桜の木下君と
一話 桜並木の下君と
四月十日
僕らは高校三年となり受験を控え、名門進学校であるここでは先生達の気合も高まり熱いクソ話を毎日聞かされる。「(某有名大学)に行くにはどうすればいいか、自分の弱点を見つけ…」僕はこんな時いつも外を見る。僕の校舎には桜並木があり、教室の窓から見える景色はたいそう美しいものだ。今日も同じように朝のホームルームが終わるまで桜を見続けるはずだった。
「…今日から転校生がくることになった。それでは中へ。」
こんな時期に転校生がくるなんて、絶世の美女でもくるのか、いやそんなわけないと自問自答した。どうせ眼鏡をかけたガリ勉かかけてないガリ勉かどっかのお偉いさんの息子だろう、しかし、前者が正解だったのだ。扉が開き教室には一瞬の沈黙とざわめきがおこった。
「きれい…。」口々が揃って言った。先ほどまで外の桜に向けていた僕の意識も、彼女に奪われた。
「では、自己紹介を。」
「…皇桜です。父の転勤でこちらに転校することになりました。よろしくお願いします。」
彼女は最後に優しく微笑んだ。まるで女神のように、僕らの心をいとも簡単に射抜いてしまった。
「では、そうだな…席は犬上君の隣が空いてるみたいだな。あそこでいいか?」
「はい。」
なんと幸運なのだろう僕の隣にあの麗しい女神がくるなんて
「犬上の隣かよ…いいなぁ。」
みんなの羨ましがる声が聞こえた。
「よろしくね、犬上くん。」
「よ、よろしく、皇さん。」
あの女神の笑顔を僕だけに向けてくれた。それだけで僕はなんとなく彼女を手にした気分になった。
その日は一日中彼女の虜だった。来る先生来る先生彼女を見てはその美貌に目を奪われたようだった。休み時間には彼女を一目見にたくさんの生徒がこっちのクラスに来た。彼女の周りには男女問わず人が集まり彼女を質問攻めしていた。僕はそれをそれとなく隣で聞き流し本を読んでいた。
帰りのホームルームを終え帰ろうとすると相変わらずたくさんの人が彼女の周りに集まり「わたしと一緒に帰ろう」、だの「僕と一緒に帰ろう」だのと言っている。すると彼女は「わたし犬上くんと帰るね」といきなり僕を指名したのだった。あたりに静寂がはしった。とうの本人である僕でさえ予測していなかった発言だった。「ほぇ?」思わず変な返事をしてしまった。その後すぐに静寂は驚嘆へと変わり「どういうことか説明しろ」とみんなからなぜか僕が責められた。僕だって理解不能だ。喋ったのは最初の挨拶ただ一回なのにそれでどうなるという話だ。
彼女は僕の手を強引に掴み僕を外へ連れ出した。「おい、ちょっと待てよ。」とみんなが言って追ってくるのが分かった。
桜並木の下を僕と皇さんは走った。そして桜並木の七割を過ぎたあたりで振り返る。
「どうして私があなたと一緒に帰ろうと思ったかわかる?」
「すみません、皆目見当もつきません。」
「あなたが私と同じ匂いがしたから。」
「同じ匂い…?」
「そう…人を支配し殺める。」
桜の木が風に揺れ舞い散る花びらが彼女と僕に降り注いだ。
そうか、彼女は…
「ねぇ、あなた私の犬にならない?私があなたを望む世界に導いてあげる。」
犬?僕にはあまりに想像できない話ではあった、が、
「君は僕を導いてくれるかい?」
僕の心は驚愕と興奮とほんのちょっとの快楽で頓挫しながらも僕の口はもう呟いていた。
「えぇ。まずはあのクラスから、そして学校を玩具にするわよ。」
彼女はまたあの笑顔を浮かべた。桜は彼女を優しく残酷に彩った。
こうして僕らの危険な主従関係が始まった。




