第45話:わたしは「ことり」
尊とアーニャの寝室は今夜は賑やかであった。明日からしばらく尊がいない、ということで妹たちが乱入してきたのだ。"水入らず"を期待していたアーニはむくれていた。
「ねえ、尊さん。ちゃんと帰って来ますよね。」
妹たちがようやく寝付き、二人でベッドに横たわると、アーニャは尊に尋ねた。
「ええ、まだ対決ではなく、準備の段階ですから。それほど危険性は高くないですよ。」
尊の少し自信の無さげな発言にアーニャは不安げに尋ねた。
「失敗する可能性もあるの?」
尊は天井を見上げたまま答える。
「そうですね。私が指導者としてテラノイドに受け入れられるかどうか、そこが問題ですね。」
「きっとあなたなら大丈夫よ。」
アーニャの声が明るくなった。
「どうして?」
「だって、私の"魔法使い"さんだもん。」
尊は笑いを噴き出しそうになり、それを必死にこらえた。ここで妹たちを起こすわけにはいかない。
「ねえ尊さん。」
アーニャが尊の指に自分の指を絡める。
「ん?」
「あたしに名前を頂戴。」
「名前……?」
「あなたの言葉の名前が欲しいの。私、不安なの。皆が故郷に帰ってしまったら、私は一人になってしまう。だから、この惑星が私の故郷だっていう証が欲しいの。」
「なるほど、わかりました。」
尊はしばらく考えた。これまでの楽しかった日々が思い起こされた。これまで互いを必要とし、分かち合って生きてきた。それは誰かに強制されたものでもなく、尊が望み、自ら選んだものであった。この思い出があれば、尊は決して自尊心を失ったり挫けたりしないだろう。
その象徴的な光景を尊は思い起こしてきた。羊飼いの仕事の帰り、美しい夕景の中、バイクをアーニャと二人のりで家路につく。そんなとき、いつも、アーニャは歌を歌ってくれた。アーニャがアーニャの母君から教わったヌーゼリアルの歌、尊が教えたテラノイドの歌。いつも小鳥が囀ずるような可憐で、美しい声で。そして二人が初めて結ばれたあの日のことも。
「ことり。『不知火ことり』はいかがですか? アーニャの歌は小鳥の囀のように美しく、可憐で、私の癒しの源ですから。」
「はい……嬉しい。」
尊がアーニャを抱き寄せると、アーニャも尊の腕に自分の身を寄せながら
「不知火…ことり。」
と何度もつぶやき嬉しそうに微笑んだ。
翌日、尊は村人に車を借り、ローレンさんとシモンを伴って、宇宙船"ネーヅクジョイヤ"が横たわる渓谷へと赴いた。宇宙船を守ってきた二人の護衛オズワルドとペイジはローレンの姿を確認するとすぐに駆けつけ、その足下にひざまづいた。
「陛下、ようこそお越しくださいました。」
これまで、家族の必要が生じると、それを売って家族の糧とするために何らかの文物を取りに来る、そんな日々を続けてきたが、ここ数年は暮らし向きも上向き、この二人に差し入れを持って来る、そんなことも増えて来ていた。
二人の案内のもと尊たちは艦橋に案内された。尊は球体の水晶のようなコントロールボールを目にすると、それに触れる。ヌーゼリアル語の表記が現れる。尊は流れるメッセージに留意しつつ、システムのチェックに入った。
オズワルドとペイジは不安そうな顔で、尊、モニター、ローレンさんを順々に目を配っているようだった。尊としては少し気を散らされることが気になったものの、二人の恐らくは23年を超えるであろう護衛の日々を考えると、席を外すことを求めることは出来なかった。
2時間ほどのチェックを終えると、問題の箇所が分かったようで、尊はオズワルドとペイジに機関室を案内するよう求めた。無論、船内のことは誰よりも既に詳しくなっていた尊であるが、二人の長年の労苦を考慮すれば、まず彼らに尋ねることが敬意を示すことになるだろう、そう配慮したからでもあった。機関室はほぼ密閉されており、所有者ですら開けられないような仕組みになっていた。
手前にある機関制御室に入ると、紫色に輝く宝石のような石がはめこまれていて、そこのひびが入っていた。
「やはり、"賢者の石"が原因か。」
尊が手を当てると、尊の左の目が金色に輝き出す。すると、ひびが音もたてずに修復されていく。見守る者たちは、ただ訳もわからずひたすらこの作業を注視していた。
「エンジンは治るのか?」
ローレンの問いに尊は意外な答えをする。
「この船にエンジンはありません。」
みなが絶句するのを尊は楽しそうに眺めている。
「エンジンはこの物質(電子)界ではなく、アストラル(重力子)界で常に回りつづけています。その動力がこの『賢者の石』によって転送・供給されてくるのです。まあ、町全体の冷暖房を供給するセントラルヒーティングの乗り物版だと思ってください。」
「ワープドライブは可能なのか?」
ローレンさんはさらに尋ねる。
「そうですね、そちらはもう少しかかるかと。あと正確さを帰せばワープドライブではなく、アストラルドライブです。」
「どう違うの?」
シモンの問いに尊は
「簡単に言うと、ワープドライブは物質の粒子を波長化させて航行しますが、アストラルドライブは物質(電子)を情報(光子)化させて航行します。」
みなの頭にクエスチョンマークが乗っているのを見て尊は
「さて、まずはオーバーホールが必要なので、航行はできませんが、少し動かしてみましょうか。」
と提案した。
ちなみにモチーフのモーゼの奥さんの「チッポラ」も小鳥という意味の名前だそうで、歌が好きだったそうですよ。
いよいよ明日第一部完結します。第2部新連載のお知らせもありますよ。
評価の方もよろしくお願いします。




