第34話 「姉の気持ち、弟の思い」(サブタイがまじめな件)。
[星歴993年3月13日]
「見て、庭の桜。もうすぐ満開になりそうですわ。」
いつものように家庭科室で二人で弁当の用意をしていると、アーニャは窓の外に見える桜の樹がほぼ満開になっていることに気が付いた。
俺もここへきて4か月近くがたつ。すっかり、エンデヴェール家の日常に溶け込んでしまっていた。
俺の部屋は徐々に場所を変え、現在は元校長室まで「出世」している。俺はそこに簡単なキッチンも取り付け、大分快適に過ごしている。壁に貼ったホレブ山系の地図も徐々にではあるが、埋まり始めている。
今日も、羊飼いの仕事にアーニャとバイクで二人乗りで出かける。サイドカーを付けたのだが、アーニャは後部座席が好きらしく、近場は必ずそちらに乗る。
「ぬし、本気でそう思っているのか?」
いや、まあ、ここでのろけるのもね。朝陽を浴びながらバイクを走らせると、畑に出かける人やもう野良仕事に精を出している人、多くの村人とあいさつをかわす。
群れを追うための馬は、農家のものなので、そこまで行ってから乗り換えるのだ。
「おはよう、おじさん。今日もいい天気になりそうだね。」
俺があいさつをすると、農家のおじさんの様子が変だ。どうもアーニャには聞かれたくない話があるらしい。
「実はシモン君がな。」
はあ…。なんで俺にシモンの話をするんだろ。俺はあまり愉快な顔をしていなかったかもしれない。
「がらの悪そうなアマレク人と大きな車に、なんだピックアップていうのか、乗っていただよ。」
どうも、シモンがピックアップトラック3台分のアマレク人と一緒にいたらしい。
そのアマレク人は迷彩服を着てサングラスをかけており、どうにも堅気でない雰囲気だったようで、おじさんはシモンが非行に走るんじゃないかと気を揉んでいたのだ。
おじさん、それもう「非行」て段階じゃなくありません?
「こういうことは男同士で話し合った方がいいだよ。お宅のローレンさんは頼りないでな。婿さんが義兄としてな、ぴしーっと言ってやったらいいだよ。」
おじさんは、すっかり俺とアーニャが夫婦になったと思っているようで、俺はどっちにリアクションすべきか、迷っていた。
「そんなことでにやけている場合ではないぞ。敵襲に決まっておる。恐らくは政府の諜報員か賞金稼ぎじゃろうて。」
ベリアルが主張する。まあ、そんなところだろうな。すると俺にコンタクトを図るのはいつごろとみる?
「 そうじゃのう。シモンはおそらく姉を巻き込みたくないのであろう。帰宅しておぬしが自分の部屋に一人きりになるころじゃろうて。」
お前もそう思うか。居候。それならそれで『準備』の時間ができてありがたい。俺は、強襲の罠張りが大好きなんだよね。さーて、どんな罠を張ってやろうかな。
ナノマシン使いと魔法使いの決定的な差は準備時間である。魔法とは違い、一瞬でなんでもできるものではないのだ。電撃はナノマシンの振動によって静電気をおこすことなので、比較的早く発動する。しかし、凍らす(分子運動の停止)、とか燃やす(分子運動の加速)となると、周囲の空気の干渉もあるため、なかなか時間がかかるのだ。とりわけ屋外の場合はそうだ。
「科学とオカルトの違いもあるぞ。」
まあ、そこは長くなりそうだから、また別の機会に。
しかも、電撃は以前。マリアンと共に拉致されたときに多用しているため、すでに対策が取られている可能性が高い。敵だって、マンガじゃあるまいし、わざわざやられには来てくれないのである。
まだ春先なので、燃やすよりは凍らす方が早く、氷による物理攻撃を中心に組み立てた方が早いだろう。
まあ、面倒な計算やら指示はベリアルが代行してくれるので、俺はやりたいことを明確にイメージして、それを具体的にベリアルに伝える必要があるのだ。
「今日はいつもの尊さんらしくないです。なんかあったのですか?」
俺がC3(大脳皮質コンピューター)でせっせと罠を張り巡らしていると、アーニャが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。たぶん、ぼーっとしてるように見えるのだろう。
「うん、ちょっとね。シモンのことで気がかりなことがある、っておやっさんが。」
俺がおやっさんの話をアーニャに話すと、彼女も顔を曇らせる。
「やっぱり、あの子まだ尊さんにわだかまりがあるのですよね。」
うん、すでに「わだかまり」のレベルは超えてる気もしますけどね。
俺は日がな一日さえない顔をしながら、ベリアルに準備を進めさせる。俺のC3の容量ではベリアルのスペックを活かしきることは難しいが、2個小隊ぶんくらいなら十分だろう。
「すみません。俺、今日は夕食は遠慮します。」
帰宅してクララさんにそう告げると、彼女は残念そうな顔をする。
「あら、残念ねえ。せっかく今日は尊さんの好きなビーフシチューにしたのに。」
クララさんの甘言に危うく踵を返しそうになった俺だが何とか堪えた。
「やだ、兄ちゃんと一緒がいい。なんで来ないの?おなかいたいの?」
ブリ子が俺の手を取って可愛いことを言い、姉に対抗するようにタラ子も俺の足にすがりつく。ああ、かわゆし。
「よかろう。ただし、デザートは置いていけ。」
サバ子が言い放った。はい…ソウデスネ。まあ、言葉とは裏腹に俺のシャツをギュッと握りしめているところがね。可愛いんだ、縦スラ並みの変化球で。
「捕手、そこは身体を張ってとめるとこじゃな。」
うるさいぞ、外野。
三姉妹のかわいさを堪能する間もなく、俺は一階でシャワーを浴びると、久しぶりに護衛体技の制服を引っ張り出した。これを着ると、気持ちが戦いへと切り替わるからだ。
俺は庭に出ると桜の樹の下に立つ。月明かりに照らされた桜が見事であった。そこにはシモンがたっていた。
「シモン、桜がきれいですね?」
俺が話しかけるとシモンが冷たい目線をこちらに向ける。
シモンは相当な美少年だ。どちらかといえば、母君のクララさんに似ている。クララさんにさんと同じ金髪だが、瞳は灰褐色である。これは父方の祖母ゆずりらしい。
月明かりに照らされるとまるで天使みたいだ。まあ、今回は死神寄りだけどね。
彼の眼は冷たい、というものではなく、何かの覚悟を秘めたものだった。
ただようバトルの気配。シモン君の幼き日の秘密が明日。正午ですよ。




