第十三話 猫の行商人
マリィが獲物からの剥ぎとりと血抜きをしている間に、ユーリはぺロと共に、彼が逃走時に放り出してきたという荷物を取りに戻っていた。
「ぺロですにゃ。そちらはマリィお嬢様のお友達ですかにゃ?」
「はい、ユーリです。ぺロさんは行商人?」
「ちょっと違いますにゃ。トーザ村には町の商人が持ち回りで行商に行く事になっておりますのにゃ、それで今回はぺロの番だったのですにゃ」
「へー。でも、あんなのが出るんじゃ、一人だと危なくない?」
「道から逸れなければ、あんなのには遭わないんですにゃ…今回はちょっと、そのぉ…珍しい蝶々をおっかけてしまったのですにゃ~」
《なにそれかわいい。おっさんおっさん、撫でて!この子撫でてください!触覚共有しますから!ほら!》
「お恥ずかしい話ですにゃ…マリィお嬢様には内緒にして欲しいですにゃ」
《は、や、く! な、で、て!》
「──あ~、内緒にする代わりに、撫でてもいい? ぺロさんみたいな猫人族って初めて見るから、失礼なお願いだったりしたら、ごめんなさい」
「頭なら構いませんにゃ。でも、喉は親しい友達、尻尾は恋人とかじゃないと怒られますにゃ」
《お許しが出た! ほら! さあ!》
「じゃあ、失礼して──」
うぜぇなぁこの女神と思いながらも、実は正直撫でてみたかったのだ。
「おお…素晴らしい毛並みですぺロさん」
《ふわふわ!そしてすべすべですね!素敵!》
「ユーリさんもなかなかのお手前ですにゃ」
「それはよかった──堪能しました。ありがとう、ぺロさん」
《ええ?もう? ちぇ~》
「お礼を頂くほどではありませんにゃ。…っと、見つけましたにゃ!」
たたっと走り寄って茂みから引っ張り出したのは、自身の背丈よりも大きい背負子。
そんなものをどうやって背負うのかと見ていると、ぺロは特に困る事も無くひょいと背負った。
「おお、力持ちですねぺロさん」
「え? ああ、それは違いますにゃ。これには軽量化の魔法具が付いてますのにゃ、なので見た目よりずっと軽いのですにゃ~。行商人の必須アイテムですにゃ」
「へー、魔法具なんてあるのかー」
「そんなに珍しいものではないのですがにゃ~?」
「まぁ、ちょっと、その、世間知らずで」
適当に誤魔化しながら、マリィと合流。戻りながら集めた枯れ枝にペロが魔法具で火を点け、焚き火を用意すると、ユーリは女神の鞄から調味料を適当に取り出し、
「ああ、鍋も欲しいかなー」
《はいはい、お鍋とフライパンですね》
同じく鞄から、女神製の鍋とフライパンを取り出す。
「魔法鞄を持ってるのに、軽量背負子が珍しかったんですかにゃ?」
「え? ああ、これ? これは女神さまの鞄だから」
「女神さま…ですかにゃ?」
ペロが不思議そうな顔をしたところで、マリィが血抜きを済ませた肉のブロックを持ってやってきた。
何処の肉なのか、程よく霜降りである。
「ユーリちゃん、お肉焼いてね!ちょーみりょーでね!」
「ん、いいよー。じゃあ、塩コショウで下味付けて、料理酒と砂糖と醤油で適当に」
「こ、コショウ? まさか胡椒ですかにゃ!? にゃ!?真っ白な砂糖!?」
「ユーリちゃんの料理は美味しいから、ぺロさん吃驚するよ!」
「もう吃驚してますにゃ! ああっ、そんなに贅沢に使ったら勿体無いですにゃ~!」
ユーリの、料理とはとても言えない大雑把な作業は、ペロの悲鳴をBGMみ進められた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
獣肉は、獲れたて新鮮だからといって美味しくはないもので、熟成させてからでなければ噛み切るにも苦労するんじゃないかと思っていたが、マリィの獲ってくる肉はどれも美味い。
獣臭さはいかんともし難いにしても、ユーリの鼻では気にならないようで、十分に美味しく食べられる。
そういう部位を選んでいるのか、そういう獲物を選んでいるのか。まぁ、美味しいのはいいことだ。
今回の猪熊も、なかなかのものだった。それに量もある、なにしろまるまる一頭分だ。
「あ~、お腹一杯だ~。ユーリちゃん、お茶ちょーだーい」
「ペロも欲しいですにゃ~。けっぷ」
「君たち、食べ過ぎ。なにそのお腹、なに入ってんのそれ」
「幸せかなー」
「生きる意欲ですにゃー」
そして、食べきれない肉は、
《ああ、そこの大きな葉っぱ採ってください、そう…それそれ。それをお酒で消毒したら、お肉包んで女神鞄に仕舞っておくといいですよ。痛まないし、次食べるときは柔らかくなってます》
「へー。マリィちゃん、この葉っぱを綺麗にするから、それでお肉包んで持っていこう。この鞄に入れとけば痛まないから」
「おー、すごいぞ鞄! じゃ、ちょっと切り分けてくるね。残りは埋めちゃう……にはちょっと大きいかな~」
「ぺロさんはどうする? きつめに塩コショウふっとけば、すぐ痛んだりはしないと思うけど…辛すぎない?」
「貰っていいんですかにゃ!? 辛いのは平気ですにゃ!」
「じゃあいいか…思いっきりやっとくから、料理する前に余分なの払い落してね」
「そんな! 勿体無いですにゃ!」
「じゃあ、払い落したの集めてさ、スープの味付けにでも使えばいいよ」
「なんと、それは名案ですにゃ!」
葉っぱに包んで蔦で括ると、ユーリは鞄に二人分、ペロは背負子に一人分括り付けた。
残りは諦めた。まぁ、森の生き物がすぐに掃除してしまうだろう。
「寝るときはどうするの? 交代で火の番とか見張りとか?」
「ユーリさん、野営は初めてですかにゃ?」
「このあたりは魔物とかいないから、獣除けしとくだけで大丈夫だよ。今の季節なら、寒くもならないしね」
「へー、そういうものなんだ」
「ですにゃ。そうでもないと、一人で行商にはいけませんにゃ」
もっと町から離れた道には盗賊が出る事もあるし、恐ろしい魔物が出る森もあるが、この森は違うという。
なんでも、マリィの父が魔物や危険な獣を一掃し、盗賊たちもその父を恐れて近付かないのだという。
「トーマスさんは凄い人ですにゃ。ペロたち町の商人は、みんな尊敬してますにゃ」
「ああ、だからマリィお嬢様って呼ぶんだ」
「はいですにゃ。トーマスさんの大切なお嬢様ですにゃ」
「ただのマリィでいいって言ってるんだけどね、変なの」
「愛されてる証拠ですにゃ。町に来るなら、みんなで歓迎しますにゃ~」
「村ではいじめられてたのに、えらい違いだね?」
「なんとにゃ! 村でそんな事があったんですかにゃ!?」
「あー、うん、まー、ちょっとだけね」
「お父さん、トーマスさんっていうんだっけ。その人が村を出てから、なんか理不尽な理由でね。気付かなかった?」
「…随分前からじゃないですかにゃ……ちっとも気付けませんでしたにゃ…」
「あ、落ち込んだ」
「もうっ、ユーリちゃん!めっ! 誰かが行商に来てくれたときは、誰もそういうのしなかったから、分からなくても仕方ないよ」
「それでも、面目ないですにゃ……あの村、許し難いですにゃあ…」
「いいんだってば! 変なこと考えないでね? 普通に行商してね? 村の人が困っちゃうから、ね?」
「お嬢様は優しいですにゃ…分かりましたにゃ。普通にしますにゃ。でも、もうあの村には戻っちゃだめですにゃ。お嬢様は町に住むべきですにゃ」
「うん、村には戻らないよ。でも、お父さん探すから、町には住めないかなー」
「ああ、トーマスさんに会いたいのですにゃ? じゃあ、町のみんなが協力しますにゃ、ひとまず手掛かり掴むまでは町に居るといいですにゃ」
「そっか、特にアテとかないんだもんね…」
「そうだねぇ。あと、何か仕事させてもらって、路銀も稼がないとね」
「そんなの、ペロ達が援助しますにゃ!」
「だめ、それはだめ。お金は自分で用意しないと駄目だもん。まずは毛皮買い取ってもらうもん」
「猪熊の毛皮とかも?」
「あと、牙かな。肝とかは処理の仕方がわかんないや」
「むむむ……じゃあ、せめて最初は元締めのところに行って欲しいですにゃ」
「元締め?」
「ローザ婆ちゃんかー。ちょっと苦手なんだけどな」
「元締めが聞いたら泣いてしまいますにゃ。そんなこと言わずにあの人の好意に甘えてくれたら、ペロも安心ですにゃ」
「分かったよ、そうする」
「うんうん、そっか、よかった、マリィちゃんの味方も一杯いるんだね」
「勿論ですにゃ。あの村がおかしいんですにゃ!」
「今の村長が一番おかしいから、ぺロさん気をつけてね。クズだよあいつ」
「ああ、バカ息子の方ですかにゃ…分かりましたにゃ」
それから、ユーリ達はペロが町に店を持つ前の、ただの行商人だった頃の旅の話を聞いた。
恐ろしい魔物に追いかけまわされた話、間抜けな山賊たちを口八丁手八丁で煙に巻いた話、冒険者に助けられた話、冒険者を助けた話。
どれも面白く、どこか嘘っぽく、その話に一喜一憂して表情をころころ変えるマリィが可愛らしく、ペロとユーリ、そしてユーリを通して見ている女神さまも、とても楽しい夜を過ごせた。
明日は、一旦のお別れだ。
猫人族は二足歩行