第十一話 黄金と愚か者
「旅に出ちゃうぞー!」
「おー!」
「マリィパパ探しちゃうぞー!」
「おー!」
翌朝、旅立ちの日。
目ぼしいものを背負い袋に放り込み、愛用の弓と自作の矢筒、古びた鉈を持てばマリィの準備は終わる。
ユーリの方も持ち物と言えば、すっかり手に馴染んだ木の杖一本と女神の鞄(調味料入り)だけ。
相変わらずの裸足だったが、マリィが毛皮と革ベルトで粗末なブーツをでっち上げた。
「町に着いたら毛皮とか色々売って、ユーリちゃんの服と靴買おうね」
「そうだねー、動きやすそうなのをね」
「えっ、可愛いのを買うよ?」
「えっ」
小屋に残っていた中から状態のいい毛皮を束ねて丸め、マリィが背負い袋と一緒に背負う。
自分も背負うとユーリは主張したが、マリィは断固拒否。
「ユーリちゃんはいいのっ!」
「でも、荷物は分けた方が」
「いいのーっ! もうっ、ユーリちゃんはまだちっちゃいんだから、無理しないでいいのっ」
「…ふぁ!? ちっちゃい!?」
ずっと年下だと思われていたという新事実発覚。
《ですよね年齢的な意味ですよねそうですよね》
「実際どうなんですか? そういえば、マリィちゃんより随分チビだなーとは思ってたんですよ」
《歳は、ちょっと上だったはずですよ》
「──へ、へーぇ、そうなんですか、歳は、へー」
《ちょっぴり発育不良気味っぽい気配がするだけです、いいですね?》
「あ、ハイ」
「ユーリちゃん? なんか言った?」
「えっと、実は、ぼくの方が年上らしいので」
「そうなの? じゃあ、ユーリお姉ちゃん?」
「おねっ!? いや、あの、呼び方は今まで通りでお願いします」
変なスイッチが入りそうなので。
主に、頭の中で《お姉ちゃん…お姉ちゃんか…新鮮な響きですね、ふひっ》と悶えている女神の中のアンタッチャブルなスイッチが。
「それじゃ、忘れ物ない?」
「えっと…ん、そうだ、お父さんがもしもの時にって言ってたのがこの辺に──あった」
寝床の藁束を押しのけ、下に埋まっていた平たい石を除けると小さな袋が見つかり、中には数枚の硬貨が入っていた。
「銀貨と、銅貨がちょっとだけね」
《森に定住する狩人としては、なかなかの大金ですよ。マリィパパ、頑張ったんでしょうね》
「おー、凄い。じゃあ、困った時に助けてもらおうね」
「うん」
そうして、さぁ出発だというところで──
《おっさん、昨日の下衆どもが近付いてきます。他の村人も何人か。早く逃げてください》
「ちっ、意外と早いですね。マリィちゃん」
「──うん、村の人が来るね。村長さんも。だから、お話しないと」
「逃げた方がいいと思うんだけど」
「あたし、一応あの村の住人らしいから、勝手に出て行ったら駄目なんだよ。捕まっちゃうの」
《領民の義務、というやつですね。面倒な…》
人口は税に関わる。故に、領地、領主によっては自由な移住を制限する事もあるようだ。
マリィが名目上は属しているトーザ村は森の中に作られた開拓村で、その制限を課せられていた。
「大丈夫、罰金ならこれで払えるから。早速助かっちゃった」
えへへ、とマリィは笑う。しかし、ユーリには嫌な予感しかしない。
それに、今まで散々貢がされたマリィが更に金を毟られる、というのは不愉快窮まる。
小屋の外で出迎えるつもりのマリィを見送りつつ、ユーリはいくつか考え、
「女神さま、マリィちゃんの為にお金出しちゃってもらえます?」
《勿論構いませんが、ユーリの身体でおっさんが魔法を使えば、あんな連中ちょろいですよ?》
「なんでそんなに好戦的なんですか。穏便に行きますよ」
《ちぇー、無双しちゃえばいいじゃないですか。まぁいいです、金貨一袋で足りるでしょう》
「いえ、ちょっと考えがありまして」
《ほほう? 聞きましょう》
一袋分の硬貨を手に入れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「マリィ、あの他所者は何処だ」
「…何の用?」
「ふん、小屋の中か? おい、囲め! 逃がすなよ!」
「ちょっと! なにするの!」
「村人を傷つけた他所者を捕まえるんだ、当たり前だろう」
「傷って、そんなのっ!」
「お前にも責任は取ってもらうぞ」
「この…っ、いい加減に…!」
「そ、村長! この裏に湯が、温泉が湧いてます!」
「なんだと!? …マリィ、他所者の他にもそんなものを隠してたんだな?」
「隠すって、あれは──」
「言い訳は聞かん、今日からここは村のものだ。お前は出ていけ。明日から住む家は…ふふん、なんなら俺の家で飼ってやってもいいぞ?」
《おっさん、そろそろ我慢の限界なんですけど?》
「同感です」
ユーリが小屋を出ると、数人の村人が鋤や鎌をもって並んでいるのが見えた。その中で何も持たずに腕を組んで立つ、なんとも嫌な目つきの男が村長だろう。
前回の遭遇のような威圧感は一切無く、小柄で非力そうな少女にしか見えないユーリに、口元がだらしなく歪む。まず間違いなく、あれは碌な事を考えていない顔だ。
他の村人の反応は少し違う。
村人を傷つけた他所者と聞いて、人相の悪い大男でも想像していたのだろう。ユーリの整った容貌に、ぽかんと口を開けて見入っていた。
「村長さん」
鈴を転がすような声で呼びかける。いつもより可愛さ重点で喋っております。
「村長さんもお忙しいでしょうから、率直に言って済ませましょう。これで足りますか?」
硬貨を一枚、村長に放り投げる。きらきらと輝いて飛んだそれを慌てて受け止め、手の中のそれを見ると、ぶるりと大きく震えて硬直した。
見た事も無いほど精緻な細工が施されたそれ、金に輝く磨き上げられた美術品の如き硬貨は、たった一枚でも驚くほどに重い。
手元の袋を見せつけるようにじゃらりと振って見せ、注意を引き戻す。
「足りますか? 足りませんか?」
「そ、それが全部、これなのか…!?」
「話によっては、全て差し上げます。この程度なら簡単に用意出来ますから──私は、この程度なら労せず用意できる立場にいます。どういう事か、分かりますね?」
「そ、そそ、それは、は、はいぃっ!」
「分かって頂けて嬉しいです。貴方の村に、干渉するつもりはありません。温泉も私が用意したものですが、あの程度ならどうという事はありませんから、貴方に差し上げましょう。私とマリィはここを出ます。よかったですね?」
「あ、ありがとうございます! はい!」
「私の要望は一つだけ。私は私のお気に入り、そこのマリィと、静かに、邪魔されずに過ごしたいという事だけです。分かって頂けますか?」
「もももちろんです!かしこまりました!すぐにでも代わりの家を!」
「それは結構。私なら、容易く代わりを用意出来ます。干渉は不要です。何もしない、関わらないだけでこれが袋ごと手に入るのです。不満がありますか?」
「滅相も御座いません!」
「よろしい。では、これを。そして、村人を下がらせなさい。邪魔です」
そう言って足元に放り投げた袋を、村長は這い蹲る様にして抱え込むと、村人たちに武器を捨てて下がれ、いや跪けと怒鳴り散らした。
言われるままに跪いて頭を下げる村人たちを睥睨してにっこり。
「いこっか、マリィちゃん」
「え、うん? どういうこと?」
「いいからいいから」
頭の上を疑問符だらけにしているようなマリィを連れて、ユーリはそのまま小屋を離れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
という訳で。
「んふふ、楽勝だったね」
《…正直ドン引きです。女神さまドン引き》
「ねぇ、ユーリちゃん、さっきのって、えっと、何? どうなったの?」
「ああ、つまりね」
札束で横っ面引っ叩こう大作戦、見事達成のお知らせ。
目も眩むような大金で正常な判断力を吹き飛ばし、その程度さらっと用意出来ちゃうんだぞというハッタリで「なんだか知らんが凄い権力者に違いない」と勝手に思い込ませ、ありもしない権威のパワーで薙ぎ倒したのである。
《異世界で資本主義無双とか…さすがの女神さまもドン引きですよ》
「やっぱり世の中お金次第!」
《やめてもらえます? マリィちゃんが汚染されたら嫌なのでやめてもらえます?》
「お金!そうだ、どうしよう! ごめんねユーリちゃん! あんなすごいお金、あたしどうしたらいいか…」
「あ、違うよ? あれはね、金貨じゃないからね」
金色に光って見えたけど、お金じゃないんだよ。と説明するユーリ。
女神さまに用意して貰ったのは、鉛を黄鉄鉱で覆ったメダルである。外側の細工はかつての世界で見た記念メダルのもので、貨幣のそれではない。
黄鉄鉱、「愚者の黄金」メダル。
だからニセ金貨じゃないよ、にしし。と笑うユーリ。
《まぁ、一度もお金だとは言ってませんでしたけどね》
「温泉付きの小屋と綺麗なメダルをあげたんだから、実際向こうはすごく得してる筈だけど、こっちはお金使ったりとかしてないからね。マリィちゃんは気にしなくていいの」
「むー、つまり、騙しちゃったんだね」
「駄目かな? そういうの嫌い?」
「んーん! ざまーみろって思う!」
アハハと笑って、じゃれ合いながら歩き出す。
旅に出るには、今日はいい日だ。
《ニセ金貨ですが、あのバカ村長が徴税官とか商人とか相手に使ったら──》
すぐさま見破られて大変な事になるだろう。金貨とは重さだけでも全く違うのだから。
成り行きによっては村自体が無くなるかもしれない。
悪魔のようなやり口ですよ、と女神はため息。
くけけ、ぼく知らなーい。と、楽しそうに前を歩くマリィには、ちょっと見せられない顔でユーリは嗤った。
なお、温泉も数日で枯れる模様