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第10話 夏の夜に(後編)

 〈華の都〉にも夏が訪れた。夏祭りに向けて花火職人の少年、駿河喜平は厳しい棟梁のもと、花火制作にいそしんでいた。

 しかし、そんな忙しいなか彼には唯一の心の安らぎがあった。それは……。

 その後、カズとお晴は千鶴の案内で歌舞練場を訪れていた。


「この辺りなんや」


 少し坂道になっている場所からその小窓は見えた。小窓の向こうで千鶴は舞を練習していた。彼女は朝方にその水色髪の青年を見たという。


「多分、法被の形からして花火を作る人やと思うんやけんど」


 だが、話している最中、千鶴は妙にもじもじしていた。まるで、その青年に会いたくないかのように。


「ちーちゃん、どうしたの?」

「いや、なんでもあらへん」


 なぜか千鶴はお晴に目を合わせようとしなかった。とはいえ、今は千鶴が気になっている青年を探さないといけない。


「ねえ、お晴さん。その花火屋さんってどこか知ってる?」

「確か去年掃除に行ったのよ。その時は……」


 花火屋は下人通りの少ない下京の裏路地の一角にあった。屋根の上の看板に『たま屋』という看板が入り口に取り付けてあった。しかし、ガラス戸に張り紙がしてある。


「え、今日ってまさか休みなの?」

「みたいだね、お晴さん」


 ガラス戸は固く閉ざされていた。なんだよ、休みかよ……。

 一方、千鶴はため息をついていた。彼女の目線は下を向いていた。お晴は千鶴の顔を覗き見る。


「ねえ、どうしたの? さっきからちーちゃん変だよ?」

「ん……」


 千鶴は下を向いたまま、何も言おうとしない。しかし、時折花火屋の入り口を見ながらも、何か安心したような素振りも見せていた。



 翌日。カズとお晴は、今日は弥吉の食堂で一息つくことにした。今日は昼からも仕事が入っているので、それまでゆっくりと食堂で時間をつぶすことにした。食堂の前では風鈴が揺れている。

 彼らは適当に夏の風物詩の話でもしながら食堂に入る。


「弥吉さん!お久しぶりです!」


 カズの声が店内に響いた。


「おう、カズ坊にお晴ちゃんじゃねーか。二十日ぶりだな!」

「弥吉さんの冷たいものが恋しくなったもんで」


 二人は欲しい料理を注文した。今日も人は多く、彼らの注文の品が来るのはまだ先。二人は最近のことを弥吉と喋っていた。


「そうだ。お前さんらに話がある」


 弥吉は話を切り出した。弥吉の目が少し遠くにいた水色の髪の青年に向けられた。カズとお晴もその目を追った。

 その青年は窓際の席で頬杖をついて外を見ていた。何か物思いにふけっているようだ。こっちには気づいていない。


「あいつさ、つい最近東国から下京に来たんだ。どうやら好きなやつができたみたいでさ」


 弥吉さんによると彼は水無月に前に東国から都にやってきたという。弥吉は偶然この食堂を利用した青年から悩みを聞いていた。その後もほぼ毎日食堂に来ており、相談を重ねていくうちに親しくなっていったという。

 そして好きな人というのが、下京の歌舞練場にいる紺色の髪の舞妓の少女で、青年は抑えられない子の気持ちをどうしたらいいか、訪ねてきたのだ。


「まあ、気持ちはわかるんだが相手は舞妓さんだぜ? うかつに手を出さないほうがいいと思うんだけどさ」

「まあ、そうですよね」


 カズは苦笑いする。しかし、お晴はカズの肩をつついていた。


「ねえ、その舞妓さんだけどちーちゃんのことじゃない」

「千鶴ちゃん? そうか。千鶴ちゃんもその花火職人の話をしてたね」

「弥吉さん、私たちその舞妓さんに会ったことあるの」


 弥吉は目を丸くした。


「そうなのかい? 仕事で?」


 お晴は一つ頷いた。


「まあね」

「なら話は早いってこった。年も近いあんたらならいい相談相手になるだろ」

「あ、ありがとう! 弥吉さん!」


 じゃあ決まりっ! と言わんばかりにお晴は立ち上がった。


「じゃあ、カズ! 人助け、行くよ!」

「ちょっと、お晴さん! いきなりいいの?」

「ためらう理由なんてないじゃないの?」


 そう言ってお晴は青年のもとに行く。ちょっと、千鶴ちゃんのことといい今回のことといい、お晴さん、突っ走りすぎじゃないか。

 カズもお晴の後についた。


「あなただね? 悩めるお兄さんは」


 お晴の語りかけに対し、青年は黙ったままだ。


「誰だよ、あんたら」

「弥吉さんの知り合い。さっき弥吉さんから聞いたんだけど、一人でため込むと体に良くないよ? 私たちができることなら何でもやるから」


 ね、カズ、というようにお晴はカズに呼びかけた。カズはとりあえず首を縦に振った。

 とはいえ少しばかりのためらいが入る。

 青年の俯いていた顔が上がった。


「すまない。外でな」


 青年の言葉を配慮して、弥吉にお代を払うと近くの小川の傍にある床几に三人は腰を掛けた。カズは青年のために近くの店で飴を買ってきた。


「オレは喜平。水無月に都に来て、花火職人の良安に弟子入りしたんだ」


 彼は花火作りが好きでこの仕事に就いたという。毎日が忙しく、厳しい親方の下で休みの日以外は汗水たらして働いていた。たまにサボりたいという思いに駆られることもあった。しかし、朝、仕事場に行く時に見ることがあるのだという。はかなげな横顔を見せ、物憂げに俯く少女。そんな彼女に見とれていた。

 その舞妓は言うまでもなく千鶴だった。この前会った時も、彼女も喜平を気にしていた。


「わかった。あなた、あれなのね」


 いきなりお晴が喜平に言い寄った。


「ちょっと、姉ちゃん。何をいきなり」

「あなた、その女の子に思いを寄せてるのね」


 喜平は戸惑いを隠せないようだ。


「私たちにはわかるんだ。その舞妓さんと私たち、知り合いだから」


 喜平は顔を赤らめている。

 お晴はやっぱり、と言わんばかりににやついている。


「隠してもダメ。本人に気持ちは自分から言ったほうがいいよ」


 お晴が一方的に喋っている。喜平は返す言葉に戸惑っている。

 これはまずい。


「ちょ、お晴さん。いや、確かに人助けかもしれないけどさ。さっきまで僕も漠然としか思ってなかったんだけど」


 カズはある大事なことに気づいていた。この前戌亥神社の神主が言っていた。


 ――今年の夏祭りは舞妓の踊りも花火も新入りがやる。


 恐らく、新入りとは千鶴と喜平のことだ。もう夏祭りまで二週間とない。確か、喜平は夏祭りに向けて追い込んでいると言っていた。

 千鶴も事情は同じだった。


「だから今はそっとしておこうよ。僕らが勝手に立ち入らないほうがいいと思う」

「確かにそうだね……。ごめん」


 いきなり様子の変わった二人を見て、喜平は不思議そうな顔をしている。

 カズはすぐに応答した。


「別に何でもないよ」


 カズは気を取り直して、話を続けた。


「でも、今は時期が時期だし、その舞妓さんのことは一旦忘れたほうがいいと思うんだ」

「そ、そうだな。ありがとうな」


 青年はわかってくれたみたいだった。帰り際、カズとお晴はそれぞれ自分の名前を名乗った。喜平も改めて自分を紹介した。彼は二人より一つ年上だった。


「今度会ったら俺のことは名前で呼べばいいぜ、カズ」

「うん。わかった!」


 カズとお晴もその場で別れるところだった。そして明日、あらためて千鶴のもとを尋ね、喜平の事は忘れさせるように約束した。


 ***


 喜平が家に帰る途中のことだった。

 あのカズとかいうやつが言っていたように、今はその舞妓は忘れた方がいいかもしれない。もう夏祭りまで時間は残っていないのだ。

 彼は帰り道歌舞練場の前を通った。この道は家に帰る途中、必ず通る。

 しかし、歌舞練場の入り口を横切ろうとしたとき、喜平の足が自然と止まった。


 偶然歌舞練場から出てきた紺色の髪に百合柄の着物の少女。

 彼の前にあの二人が言っていたその少女が現れた。少女も自分に気づいたようでこちらをじっと見ていた。


「あ、あんたは……」

「まさか……」


 ***


 それから一週間。

 下京を中心に祭りの準備が進められた。

 掃除屋の二人も仕事が終わると祭り準備の仕事を手伝った。日に日に気温も上がり、都の内外ではセミの声も、小川や小路で遊ぶ子供の声も大きくなる。同時に下京や洛外の人々の気運も上がっていった。

 カズは長屋の同胞と共に神輿の木を運んでいた。


「いったん休憩だー」


 神輿作りの長の声が聞こえてきた。カズは木材を置くと、お茶屋の床几に腰を掛けた。

 ふう、重いものを持ったせいで疲れてしまった。暑さもあったので、なおさらだ。とりあえず、水稲のお茶を一杯飲んで体の芯からほてりを取り、疲れを癒した。


「カズー! 大変よーっ!」


 休憩し始めた直後、カズを呼ぶ声。振り向くとお晴が走ってきた。

 彼女はずっと走ってきたようで、息を切らせていた。


「どうしたの? そんなに慌てて」

「あの、ちーちゃんがいなくなったの!」

「ええっ!?」


 衝撃すぎた。

 千鶴にはこの前の日に喜平のことを話していたのだ。千鶴の気持ちは十分に分かるが、今は喜平も千鶴も夏祭りも近いから、それに専念した方がいいと伝えた。

 ところが今朝、昨日から千鶴が見当たらなかった。師匠や他の舞妓たちが探していたのだが、見つかっていないのだという。

 その時、誰かが二人めがけて走ってきた。


「大変だ!カズ坊、お晴ちゃん!」


 走ってきたのは弥吉だった。


「何があったんですか?」


 この前食堂に来ていた喜平が花火の作業場にいないと言うのだ。


「さっき良安とかいうおっさんが俺の食堂に来たんだが」


 喜平も〈たま屋〉に来ていないらしい。さらに喜平は十日ほど前から様子がおかしかったという。

 二人にさらに不安が過った。


「駆け落ち?」


 お晴はふと言葉を漏らした。


「え? でも、あの時言ったじゃん。忘れるようにしてって」

「出会ってしまったのね。人を好きになるのは、時に人をあらぬ方向に走らせるの」


 お晴は一体何を言っているのだろうか。あらぬ方向に走らせるって……。

 カズが考え込む一方で、お晴は走りだした。


「とにかく、二人を探そうよ」


 華の都、下京。二人は手伝いを途中で放棄して駆け落ちしたという喜平と千鶴を探していた。人々から訊き込みを積み重ねていくうちに、やはり二人が駆け落ちしていたことが明らかになった。喜平も千鶴も失踪直前はやたらそわそわしていた。また休憩時間にいつもそれぞれの仕事場を眺めていた。

 さらに、文通をしていたことも判明した。手紙のうち、千鶴が書いたものは歌舞練場のゴミ箱に捨ててあった。内容は他愛もないものだったが、最後の文通に何かの暗号らしきものがあった。

 二人はその文通をもらった。


 カズとお晴はひさめの祖母のお茶屋にいた。千鶴の手紙を読んでいたのだが、やはり膨らむ喜平への想いと厳しい稽古の重圧に耐えかねていたようだ。

 膨張するものに上から圧力を加えると破裂するように、千鶴は我慢できずに行動に走ってしまったのだろう。

 しかし、千鶴が記した暗号の意味はわからなかった。

 

 ひさめがかき氷と冷たいお茶を持ってやってきた。


「お、おまえらか。久しぶり」

「ひさめさん、こっちこそ。この前いなかったけど、祭りの準備してたの?」

「まあ、な」


 その時、ひさめは一瞬暗い顔を見せた。

 カズはひさめが何か後ろめたいものを持っていることに気付いた。何かあったのか……?


「ひさめさん、どうしたの?」

「いや、おまえらには関係ないことだ」

「え?」


 ひさめは一瞬怪訝な顔をするが、すぐにいつもの凛とした表情に戻る。


「そんなことより、おまえらどうしたんだよ。さっきから考え事してるみてえだけど」

「ああ……。実は……」


 喜平と千鶴が駆け落ちする直前にしていたとみられる手紙のことを話した。

 ひさめに尋ねてみたが……。


「ごめん。おれもわからないよ」


 ま、そうだよな。


「じゃあ、これでわかる?」


 お晴は風呂敷から例の文通を取り出した。


「ちーちゃんと、喜平君が交換してたやつ。師匠さんが、筆跡から彼女が書いたものだろうって」


 その暗号は、尻尾と鞍骨(馬具の一種)、そして数字の「五」。

 それを見た瞬間、ひさめがいきなり笑い始めた。

 どうしたの?とお晴が顔を覗かせた。


「ああ、わりぃ。あまりにも千鶴らしい暗号だったからよ」


 彼女の話では、尻尾は「お」を表し、鞍骨は単に「くら」、数字の「五」を組み合わせるのだという。


「この数字の『五』ってのが本当にあいつらしくてな」


 千鶴は堺の娘で、堺は異国の者の往来が多い。数字の「五」は異国のある言葉では「行け」という意味があるらしい。

「行け」の別の言い方は……?

 その時、カズとお晴ははっとした。


「小椋池。つまり小椋湖だね!?」


 その言葉にお晴とひさめは頷いた。


「でもすごいよ、ひさめさん。どうしてわかったの?」

「忍びやってたからな。こういう系は得意だぜ」


 小椋湖(またの名を小椋池)はここから東にある巨大な湖だ。月の名所でもあり、絶好の駆け落ち場 (お晴の情報)でもある。走って船着き場に急げば十分に辿り着ける距離だ。

 彼らはそこにいるはずだ。


 二人は急いで近くの船着き場に向かった。お金はこの前の報酬の余りでどうにかなる。堺に向かった時と同じようにカズとお晴は一番安い船を使い、先を急いだ。

 確かに「恋愛」というものは人の心を大きく動かす。だけど、忽然とみんなの前から姿を消してしまうと、心配になる。今は先を急ごう。

 カズとお晴を乗せた船は数時間で小椋湖近くの船着き場に到着した。二人の名前を呼びながら松明を持って湖を目指した。

 しばらくして。


「あ、いたよ!」

「え?どこ?」


 お晴の松明がその方向に向けられた。森の奥には法被姿の青年と、紺色の髪の若い舞妓の影。間違いなく、喜平と千鶴だった。それぞれ仕事や稽古中に失踪したらしく、衣類もそのままだった。

 とにかく、今は急いで彼らを止めないと。駆け落ちとなると何しでかすかわからない。

 二人は幸い気づいていないようだ。掃除屋の二人は頷くと歩き出した。

 湖面の前に佇む花火職人と舞妓。二人は手を繋いだまま動かなかった。何を考えているんだろう。


「気持ちはわかるけど、やっぱり今はそんなことやってる暇ないんじゃないかな」

「おかげでみんな心配してたよ。僕たちもだけど」


 その聞き慣れた声に佇む二人はこっちを向いた。カズたちに気づいたのか二人は思わず手をほどいた。


「いや、いい場面だったのに、申し訳ありませんね」


 お晴が二人の前に近づく。


「お、お前ら。どうしてここに」


 喜平は慌てていた。


「あなたたちの手紙でわかったの。この湖に来てるってね」

「お、お晴ちゃん! いつの間に手紙読んどったの?」

「ごめんね。あなたたちには悪いことしたと思ってる。だけど、みんな心配してたし、お祭りもすぐでしょ?」

「そ、それはわかっとるけど……」


 その時。


「月が、見たかっただけだ」


 千鶴の言葉を続けたのは喜平だった。彼はうつむきながらも、そう言った。


「俺ら、一度でいいからこの湖の月が見たかったんだ。ここなら、気分も落ち着けると思ってさ。な、千鶴」

「せ、せやね……」


 千鶴はもじもじしていたが、二人が相思相愛であることは間違いなようだ。

 そして、ここは月の名所。喜平の言ったように嫌らしいことは考えてないだろう。今日はきれいな夏の星空が広がっている。

 美しい上弦の月が湖面に波立っていた。

 半月に波紋が走る。


「さすが月の名所。きれいね……」

「満月だったら、なおさらよかったんだろうけど」


 カズもお晴も思わず上弦の月に見入っていた。

 喜平と千鶴も、また……。


 ***


 翌日から準備は急ピッチで進められた。夏祭りまでもう一週間を切っている。お晴は喜平と千鶴に二つのことを伝えた。夏祭りにそれぞれの催しを見ること、そして、自分のやる仕事で気持ちをはっきりさせること。

 一週間の間、喜平も千鶴も叱られながら仕事や稽古に励んだ。カズとお晴も掃除の傍ら、露店の整備やビラ刷りを手伝った。


 そして、夏祭り当日の昼。カズは寝坊してしまった。すぐに長屋を出てお晴との待合場所である食堂に急ぐ。

 今日はお晴と弥吉と共に夏祭りに行くのだ。弥吉の食堂。カズはすぐに戸を開けた。


「ごめん、遅れた!」

「全然大丈夫。じゃあ、夏祭りに行こっか」


 昼間から夏祭りは催されている。通りに露店が並び、都の内外から大勢の客が押しかけている。金魚すくいやかき氷を作る店もある。

 掃除屋と弥吉は吹き抜けの踊り場近くの露店にいた。ここで千鶴たち舞妓が舞を披露するらしい。

 昨日、千鶴はかなり上達したと意気込んでいた。しかし、大勢の客でごった返していて、なかなかいい場所が見つからなかった。


「ここのお茶屋で踊りを見ようよ。ちょうどいい場所だから」

「あなたのその〈いい場所〉って何か怪しいんだよねぇ……」


 お晴は何やら疑り深い顔をしている。


「ま、別にいいよ。でも……」


 お晴は鉄扇を構えた。


「何かあったらただじゃおかないからね」


 お晴はまるで一歩でも動いたら切り上げるとでも言わんばかりにカズを睨みつけている。

 カズは身震いした。いや、何で……!? 僕、マズイことでもすると思ってんの!?


「お前らほんとによくうちに来るなぁ」


 露店の向こうから声がした。気付くと、目の前に緑の着物の女がいた。

 ひさめさんじゃないか! カズもお晴も声を揃えて驚いていた。


「露店、祭りで出すって言ったろ? 覚えてなかったのか?」


 今日もおばあちゃんと団子やかき氷を作り、ひさめが注文を配っていた。


「ひさめさん、お団子、作れるようになったの?」


 お晴が怪しみながら訊いた。


「ふっ。驚くだろうな。おれが腕上げたの見て」

「うっそだぁ」


 お晴は信じていないようだ。ひさめは不敵に笑っていた。

 後ろでおばあちゃんが今にも吹き出しそうだ。カズはそっとおばあちゃんに耳打ちした。


「できるようになったの?」

「さあね。少し教えたら後は自分でやるからって言い張っててね」


 既にひさめは露店内の調理台にいた。

 そこできび団子を作っている……。

 これはこの前吉備ノ島のお土産としてあげた料理本にあった作り方なのだが。カズとお晴は不安そうに見守っていた。弥吉も話には聞いていたが、一応様子を見ていた。

 少しして。


「できた。ひさめ流特製きび団子!」


 それを見た瞬間、掃除屋の顔色が変わった。きび団子は普通薄い褐色をしているのだが、これは何というか……。


「完全に焦げてるじゃん。ひさめさん、特訓してこれなの?」

「なっ……」


 お晴のだめ押し。ひさめは無言できび団子をまとめてどこかに持っていった。おばあちゃんは「捨てるんじゃないよ! 後から食うんだから」と、声を上げていた。


「こりゃ、一生無理だね」


 カズがささやいた。お晴は隣で一つ頷いた。


「お、始まるみたいだ」


 弥吉の声がした。

 同時に周りには続々と見物客が集まり始めた。見た感じ都のだけじゃなく地方から来た人や、異国から来た人も大勢。

 すぐに通りは人で埋め尽くされた。踊り場の幕が上がる。


 正装の羽織袴を着た司会が登場した。

 司会があいさつの言葉を述べる。

 そして踊り場の奥に華やかな装飾の着物を着飾った舞妓たちが現れ、風流な音楽に合わせて舞い始めた。

 その中に紺色の髪の少女はいた。


 周りにいた観衆は皆その舞に見とれていた。カズとお晴もそうだ。だが、カズはにやついてなどいなかった。というよりにやついた時点で隣にいるお晴に切られる。実はお晴の腕力は華奢な体に似合わず強いのだ。鉄扇を振り回しているかららしいが。


 話を戻そう。


 千鶴の舞はこの前見たよりも大幅に上手くなっていた。ほかの舞妓と一体となって華やかな舞を演じている。ミスもほとんどないようだ。

 しかし、カズはふと後ろを見た。あいつがいるかどうか、確かめるためだ。どうやら、すぐ近くにいるようだ。


 ***


 ここは花火の打ち上げ地点。

 既に打ち上げの準備は出来ており、みな休憩時間に入っていた。喜平は休憩時間になっても一生懸命火薬を詰め込んでいた。


「喜平、一度休んだらどうだ。やりすぎは毒だぞ」


 親方が呼んでいる。


「いや、最後の仕上げがまだなんだ」


 親方は不思議でならなかった。

 ついこの前まではやる気が微塵も感じられなかったのに、手のひらを返したかのように仕事に励んでいた。休む間もほとんど惜しんで。

 しばらくして。


「よっしゃ! これでいい!」


 喜平は薬玉に蓋をした。完成したことを師匠(親方)の良安に伝えた。

 親方は中身を確認する。


「上出来だ。しかし、何でこんな花火を」

 

 ちょうどその時、外から笛や三味線の音が聞こえてきた。


「始まったんだな……。親方、外に見に行ってもいいすか?」

「ああ。休みがてら行ってこい」


 外に出ると、大勢の人だかりの向こうにあった。喜平は人を掻き分けて最前列に出た。そこには華やかに舞う舞妓たちの姿が。

 そして、その中に気になっていた紺色髪の舞妓がいた。その舞妓は喜平に気付いたのか微笑みを浮かべた。喜平は思わず手を振った。


 ***


 そして、夜。


 カズとお晴は弥吉とひさめと共に洛北の高台に来ていた。ここからは都の美しい夜景が見られる。その夜景は灯篭や行燈の炎が幻想的だった。

 この場所を教えてくれたのはおばちゃんだった。子供の頃からここで夏祭りの花火を見ていたらしい。

 そろそろ時間が来たようだ。

 ひさめの言ったように、話している間に既に花火は上がっていた。大輪の色鮮やかな花が夜空を明るく照らす。何発も何発も花火は上がっていた。

 カズは初めて見る都の花火に感動していた。


「あいつも打ち上げているだろうよ」


 弥吉はうちわを扇ぎながらその時を待っていた。


「弥吉さん、あいつってやっぱり」


 カズは下を見てそいつを捜していた。


「その通りだ」


 ***


 同じく、洛北の高台。こっちは掃除屋達がいる場所よりももっと東側にある。化粧を直し、いつもの着物に着替えたばかりの千鶴を連れて、喜平はこの場に来ていた。

 千鶴は髪をいつものに括る間が無かったのか、紺髪はまっすぐに伸びていた。


「喜平さん、気持ちは嬉しいんやけどあんた仕事があるんとちゃうの?」

「いいんだよ。仕事はオレの同僚に任せといた」


 喜平は夜空を指さしている。天の川に花火が上がっていた。


「もうすぐ、とびっきりのやつが上がるぜ」


 千鶴は思わずその花火に見とれた。それを見て喜平は微笑んだ。


 さあ、来い!


 一つの花火が打ち上げられた。

 そして、天の川の真ん中あたりで花火は花を咲かせた。

 それを見て千鶴は目を奪われた。


「き、喜平さん……」

「だろ?」


 大輪の花はなんと、千鶴の舞妓姿の顔だったのだ。

 千鶴はその場で目をこすった。

 もう花火は消えていた。


「あのために休む間も惜しんだんだぜ? まあ、気合いで何とかなったけどさ」

「そんな、一瞬のためだけに?」

「そうさ。でも、一瞬だけでも心に残るだろ?」


 千鶴は思わず顔を赤くした。

 下を向いている。


「ありがとうな……」


 喜平と千鶴はどうやらそれぞれの思いを伝えられたようだ。


 (『夏の夜に』一件落着)



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©ヒロ法師・いろは日誌2018

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