第31話 メインヒロインの登場が遅すぎるのはだめですか、という件
今日は第三者視点で入ります。
ミーディアン村は大陸東端の地である。アマレク人が居住する工業都市サッカラから最も離れた最果ての地でもある。雄大なホレブ山系の山が海岸線までせり出して断崖絶壁を作る。ここから東は千数百年前の小惑星衝突、メテオ・インパクトの際に切り離された大陸がはるか彼方に横たわっている。
断崖には海鳥たちが巣を作り、周囲に排泄された糞が豊かな植生を支えている。様々な植物の種は鳥たちによって運ばれるのだ。また、それによって森が生じ、そこに棲み処を求めて動物たちが集まり、その動物たちを追って人間が集まり、村となってきたのだ。
アニエス(アーニャ)・M・エンデヴェールは今日も馬を駆り、近所の牧夫が飼う羊の群れを追い、放牧地、そして水飲み場へと連れていく。アーニャは「エルフ族」の族長の娘である。もちろん地球人種たちが勝手にそう呼んでいるだけで、正式な名称はヌーゼリアル星人である。
彼女はその星の王フィグマキアローレウス(ローレン)11世の第一王女である。そう、由緒正しい王族の娘なのである。アーニャがまだ母クラウディア(クララ)の胎にいたころ、ここからさらに離れた惑星へリゾートに向かっていたとき、ワープドライブエンジンが故障してしまったのだ。
なんとか、この船が建造されたというこの惑星までたどりついたものの、その船を造った民族の姿はなく、途方にくれていた。
母星からの捜索もないことから、アーニャの家族は母星から見捨てられてしまったのだろう。 それでも、この星で救助を待ちつつ、尚且つ生計を建てなければならなかった。 当初は、持参していた文物を必需品と交換して食いつないできたが、やがてそれも尽きると自ら働かねばならなかった。
使用人たちが権威のない王族に尽くし続ける訳もなく、 一人また一人と数を減らしていく。それでも、自分達が高貴であるため、王も王妃も働こうとはしなかった。正確には王妃は働きたかったのだが、妃が所帯じみるのを夫であるローレンが嫌ったのである。
ただ例外はこの惑星に来てから生まれたアーニャと、弟のシモンである。二人は近所の農家や牧畜農家を手伝い、家族の食い扶持を稼いでいたのである。働き者の二人は近所の村でも可愛がられていた。
二人の両親はさらに三人の娘を設け、アーニャの家族は大家族になっていた。
この村は政治的にはアマレクの勢力下にはなく、自由な暮らしができた。しかし、流通経路はすべてアマレク人がに押さえられ、作物も家畜もすべて、彼らの言い値で買い叩かれていた。しかも、工業生産は禁じられていたため、農機具や農薬、肥料などは彼らの言い値で買わざるを得ない。平たく言えば、経済的には奴隷と変わらないのである。
つまり地球の帝国主義(植民地ブロック経済)時代における植民地とあまりかわらない。学校は廃止され、病院もなく、近くの町の診療所まで通う一日仕事であった。
アーニャがいつものように羊の群れを水飲み場に連れてくる頃には、すっかり昼になっていた。昼になると、近くの木陰にお気に入りの敷物をしき、そこでランチを取るのが彼女の習慣であった。アーニャが、この日もそうしようと木陰に向かうと、そこには先客の姿があった。
荒野の埃を目一杯吸ったであろうカーキ色のマントに同じ色の大きな鍔の帽子を目深にかぶり気持ち良さそうに昼寝をしている若いテラノイドの男だ。 近くにバイクが停めてあり、アマレク製の水素エンジンバイクのようであった。
いつもは見知らぬ人が来ると警戒して決して寄り付かぬアーニャであったが、ここが自分のテリトリーであることに安心していたのか、そっと近づいてみた。無精髭を生やしていたが、まだ少年のようで、恐らく自分と同年代であろう。 逃亡奴隷であろうか。でも身なりは汚れてはいたが、きちんとしており、悪い人には見えなかった。
男はアーニャの気配に気付いたのか、ゆっくりと目を開けた。
「こんにちは、お嬢さん。何だかいい匂いがしますね。」
アーニャは先日、なけなしの小遣いをはたいて購入したばかりの自分の香水を褒められたと思いドギマギした。しかし、彼の視線の先は自分の持つ弁当箱に注がれていることに気付くと少しがっかりした。
「あの、お腹が空いているんですか?」
アーニャの問いに
「ええ、とても。もちろん、手持ちの食料はありますが、手作りの料理など、私は一度たりとも食べたことが無いのですよ。」
丁寧に答える。彼の雰囲気は穏やかなものであった。
「それで、突然の申し出で失礼だとは思いますが、私の持っているこの食料とお嬢さんのお持ちのものと交換していただけませんか」
男はずた袋から埃っぽい箱を取り出してアーニャの目の前に差し出した。アマレク製の栄養補給食品だ。アーニャも初めて見る"食べ物"に好奇心が押さえられず、自分のランチボックスを男に差し出してしまった。弁当の中身は、彼女にとってはなんの変哲もないベーコンとチーズとレタスのサンドイッチだった。
それでも男はそれを貪るように食べ、こんな美味しいものは食べたことがない。と絶賛し続けた。味に煩く、めったに料理を褒めたりしない家族に比べて、あまりに喜んでくれるこの男の反応にアーニャは嬉しさを感じていた。
一方、アーニャも箱の中身がアルミパックで個包装されていることに一先ず安堵してから固形栄養補給食品を口にした。食べられないことはないが、決して美味しいとは言えない、という感想を述べて良いものかどうか、しばし考えあぐねていた。
すっかり食べ終えると、若い男は
「私は不知火尊と申します。旅の者です。たいへんご馳走になりました。とても美味しかったです。」
「こちらこそ。その……とても『実用的』な食品でしたわ。私はアーニャ・エンデヴェールです。この先の村の娘ですわ。」
お互いに簡潔すぎる 自己紹介を終えると、羊たちがアーニャの周りに集まってきた。めえめえといななき、彼女に水をねだる。
「あらら、ごめんなさいね。すっかり忘れていました。私、この子たちに水をやらねばならないのです。」
そして重そうな金属製の回転巻き上げ式のレバーを使って水溜の岩扉を開き、水をやろうとした。これが彼女の仕事なのだ。尊は驚いた。
「お嬢さん、お待ちなさい。ご馳走のお礼に私が水をやりましょう。」
尊が指を鳴らすと、周りの風がうずまきながら水盤の方に吹き込む。やがて、水盤に水が湧いて来たのである。羊は群がって水を飲み始めた。
「すごい。尊さん、あなたは魔法使いさんだったのですね。」
目を輝かせて言う。幼いころ、ばあやのパウラが寝際に読み聞かせてくれていたおとぎ話を思い出していた。それは、囚われの姫ビアンカを助けに来る魔法使いジントのお話だった。
尊は少し困った顔をして
「ええ、まあ。でもこのことは私とあなただけの秘密ですよ。」
といたずらっ子のようにウインクした。ナノマシンを使って空気中の水分を急激に冷やして、結露させ、それを次々と循環させたにすぎない。アーニャは尊にますます好奇心を隠せなくなっている。
「あのう、もう今晩の宿はお決まりですの?」
やや食い気味に尋ねてくる。その瞳には邪心が一切感じられない純粋なものだった。
「いえ、まあ、こいつ(ズタ袋)の中に寝袋が入ってますから、恐らく今日はここでこのまま野宿かと。」
尊の答えに、
「でしたら、ぜひ今夜は我が家にお泊まりください。粗末ですが、離れがありますの。そして、お風呂と夕飯をご馳走致しますわ。……その、粗末ですけど。」
アーニャの笑顔にはなんだか断ることのできないものを感じた。
「え……と。私、見知らぬ者ですけど?」
尊はどうしたものか考えていた。でも、彼女の答えは尊の予想の斜め上をいっていた。
「え?不知火尊さんでしょ?もう、お知合いですわ。」
(何を迷うておる、あの『エンデヴェール』じゃぞ。チャンスではないか。)
ベリアルがいらっとして尊にけしかける。
(考えてみよ。本拠地と船が手に入る千載一遇のチャンスじゃ、逃せば人類の損失じゃ)
夕方、二人は馬とバイクを使ってで羊を柵まで戻すと、彼女は日銭を受け取り、村のはずれにある自宅まで尊を案内した。尊は、その道の途中、村の人びとの生活の簡素さに驚きながらも、本来の人類のあるべき生活がここにあると感心していた。
「着きましたわ。」
案内されたのは村の小さな学校の跡地であった。もとは遭難したところを村人に救助され、家臣団と共に宿として提供されたのが、アマレク政府によって廃止され、空き施設になっていた学校の跡地だったのである。
ただ、家臣はほとんどいなくなり、共に暮らしているのは船の見張り役であるペイジとオズワルドの家族、そしてお守り役のパウラだけであった。
校庭部分はまだ、村祭りなどの村の催し物のために開放されているのだ。
(尊、まさにおあつらえむきじゃの。見せてもらおうか?不知火尊の誠意とやらを)
おい、ベリアル、その口調どこかで……まあいいや。
アーニャ初登場! ここからまさかのホームドラマに突入です!
明日もまた見てくれるかな?




