終わりの日
その世界は豊かである。優れた土が優れた植物を育て、大地の多くが緑に覆われている。広い草原が広がる場所もあれば、太く長い木が生い茂る樹海もある。山では石材や鉱物を多く採掘することができ、様々な道具の材料に加工することができる。それはいかなる生物にとっても必要なものであり、全ての存在に恵みを与えるものである。
そんな世界の、とある大陸に一つの国がある。もともと国ではなく「同盟」と名乗っていたその国は、亜人と呼ばれる存在だけで構成されている。亜人とは、この世界において「人間」と呼ばれる種族に迫害されていた種族である。人間は圧倒的多数を占める姿かたちである自分とその同族を優遇し、耳がとがっていたり、身長が極端に小さいものを人間として扱わず冷遇していた。
一般的に国という社会組織において亜人は居ることを許されなかった。そうなると亜人たちは当然、見た目の差異にかかわらず一つの勢力としてまとまろうとする。それは長い間人間によって妨害を受けたことでうまくいかなかったが、最近になって一人の英雄が現れたことで、ついに国と呼べる程度に巨大な勢力を構成するに至った。
国となった同盟は強固となり、亜人を消し去ろうとする他国の軍とも渡り合えるようになった。複数の国家が同時に攻めて来ようとも、押し返すことができるほどに。亜人の自由を得るために、彼らはあらゆる困難を乗り越えていった。
しかしそれは数年前までの話だ。今、この国は滅亡の危機に瀕している。人間の国による攻撃が原因ではなかった。むしろ今、この大陸に残っている国と呼べるほどの勢力はここだけだろう。他の国はすべて、すでに滅び去っていた。
そしてその国もまた、滅びの時を迎えようとしている。
「報告します!城外を完全に包囲されました!このままでは陥落は必至!今なら間に合います、早くお逃げください!」
「・・・そうか。だが、逃げる気はない。ここは俺が作った国だ。亜人の唯一の国なんだ。その最初の王である俺が逃げるなど問題外だ。俺はそんな恥をかきたくない」
「王よ・・・」
「ならば、我らもお供します」
レボルシオ亜人国の首都、その王城は大軍によって包囲されていた。すでに城下町は制圧され、残るは城のみとなっている。
レボルシオ亜人国を攻撃しているのは人間でも亜人でもなかった。豚のような頭をした生き物。人の血を吸う蟲のような生き物。人間のように見えるが人間離れした力を持つ生き物。空を飛ぶトカゲのような生き物。人間の骨だけが歩いているような生き物や、死んで腐った人間が歩いているかのような生き物。そしてそれらを指揮しているのは赤黒い皮膚で、亜人の一種である翼人族のような大男。それは化け物の軍団だった。化け物の軍団が、圧倒的な力と物量でレボルシオ亜人国を征服しようとしていた。
この化け物たちが現れたのがいつなのかは定かではない。一番最初に滅ぼされた国(強くもないが弱くもない)で現れたのは間違いないだろうが。しかし、一国が滅びたことでその存在を他国が知った時にはすでに遅かった。
一つ目の国を滅ぼした時点で、化け物たちはすでに数十万体もの規模になっていた。雑兵の一体一体ですら人間や亜人十人分。強い者では千人分から万人分にもなる化け物がそれだけの数だ。人間たちの社会は・・・必死の抵抗によって延命はされたが、一国半年から一年という速さで滅びていった。
化け物の言葉は人間や亜人には理解することができず、化け物にも人間や亜人の言葉を理解することはできないようだった。そのため初めのころは化け物の目的はわかっていなかった。
数か月前、翻訳魔法に長けた者が化け物との対話を試みたことがあった。化け物のほうも言葉が通じることに困惑していたようだったが、せっかくだから教えてやろうと言って、理由を話した。”私たちは別の世界からきた。その世界には資源が少なく、あまり豊かではなかった。ある時偶然この世界とその行き方を発見したので、資源を得るべくやってきた。あなた方を殺しているのは、私たちが資源を独占するためだ”と言っていたとのことだった。
あまりにもあまりな、正当性の皆無な理由だ。しかしそうであるがゆえに人間たちは慄いた。それを強者が言ったことに。化け物たちは講話や降伏といった選択肢を与える気がないことが、はっきりとわかったからだ。
王がそんなことを考えていると、玉座の間の扉が強く開け放たれた。そこにいたのは化け物の指揮官である赤い翼人族のような男。周囲に数人の部下を引き連れている。いずれも一体で数万人に匹敵すると言われていた者たちだ。現有戦力で勝てる相手ではない。
「%&’%$&(#&%($&%’$」
「($!$%)(g’&%$」
やはり、何を言っているのか理解できない。しかし、ようやく終わるとでもいうような、若干くたびれた雰囲気があるのは見て取れた。彼らにとって人間や亜人を滅ぼすのはその程度のことでしかないのだ。滅ぼすことで愉悦を得るわけでもなく、拷問して喜ぶこともなく、その肉を食べるわけでもなく、ただ目的のために淡々と殲滅していただけなのだ。化け物たちは資源を得るという目的を最重要視していたため、町などにある建物は極力破壊しないようにしていたものだ。
「+*&#”)&’*‘」
化け物の指揮官がこちらに指を向けてくる。その指に黒い魔力の塊が宿り・・・
その日、大陸からすべての国が消え去った。人間の生き残りはいるかもしれないが、それらが発見され殲滅されるのは時間の問題だろう。そしてその化け物たちの間の手はほかの大陸へ、ひいては世界全土へ向けられることだろう。世界は化け物の手に落ちることになる。
世界を征服するとき、化け物たちは何を思っていたのか、人間や亜人は化け物をどのように捉え、考えていたのか。
事の始まりは数年前の、ある報告からだった。