第1話 今朝の義妹が超絶にご機嫌斜めであらせられる件
朝6:00。目覚まし時計のベルがけたたましく鳴り響く。しかし、電子音なのにいまだにベルというのはどうかとも思う。今日は特に夢見が悪かった。俺が妹の前で刺されて死ぬ、という何とも後味の悪いものだ。
さて、普通の主人公であればここで二度寝を決め込んで、かわいらしい妹やら、かいがいいしい幼馴染などが優しく(もしくは激しく♡)起こしてくれるのを待つことだろう。でも残念なことに俺にそうする選択肢はない。なぜなら、俺は「奴隷」だからである。詩的な意味で何かの虜になった、という意味ではない。文字通りの奴隷労働者なのである。無論、読者であるサラリーマン諸兄、ならびに学生諸君も広義的には奴隷といえる。しかし、俺たち奴隷とは決定的な差が存在する。それは自分で何一つ選択することができないのである。
だから俺は主人によって決められた通りに、起き、働き、食べ、そして眠りにつく。これまでこうして生きてきたし、これからも変わらないだろう。とはいえ、俺はこの境遇に取り立てて不満はない。何しろ、俺の場合は質素ながらも個室があてがわれ、勉学の機会も与えられている。そう、学校にも通っているのだ。他の奴隷に比べ、なんと恵まれていることか。
俺は作業着に着替えると、俺の割り当てである庭の手入れを行う。水をやったり、剪定したり、草を引いたりする。そろそろ落ち葉の季節になるので、もう少し早く起床することが求められるだろう。
鉄製のフェンス越しに道行く人々と交流することもある。そう、奴隷だからと言って身に覚えのない虐待を受けているわけではないのだ。まあ、失敗すればその程度に応じて叱られることもあるし、罰も甘んじて受けるだろう。だが、この程度は普通の企業であれ家庭であれ、あるいは学校であっても不思議なことではないはずだ。 すべての違いは選択する権利が自分にあるかどうかだ。
「おはようございます。」
俺は簡単にシャワーを浴び、制服に着替えて身なりを整えると、家令(その家の奴隷頭)のストーさんから朝食と昼食を受け取った。どちらもブロックタイプの栄養補給食だ。合わせて2,000㌔カロリー分である。朝食を済ますと、家の主人である養父母にあいさつに向かう。
ゼロス・マクベイン。これが現在の俺の名前である。 今から400年前地球人種(Terranoid/テラノイド)は惑星スフィアにおいて近隣の4つの可住惑星に植民地を持つアマレク星人(単にアマレク人と呼ぶ)の保護劣等種として保護教導下におかれた。平たく言えば奴隷にされたのである。
俺はマクベイン家の「奴隷養子」にされたのである。もとの名は不知火尊、テラノイドの奴隷の子だった。奴隷養子とは、今から100年前ほど昔に制定されたものだ。これは奴隷民族であるテラノイドの中でも優秀な子供たちをアマレク人の家庭に養子として迎え、自分たちにとって忠実な僕となるよう教育することにあった。大人になれば主人の意思によって、その主人のギルド(企業)や家で執事や召使として働いたり、あるいはGOSEN(ゴシェン、Goverment Organization of Sphere's Employee Networks[スフィア労働者ネットワーク統治機構]の略、「統治会」と呼ぶこともある)に呼ばれることもある。GOSENはいわゆる「御用労働組合」である。すべての労務者(奴隷)の管理を行う自称自主組織ではあるが、その実態はアマレク人が間接支配を行うための組織であった。奴隷たちを締め上げる手先として間接統治をおこなわせている。
ようは、奴隷たちの不満や妬みや憎しみをアマレク人からそらすための道具である。
「旦那様、おはようございます。」
俺のあいさつに養父のリーバイは読んでいた電子ニュースから目を上げる。
「おはよう、ゼロス。」
養父は寡黙な人で家庭でしゃべったり、声をあげて笑ったりしているところを俺は見たことがない。弁護士の資格を持ってはいるが、現在の大統領の分家筋にあたり、今は法制局というところに勤務している。マクベイン家は中上流家庭なのだ。 養母に言わせると、実家の家業を継ぐのが嫌で法律家になったものの、あまりしゃべるのも好きではないので今の勤務先とあいなったそうである。義父と大学の同窓生であった養母は、黙っていれば賢く見える人なのよ、と笑っていた。
だから、という訳ではないが、養母のフローラは養父の分までお喋りであり、下手に質問などしようものなら延々と語り続けるので注意を要する。夫妻には二男一女の子供がおり、フローラは息子たちにはとことん甘く、娘には口うるさい普通の母親である。
俺はよく、養母のティータイムの給仕をしながら聞き役をさせられている。かつては息子たちがその役回りを担っていたそうだ。時々帰郷の際に実家に顔を出されるが温厚で、「よく出来た息子たち」という周囲の評判通りのひとたちである。反対に、現在思春期真っ盛りの娘とはよく衝突する。現在、息子は二人とも社会人で、独立して生計を立てており、娘のマリアンだけが両親と同居している。そのせいかもしれない。
「ゼロス、あなた護衛体技の学校代表になったんですってね。」
奥様(養母)の話が始まる。長くなると困るのでどこで打ち切ろうかとタイミングをうかがっていると、俺にとっては義妹にあたるマリアンが自室からリビングに降りてきた。低血圧を絵に描いたような見事な不機嫌さである。
「お嬢様、おはようございます。」
俺の挨拶を耳にすると、まるで汚物から目をそらすように顔を背けると、足音を立ててドレスルームへと向かっていった。昔は義兄さん、義兄さんと懐いてくれていたのだが、思春期真っ只中な今はこのありさまである。養父母もはじめはたしなめていたが、いつの間にか慣れてしまったようで、今はもう何も言わない。俺は俺で全く気に留めない……ようにしている。
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