第十二話 ひと狩りいこうぜ
村から森を抜けて町へと続く道は、主に行商人が荷を担いで、もしくは粗末な馬車でやってくる道だ。主要な街道程では無いにしても、長年の利用でそれなりに整えられている。
そもそも、まず森を抜ける道があり、その中ほどに村が出来た。
その村を中継基地に森を拓き、道を広げ、やがては流通の要に──という計画があったのだが、目指す理想に能力が及ばなかった領主が失脚。
破綻した財政を立て直しに国から送り込まれた新領主は、当たり前だがその計画をあっさり破棄。いくらかの優遇措置は取られているものの、ほぼ見捨てられ、無かった事にされかけているのがマリィの村であった。
そんな状況の村をまとめるにあたって、ある種のスケープゴートを用意する事も必要になるかもしれないとは思う。
ま、知ったこっちゃないけど。とユーリ。
《村を出ていく、とまでは思ってないでしょうね。あのボンクラ》
「まぁ、家を出て行くだけだよーみたいに誘導しましたからね」
あの男なら、わざわざ誘導するまでもなく、そんな結果など思いつきもしなかったかもしれない。
《狩人が居なくなると困るでしょうね、あの村》
「あ、やっぱり?」
《真似ごと程度なら男衆でも身に付けているかもしれませんが、村の狩人の仕事は狩りだけではないですからね》
「マリィちゃんマリィちゃん、あの村の狩人ってマリィちゃんだけだった?」
「うん? そだよー。お父さんが居なくなってからはあたしだけー」
《そのマリィちゃんが居なくなって、これから害獣の駆除とか大変ですよ。ざまァって感じです》
「おおこわいこわい」
「ん、ユーリちゃん、森怖い? 手繋ぐ?」
「怖くは無いけど繋ぐ」
なにやら御機嫌なマリィと手を繋ぎ、うひょーマリィちゃんの手柔ら──いや結構硬いな弓とか使うからかなーでもうひょー、などと内心にやにや外見にこにこなユーリ(おっさん)。
《結構羨ましいですけど、町までその調子だと一週間くらいかかりますよ。身体の性能の事、マリィちゃんに言った方がいいんじゃないですか? 彼女、物凄く気を使ってゆっくり歩いてますよ?》
マリィを苛めから助け出した時の疾走で実感した、想像以上に高いユーリの身体能力。
それに合わせた速度で移動すれば、もっと速く着くらしい。
「ふむん…マリィちゃん、こんなにゆっくり歩かなくていいよ?」
「でも、ユーリちゃんって、その、ちっちゃいし」
「ちっちゃ──ちょっと、若干、少しばかり、マリィちゃんより背が低いだけだから、うん。実は走るの速いんだぞー?」
「へー? じゃあ、ちょっと競争ね?」
「いいよ、それっ」
「あ、ずる~い! あはは!」
たたっと走り出したユーリを、笑いながら追いかけるマリィだったが、思った以上に前を行くユーリが速い。
必死に全力疾走しているのかなと思ったが、ひょいと横に並んでその表情を窺うとユーリは平然としていて、にししと得意げに笑いかけてくる。
「おー? ほんと? 無理してない?」
「実は凄かったのさ! やればできる子!」
「おー、そうなんだ…そっか…そっか! わーい! じゃあ、一緒に狩りとか出来る!?」
「じゃあ、弓とか教えてね?」
「いいよ! やった! 一緒に出来るね!」
ずっと一人だったから嬉しいと、ちょっと重い発言をしながらもぴょんぴょん跳ねて喜び、ユーリの周りをくるくる廻った。
そうして笑い合い、じゃれ合いながら、獣の速さで森を駆ける。
歩いていれば一日二日かかる距離をふざけ合いながら駆け抜け、昼には森から探し出した木の実や果物を齧って酸っぱい甘いと笑い合い、じゃあ早速狩りでもしてみようかと話し始めたところで、ふとマリィが口を閉じて、耳を澄ます。
「──悲鳴だ」
「どっち? どうしたい?」
「道から外れてるみたい、助けに行ってみる。ユーリちゃんは…」
「大丈夫、一緒に行けるよ」
「ん。でも、無理しないでね。先に行ってるね」
遊びで道を駆けていたのとは段違いの速さで、森へとほとんど音も無く飛び込んでいくマリィ。
「いけますよね?」
《勿論、ユーリなら楽勝です》
一度ちらっとこちらを窺ったマリィの隣へ並ぶべく、ユーリも森へ。
少し驚き、嬉しそうにマリィが笑う。
「やっぱりユーリちゃんはすごいや」
「マリィちゃんもね」
それだけ言うと、あとは悲鳴に向かって木々の間を風のようにすり抜けていく。
瞬く間に距離を詰め、辿りついた先には──
「お肉はっけーん!」
駆け抜けながらも手品のような素早さで矢を番え、獲物に向かって飛びかかるマリィ。その発言にかくんとつんのめるユーリ。
辿りついた先に居たのは、腕を振り上げて今にも襲いかかろうとしている熊と、頭を抱えて蹲る猫。服を着て、ブーツを履いた猫である。
その猫を越え、弓を限界まで引き絞ったままで熊の頭上へ跳躍。乱入者に驚き、吠えながらその姿を追いかけて上を向いた熊の口、そこ目掛けて撃ち込まれるマリィの一撃。
彼女の弓はどれほどの強弓なのか、口を貫いて延髄を粉砕した矢は熊の背後に突き刺さる。
致命傷を負った熊は、倒れ込みながら出鱈目に暴れ、やがて死んだ。
「すっげー。マリィちゃんすっげー」
ぺちぺちを手を叩いて称賛しながら、その獲物を見てみると、熊は熊では無かった。
顔がイノシシなのだ。
《猪熊ですよ、いのくま》
「マジでか」
異世界マジぱねぇ。
一方、猪熊に襲われていたブーツを履いた猫の方は、
「もうお終いですにゃー! 美味しく頂かれちゃいますにゃー!」
「あ、ぺロさんだ。ひさしぶり」
「…ハッ! その声はマリィお嬢様! つまり助かったのですかにゃ!?」
思いっきり喋っていた。
そして飛び起き、周りを見渡し、猪熊の死骸とひらひら手を振るマリィを認めると、安心したのかにゃあにゃあと泣き始めてしまった。
《猫人族ですね。商人の多い人種ですよ》
「しかもぺロって、長靴猫じゃないですか」
《名は短く、姓はすごーく長いのが特徴ですね。姓を聞くのは止めた方がいいですよ、ちょー長いので》
「へー」
そんな話をしている間に、マリィはぺロの喉をくりくりとくすぐって泣き止ませると、鉈とナイフを使っててきぱきと猪熊を解体し始める。
そういえば、この身体になってから獣臭とか血の臭いが気にならないなぁと、その作業を観察しながら考えているうちに日が暮れはじめ、その日は三人で露営することになった。
長靴を履いたぺロ…ッ これは…青酸カリッ!