カオスって知ってるかい?
吾輩は転生者である。
名前は、まあ、いいだろう。
そこは問題ではない。
ところで突然だが、皆さんはバタフライ効果というのを知っているだろうか?
どこぞでの一羽の蝶の羽ばたきが、未来の天候を大幅に変えてしまうこともありうるという、カオス理論における有名な格言? である。
ようするに、だ。カオス力学系に従う天気やらなにやらというやつは、ほんのちょっとした違いが、未来では信じられないほど大きな違いを生み出すということなのだ。
それを踏まえて、考えてみてほしい。
転生者のいなかった時の物語は、転生者という異物を含んでどこまで元と同じように流れるか、ということを。
☆☆☆
僕が紆余曲折あって二度目の生を受けたのは今からおよそ10年前。前世の記憶が残っていた僕はまあいろいろあってマジカルな魔法少女の世界に転生したことを悟った。
前世では大好きだった深夜枠の魔法少女アニメの代表作の世界だったから、それはそれは喜んだものだ。
僕にはお約束のごとく魔法の才能があって、元の作品の主人公達に悟られないようにひっそりと魔法の修業をしたものだ。
なんでひっそりとだったかって? 理由は簡単。僕はなるべく元の作品通りに事を運びたかったのだ。
元の作品では、おそらくそろそろ、とんでもない事件が起こっていたはずだ。
その事件ではそれはそれは危ういバランスで、主人公の魔法少女が一人の少女の命と、世界の危機を救う。少なからぬ犠牲はあったものの、事件の規模を考えれば、奇跡的なまでのハッピーエンドといえる。そんな作品だった。
僕が干渉して、よりよいエンドに持っていけるかといわれると、正直微妙。元のストーリーでは、最後はとある少女の感情と精神力にすべてがかかっていた。ある程度の筋書きを知っていたところで、人の心をうまく誘導できる自信なんて当然持てなかった。
だから、その事件が無事に終わるまでは、僕はなるべく元のストーリーに影響を与えるまいと、主人公達に一切かかわらないようにしていた。
実際、多分事件が発生しているころだろうが、僕は事件の発生に気が付くことすらなく、平和な日常に生きている。主人公たる彼女は別のクラスで、しかし最近やや疲れ気味だという噂を聞いたから、多分事件は起こっているし、元の筋道にも沿っているように思える。
事件のクライマックスは今年のクリスマスイヴ。確かその夜が決戦だったはずだ。
さすがに気になって、僕は十分慎重に、こっそりと事件の様子を除くことにした。
――――雪が、降っていた。
画面で見たときには覚えのないほどの強さの雪に一抹の不安を抱えたものの、それよりも今は目の前の事件、と思い、それほど気にはしなかった。
しかし、いざ、戦いが始まって、気が付いた。
たかが天気。そう、ぼくはなめていた。
天候が違えば、様々な条件が違ってくる。
戦いは、元の作品とは全く異なる流れになっていた。
雪で足を滑らす主人公。
そのたった一度、元の作品にはなかったミスが、戦いの流れを大きく変えた。
僕は主人公サイドにもう一枚打てる切り札があることを知っている。しかし、それは最後、相手が力を出した直後、そのタイミングでなければならないことも……!
結局、僕は関わり合わなければならなかったのだろう。
よく見れば、今までの経緯も、少しずつ、僕が知っている流れと異なっていた。
天候の違いで主要人物が体調を崩すタイミングも、発生するはずだった重要な会話の内容も、ちょっとずつ、しかし確実に変わっていた。
それは僕が駅前を歩いたためかもしれないし、夜風にあたっていたためかもしれない。
天候の変化は同じくカオスといってもいいだろう人の心に影響を与え、体調に影響を与え、結果として物語は全く別の様相を見せる。
そもそも僕が関わり合いを完全に断つことなど不可能だったのだ。
これは僕がテレビで見ていた作品ではない。
似たような事件が起きて、似たような人物がいるだけの、全く違う物語だったのだ。
ネタが尽きたのでこれで終了です。