第六話 諦めるたびに大人になるのだ
泉の傍に座りこんでいるほっそりした女の子を見て、狩人のマリィは背負っていた今日の獲物を思わず落っことした。そのくらいびっくりした。
森で納戸か出会った事のある妖精よりも可愛らしく、父親から聞いた物語に出てくる天使みたいに綺麗だと思ったからだ。
淡い紫の髪は天使の輪を輝かせていたし、身に巻き付けているとても手触りの良さそうな布は陽に透けていて、狩人のマリィはなんだか凄くどきどきしながら見入ってしまう。
自分なんかが声をかけたら消えてしまうんじゃないかと怖いけど、どうにかこっちに振り向かせてみたいと思って、どうしようどうしようと悩んでいたら、その綺麗な誰かさんがぽつりと、
「──もう、死にたい」
びっくりした。さっきよりずっとびっくりした。
消えてしまうんじゃないか、すぐに居なくなってしまうんじゃないかと怖がっていたら、それどころか死んでしまうと言われたのだから、それはもうすごくびっくりした。
だから、狩人のマリィは気が付いたら走り出していて──
「そ、そんなのダメー!」
大きな鹿をも軽々と担ぎ上げてしまうほどのその力で、思いっきり突き飛ばしてしまっていた。
突き飛ばされた方はぽーんと、軽々と宙を舞い、どぼーんと泉の中へ。
その水飛沫を浴びて、狩人のマリィははっと我に返り、ぷかーっと浮かんできたがうつ伏せのままでピクリとも動かない相手を見て、悲鳴を上げて大慌て。
大事な弓すら投げ出してしまうほどに大急ぎで泉に飛び込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
落っこちる夢を見た。
落ちて落ちて落っこちて、ぼふんと何やら柔らかい場所に着弾。干し草の匂い、ちくちくする感触で目が覚める。
粗末なログハウスのような、薄暗い小屋で寝ていたようだ。
干し草を束ね集めて作った寝床も、案外寝心地がいいものである──やけにチクチクするのを除けばだが。
「あ、お、起き…た…?」
囲炉裏というか、焚き火というか、周囲を石で囲っただけの簡単な煮炊き場の火に照らされて、その声の主だけがやけにはっきりと浮かび上がる。
濡れたように艶やかな金色の髪を無造作に束ねた、くりくりとした大きな目の女の子。
何故だかとても不安そうに、体を小さく縮こまらせている。
「…ここは…?」
小さく呟いてみて、その声に眉を顰めた。この可愛らしい声にも慣れなければならんというのか。
おっさんの悩みは尽きないが、相手の女の子にはそんな事は分からない。
ただ不機嫌そうに見えて、より一層縮こまってしまう。
「…あの、あのね、ここは、あたしのおうち」
狭くてごめんね、と囁くような声で謝罪が続く。
「でもね、ここしかなくて」
「いえ、素敵なベッドでした。…あの、泉の落ちたのを助けてもらったのだと思います、どうもありがとう」
「えっ、あ、ちがくて、死んじゃうっていうから止めなきゃって、そしたら落としちゃって、それで、だから悪いのがあたしでっ! だからごめんなさいって言わないと!」
「死んじゃう…? …あっ! そういえば、言ってましたか…ああ、それで…お騒がせしてすみません、重ね重ねありがとうございました」
「ありがとうなんて! あたしが悪くて! だから!」
ああ、この調子だと御免と有難うの応酬になりそうだと判断。
ぱん、と手を打ち鳴らして、強引に会話を切る。ぴいっと変な鳴き声を上げて、目を見開くほど驚く金髪の女の子。
「まずは自己紹介しましょう」
「じ、じこ?」
「貴方のお名前は?」
「マリィ、狩人の、マリィっていうの」
「マリィさん、ぼくは──」
図らずもボクっ娘!と叫びかけたが、そこをぐっと堪えて、
「ぼくはユーリ、よろしく」
諦めてそう名乗った。
さすがに、おっさんです、とは名乗れなかった。
今回は短めになった