話し合い
アンフェール城の一室。そこそこ広い部屋で中央に長い机が置いてあり、七つの椅子が置いてある。そこは会議室だ。この部屋に二十名ほどの魔族が集まっていた。アンフェールの王たるヘルシャフトに招集されてのことだった。そのうち椅子に座っているのは五名。この部屋にいる二十名は残りの二席に座るものを待っていた。
椅子に座っている五名、そのうち四名はアンフェール軍陸軍の元帥および将軍に属する者たちだ。
二足歩行のドラゴンのような者。強靭な緑色のうろこが体を覆い、背中に羽が生えている。ドラゴニュート族の男。
陸軍元帥のモルス・ハロス。
骨の体を持つ者。アンデッドに属するものの中でも機動性に優れる種族。スケルトン族の女。
名はカラベラ・エスケレト。
黒く品の良い服をまとう者。青白い肌で穏やかそうな顔をしている。吸血鬼族の男。
名はビヤージュ・ブランダー。
鋼の肉体を持つ者。鋼とはそのままの意味で、種族として岩石や鉱石の体を持っている。体は分解することもでき、必要に応じて形を変えることができる。ゴーレム族の英雄。
名はコンキスタ・カタクスティ。
そしてもう一人は、この召集の理由である門を開いた研究者たちをまとめる者。他の者たちと比べて非常に小さい体をしており、小さく黒い羽をはやしたヘルフェアリー族の男。
名はマズバハ・ヘノシディオ。
アンフェール軍上層部の半分ほどが集まっている。アンフェール軍には空軍と海軍もいるが、その元帥や将軍を務める者は多くがドラゴン族のような巨体やシャーク族のような陸に上がれない者であり、城に入ることは困難である。それらの将軍たちには会議後に連絡がいくことが多い。無論、前線における会議では元帥同士が直接情報を交換する。
「ところで、この会議って何のためにやるんだっけ?何も聞かされてないんだけど」
静かな部屋に嫌気がさしたのか、将軍の一人カラベラ・エスケレトが同僚に質問する。カラベラは将軍の中では比較的緩い性格をしているが、将軍としての落ち着きと力量はそれなりに持っている。そして身長が高めなのも特徴的だ。
彼女が言ったように、この会議はとにかく集まるようにとしか言われていない。
「しかし、わざわざ招集をかけたのだから何らかの意味があるのだろう。おそらくは資源に関することか」
それに対して元帥モルス・ハロスが返答する。彼はヘルシャフトが王になるための戦争をしていたころからヘルシャフトの副将として付き従っていた者だった。彼はヘルシャフトを心から信頼していた。
「資源ですか。ですが、アンフェールをあらかた探し終わりましたが、これと言って十分といえるような資源が見つかったという話は聞きません。・・・それともほかの方策が見つかったのでしょうか?コンキスタはどう思いますか?」
モルスの考えに対してビヤージュ・ブランダーが自分の考えを述べつつ、コンキスタ・カタクスティに意見を求める。彼はヘルシャフトが戦争をしていた時、その驚異的な力を見て憧憬の念を抱き傘下に入った者だ。
「俺に聞かれても困る。俺は命令を受諾するしかできない性質だから、そういうことはわからない。マズバハのほうが分かるだろう」
コンキスタはアンフェール軍全体でも特に強い戦闘力を有するが、その代わりに物事を考えるのが苦手だった。彼はヘルシャフトに頼んで、頭の回転が速い部下を数人与えてもらっていた。
「そうだね、なんとなく察しはついているよ」
マズバハ・ヘノシディオは根っからの研究者気質の男で、その研究能力を欲しがったヘルシャフトによって雇われた者だった。
「ほう、それはどんなものだ?」
「それは」
「皆、集まっているな。会議を始めるぞ」
モルスがマズバハに話を聞こうとしたとき、会議室に二人の男が入ってきた。将軍たちは即座に立ち上がり、入ってきた者達を迎える。
一人はこの会議の招集者にしてアンフェールの王ヘルシャフト。悪魔族だが一般的なそれとは大きく異なる姿をしている。赤黒い皮膚に筋骨隆々とした肉体。背中には大きな翼が生え、異形ともいえるおぞましい顔についた真っ赤に光る眼が部屋にいる者たちを見渡している。
もう一人はアンフェールの宰相であり、痩せ気味の体で血色の悪い顔は非常に強面で見る者をぞっとさせる男。ヘルシャフトと同様悪魔族で、王がやりたいことを成功させるのを至上とする参謀。名をトイフェル・イブリースという。
「確かに集まっているな。では、座れ」
王の合図を得て、将軍たちは席に座りなおす。
「では今回の会議についての説明をする。トイフェル」
「はっ。まず、あなた方には以前からこの世界にある資源を捜索する任務を行わせていた。今はいいが、今後資源が足りなくなるのは間違いのないことだからだ。その件に関して、二か月前に進展があった。そこのマズバハ・ヘノシディオの部下が、こことは異なる世界とそこへの出入り口の作り方を発見した」
宰相トイフェルから会議の目的を説明される。
「異なる世界・・・ですか?」
「そうだ。マズバハの部下が偵察を行ったところ、アンフェールとは比較にならないほどの豊富な資源があったらしい」
「そんなところが!」
それを聞いた将軍たちは驚くとともに歓喜の念を得る。将来的に資源が枯渇することが確実といわれる現状において、その供給ができるようになるのは喜ばしいことだった。
「そこで、今回の会議・・・会議と言ってよいかはわからないが、近いうちにその世界に軍を送り込んで世界そのものの制圧を試みる。そうすれば資源の枯渇は免れる」
「異世界には知的生命体がいるらしいが、魔族とは根本的に異なる生物であることが研究者たちによって解明されている。ゆえに我々は一切の容赦なく侵略を行う。場合によっては絶滅させることもあるだろう」
魔族が慈悲や仲間意識というものを持つのは同じ魔族だけだ。そうでないものは、必要な食肉動物などを除き絶滅させることにためらいがなかった。アンフェールではそういう理由で絶滅した動植物が少なくなかった。
「そういうわけだから、この会議では今後の方針を決めることとする。まず最初に決めることは、誰の部隊を送り込むかだ。その舞台が問題なく活動できるようならそのままほかの軍も送り込む」
「先ほど異世界には魔族と異なる生物がいると仰られましたが、どのような姿なのでしょうか」
「吸血鬼族に近い姿らしい。強さはよくわかっていないが、今開いている門の周辺には、研究者が容易く捕縛できる程度の存在しかいないとのことだ」
「向こう側の平民はその程度であると。魔族よりは弱いようですね」
研究者はその性質上戦闘力よりも知能を重視している。そのため研究者は魔族同士であれば平民の子供にも負ける程度の力しかない。それが容易く捕縛できるのだから、その異世界の住民というのは魔族より弱いと判断できる。
「まあ、最初に送り込むのであれば、コンキスタの軍が良いでしょう。アンフェール軍全体でも屈指の戦闘力を持つ彼の軍であれば、確実に任務を遂行できるでしょう。」
数十万いるの陸軍を管轄する元帥モルスはそう提案した。コンキスタは非常に戦闘力が高く、歩兵同士の一騎打ちであればヘルシャフトに次いで強いと言える。その関係上コンキスタの配下にはその力にあこがれたものが多く志願しており、自主的な訓練を行うものが多いため、軍全体として比較的高い戦闘力を持つに至っている。
「ということだが、コンキスタはそれでもいいか?」
「命令を下されるのであれば、それに従うだけです」
「そうか。では頼むとしよう。それから今後の方針についてだが・・・」
その後も会議は続いたが、まずはコンキスタの軍の活動状況を見てから判断することとし、それまでは兵の訓練量を増やし侵攻戦に備えることで決定された。
それから数か月後、異世界への侵攻が開始された。