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第八話 おパンツと香辛料

 全く知らない土地で暮らしていくとなれば、あれもこれもと違うもの、足りないもの、欲しいものが浮かび上がってくる。

 なにもトイレに限った事ではない、水洗トイレや清潔な便座が恋しくなるだけでは済まないのである。柔らかいトイレットペーパーの使用に関しては、金髪美少女による生活密着型な感じの魔術だか魔法だかによって、いくらか不本意な点はありつつも妥協できたが。

 さておき、比較的早い段階で何とかしなければ、とユーリの小さな拳を固く握らせた問題は二つ。

 下着と食事だ。



 下着。つまり、ブラとショーツ。

 ユーリ自身は、自分が履くならトランクスでもブリーフでもいいのだが、むしろその方が心落ち着くのだが、自分の身体についてのあれこれはひとまず棚上げしたばかりであるので、そっちはまぁいい。

 身体に巻き付けていたトーガもどきを利用して、とりあえず布一枚下はすっぽんぽんな状態を改善しようと試みたが、どうやってもオムツのような、他人事なら笑いを誘うだろうファッションにしか辿りつけなかった事とかは、ひとまず忘れよう。

 問題はマリィの方だ。

 彼女の体型については既に言及したが、ぼいんぼいんである。動くとばるんばるん揺れるのである。実にけしからんので、ユーリは仕方なく監視の目を光らせなければならない。

 あれは野放しにしてはならんものだ、と思う。

 マリィにしてみれば同性であり、更にはトイレの一件以来、自分より小柄なユーリは庇護の対象としての「ユーリちゃん」なので、特に恥じらう事も無く警戒も無く、目の前で脱いだりするから気が抜けない。目が離せない。けしからん。

 そのけしからん部位、そしておへそよりも下の方にもだが、彼女は基本的に下着というものを付けていない。

 素肌の上に直接、森に入って狩りをする為の丈夫な革の上下を身に付け、激しく動く事で擦れたり引っ掻けたりしないようにあちこちを革のベルトで縛って固定するのが、彼女の仕事着だ。正直、ちょっとえっちぃと思う。

 そのベルトを外して、一旦上着を脱いで胸に巻き付けると普段着になる。

 で、寝るときは脱ぐ。

 すばらしい。

 いや、けしからん。

 ユーリの身体に愚息が不在でよかったと言わざるを得ない。もし今だ健在だったら、温厚な息子も一躍暴れん坊にクラスチェンジを余儀なくされていただろう。

 話が逸れた。

 ともかく、下着くらいは身に付けて欲しい。その方がより一層盛り上がるとかそういう事ではなく、単純に痛そうなのだ。

 成長期に入ってから急速に大きくなったらしく、マリィ自身も持て余し気味だと言う。


「なんかどんどん大きくなってね、弓引く時に凄い邪魔になっちゃった…もっときつく縛らないと駄目かも。ユーリちゃん、手伝ってくれる?」

「持てる者の悩みというか、他所ではそういう事あんまり言っちゃ駄目だからね? …きつく縛るのは気が進まないなぁ…」

「でも、緩めてると弓に当たるし、激しく動いたら勢いで引っ張られて痛いし…」

「うーん…なんとかしてあげたいなぁ…」


 困った時の神頼みといきたいが、会えるのは夢の中だけだ。向こうで下着を出してもらって、夢の中から持ち帰るというのは無理があるだろう。あっちじゃ最新型ゲーム機でひと狩り行ったりしてるとはいえ、それは夢の中だからで──


《…おっさん…聞こえますか……今…貴方の…心に…直接話しかけています…》

「はぇっ!?」

「ユーリちゃん? どうかしたの?」

「え、あ、うん、なんでもないよ?」

「そう? ならいいけど…じゃあ、行ってくるね。いい子でお留守番しててね? 遠く行っちゃ駄目だからね?」

「うん、いってらっしゃい。気を付けて」

《…新婚夫婦ごっこをしてる…場合ではありません…いいですか…女神さまをちゃんと構うのです…でも…いってらっしゃいのちゅーくらいなら待っててあげます…》


 なんてウザい神の声なんだ。


「こんな事も出来たのかよ──ちょっと! マリィちゃんが傍にいるときは止めてもらえませんかね!?」

《むしろ、そのマリィちゃんが居る時にこそ混ざりたい、そんな女神心を分かってください》

「じゃあもういっそのこと、マリィちゃんにも声をかければいいじゃないですか…」

《だって…そんなの恥ずかしいし…》

「人見知りか! このぼっち! ぼっち女神!」

《あれあれそんな事言っていいんですか? 下着とか出してあげませんよ? いいんですか?》

「え、出せるんですか? そっちでゲーム出したみたいに? マジで?」

《ちょーマジです。女神さまは凄いのです。女神さま印の下着なら巨乳問題もスパッと解決です》

「……なんでそんな、自分には必要無さそうなものを」

《神罰で前歯へし折られたいんですか?》

「滅相も御座いません! ありがとうございます女神さま!」

《よろしい。下着のサイズは、夜中にこっそりその身体を動かして触って──おほん、女神さまアイで計測しておきましたので完璧でしょう》

「なにやってんだあんた! ちくしょう起こせよ! 共同作業でいいじゃないか!」

《自分はどさくさに紛れてちょくちょく触っておきながら、どの口がそんな》

「アレハ不可抗力デスヨ?」

《まぁ、五感は共有できますから、私としては構いませんけど。私もマリィちゃん触りたいです》

「あんたそれでいいのか」

《いいのです。マリィちゃん可愛い。じゃあ、下着二人分出しますから、そっちもちゃんとパンツはいてくださいね》

「……トランクスですか?」

《ボーダー柄のシンプルで可愛いのです。ユーリ用にはスポーツブラ出しときますね》

「……おう」

《肌触り抜群、軽く水洗いするだけで清潔かつ爽やかな香り、女神さま印のちょー高機能下着ですから感謝しまくってください。ほらほら思う存分我を崇めよ~》


 ぺかーっと光って、頭上に落ちてくる下着二人分。


《それじゃ、私にはロボットに乗って戦場を駆ける仕事が待ってますので》

「そのゲームが何かも気になりますけど、それよりもうひとつだけお願いがあります」

《なんですか? 傭兵は暇じゃないんですよ?》

「いや女神だろアンタ…じゃなくて、調味料下さい! いろいろ! 塩コショウとか醤油とか! 食生活が灰色です! お肉焼いただけとか、マリィちゃんの笑顔があっても厳しいですよ!」

《はぁ、そういうものですか…? まぁいいですよ》


 どさっと落ちてきた鞄、その中に入っていたのは──


「キッ○ーマン!」

《その他いろいろ、その鞄に入れておけば劣化しませんから。もういいですか?いいですよね?巨大企業の陰謀に立ち向かう凄腕の傭兵に戻れますね?》

「ええどうぞどうぞ、二脚でも四脚でもホバーでも好きなのに乗ってください」


 こうして、凄腕の傭兵女神さまの活躍により、切実な下着問題は解決され、ついでにユーリの食生活は救われたのであった。めでたしめでたし。

 そしてその夜、塩コショウをしっかり振った肉の味にマリィは吃驚仰天。


「すごい! ユーリちゃんこれすごいね! どうやったの!?」

「調味料をいろいろ貰ってきたんだよ。うん、美味しいねぇ」

「ちょーみりょー! そういうのがあるんだ! すごいね! 美味しいね!」


 もっぎゅもっぎゅと口いっぱいに頬張って笑うマリィに癒されつつ、鍋とかフライパンも貰っておけばよかったなぁと、小声で女神さまを呼び出してみると、


《──はい、ちょー有能で若く可愛い女神さまです。ただいま戦場を駆けております。御用のあるおっさんはぴーっという発信音の後で三回廻ってワンと鳴いてください》

「留守電かよ!」

《ぴー》

「それも自分で言うのかよ! いいよもう!」


 なお、下着の提供はまた今度にした模様。

 今夜だけ、今夜で見納めだから、今夜までだから、これで最後だから!


パンツと調味料は人類の英知の結晶

たぶん

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