第九話 湯煙りドリーマー
翌朝。
ユーリは早速、マリィに女神さま印の下着を差し出し、
「はい、じゃあまずは下からね。足上げてー」
「もー、そのくらい自分で履けるってばー」
「いいからいいから、はい。う…っ、鼻血が…っ」
「ユーリちゃん? なんか息荒くない? 平気?」
「だ、大丈夫大丈…おぅ…なんていいお尻…」
「アハッ、くすぐったいよ! もう!」
「──ハッ!? ご、御免ね。じゃあ、次は上を着けるから、ちょっと失礼して──ハラショー」
「はら? 違うよ?」
「いえ、こっちの話で──おー…これは…大きい…」
「うん、なんかね…ちょっと邪魔だよねー?」
「邪魔だなんてとんでもない! 素敵! ハラショー!」
「そっかな? えへへ」
「そうだよ。…名残惜しいけど仕方ない。確か…ここをこうして…おお、なんたる好感触──」
ドサクサ紛れの役得を堪能しつつ、装着させた。
おー、とか言いながらぐいぐいと身体を動かして、使用感を確かめるマリィ。
全く気にならないほど自然な肌触り、締め付けられているような苦しさも一切無く、そして何より胸が無駄に揺れない。
その機能、がっちり締め付ける訳でもカップが硬い訳でもないのに揺らさない不思議性能は、下着姿も良いものであるなぁと観察していたユーリを愕然とさせた。
「ば、バカな…あの大きさで揺れない…だと…?」
「お? おー? おー! これいいね! 動きやすいね! もっと凹んでくれたらもっといいんだけど、でも、ずっと動きやすくなったよ!」
「そ、それは…よかった、です、揺れないけど、よかった、うん、揺れないけど」
「うん? そうだね! 揺れないね! だから痛くないし、ありがとうユーリちゃん!」
マリィの笑顔を引き換えに、なにか大切なものを失った気がする。ときめきとか。
「じゃあ、次はユーリちゃんの番ね?」
「えっ、なにが」
「そっち、色違いのはユーリちゃんのでしょ? だから、今度はあたしがやったげるね!」
「えっ、いえおかまいなく?」
「だめ~、ユーリちゃん楽しそうだったし、あたしもやるの~」
「こ、心の準備がまだというか、アレは流石にちょっと魂が削れそうっていうかっ」
「逃がさないもーん。はーい、いい子だからあんよあげてー?」
「あんよ!? 赤ちゃん扱いはちょっと、うひっ!? 待て、や、やめろー!!」
マリィの笑顔を引き換えに、なにか大切なものを失った気がする。
あと、なんか変な世界への扉が開きかけた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
風呂に入りたい。
生活魔法? 生活魔術? どっちでもいいか。とにかく、そういう生活密着型ファンタジー要素で、情緒もへったくれもなく身体を清潔に保てるのは楽でいい。素晴らしい魔法だと思う。いや、魔術だっけ? どっちでもいいか。
《どっちでもいいですよ、大した違いじゃないですから。女神さま視点からすれば、人間の考えた区分とか臍が茶を沸かしちゃいますしね》
天上から見下す女神さまの注釈が入るが、それはさて置き、その生活魔術で身綺麗に保たれたとしても、湯の中に肩まで浸かるというあの心地よさ、アレは得難いものだ。
疲れて帰ってきたマリィには、ぜひとも浸かって身体を癒して欲しい。他意は無い。そしたら合法的に混浴だなひゃっほいとか思っていない。
《思ってるじゃないですか。勿論賛成です、さぁ掘りましょうか温泉を!》
「…あ、うん、女神さまのテンションで正気に返れました。さすが女神っスね」
《なんですかもう、いいじゃないですか掘りましょうよ温泉》
「おお、我が女神さまは生身だけで温泉を掘れとおっしゃる…思わず改宗してしまいそうです」
《ヤメテ! だ、だから! 魔法使えばいいじゃないですか!》
「使えなかったじゃないですか。トイレのあと始末すらマリィちゃん任せな今日この頃ですよ? お? 魔力ってのを寄越すか? お?」
《その身体に溢れかえってる女神さまパワーを、試しに使ってみようって話したでしょう?》
「おお、そういえばそんな話がありました。じゃあ、やってみますか、暇だし」
《ただのヒモですもんね、今》
「しゃらっぷ! そのような事実はありません!」
女神の──神の力か。つまりあれか、神通力か。世代的に言うと小天狗主人公が使ったりするアレか。頭のトキンがぴこぴこか。
いや、魔法を使うにあたっては想像力が重要だと、以前言われたような…。
それなら──温泉──神通力──ああ、そう言えば高校時代の日本史教師がそんな話をしてたな。弘法大師、空海だっけ? 開湯伝説ってやつ。
空海といえば真言、真言か…昔、密教の坊主が魔物相手に大暴れする映画が流行ったなぁ。
九字の印を覚えた事があった。おお、我が青春の中二病。
《真言ですか──へえ、あちらではこんな宗教なんですね》
記憶を索引代わりにあちらの世界から知識を引っ張りだしたのか、詳しく知らないはずのアレコレが頭に流れ込んでくる。
「う…なんか気持ち悪いですね、これ」
《そのうち慣れるんじゃないですか? それより、どうです? そろそろ温泉掘れちゃいます?》
「掘るというか、魔法でしょう? いいお湯が出ればいいんですよ、そういう想像力! イメージ!」
《マリィちゃんの入浴シーンをイメージ!》
「さらっと煩悩混ぜんな! 想像しちゃったじゃないですか!」
やいのやいのと応酬しつつ、適当な木の棒を杖のように持ち、小屋の周りで良さそうな場所を探す。
「あれ? 湯船くらいの穴を掘らなくちゃ駄目なんじゃないですかねコレ」
《それも魔法でぱっとやっちゃえばいいんですよ! 君ならやれる、そういうイメージ!》
「イメージ!」
一人と一柱が妙なテンションで選んだ場所は、小屋の裏側を少し離れた場所。
ここらでいいかなと地面を杖でつっつき、深呼吸すると、ユーリは女神さまに流し込まれた知識を漁ってそれらしいものを引っ張り出す。
「いきますよ」
《おー》
「──おん ころころ せんだり まとうぎ そわか──」
女神の力で異世界の神仏に祈るというのはどうなんだろうという疑問は忘れ、温泉に関わりの深い如来の真言に想像力を補強して貰い、身体の中に渦巻く女神の力を掬い上げる。この世界で真言が意味を持つとは全く考えてない、そういうイメージ。そうだ、空想妄想の類なら任せろ。
《あら凄い》
くるくると玉になって回る女神の力を、手にした杖を通して地面に撃ち込むのを想像する。
そうして、とん、と地面をついた。
するとそこを起点に光が地面を駆け廻り、あっと声を上げる暇も無く、瞬く間に曼荼羅っぽい魔法陣を描き上げ、ぼこん、と窪んだ。
悲鳴を上げて転げ落ちるユーリ。
《ぷっ! へげっだって! マジウケちゃうんですけど! ぷっ、カッコ悪いですね!》
「いたたた…なんだよもう」
尻をさするユーリの前で、曼荼羅っぽいけどなんか違う魔法陣は窪みの中心へ向けて収縮を始め、どきどきしながら見守る女神さまの期待に応えるように一際強い輝きを放ち始め、
「あ、なんかやばい?」
《時すでに手遅れみたいですけど》
どばっと湯を噴出させた。
「お~…って、あちっ! あっちー! 熱い!温度高い!」
《熱い温泉に浸かりたいとか想像しました?》
「した! あちっ! したけど!」
《熱湯じゃなくてよかったですね。ていうか、本当に使えちゃうとは思いませんでした》
「えっ、なにそれ」
《さすが中二病患者、常人には出来ない事をやってのけますね…何も起きなくて恥ずかしいだけ、みたいな展開を想像してたんですけど。大笑いしてあげようと思ってたんですけど》
「あぶねぇ…いや、女神さま? それはちょっと性格悪いですよ?」
《可愛いヒロインのルートになかなか入れなくて、ちょっと八つ当たりを》
「今はギャルゲーか! ギャルゲーやってんのか!」
《紳士淑女の社交を少々。まぁ、今夜はマリィちゃんの入浴シーンの方でどきどきします》
「……それは確かに。あ、やべ、すでにどきどきする」
《あ、心臓ちょっと借りてますよ。どきどき》
「やめてよ!」
そして、その日は森から果物を持ち帰ったマリィを待っていたのは、湯気の立つ大きな水溜りの傍で、真っ赤になってひっくり返っていた素っ裸のユーリ。
どきどきを鎮めるために温泉に入って落ち着こう、などと錯乱した結果であった。
ベムベムハンター世代