することもある。忍びとしての知識も豊富だ。

 そして、彼女はこの不審火事件は「命に関わることだ」と言って、二人が関わるのを拒んでいた。ひょっとして、この手裏剣と関係があるのではと思ったのだ。その例の手裏剣は風呂敷の中に大事にとってある。


 お茶屋の前。ことみばあちゃんがお茶屋を仕切っていた。

 ところが……。


「ひさめさんが、いない……」


 カズは辺りを見回していた。

 いつもなら注文を配っているひさめの姿がないのだ。


「おばあちゃん、ひさめさんは?」


 おばあちゃんは首を振った。さっきまでは客相手に笑顔を見せていたのに、ひさめの話をしたとたんおばあちゃんは不安げな顔を見せた。


「今朝何も言わずに出て行ったよ。出掛けるなら必ず言って出るのに」

「急用でもあったんですかね」

「ばあちゃんも心配なんだけどねえ……。あの子、今朝ケガしていたみたいだし」

「ケガ?」


 ふとカズは昨日見つけた手裏剣を眺めた。まさか、この手裏剣……。


「右腕に包帯巻いてたよ。自分で巻いたんだろうね」


 なぜケガをしたか尋ねてみたが、ひさめは何も言わずに出て行ったという。

 知られたくない理由があるのか。


「その時って、ひさめさんどんな様子だったの?」

「あの子にしては焦った顔してたよ。手紙が来てたみたいでさ。それ見てびっくりしてたんだ」


 焦ってた……? 割と沈着冷静なひさめにしては珍しく、そわそわしていたらしい。


「当然、手紙のことも何も言ってなかったんだよね」

「ああ。けがしてるのに出ていくなんて、おばあちゃん心配だよ」


 おばあちゃんは狼狽していた。お晴はとりあえずお代をおばあちゃんに渡した。


「おばあちゃん、心配しなくていいから。私とカズでひさめさんを捜すから」

「ありがとうね、あんたたち……。あんたらがいてくれたらおばあちゃん、もう一息長生きできそうだよ」

「もう、おばあちゃん……」


 おばあちゃんを気遣いながらも、二人はいったんお茶屋を離れた。

 桜通りを南下しているとき、ふとカズの頭に昨日のひさめが浮かんだ。


「お晴さん。ひさめさんあそこで不審火事件の犯人とやり合ったんじゃ……」

「犯人とやりあった? つまり、昨日あの放火現場にひさめさんがいたってこと?」

「うん」

「でも、どうして?」

「あそこにいた確証はないけど、ひさめさんも事件を追ってるんだよ。そして、現場近くに手裏剣があった」

「そっか。それで、けがをしてお茶屋に戻ってきた……。あそこにいた影って忍びみたいに速かったからね」


 少なくともひさめさんと深い関わりがある人物が犯人だ。多分、危険な人物なんだから春樹さんみたいに呪符を扱える人物。


「犯人はこんな感じかな」

「そんな人っていたっけ……」


 考えても埒が明かない。

 とりあえず、今はひさめを捜そう。


 下京中を走り回ってひさめを捜す。道行く人ありとあらゆる人を尋ね回った。


 しかし、誰もひさめの姿を見た人がおらず、足取りがつかめなかった。そのまま夕方になり、二人は幸いまだ売っていたかき氷を食べながらため息をついていた。

 情報はたまらず、疲れだけがたまる。


 ひさめは元忍び。

 今でも忍び時代に鍛え上げた腕でカズやお晴と共に事件を解決したことがあった。

 しかし、今度はそのことがカズたちの前に立ちはだかっているような気がした。相手に忍びのような人物がいるのだから仕方ないのかもしれない。

 ひさめは、いったい何を追っているのだろうか……。


「どこ行っちゃったんだろうね……」


 お晴が夕焼けの空を見上げている。

 彼女の栗色の髪が橙色に染まった。


「うん……。ったくもう!」


 両手で自分の頭を掻き回す。カズの髪はぼさぼさになった。

 なんでひさめさんは僕たちを拒んでまで、犯人を追いかけてるんだ。カズは心の中で強くそう思った。

 一人で抱え込んで、何を考えてるのか。

 教えてほしい。できたら、力になりたい。僕だって犯人を捕まえたいんだ!!

 捕まえたいのに捕まえられない。力になりたいのに、力になれない。そんなもどかしさが、カズを支配し始めていた。


 その時、二人の元に誰か近づいてきた。


「お前らそこで何沈んでんだよ」


 聞き覚えのある声。

 カズは顔を見上げた。目の前に見覚えのある花火職人と舞妓がいた。目の前にいたのは夏に運命的な出会いを果たした薩摩喜平と大隅千鶴だった。

 どうやら二人とも仕事や稽古が終わり、今は帰る途中らしい。


「お前らどうしたんだ? いつにもなく落ち込んでるみたいだけど」

「ほら、昨日と今日長屋で火事あっただろ?」

「あ、カズの家の前であった火事か。怖かったよな、あれ」

「僕とお晴さん、訳あって犯人を捜してるんだけど、それにひさめさんがかかわってるみたいで」

「え、ひさめってお前らの知り合いの茶屋の姉ちゃんか?」

「うん……」


 しかし、お茶屋にひさめはおらず今朝焦った様子で外に出て行った。都中を走り回って手掛かりを探したが、何も情報はつかめなかった。


「ひさめちゃんが消えたって、うち昼にひさめちゃん見たんやけど」


 千鶴が口をふさいで驚いている。


「ちーちゃん、どこでひさめさんを見たの?」

「今日の昼なんやけど」


 今日の昼。

 千鶴が歌舞練場の縁側で包弁当を食べようとしていた時だった。歌舞練場の屋根から門側に素早く動く影を見たという。ひさめかと思い、声をかけに行こうと思った千鶴は外に出た。

 ひさめらしき女性が思い詰めた表情で空を眺めていた。

 だが、自分に気づいたのかはわからないが声をかけようとしたときひさめの姿はなくなっていたという。


「その女の人、どこ行ったか分かる? 千鶴ちゃん」

「え、それは……」

「いいから、どんなことでもいいから教えて」

「ちょっと、カズちゃん……」

「お願い、千鶴ちゃん!」


 カズは両手を合わせて千鶴に頭を下げる。

 千鶴は焦っている。


「ちょい、カズ。千鶴が怖がってるだろ。何を焦ってるんだよ」


 喜平がカズと千鶴の間に割って入った。


「だって、ひさめさんが……!」

「いったん落ち着けよ!」

「うん……」


 カズは気を取り直して、もう一度彼女に訊いた。


「多分、東の方かもしれへんな……。一瞬やったさけ、ようわからへんけど」


 東の方……。そこに何かあるのか!?

 カズはまるで開き直ったかのように、振り向く。


「お晴さん、行こう!」

「え、どこに?」

「東のほうだよ!」


 きっとそこに何かある。今は、そこに行ってみるしかない。

 カズはいつもの性に合わず急ぎ腰だった。彼の頭の中は許せぬ放火事件の犯人への怒りが専行していた。生死を彷徨っている成樹のあの姿を見てから許してはならないと心に誓っていた。


 洛外は既に秋の空気に包まれていた。刈り取り間際の黄金色に染まった稲穂に赤とんぼが数匹止まる。空気もひんやりと涼しくなる。


 そんな中、掃除屋の二人はひたすら東の方向に走っていた。先走るカズに対し、お晴はついていくだけでも精一杯のようだ。


「カズ、東の方角って言ってもひさめさんがどこにいるか、わからないんだよ? どこ行くのよ」

「いいから、きっと近くにひさめさんはいるよ」


 もうカズの頭は放火犯のことしか無いのだ。お晴の息遣いもまるで聞こえていない。


 そして、洛東のとある集落の入り口。なにやら農夫や村人たちが大勢集まっている。

 何かあったのだろうか。

 二人は寄ってみることにした。


「どうしたんですか!」


 カズは近くにいた農夫に訊いてみた。


「若い女が倒れているんだ。クナイを持った女がな」


 クナイを持った女だと!? カズの脳裏に不安がよぎった。

 彼は野次馬を掻き分けて前に進んだ。

 そこにいたのは……。


「嘘だろ……」


 自分で見たものは事実でしかない。


 目の前には、頭から血を流してぐったりしている緑の着物の女が倒れていたのだ。後から追ってきたお晴もその光景に声が出せなかった。


「カズ、何があったの?」


 お晴が走ってくる。


「お晴さん、ひさめさんが……」

「え……」


 お晴もその光景を目の当たりにしてしまった。彼女は地蔵のように固まり、動けなくなっていた。


「ひ、ひさめさん……」


 それはひさめだった。どうして、彼女が……。

 カズは頭の中が真っ白になっていた。

 ひさめは犯人を追っていた。僕らに「命にかかわること」だと言って一緒に犯人を追いかけるのを拒んだ。

 そこまでひさめはカズたちを傷つけたくなかったのだ。

 そんな彼女は今、目の前で血を流して目を閉じて倒れていた。


 ふとカズの目に焼けただれた成樹の姿がよみがえってきた。成樹をあんな目に遭わせた犯人が、ひさめをも襲ったんだ__!


 その時隣にいたおばあさんが声をかけてきた。


「このお嬢さん、お前さんらの知人か」

「ええ。都からいなくなったんで、捜してたんです」


 おばあさんは倒れているひさめの容体を診た。


「だが大丈夫じゃ。ケガをしておるが、気を失っているだけじゃ」

「よかった……」


 カズは胸を撫で下ろした。今は彼女を安全なところに移そう。


 近くの村の一軒家にひさめは搬送された。

 彼女の療養には村の医者が中心となって村人たちが付き合ってくれた。医者によると、ひさめは大ケガをしているものの命に別状はないらしい。


 二人はひさめの目が覚めたら呼ぶから、今日は家に戻れと言われていた。

 しかし、カズはそれを断った。引き下がってはならない。


 暗い六畳の畳部屋。布団の上にはひさめが頭に包帯を巻いた状態で眠っている。カズは夕食を摂らず、ずっと外で動き回っていた。

 部屋に来てから、カズの怒りは爆発寸前だった。

 ひさめが誰にやられたかは既に分かっていた。放火魔にやられたのだ。彼女に危害を加えられるのはそいつらしかいない。

 もうあの放火魔を見つけたらただじゃおかねぇ……。ここまで彼のはらわたが煮えくり返ったことはないだろう。


 成樹、そしてひさめ。

 二人を殺そうとしたあの放火魔。


 もう夜だ。


 まずい! またどこか狙われる!

 カズの足は勝手に走り出そうとしていた。


「カズ。あなた、一体どこ行くの?」


 家の玄関から声がした。カズは振り返った。掃除屋の相方である少女、清明晴きよあけ はるが不安げな表情で佇んでいた。



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©ヒロ法師・いろは日誌2018

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