第16話 アンタッチャブルの手触りはアルパカなのかピクーニャなのか教えて欲しい件
「好い面構えだ。」
アモンは俺の表情をみて褒めた。「遥かなる高み」からである。俺は無心を貫く。そう俺が狙うのはターゲットだ。護衛じゃない。
アモンは銃を抜かずに、警棒を構える。手加減のつもりなのか、それとも銃を使えない俺に銃を封印して勝って、完全勝利を望んでのことか。おそらくその両者だろう。
俺がアモンに向かって突進すると彼は警棒を振り上げた。俺はアモンののど元に向けてナイフを突き出す。アモンはそれを右にかわすと、俺の手首に警棒を振り下ろした。
俺はよけられた時点で、態勢を落とし、アモンの軸足にローキックを飛ばしていた。足には仕込みナイフ(もちろんダミー)がある。アモンはそれをかわすと宙返りして着地した。俺ももとの態勢に戻す。アモンは決して背中をクライアントから外さないのだ。俺の狙いはアモンを倒すことではなく突破することである。それはお互いがよくわかっている。
お互いに間合いを測った後、今度はアモンがキックで俺を攻める。彼の長い脚を駆使した蹴りは鋭く、重い。俺はグローブでキックを受け流すと、ナイフを繰り出す。ただ、それはフェイントでアモンの足を取りにいったのだ。
アモンはそれを嫌いいったん逆立ちの状態からけりを入れてくる。
「カポエイラまで知ってんのかよ。」
テラノイドの、しかもマイナーな格闘技にまで知識があるとは。俺が感心させられてどうするんだ。俺はあきれながらもグローブでその足を払った。アモンは
華麗にそれをよけると再び着地する。ターゲットは再び彼の背中の後ろに収まった。
「銃は使わないのですか?」
俺は手加減の理由を尋ねる。
「それは君次第だ。私に銃をぬかせてみたまえ。」
俺はその後も考えつくあらゆる組み立てでアモンを攻める。俺にしては最高のパフォーマンスだったが、王者には物足りなかったようだ。
息が上がる俺に対して、アモンのステップは軽快そのものだった。
「まるで闘牛士と牛の戦いだね。」
ラザロがつぶやいた。悪かったなモー。トレーニングを強制されてた時よりましな動きでしょうよ。
やがてブザーが鳴る。タイムオーバーで俺の負けだ。
どっと汗が噴き出す。半分は冷や汗だ。俺が椅子に座りこむと、エリカが水の入ったボトルをくれた。
「あれがアンタッチャブルか。看板に偽りなしだな。後半どう守る?」
ジョシュアもいつものおちゃらけがない。観客も静まりかえっていた。
「さあ? 当たって砕けろ、じゃないのか」
俺は立ち上がった。俺たちの誇り、手に傘を持って。
後半は、俺が護衛でアモンが刺客だ。貴公子然とした彼の佇まいを見ると、どちらが刺客かわからないだろうな、そう思った。
アモンは右手にナイフ、左手に警棒を持つ。俺はあえて傘は開かない。彼が銃を握るまでそれは必要ないからだ。俺は傘の長さを利用してアモンをけん制する。俺の傘は強化硬性カーボンでできた柄がついており、軽く丈夫でしなやかだ。剣道の竹刀のようなものだ。
普通なら銃を抜かなければ勝てないだろう。しかし、アモンは1分もたたないうちに俺の剣(傘)筋を見切ると、ナイフを収め警棒だけに切り替える。そして俺の懐にすっと入り込むと、俺が降りおろす傘をグローブで受け流し、警棒で俺の腕の付け根を痛打する。俺はたまらず傘を落とした。
「終わったか。」
そう思ったとき、会場のマリアンの顔がはっきりと見えた。声は遠くて聞こえないが、その口はこう叫んでいた。
「お兄ちゃん、頑張って。」
俺にスイッチが入った。そんな感覚だ。すべての音、いや、俺の心音以外が消えたような感覚。仮想空間ではなく、現実で『臆病風』が発動したのは初めての経験だった。ただ、このたびに関しては「臆病風」と呼ばれても仕方ない状況ではある。
アモンはナイフで俺にとどめを刺しに来た。そのすべてがスローモーションで見える。俺はグローブでナイフをいなすとがら空きになったアモンのあごにアッパーを叩き込んだ。
ただし、アモンもそれをかろうじてよけようとしたのが災いした。あご先をかすめてしまい、それが脳を揺らしたのか、軽い脳震盪を起こしてしりもちをついた。
観衆がどよめく。対戦相手に見下ろされるアモンを見たのは初めてだからだ。しかし、俺はあえてそこに追い込みをかけず、落とした傘を拾った。アモンに突かれた腕の付け根の痛みはひいていた。
「ジ・アンタッチャブル」に初めて人の手が触れた瞬間だった。アモンの顔がみるみる上気する。
「これだよ。少年。」
あまり年齢変わらないじゃん。
ここからアモンの怒涛の攻撃が始まる。キック、パンチ、ナイフ、警棒。そのすべてが空を切り、傘でいなされる。俺には彼のすべての動きがスローモーションにしか見えない。俺は攻撃の止まった時点でアモンの軸足に傘を突き立てた。むろんキャップがついているため痛くはない。精神を除いて。
俺は、再びアモンと間合いを取って傘を再び正眼に構える。今度はアモンが肩で息をしている。アモンは傘をかいくぐって俺の懐に飛び込もうとするが俺はそれを許さない。ナイフを傘ではたき落とし、逆にその腕をとらえてアモンを一回転させる。俺は再びしりもちをついたアモンに傘の先をに突きつけた。
しかし、ここで試合は俺の負けに終わった。
アモンが銃を抜いたのである。銃口は俺のクライアントをとらえていた。
俺は両手を挙げて降参の意を示す。ブザーが鳴りゲームは終了した。
「完敗です。」
俺はアモンに手を差し出し、彼が起きるのを助けた。やはりあのあごへの一発が効いて、動きに精彩を欠いたのであろう。ただ、俺は「完敗」という言葉とは裏腹にきわめて満足感があった。
「ゴメン、敗けちゃった。」
「ああ、拳銃にな。」
敗けても勝ったがごとくにはしゃぐ俺たちとは対照的にアモンはうなだれていた。無論、勝ちにこだわらねばならない彼にとって、あの時に銃を抜いたのは間違いではなかった。しかし、彼の美学は彼を許すことはなかった。彼は試合には勝ったが、己には負けたのである。
表彰式が行われれる。表彰台に立ち、準優勝のトロフィーとメダルを嬉しそうに、そして誇らしげに掲げたのは俺たちではなかった。そこに招かれたのはアマレク人の調教師であり、教頭であった。奴隷に栄誉を受ける権利などないからだ。
「あんなに嬉しそうに手なんか振っちゃって。戦ったのは自分たちじゃないのにね。恥ずかしくないのかしら。」
エリカの声はみんなの声を代弁していた。
「シチューを作ったのはシェフであって、包丁や鍋ではない、ってことさ。」
ラザロの解説に、エリカは目を丸くした。
「ラザロ、それ腹が立つほど説得力があるわね。」
そう、俺たちはほかの何者でもない。ただの奴隷なのだ。ただその事実だけが身に染みた「競技会」となった。
いかがでしたか?これにて「競技会編」終了です。明日からは新章「覚醒編」スタートしますよ。明かされるゼロスの出生の秘密とは……。第17話 「休日に実家に帰るってなんか億劫だよな、と考えることがバチ当りな件」。また明日正午にここでお会いしましょう。風庭悠でした。




