僕と彼女は友だちじゃなくなった
冬も徐々に春へと変わろうとしているある日のこと。
既に授業は全部終わって帰りの連絡も終わったその時間、部活に入っているわけでもないというのに僕、飯島裕太は教室に残って、仲の良い女友達と顔を合わせていた。
ショートヘアの自然な茶髪で快活な笑顔でちょっぴり男勝りな彼女の名は相沢美琴。
彼女とはこの高校に入ってからの付き合いで今じゃ一番の友だちだ。
そういう関係になれたのは彼女のおかげだ。
入学して少しして僕はクラスの人と全く馴染むことができなかった。
根本的に人と話すのが苦手、というよりは好きじゃなかったんだ。
寂しいって思いはあるけど人と話すってことがたまらなく面倒に感じていて、だから僕は休み時間はほとんど寝たふりだ。
幸いそれを理由に虐めてくる人は居なかったけど、同時に構ってくれる人だって居なかった……彼女以外には。
「ちょっと、起きてるよな? 私と友だちになろう」
「……」
「沈黙は了解と見なす。んじゃこれで私たちはもう友だちだから。よろしくな、ユータ!」
「なっ……――」
彼女はそんな僕にどういうわけか声をかけ、僕が寝たふりを続けても無理やり友達関係を作ってしまったのだ。
流石に僕も飛び起きて、その時初めて彼女を正面から見たわけだけど、僕は心臓が止まるかと思った。
だってそこにいたのは快活な笑顔を浮かべた美少女だったから。
しばし呆けて、ふと思った。
え? こんな美少女が僕と友達になろうって?
いやいや、無いでしょ普通。
「あ、あの……もしかして罰ゲームとかっ!?」
だからそんなことを言った瞬間乾いた音とともに僕の左頬が熱くなり次いでじんじんと痛みを伝えてきた。
混乱しながら彼女を見れば彼女は腕を振り切った体勢でこちらに笑顔を向けていた。
笑顔ではあったけどハッキリと怒りを含んでいる笑みだ。
「この私が罰ゲームで? ふざけんな。ユータお前ひねくれ過ぎだぞ? ったく友だちのことくらい信用してほしいね」
「え……あの……えと、ごめん……?」
「そう! 友だちでもその辺りの礼は大事だよね!」
なにがなにやらわからないけど、罰ゲームで僕と友だちだって言ってるわけではないらしい。
訳がわからぬままとりあえず謝罪すればそれで納得したのか彼女も普通の笑みに戻った。
それが、僕と彼女の出会いだ。
そのやりとりをきっかけに僕と彼女はクラスで浮いた存在になってしまった。
僕は元々だから気にしないけど彼女はどうだろうとしばらく観察していたのだけど、彼女はそんな周囲の反応を全く気にすること無く僕を構い続けてきた。
最初は避けていたけど彼女はどんなに避けても強引に近づいてくるから次第に僕も諦めて彼女と友だちとして過ごすようになった。
会話は相変わらず面倒に感じたけれど、そんな僕の様子を一切無視して話してくる彼女との時間は辛くはなかった。
次第に僕も釣られていろいろ話すようになってますます仲が良くなったんだ。
ある日のこと。
なんで僕と友だちになってくれたのか聞いてみた。
「んーそりゃ私がそうなりたいと思ったからだよ。それ以外に理由は必要ないだろう?」
返ってきたのはそうなりたいと思ったから。
酷く不明瞭な理由だけど、不思議と誤魔化されてるような感じはなくてそれが彼女の本心なのだろうと思った。
そして今、そんな彼女となぜ顔を合わせているのかというと、彼女から恋愛相談を持ちかけられたからだ。
いつもどおりに学校が終わり、何もなければさっさと帰ろうとしたところで彼女はやってきて突然、
「私さ、好きな人がいるんだけどさ」
と、告げてきたのだ。
そう切り出された時僕は心臓が止まるかと思った。
だってお約束みたいな話だけど僕は彼女に友だち以上の思いを抱いていたから。
けれどここで下手に動揺すれば友だちですら無くなってしまうかもしれない。
それは嫌だった。
「へ、へえ。まさか美琴から恋愛相談されるなんて思わなかったな」
「そう? そうかもね。ふふっ」
なんとか返した僕の言葉に彼女はちょっと考え、頷くと軽く笑った。
それを見て僕は胸の奥にチリチリと痛みを感じる。
「ちなみに好きな人が誰かってのはき、聞いていいのかな?」
「ん、ああ。ユータだよユータ」
聞かなきゃいいのにわざわざその相手が誰なのか尋ねた僕に彼女は気にした様子もなくその相手の名を告げてくる。
ははっ……よりにもよって僕と同じ名前とか……。
「僕と……同じ名前なんだね……」
「そりゃそうだろう? 私が好きなのはお前なんだからさ」
流石に落ち込むのを隠せず沈んだ様子で呟いた言葉に、彼女は無情にも言葉を重ねてくる。
なんで……。
ずっと一緒にいて……。
よりにもよって僕を好きになるとか……え?
「ん?」
「さっきからどうしたんだよ。突然キョドったり落ち込んだりしてさ」
「いやっ今、あれっ」
なにかおかしいぞ?
えっと美琴は好きな人ができて僕に恋愛相談を持ちかけてきたはずだ。
なのに好きなのは僕?
え、もしかして告白されてる?
でもなんかいろいろ流れおかしかったし……?
「……? まあ、いいや。でさ、話ってのはどうやったら付き合ってくれるかってのを相談したいわけなんだよね」
「ええ!? ……えっと、確認なんだけど美琴が好きで付き合いたい人ってのは……その……ぼ、僕……なんだよね?」
「そうだぞ?」
どういうことだろう?
僕の勘違いってわけではなかったようなんだけどますますややこしくなってきた気がする。
やっぱりこれって遠回しな告白なんだろうか。
「それって、つまり告白ですか?」
「いや、だからそれを相談したいんだって。私だって女だし? 告白はやっぱ成功させたいわけよ。どうすればうまくいくのか一緒に考えて欲しいの!」
何を言ってるんだこの人は。
美琴が僕のことを好いてくれていて付き合いたいと思ってる。
それはすっごく嬉しいし今すぐイエスって返事したい!
けど、そこまで僕にぶちまけて恋愛相談ってどういうこと?
何で告白対象に恋愛相談持ちかけてるんだよ。
「うーん、その様子だとユータも中々いい案が、思いつかないのかあ……あ、そうだ。とりあえずユータが今好きな奴いるのかどうか教えてよ。好みとかでもいいからさ」
「ええ!? それは……」
「それは?」
お前だよ!
って言えればいいんだけどここまで来てそれを言えない僕はなんて愚かなんだろう。
「えっと……ショートヘアーで……」
「お、それなら私もいけるじゃん」
「その……自然な茶髪で……」
「私の地毛だからこれ以上ないほど自然だな!」
「元気が出るような笑顔で……」
「笑顔か……どう? いい感じの笑顔か?」
「う、うんすごくいい感じだね……あとはちょっと男勝りで」
「男勝りかー私も結構男勝りだよな? お、これ結構私いけそうじゃない? 結構ユータの好みにハマってるっぽくない?」
だからお前のことだよ!!
なんでわかんないかなーもー!
ああ、そもそも告白する相手に恋愛相談持ちかけてくるもんね!
そりゃわからないよね!
ちくしょう!
「そっかー……それだけ好みにハマってるならやっぱ後はどう告白するかだよね……うーん」
「あーもう! そんな悩まなくても僕だって美琴のことが好きなんだからそれでいいだろ!?」
「……やっと言ってくれたね?」
「へ……あっ」
流石の僕も美琴の訳の分からない恋愛相談に業を煮やして思わず立ち上がってとんでもないことを口走った。
そんな僕をしばし見上げていた美琴はそれまでの態度が嘘のように嬉しそうな表情を浮かべて目には涙を浮かべて声をかけてきた。
その言葉に僕も自分が何を言ったのか自覚して一気に頬が熱くなる。
「うん! ちょっとひねくれてるけどユータから好きって言ってもらえた……! 告白してくれた……!」
涙を流しながらも笑みを浮かべて彼女が吐露した言葉に僕は呆然として、男勝りな彼女もやっぱり女の子なんだってことを強く認識した。
「あの、さ……ぼ、僕は美琴のことが好きで……だから僕と付き合って貰えませんか?」
だからこそ僕は覚悟を決めて改めてしっかりと告白した。
耳まで熱くなってきたけど目は絶対に逸らさない。
「もちろん……!」
そう言って美琴は勢い良く抱きついきて僕の胸の中で静かに涙を流していた。
そうは見えなかったけどきっと今日僕に話を持ちかけてきた時から美琴は酷く緊張していたんだ。
なんて可愛らしいんだろうと、僕は胸の奥が暖かくなり頬は自然と緩むのを感じる。
彼女が泣いているってのになんて酷い男なんだろうか。
その後、しばらく僕らは抱き合い、僕は誰も教室へ来ませんようにと神様に祈りを捧げた。
「もう……大丈夫。ありがと」
「こちらこそ……ありがとう」
ようやく美琴も落ち着いて僕らは離れて再びイスに座る。
その際手だけは繋いだままだった。
「これから、よろしく……ね」
「うん、これからも……ずっと、よろしく」
お互いに少しぎこちなく、そんな挨拶を交わす。
友だちだった時よりもずっと会話が難しい。
けど……こうしているだけで十分だった。
元々会話は面倒だったしこうして触れ合えるだけで十分だった。
「そうそう、今日はバレンタインデーだったよな」
「そういえば……」
すっかり忘れていた。
授業中とかは必死で意識しないようにしていたし、放課後には美琴との恋愛相談で今日が何日かだなんて頭から吹っ飛んだし。
「はい、これ今日渡す予定だったチョコ」
「……マーブルチョコじゃん」
チョコが貰えるだけありがたいのだが、何の包装もされてないマーブルチョコって……。
しかも別に今日のために買ったんじゃなくて普段から食べてる奴だ……。
「ん、こうすりゃ……特別、だろ?」
「っ!?」
僕の反応が気に食わなかったのか、美琴はおもむろにマーブルチョコを一つ自分の口に含むと突然唇を押し付けてきた。
そして驚き固まる僕の口を彼女が舌で押し開くと、先ほど含んだチョコが口の中へと入ってきた。
「どう? おいしいだろう?」
「ん……その……あ、甘かった……です」
「……バーカ」
美琴が顔を赤らめながらも感想を聞いてきたけど、僕にはチョコの味なんてこれっぽっちもわからなかった。
けど、とても柔らかくて幸せなその感触はとても、とても甘いもので、それをそのまま伝えれば、彼女はバッっと視線を逸らして呟いた。
この日、僕と彼女は友だちじゃなくなった。